【短編】いちごミルク
ちょっとしたことが、ちょっとした楽しみを連れてくる。
会社の女の子が好きで、
広報課の岩橋さんていうんだけど。
かわいくてさ…。
スマホが震えて見てみるとヤツシロからのLINEだった。八代って言うんだけど、みんなコイツをあだ名でこう呼んでいて、八代はLINEの名前を自らヤツシロにしている。
僕は、見た瞬間
浮かれやがって
って思った。
ヤツシロが恋をしようが僕には全く関係ないし。なんなら僕にそれ言うなよって思うくらい。
なにせ僕はヤツシロの尻拭いで忙しいんだから。尻拭いというか、ヤツシロがやれと言われていた仕事をしなかったせいで僕がその仕事をする羽目になったんだから。
好きな女の子に目を向けるより、ヤツシロは目の前の仕事に目を向けろってよっぽど言いたい気持ちをぐっと堪えた。
頭に来たら、休憩することにしている。
給湯室の隣の自販機で飲み物を買うことにした。
夜10時。
会社に残っているのは、僕くらい。
ため息をつきながら自販機のボタンを押して落ちてきた飲み物を手に取る。
「はあ?!」
思わず声が出た。
僕はコーヒーのブラックを買ったはず。
手にあるのはいちごミルクだ。
「お疲れ様です。」
声に驚いて、思わず見てしまう。
「残業、大変ですね。」
可愛らしい女の子…そんな言葉が似合うと思った。
「…はあ、まあ。」
「あ、それ。」
僕の手の中のいちごミルクを見て笑う。
「好きなんですか?」
「え」
「私、よく飲んでます。」
ふふふと笑いながら100円を自販機に入れようとする。
「待って。」
「え」
僕は、いちごミルクを差し出した。
「あげます。」
「いえいえ」
「あげます。」
「え?」
いちごミルクが嫌いな僕は、行き場のないこの飲み物に行き場を作ってあげたかった。
「僕が飲みたいのはコーヒーなので。」
「…うーん。」
目の前で100円玉は自販機に落とされて、ブラックコーヒーのボタンを押す指が見えた。
「これあげます。」
僕の手にはコーヒーが渡されて彼女が僕の手からいちごミルクを抜く。
「交換、ということで。」
にっこり笑う顔は、無邪気さを見せている。
「あ、うん。そうだね。」
一本取られた気がして、手の中のコーヒーに目をやる。誇らしげにブラックの文字が浮かぶ。
「じゃ、戻ります。」
「どこの部署ですか?僕は営業部で持地です。」
「覚えておきます。持地さん。」
両手で包むいちごミルクが僕の手の中にあった頃とは違う表情を見せている。
「私、広報課の岩橋です。」
彼女がふっと笑った。
ヤツシロ…確かにかわいいよ。
こんなことないようであるかもね。
お仕事してるみんな、お疲れ様。




