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──殿下。これを最後のお手紙にしたいと思っています。
私はもう貴方の婚約者ではありません。
貴方の幼なじみの侯爵令嬢でもないのです。
私は辺境伯家に嫁いだ、辺境伯閣下の妻なのです。
すでに子どももおり、もうすぐふたり目も生まれます。
このように殿下と手紙をやり取りして、周囲にいらぬ誤解をさせたくはないのです。
殿下もそうではありませんか?
貴方は王太子の座を弟君に譲り、王位継承権も放棄して伯爵になると聞きました。
領地は王都近くとのことですから、辺境派ではなく、これまで通り王都派の派閥に組み込まれることとなるでしょう。
幼いころから王都派の側近を重用していらした貴方が、今さらほかの派閥に移れるとは思えません。
そもそも虚仮にされた辺境派が貴方を受け入れることはありません。
辺境派の双璧のひとつである侯爵家の令嬢との婚約を破棄した人間が、笑顔で歓迎されるとでも思うのですか?
私との婚約破棄で国内の勢力図を乱した貴方を、平穏を望むがゆえにどちらにも加担していない中立派が迎え入れることもないでしょう。
王太子の座を譲って伯爵となっても、貴方に王家の血が流れていることは変わりません。
王都派は貴方を利用して自分達の権利を増やそうとするでしょう。
貴方に出来るのは王都派の一員となり、目先の欲で動く彼らが取り返しのつかない行動を取る前に抑えることだけです。
どうしてもご自分では無理なようでしたら、王太子となられた弟君に助けを求められるのがよろしいでしょう。
貴方と違って弟君は辺境派にも中立派にも認められていらっしゃいます。
キツイことを申し上げましたが、最後の忠告と思ってお聞きください。
あのとき、貴方にお返事してしまったことを今でも悔やんでおります。
自分で書いたように卒業パーティ後の手紙を最後にするべきでした。
彼女は貴方が、この世でただひとり愛する女性として選んだ方。
その大切な女性を喪われた貴方の悲しみを思うと、お慰めする手紙を書かずにはいられなかったのです。
私も夫、辺境伯閣下を喪ったら悲しくてたまらないでしょう。子ども達がいなかったら、後を追いたいとまで思うかもしれません。
ですが、それは間違いでした。
私は殿下に返信してはいけなかったのです。
貴方が今も彼女を愛していらっしゃることは存じております。
私と違って、新しい愛を抱くこともないでしょう。
それでも子どもは可愛いものです。
王都派の貴族達が差し出してくるご令嬢方からおひとりを選べば、以降はその方のご実家に気を配るだけで良くもなります。
前向きにご結婚をお考えになることをお勧めします。
今後はお手紙をいただいても返事を書くことはありません。
私ではなく夫に、と言いたいところですが、それはそれで派閥の力関係を乱すことになります。
王都派の中に信頼出来る方を見つけられるのが良いでしょう。
私は貴方のご健康とご多幸と、この王国の平和と繁栄を心からお祈りしております。