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1.魔王、敗走す

 「いつからこの時をまちわびていただろう」

そう憎しみに満ち満ちた口調で言葉を吐いた男は、右手を天へ向けて突き上げたのち、力強くその禍々しい拳を握りしめた。

 復讐心。彼を突き動かすものはただそれだけであった。しかし、それこそが、彼をここまで昇華させたのに相違なかった。

 彼はただ復讐を完遂しうる力のみを求め続けた結果、この地位を獲得したまでである。彼は父の後継ぎとして相応しい、歴戦の王を凌駕する豪傑となるため、日々己を磨いていた。

「ここまでこれたのも、貴様らへ報復するため……。自ら言うのもなんだけど、惨めだな」

とはいいつつも、彼の目にはふつふつと燃え上がる闘志が浮かんでいた。

「さあ、勇者よ! ここで屍となれ!」

そう言い放った矢先、彼の座っていた玉座へと奔走する剣士の姿が見えた。大声で何かを叫びつつ、腰の鞘から抜いたであろう両刃の剣を右手に握りしめ、切っ先を身体の背後へ向けた状態で構えているようであった。

「残念だが、あれは幹部に作らせた偽物なのだがね」

王城は迷宮のようになっており、彼のいる王の間へたどり着くには最低でも二十の階層を突破する必要がある。勇者が向かっているのは王城の第一階層である”偽王の間”だ。

「バトレイさん、始末してきてくれ」

「承知した!」

そういったのは彼の右腕である、業物を腰に据えた剣の達人だ。彼は現役時代、龍をも両断した実力者であった。いまでこそ衰えたものの、いまだ実力は健在である。


 「白髪のおじいさん、登場してきてすぐ、こういうのもなんだけどさぁ。そこ邪魔だからどけてくんない?」

「それはできぬな。わしを倒してからでないとここは通さんよ」

勇敢にも敵地へ足を踏み入れた剣士と、縄張りへ侵入した獲物を捉え、猛禽類のような視線で射殺そうとする剣士との睨み合いが続く。が、次の刹那、勇者は王の右腕であるバトレイの背後へと、既に回りこんでいた。

「もうゲームセットじゃないかな、おじいさん。ご年配は戦場にでてくるべきじゃないと思うんだけど。ここの魔王さんは使える駒は何でも使っちゃうタイプの人なんだぁね、怖い怖い」

皮肉の籠った台詞を口角をあげつつ吐いた彼の姿に、ただならぬ狂気を、威圧をひしひしと感じた。そして気づく。奴だ……父の仇というのは。

 彼はバトレイの両手を片手で掴みあげ、首に刃をあてつつこう言い放つ。

「ねえねえ新しい魔王さん? また十年前みたいになりたいのかなぁ! 腹心以外の部下を捨て、子だけを抱え、自らの根城へと籠り、逃げ惑った挙句、愛しい自らの子だけを残して散っていった、あの無能魔王さん! 彼は獄界で元気にしているかなぁ!?」

(ちくしょう、俺はもう後悔したくない。だからこそ、これまで鍛錬を積んできたのではなかったのか。しかし、ここで出ればあやつの思うつぼだ……。一体どうすれば)

そう考える隙を与えないためか、間髪入れずに、

「ねえ魔王さん、いままさに、君の目の前でかわいい部下が死んじゃうところなんだけど……。まさか、前みたいにすぐ壊れちゃったりしないよねぇ? ちょっとは楽しませてよ!」

そういい、やつは歳を食った剣士の首にじりじりと刃を近づけていく。ツーっと淡い色の液体が傷口から染み出た瞬間、魔王は自室の窓をこぶしで粉々にし、王城前にいた二人の目の前へと姿を現した。

「殺す……殺す……殺す殺す殺す!」

殺気が籠った言葉が、彼の心の底で轟く憤りとともに二人の前へと、遂に姿をあらわす。

「やっとだね、さみしかったよぉ! 三本角の異形さん! もう少しでこの老いぼれ剣士の首を刎ねちゃうところだった! あはっ!」

「笑ってんじゃねぇ! 俺はお前をこの世から消すために、日々苦しい訓練に身を投じてきた。今更引くなんて、できやしない!」

「ふーん、僕のこと殺すためだけに十年間頑張ってきたんだ。えらいえらい。そうやってなにかにうちこめないと、君みたいな子はすぐに壊れてしまいそうだしねぇ」

「……どういうことだ?」

「だってさ、父を亡くして、君たち兄弟は親の愛なんて知らずに生きてきたんでしょ? 魔族はどうだかわかんないけど、人間は自分に不都合なことはすべて忘れてしまいたい生き物だよ。まぁいわずもがな、君の父は生粋のクズだし、親には向いていないと思うけど」

「父さんを……父さんを悪く言うな! もしも、俺の父さんが本当にクズであったとしても……奪っていい命なんてあるのか!? お前はなんのために俺の父を殺した!?」

「同じ想いさ。罪のない者を虐殺したから。わかるだろう? その末裔である君も、君の弟も抹消しろとのご命令だ。君は綺麗事ばかりでなにもわかってなんかいないのさ」

「なんで……俺はわかってる! だからこうやって、父の後継ぎとして相応しくなろうと努力してきたんだ!」

「久々に物分かりの悪いガキと話して、つい感情的に……。僕がこれから消すから、こんなこと話したって無駄だってのにね」

「いいや、俺は死んでもお前を殺しに行く」

「あぁ、そう! ま、せいぜい君の命が続く限り、僕を楽しませてね」

長きにわたる、両者の対話を静かに聴いていたバトレイの手には、何やら透明な破片のようなものが握られていた。それに俺が気付いたのを確認したのか、それを契機に、老体とは思えぬ速度で、勢いよく身体をねじり、その破片でやつの両腕を掻っ切る。

「いってぇ! 白髪爺さん、僕の隙をつくなんて卑怯だねぇ! やっぱ殺さないと収まんないや!」

「アブソリュート様、わしを囮にしてお逃げください! とにかく遠くへ! そして、生きてください、あなたは生きなければならない人なのです!」

「お別れは済んだかな?」

「ああ、終わったとも!」

ジャキィィン! と激しい金属音が鳴り響き、双方の刃がせめぎあう。

「老兵さん、申し訳ないけど……死んでね!」

 聴こえた言葉はそれで最後であった。それからは必死に息を上げ、走り続けることに意識が向き、周りの様子を気にかけている暇など断じてなかった。勝負の結果も、他の幹部の生死すらも、何もかも知らず、知ろうとせず、老いた腹心の幹部に言われたがまま保身に走り、放棄し、ただただ、己の無力さから目をそむき続けることしかできなかった。

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