0話 風の女神の平手打ち
——クリスマスが近づく日の朝。
「深巳さーん? 深巳一颯さーん? 聞こえてますかー?」
二徹の体を引きずり、一階のトイレへ行こうと階段に向かった。……ところで意識が途絶えた。
「まだ眠ってるのかしら。……早く起きてくれないと、私の仕事が終わらないのだけど。どうしましょう。ここは一発……」
やはり人間は一徹が限界だな。定期的に睡眠取らないと死んでしまう。
……こうして意識はあるし、夢だったのかな。ということで、もう一度寝るとしよ……
「へぶっっ!」
「あ、起きました? 調子はどうですか?」
急なビンタが飛んできた。
誰かが、横になってる俺の体に跨り、間髪入れずにビンタをかましてくる。
「ふげっ! あぐっ! ちょ、やめうぐっ!」
「大丈夫じゃなさそうですね、やっぱりまだ魂が慣れてないみたい」
「何だよ急に! こちとら眠ってんだ…………どこだ、ここ」
「起きましたか……って大丈夫ですか? 顔が腫れてますよ?」
「誰のせいだ」
目の前には、淡い紫色の髪を腰辺りまで伸ばした、正真正銘の美女が居た。
白くてふんわりとした服に身を包んだその清楚な佇まいには、人間とは思えない神聖さがある。
うーん、この人が俺を叩いたのかよ。残念だなあ。
そして俺は、神殿のような場所にいる。
白い壁に白い床、余計なものは一切ない。
外を見渡しても白い世界が広がっていて、何かある様子がない。
しかし確認すべき事実がある。
「一ついいですかね」
「はい、何でしょう?」
「何でビンタしたんですか? 眠ってる人に」
何でこの場所に俺はいるのかとか、あなたは誰ですかとか有るだろうが今はこれが大事。
もし、なんとなくです、とか言ったらこの人絶対にサイコパスだ。
……やめてくれよ。
「えーと、なんとなくですかね」
言っちゃったよこの人。
「なんとなくで、人をビンタしないでくれ……、結構痛いんだよ」
「はーい、それは誠に申し訳ございませんでした!」
絶対反省してない彼女に呆れながら、俺はこの状況を確認する。
「んで、この状況ってどういう事ですか? 俺家に居たはずなのに」
「あ、それでしたら今から正式な挨拶をするので、少々お待ちを」
……?
「……何だよ正式って」
その俺の言葉と同時に彼女が淡い光と神々しいオーラに包まれた。
そして、重大な事実を俺に突きつける。
「私の名前はレア。貴方の世界で言う女神です。貴方は先ほど、自宅の階段から転落して亡くなりました。貴方の人生はおわ」
「はああああ?! お前女神なの? そんな存在がいきなりビンタすんじゃねーよ」
俺は衝動的にレアに突っかかる。そりゃ目覚めた瞬間に、理不尽な暴力を振った相手が女神だなんて想像する訳がない。
しかし、女神というのを信じてしまうぐらい今の彼女は美しかったのだ。
「そ、それはすみませんでした! さっき謝りましたし離れてください! いろいろ説明することあるんですから!」
レアは少し涙目になりながら弁明をしてくる。反省はしているのか。
「はいはい、じゃあ短めに頼む。……俺も怒鳴って悪かったよ。また叩かくんじゃねえぞ。………お、おい、その手を下ろして!」
もう敬語なんて知ったことか。
■■■■■
「——という訳で貴方は死んでしまいました。ご愁傷様です。」
「それ、死んだ本人に言うの初めて聞いた」
サイコパス女神の話によると、俺は階段から落ちて死んだみたいだ
二日間徹夜でゲーム三昧だった身体は、運悪く階段の上で活動を停止してしまいそのまま落ちたと言う訳だ。
……我ながら実にあっけない。
「それにしても、まだ死体は誰にも見つかってませんよ?」
「へ?」
今、何て?
「そりゃ両親は仕事行ってますし、妹さんは朝早くから部活ですよ。だから貴方が死んだ事、まだ誰も知りません。可哀想……」
そう言っているレアの目はどことなく潤んでいる。
本当は俺の死を哀れんでくれているみたいだ。
「ああ、情けないなあ、俺」
「…………妹さん」
「俺じゃないのね」
違うのかよ。
いやまあ、妹の事も考えるのは良いんだけど、実際死んだ本人がここにいるわけだし。
そう思ってると悪そうな笑みを浮かべたレアが、指を立ててきた。
「それで、お亡くなりになった人は選択肢があります。一つ目は、赤ん坊として地球で生まれ変わる。二つ目は、天国、もしくは地獄に堕とされる。主にこの二つですね」
今のところ心が落ち着かないが、レアの話は日本で言う輪廻転生という事か?
だけど生まれ変わるのもなあ。赤ん坊からやり直すのはちょっと……。
「やっぱ天国に行けるのかな俺は?」
特に悪い事をした覚えの無い俺は冗談まじりに彼女に聞いてみる。
生きている時から行きたいと願う人がいる天国に行ければ、俺の人生万々歳だ。
「何言ってるんですか、自惚れ過ぎですよ。天国には行けません!」
何故か腰に手をつきドヤ顔をするレア。
……俺の人生何だったんだろう。
「何でだよ、何も悪い事して無いじゃないか」
「良いことだってしてませんよ。冬休みに入った途端、ゲーム三昧……。家族と会わない日が何日も続いて、徹夜なんか日常茶飯事。彼女とか作ってデートしたら良いじゃないですか。あなた高校生でしょう? ……まあ、そんな格好とその覇気のない顔見ると色々と納得しちゃいますね」
「あのー、俺死んだんですよね? 少しぐらい慰めてくれません?」
思ったより心にくる。……泣きそう。
さっきから心を折りに来てないかな。
レアの指摘した通り俺はジャージに身を包んでいる。正直、場違い感が半端ない。
神聖そうな神殿に、ジャージを着た一般男子高校生と女神様。
何だそりゃ。
——あれ? そういえばこんなシチュエーションってこの間したゲームと似てるな。確かチート能力で異世界無双だ!的な。
もしかして俺にもそれが来たのか? もしそうだったら最高じゃん!
という事で俺はレアの方へ向いて、
「異世界なんてありますか?」
そう聞いてみた。
その言葉にレアは驚きの表情を浮かべた後、若干呆れた様子になる。
「……はあ、やっぱり気づきますよねえ。ありますよ、恐らくあなたが想像する剣と魔法の世界が。そして、先程は言いませんでしたが、実は、肉体はそのままで転生することが出来る選択肢があるんですよ」
「おお! って事はチート使って魔王倒してとか、そんな王道ファンタジーが俺を待ってる的な展開か!」
「そんなの無いです」
冷たい声で、俺の希望は潰えた。
「はあ? そんなのおかしいだろ?」
「おかしく無いんです! そもそも異世界行ける事が特別なんです。上司から、異世界というのは隠しメニューだって言われてるんですよ。だから、チートなんてあげれないんです。特例は認められませんからね!」
顔をぷっくりさせて怒るレアは、単純に可愛かったが、俺は少し気を落としてしまう。
「はあ、……マジか。異世界チーレム無双とか、ゲーム好きなら一度は憧れるジャンルだぞ? それが出来ないなんて……」
「そ、そんなに落ち込まないで下さい! その世界に行ったら魔法は使えるはずですから! 多分!」
「そこは絶対って言って欲しかった……」
しかし魔法は使えるのか。そこは嬉しい。
小さい頃どれだけ練習したことか。
……少しだけまだ引きずってるけど。
「じゃあ魔王とかいたりするのかな? 分かりやすい悪の根源って異世界に必要じゃ無いかなーなんて」
「勿論いますよ。周辺諸国を侵略しようとする、典型的な魔王が。……今は確か四代目だったっけ?」
なるほど、本当にテンプレだな。あ、それと大事なことがあったな。
「それと言語ってどうなるの? 異世界の言葉なんて喋れないよ」
「それでしたら問題ありません。神器のペンダントを差し上げますよ。それを付けてたらドラ○もんの翻訳こんにゃくみたいに、異世界の言葉を喋れるように、あと読むことも出来るようになりますよ!」
それはありがたい。……んだけど、
「そんな神器あるならチート級の武器とかくれても良いと思うんだけど……」
「だからダメですって」
ですよねー。……でも結果、俺は死んでるんだった。元の身体で生き返れるのはとても幸運なのかもしれない。
よし、ここはポジティブにいってみよう!
俺は無理矢理にでも気持ちを作り直す。
「まぁでも! 異世界に俺はいくぞ! 自分自身で道を切り開けよ、俺!」
そう叫んだ俺にレアは一瞬驚いたが、すぐに行動を開始する。
「そうと決まれば、パパッとやっちゃいましょう!早いに越した事はありませんからね!」
その言葉と同時に俺の体が光に包まれる。
「おお! さすが女神様、さすがファンタジー! 俺は今すげーテンション上がっ………」
絶句というのを初めてしてしまった。それほど目の前の光景が信じられなくて……!
「すみませーん。光のエフェクト入れる子が帰っちゃったので、これで我慢してください!」
「何で懐中電灯なんだ! 俺の期待返してくれよ! ……もう良いや、早く行かせてくれ。頼む」
そう言って俺は目を瞑るが何も起きる気配が無い。
「…………まだ?」
「ああ忘れてました! 眠らせる子も帰っちゃったんでした。意識を無くさないと転生させられないんですよね。どうしましょうか」
そう言って腕を組む麗しい女神様。
うん、絵になるな。
……まてよ、こいつサイコパス女神だったな。そう言われる奴は、困ったらどうするか。
……展開が読めてしまった。ていうか、もう腕を振りかぶっている。
「ちょい待て! 意識をなくせば良いんだったら、俺が眠るまで待ってくれよ! 仮にも女神なんだろ、そこは慈愛の心を持ってくれ!」
俺の必死の叫びも目の色が変わってしまったレアには届かない。
「あなたは今、魂だけ存在なんですよね。要するに自分から眠れないんです。だけどここにそれに干渉できるか存在が居ます。……私ですね」
「ちょやめ……、動けねえ!」
何故かおれの体はロープで縛られたみたいに動かなかった。
そして何かのスイッチが入ってしまったレアは、
「魔王を倒したら良いことがあるかも知れませんよ? という事で……イブキさん」
やっと慈愛に満ちた顔で俺に語りかけた。
「異世界で前世みたいに呆気なく死なないように! ……それでは、行ってらっしゃい!」
綺麗な右アッパーが、俺の脳を揺らした——
作者の名前と一颯君の名前がなぜ似てるかというと、「イブキ」という名前は決めていたのです。そこで、漢字をどうしようかと調べたところ「一颯」でそう読ませるのがあると知り、絶対これにするしかない! と思ったからです。
ありがとう。グーグル先生。