7.僕の知らない僕
「誰の声だ……?」
そう俺が思わず言葉を漏らすと、すかさずアイラは、
「これが神様よ、アブソリュートくん。私も初めてこうやって頭の中に直接言葉を語り掛けられたときは軽くパニックになったよ」
といい、不自然に椅子の上に空間を持つその席を、真剣な眼差しで見つめなおした。アイラと俺が聞いたであろう言葉を他の取り巻きや裁判官らの耳に届いているかどうかは分からない。が、彼女は少なくとも聞こえていたようで安心した。
「なあアイラ、この神様ってのは俺と会話をしてくれるもんなのか? というか、勢いでここにきてしまったけれど、ここで俺は何をすれば?」
思えば、ここへ来るものは既に魂を漂白され、自らの人格や記憶などの情報はすべて失われているはず。そもそもここの存在意義が俺にはわからなかった。
「神様、質問よろしいですか」
そう俺がいうと、裁判官らはおのおの顔を向けあい些か話し合いをし出した。そう長く談ずることはなかったものの、先ほどアイラに対し何やら事情を知っているようであった頭の後ろで髪の毛を一本縛りにし、前髪を人中ほどまで無造作に伸ばしているくせに、目の位置があるであろう位置に片眼鏡を掛けた黒服の男が口を開く。
「許可する」
「神様とは概念ですか?」
この言葉を口にしたその後の記憶は、僕が目を覚ましたころ、全くと言っていいほど残っていなかった。僕は禁忌に触れたことで気絶させられたのか。それとも僕が神様からの回答を聞いたその記憶を何者かによって消されてしまったのか。それはわからなかった。なぜならば僕が目覚めた、この場所の天井も壁もベッドも、自分の肌の色や元々着ていた服さえも何もかも未知であった。そうつまり”僕”はもう”俺”ではなかった。しかし僕が過去に俺であったという証拠は、このような記憶があった、という記憶を持っていること。そして左薬指には、金としろがねが互いにねじれ、交差しているような美しい指輪がはめ込まれていた。ただそれだけで充分であった。だが、僕の身体はあのとき。前世とでもいえばよいだろうか、そのときには存在を感じなかった、何かが今、僕の中に棲んでいるらしかった。それは僕に憑いているのか、はたまた僕から僕を追い出そうとしているのか。僕には僕の知らない僕がいる。彼は時々僕へこう問いかけてくる。
「お前は誰だ」