十五話 風神の従者は「変えて欲しい」
氷魔法を放ちながらシルフィが叫ぶ。
「懐かしいね! 昔もよく喧嘩して、フラムがよく泣いてた!」
その氷魔法を炎魔法で防ぎながらフラムも叫ぶ。
「捏造しないでもらえるかな? 君は『氷雪の魔女』の力を使いこなせて無かったじゃないか! ……でも、今はとても楽しいよ! もっと……もっと楽しもう!」
壮絶な魔法合戦だ。
氷塊が現れては溶け、炎がシルフィを襲っては掻き消えて。
熱いし、冷たい。そんな混沌な状況を二人が生み出していた。
「イブキ、本当に大丈夫ですか? あんな奴に隙なんてあると思えませんが」
と、ガブが不安そうに呟いた。
「多分」
「そこは絶対って言って欲しかったです」
そこは絶対とは言えないのだ。
だけど、勝算は高い、はず。
「だから、今は……」
見守ろう、そう言おうとすると。
「ええ、シルフィが負ける訳ありません。私たちが信じなくて誰が信じるんですか!」
「……そうだな」
コイツもいい奴だ。
俺はそう思いながらシルフィとフラムに目をやる。
「『フリーズ・アイスバーン』ッッ!!」
シルフィがフラムの下の地面を凍らせるが。
「おっと、フリーズの応用か。良いね、良い戦い方だ! その力を魔王軍で活かそうよ!」
「しつこい! 私には二人が居るから、関係ない! 『アイス・カーニバル』!!」
しれっと最強魔法を放つシルフィだが、当然のように炎で打ち消されてしまう。
「うーん、勿体ないと思うけどなあ。そんなにあの男がいいの? パッとしないじゃん」
「パッとはしないし、存在感はあんまりだけど、その本音は優しいとこに惹かれたんだ!」
……最初ちょっとヒドい事言われたけど……嬉しいな。
「ちょっと、私がいるのでそんなニヤけないでくださいよ」
ガブが頬をぷっくりさせている。
「お、何だガブ、妬いてんのか。悪いがな、これは今に始まった事じゃない……ので毒魔法使わないでください」
というか、今の空気を読み取れ。
だからぼっちだったと思うぞ。
「……それにしてもシルフィがこんなに成長するなんてなあ。昔はあんなにちっちゃかったのに……。ロリフィだったのに、時代の流れって凄いねえ」
……その話、凄く聞きたい。
と、それに反応したシルフィが。
「ロ、ロロロロリフィは昔の話でしょ! それは良いから早く倒れなよ! 『アイス・スピア』!!」
動揺しながら氷の矢を放つ。
「『ファイア・ウォール』……昔は素直だったのに、今は僕の前に立ちはだかって……。それにしても、一進一退の攻防だと思ってないかい?」
フラムの目が、隠密スキルで隠れているはずの俺たちを見たような気がした。
心臓の動きが速くなるのを感じる。
「……どう言う事?」
「そのまんまさ。今の君は二人を守れるのかなって、思っただけ」
「……守るよ。それがどんな方法であったとしても、私の仲間は死なせない!」
睨みつけながらシルフィは叫んだ。
すると、フラムが力を抜いたようにフラッとして……。
「……そうかい。……じゃあ楽しい時間は終わりだね。……『ファイア・ボール』!!」
その火の玉はシルフィではなく俺に向かって……!
「……えっ? ああっ! あっつゥ!! な、何で……」
俺の左腕に直撃した。
その瞬間は何が起こったか分からず、遅れて皮膚が焼かれる痛みが俺を襲った。
「いやあ、途中から気付いたんだよね。スキルで隠れてたんでしょ? 半端な相手だったらそれでも良いかも知れないけど、僕くらいになったらちょいと気を張れば分かるね」
……油断した。
「もう隠れてないで出てきなよ。君ともお話ししてみたいなあ」
「イブキ、ダメ!」
シルフィが必死に叫ぶ。
俺も出て行きたくない。
でも不意打ちで勝てるほどの相手ではない。
……。
少しぐらいは賭けよう。……俺のラックに!
俺は泣きそうになってるガブに、
「ガブ、お前はここに居てくれ。俺がアイツと決着をつけてやる。流れ弾に当たるんじゃないぞ」
「分かりました。……最後はカッコ良く、華やかに散ってくださいね」
「絶対散らないからな!」
こんな時まで、いつもの調子だ。
少しだけ安心してしまう。
俺は左腕にコールド・ウィンドを吹きかけながらシルフィの前に出て行った。
「……何で」
シルフィが悲しそうに息を漏らす。
俺はその銀色の頭に手を置いて……。
「おらああああああああ!!!」
「えっちょっ何? やめてえええ!!」
思いっきりクシャクシャにした。
「よし、シルフィ。今からは俺の番だ。今、髪をクシャクシャした分だけ、帰ったら同じことをしてくれ」
そんな俺に複雑な表情をするジト目のシルフィ。
「……なんかカッコ悪いんだよね、イブキって。……でも分かった。気をつけて、フラムは飄々としてるけどやる時はやるから」
ああ、アイツは何か気に入らねー。
俺がぶん殴ってやる。
俺は大きく頷き、フラムと相対する。
「フフっ、まずは自己紹介だね。僕はフラム・ヘイルメル。君は……イブキ君だね」
「ああ、俺の名前は深巳一颯。風神の従者のフカミイブキだ!」
その時、フラムの眉がピクリと動いた。
「風神……ああ、レアか。へえ、やっぱり君面白いなあ。って事は風魔法で戦ってくれるの?」
俺はその言葉に手をかざして魔法を……。
「いーや? お前はこの短剣で十分だ。良いだろ? 冒険者がただの短剣で魔王軍幹部を倒す、良いストーリーじゃないか」
ではなく、腰の短剣を引き抜き、挑発的に言い放った。
舞台は雪が降り、火柱が覆う大地。
相手は魔王軍幹部。
……相手にとって不足なし! しかし、力の差は歴然。
いや、良いのだ。最初から正攻法で倒そうとは思ってない。
フラムは俺の言葉の罠に引っかかったのか、
「……それは僕を舐めてる……って事かい?」
笑ってはいるが、より一層圧が増した。
物怖じしてはいけない。
「そう思ってくれて構わない。……お前の炎魔法は俺にとっちゃ焚き火のようなもんだ! 怖くなんか無いんだよ!」
俺にとって精一杯の挑発。
フラムは深々とため息をつき俺を睨みつけた。
「分かったよ。……そこまで言うならその挑発に乗ってみるよ。せいぜい、僕を楽しませてくれ! 『ファイア・ボール』ッッ!!」
「——あぶねえ! 不意打ちは卑怯だろお!」
——不意打ちで始まったこの勝負。
フラムは俺の発言の嘘をほぼ見抜いてるのか、俺がギリギリ避けられる所に魔法を放ってくる。
要するにこっちが舐められてる。
まあ、しょうがない。
左腕は痛むし、炎の熱さに汗が滲む。
だけど、こんぐらい我慢できないと……!
俺は気力を振り絞り立ち上がるが。
「……ハア……ハア」
「あらら、随分息が上がってるねえ。体力つけた方が良いんじゃないの?」
フラムは魔法を連発してるのに魔力切れを起こす気配すらない。
流石は魔王軍幹部。
「ガブからも言われたよ……街に帰ったら何かやろうかな……」
「この状況でも僕を倒せると思ってるのか。愉快だなあ」
フラムが冷えた笑いを飛ばすが。
「俺の国には《能ある鷹は爪を隠す》って言葉があるんだ。つまり奥の手は最後まで見せないことだ」
「ふーん、そうかい」
その刹那、フラムの体を炎が纏う。
本気だ。すぐに分かってしまう。
異様な雰囲気に俺は言葉もでず、ただ立ちすくんでしまった。
……ええ。これ行ける? 俺が思いついてる方法で倒せる?
すると……、
「イブキー! 負けるな!」
「イブキならいけますよ!」
どこからか二人の声が聞こえた。
無茶振りもほどほどにしてくれよ……。
「……君、何笑ってるんだい? この状況で面白い事なんてあるのかな?」
俺は無意識のうちに笑っていたようだ。
そりゃあね?
「良い仲間に出会えたなあって」
「そう。……じゃあ最後に聞きたいんだ」
「? 何だ?」
「フカミイブキ。君にとってシルフィーラ・ヘイルメルはどういう存在なんだ?」
そんな事を聞いてきた。
答えは決まってる。出会った時から。
それは。
「俺にとって一番大切な人だ。それはパーティメンバーとしても異性としても、全てにおいて一番大切で大好きな人だ。……だからお前倒して、みんなで笑って街に帰る!!」
フラムはその言葉を聞き終えると、片手を突き出してきた。
何かの炎魔法を使うつもりだろう。
……ここだ。チャンスは今だけだ。
「君のその言葉、忘れないよ。さようなら、フカミイブキ」
「シルフィ今からだ! 気を抜くなよ!」
「分かった!」
「遅い! 『デスフレイム』ッッッ!!!」
俺はフラムが魔法を放つ瞬間、彼に向かって走り出した。
当たれば焼け死ぬであろう炎が、目の前に届く——直前。
「うらあああああ!! 『コールド・ウィンド』ォォォ!!!」
ほぼ全魔力、渾身のコールド・ウィンドを放ち相殺させた。
「なに! 打ち消しただと?! そんな力が有ったのか?!」
驚愕したフラムに俺はそのまま駆け寄り。
「風の女神の力、舐めんじゃねえ!! これでもくらええ!!」
短剣……ではなく、ペンダントを体当たりの隙に付けてやった。
「うああっ?!」
フラムが体当たりの多少のダメージに小さく喘いだ。
ふらふらと立ち上がり頭を揺らす。
しかし、徐々にイラついた調子になっていた。
「……いててて。……何だい? そんなのが君の本気? 呆れた、本当に呆れたよ! そんなので僕を倒せるとでも?!」
フラムは首に掛けられたペンダントに気が付いてない。
知らないだろうな。
そのペンダントにはとある力がある。
一つは『異世界の言語が分かる』という力。
——二つ目は……。
「……大真面目だよコノヤロォォォォ!!」
「諦めが悪いよ! 『デスフレイム』!! ……あれっ、魔法が……ぐあッ!!」
俺は魔法が不発して隙が出来たフラムに渾身のグーパンをかましてやった。
二つ目は『風の女神の力しか使えなくなる』のだ。
もうコイツは炎魔法は使えない。
今だけは、フラムが『風神の従者』なのだ。
「な、何で……?!」
フラムは俺のグーパンに信じられないと目を見開く。
と、シルフィの方から冷気が漂ってきた。魔力を練り始めたみたいだ。そうする事によって威力が上がる。
「……シルフィ、君は何を? 『ファイア・ボール』! 『フレイム・ショック』! ……何で! 何で魔法が使えないんだ!」
心なしか泣きそうなフラム。
……良い顔が台無しだな。
俺はシルフィの方を向くと彼女と目が合った。
ペンダントが無いから言葉は通じない。
しかし、想いは通じている! ……はず!
俺は大きく頷き、言ってやった。
「シルフィ行け! やってしまえ!」
「や、やめろシルフィー!」
「—————ッッ!!」
シルフィが魔法を放った。
次々と周りに氷柱が立って行き、フラムに襲いかかる。
言葉が分からないので、何と言ったのか分からない。
けど、シルフィはアイスカーニバルと言ったはずだ。
確信はないけどそう思う。
しかし、その魔法はフラムの目の前で——
「……え?」
急激に激しさを失った。
な、何で。シルフィが失敗したのか?
「————」
シルフィが何か呟いた。
「……良いのかい? 僕を逃したらしつこいよ?」
え? 逃がす? ……シルフィは何を?
「————」
「そうかい、分かったよ。君の情けを受け取ろう。……シルフィ、今日は会えて良かったよ。また会おうか」
フラムは背中を見せて歩いて行く。
「あ、おい! そのペンダント返してくれ!」
「ん、あらら。掛かっていたのか、はい」
首のペンダントを律儀にも手渡しで返してくれた。
それでも気づかないとは、思ったより間抜けらしい。
とある雪原に、魔王軍幹部の炎が燃えている。
その間を涼しげに通る、赤黒い髪に端正な顔立ちの青年、フラム・ヘイルメルは。
——そのまま雪原へと消えていった。
俺はあっという間の出来事に整理がつかずにいた。
ぼろぼろの左腕を労りながら、ペンダントを首に掛ける。
二人の方を向くと、ガブは少しだけ安心していて、シルフィは曇り空を眺めている。
「……シルフィ、どうして?」
シルフィは立ち尽くし、震える声で言った。
「ごめん」
……そんなに悲しい顔しないでくれよ。
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