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──殿下。これを最後のお手紙にいたします。
学園の卒業パーティでは見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。
貴方に婚約を破棄されたからといって、短刀で自分の首を掻き切るなんて愚かにもほどがある行動でした。
辺境派の中でも一番の武人と呼ばれる辺境伯閣下が応急処置をしてくださらなければ、こうしてお手紙を書くことも出来なかったでしょう。
ですが、ご安心ください。
侯爵令嬢としての私は生き延びておりますが、殿下の婚約者としての私は死にました。
王子としての貴方も王太子としての貴方も、未来の国王となる貴方も愛していた私はもういません。
私は辺境伯閣下の妻となります。
すぐにではありません。
準備に一年ほどはかかるでしょう。
辺境派の中でも権勢を誇る侯爵家と辺境伯家が結びつくのは、あまり良いことではありません。権力が集中し過ぎてしまいます。
敵対する王都派だけでなく、辺境派の中からも不満の声が上がることでしょう。
彼らをどう収めるのか、これからの派閥間の関係をどうするか、考えることはたくさんあります。
殿下と私の婚約破棄に伴って、辺境派と王都派の対立を弱めるために結ばれていたいくつかの婚約も解消されましたしね。
辺境伯閣下の前の奥様は王都派貴族のご出身で、慣れない辺境での生活を嫌って王都の辺境伯邸で暮らしているうちに浮気なさったので離縁になったのだと聞いています。
辺境派の武官貴族と王都派の文官貴族は相容れないものなのでしょう。
下手に融和しようとするよりも、距離を置いて王国のためにだけ協力するのが一番なのでしょう。
私は辺境伯家での生活に馴染めると思います。
辺境伯領は私の実家の侯爵領のすぐ隣にあるのですから。
殿下、彼女のことを大切にしてあげてくださいね。
私が彼女のことを平民だと言うと、貴方はいつもお怒りになりました。
ですが、彼女が平民だというのは事実です。
平民だということは後ろ盾がないということなのですよ?
彼女の前では王子ではなくただの男でいたいと思われているのは存じております。
でも王子としての力をお使いにならなければ、平民である彼女を守ることは出来ません。
私はもう王都へは参りません。
もし辺境伯閣下に嫁げなかったとしても、侯爵家の家臣に降嫁して辺境地方から出ることはないでしょう。
彼女を守れるのは貴方だけなのです。
それだけはお忘れにならないようお願いいたします。
かつての私は貴方を愛していました。
貴方がこの世でただひとり愛していらっしゃるのは彼女だと存じております。
だけど、王子としての貴方も王太子としての貴方も、未来の国王となる貴方も、それらのしがらみを脱ぎ捨てたひとりの男性としての貴方も……すべての貴方を愛していたのはかつての私ただひとりであったと自負しております。私、本当は人参が嫌いだったのですよ。
いえ、くだらぬ戯言を申し上げました。どうかお忘れください。
これからは貴方がこの世でただひとり愛する彼女が、すべての貴方を愛してくださることでしょう。