十話 降り注ぐ雨にレクイエムを
どうも、楓乃颯です。
最近、寒いし暖かいですよね。
体調管理気をつけて、是非ご覧ください!
「——こ、こここんな美味しそうなの、わ、私? 私のために?」
「もちろん! トレニアさんのために作ったんだから、たくさん食べてね! おかわりもあるから!」
「やっだあああ! 久しぶりのちゃんとした朝ごはんだああああ!! シルフィさん、レア様、ありがとうございます!!」
「「……」」
朝起きると、この教会の聖職者であるトレニアがリビングで豪華な朝ごはんを前に泣き崩れていた。
出会ってから一日も経ってないがこの人は本当に大丈夫なのだろうか。
俺と、金髪の盗賊、ガブリエルはエプロンを着ていて満足そうな銀髪のハイマジシャン、シルフィに耳打ちをする。
「なあ、確かに朝ごはん作るのが条件だけどちょっと豪華すぎじゃないか? ていうかあの卵焼き何? なんかキラキラしてるんだけど?」
「そうですよシルフィ。ああいう人には、ご飯と梅干し出しとけば勝手に喜びますよ」
「まあまあ、イブキとガブリエルの分も有るから早く座って。一緒に食べよ?」
俺たちがそう忠告したのだが、シルフィは気にすることもしない。
俺はため息をつき、椅子に座るとその卵焼きを頬張り……。
……うっま! 何コレ、すっげえ美味い!
「ふふ、美味しい? 結構安めな卵を使ったんだけど、どう?」
「めちゃくちゃ美味い! さすがシルフィ、料理も上手いなんて言う事なしだな!」
その卵焼きは卵の安さを感じさせない、完璧な火加減に整った味で気怠げな脳を一口で覚醒させた。
泣きながら食事をするトレニアを尻目に、俺はシルフィの作った朝食を食べていると、
「『バッドラック・シンフォニー』ッッ!!」
トレニアが俺に向けて魔法を放った。
「え? なんで急に魔法? ていうか何、これ?」
一瞬だけだが、俺の体を黒い霧のような物が包んだ。
「それは運を下げる魔法よ。何か貴方のその笑顔、レア様にに相応しくないわ。……何? 文句あるのかしら?」
「あるに決まってんだろ! 何だ、俺はここで笑っちゃいけないのかよ!」
何してくれてんだこの人!
俺はトレニアの顔面に渾身の『コールド・ウィンド』を放とうと席を立とうとした瞬間——
——椅子の脚が折れ、俺は後ろに転げ落ちた。
「あーあ、タンコブになってますね。……不運でしたね、急に椅子の脚が折れるなんて」
「俺だって、好きに不運になってねーよ」
ガブに手当されている俺はトレニアの方を向きながらそう言った。
「そうね、私の魔法が凄すぎたわけだからよね。……けど、ちょっと痛そう……。しょうがないわね、『ヒール』!!」
その言葉と同時に俺の頭から痛みがスーッと引いていった。
タンコブがあった場所を触るとそれが跡形も無く消えている。
この人は腐っても聖職者、回復魔法は使えるらしい。
少しぐらいは感謝したほうがいいのか? ……いや怪我した原因、厳密に言えばこの人だった。
というかまだ朝だ。
何故朝から一悶着があるのだろう。
「ひとまず朝ごはん食べてしまおう。せっかくシルフィが作ってくれたんだからな」
「ええそうしましょう。美味しい食事が冷めてしまうわね」
俺たちはもう一度食卓に戻り、食事を取り始めた。
俺以外の三人はやはりこの世界の人だからか、話が進む。それでも魔王軍の話になるとシルフィが顔を少しだけしかめるが。
時々モンスターの名前らしき単語も飛び出してくるが、そこは流石の俺のゲーム脳。ほとんど分かってしまう。この部分の異世界の支障は無さそうだ。
そんな感じで他愛もない話をしていると、
「そういえば、イブキ君は『風神の従者』ってユニークスキルを持っているのよね」
あまり振られたくない話をされた。
正直、レアの悪口なんか言ったらこの人にやばい事されそうだな。
「……一応」
「なんで嫌そうなの? 誇ってもいい最高なスキルじゃない! 私、とても羨ましいのよ?」
「いや、別に嫌そうにしてるわけじゃ……。というかトレニアさん、何歳ですか。ちゃんと歳にあった言動をしましょうよ」
俺の言葉にトレニアは嫌そうにせず。
「あら、私はイブキ君より四つ上の二十二歳よ? 全然君の歳なら範囲内なんだから!」
すみません、歳上も良いですけど、俺にはシルフィがいるんで!
グイグイと来るトレニアをどう抑えようか悩んでいるその時……。
「——マジか」
突然、独特な匂いが流れてきた。
「? どうしたのイブキ?」
次第に鼻をつくような濁った匂いは強くなっていく。
「どうしたも何も、この匂いに気づかないのか?」
「匂い? 別に何も似合いませんけど……まさかオナラですか、すかしっぺですか?」
「違えわこの野郎」
俺はこの匂いが何なのか知っている。
鼻をつまむガブをよそに、俺はその匂いの正体について言及した。
「……雨が降ってきた。ガブ、ちょっとベランダに出てみてくれ。多分大雨だから」
そう、これは雨の匂いだ。この土なのか水なのか分からないこの匂い。
仕方ないですね、と言いガブはリビングの奥にあるベランダに歩いていき、そして驚いて戻ってきた。
やはり雨だったか。
何か、こういう《俺にしか分からないの》ってなんか良いなあ。
そう思っていると、シルフィが。
「何で雨だと分かったの? ていうか、何でドヤ顔? 雨季に入ったらヤバいって言ってたのイブキじゃない」
「昔、田舎に住んでいる時に飽きるほど匂ってたんだよ忘れてたあああああ!!」
そうだ雨季になるとクエストが無いって俺が言ってたじゃ無いか!
先程のドヤ顔を取り消したい!
「ぶふっ!」
「笑わないでくれえ!」
吹き出すトレニアを横目に俺はがっくりと項垂れた。
「どうしよう。全然お金が無い……。やっぱりアルバイトしないといけないのか? 時間に縛られ、上司という奴に罵られなければいけないのか?そんなアルバイトが俺に出来るのか?」
「何かアルバイトの概念が少しズレてるような……」
突っ込んでくるガブは無視して、俺がぶつぶつと言ってると。
「……なんて雪に変え………」
シルフィが小さな声で呟いた。
「ん? シルフィ、なんて?」
俺がそう言うと立ち上がったシルフィが自信満々に!
「雨なんて雪に変えてしまおう! 私に任せて!!」
「……マジで?」
氷雪の魔女の本領発揮か?
■■■■■
「ねえ今から使う魔法に名前なんてあるのかしら?」
「いや、多分使えるのこの世で私だけだから名前なんて無いけど……」
今、サラッとすごい事言ったな。
俺たちは今、教会の玄関の外にいる。
結構大きなこの教会の玄関は、四人が立っていても余るほどのスペースがあった。
——雨を雪に変える。
ここは異世界だし、日本ではあり得ないことも出来るかもしれない。
雨を雪に、曇りを晴れに、朝を夜に。流石に最後のは出来そうもないけど。
「それなら私が名付けてあげるわ。んーとね、『スノーワールド・レクイエム』とかどう?」
何だその世界が終わりそうなヤツは。
「シルフィ、それで何をどうするんだ? わかりやすく頼む」
エプロンから普段の服装に着替えたシルフィに俺は尋ねた。
「えーと、私の魔力の塊を空に放って、それを空で飛散させるの。そうしたら上空は真冬と同じ気温になって、それで雪になるかなって」
「単語は分かるけど言ってる意味が分からん」
と、シルフィの周りが歪んで見えてきた。
コレ見たことあるな。確か初めて出会ったあの洞窟の時と同じだ。
「ななななんですか、この魔力は! シルフィ、やはり貴方何者ですか?!」
「よーし、俺たちは下がっておこう。シルフィ、がんばれ!」
「なんでイブキは落ち着いているんですか! あわわわわわ」
シルフィは何やら白いオーラに包まれている。
さすがは氷雪の魔女と呼ばれた元魔王軍幹部。
まあ、俺はよく分かんないけど。
「『スノーワールド・レクイエム』ッッ!!」
シルフィが空に向けて魔法を——!
「——めちゃくちゃ積もったな!」
シルフィが魔法を放ってから一時間後。
先程のジメジメとした雨特有の気候から一転、街は銀世界へと変貌していた。
俺はまだ冬用の服は持ってなかったのでガブから借りて寒さを凌いでいた。
「そうでしょそうでしょ! これで雨季でもクエストが出来るよイブキ!」
「偉いぞシルフィ、ありがとう」
俺がシルフィの頭を撫でるとえへへと言って笑ってくれる。
すると、耳当てやマフラーなどの防寒対策をしたトレニアが教会から出てきた。
「雪! 雪だわ! コレはもう遊ぶしか無いわね!」
「おー楽しそうで何より」
子供のようにはしゃぐトレニアは置いといて、俺は街に目を向ける。
石造りの家に雪が積もり、日本では着ないような洋服を着ている子供たちが遊んでいる。
そして遠くを見るとどこまでも広い銀世界が続いていた。
車なんてものは走ってないし、電柱も無い。
俺も日本では田舎に住んでいたけど、こういうのを見ると……。
「本当に異世界なんだなあ」
俺は小さな声で呟いた。
「ん? なんて言ったの?」
「いや、何でも。それよりシルフィ、フラフラするとか無いか? 魔力を使いすぎると体調悪くなるってギルドのお姉さんが言ってたんだけど」
「ううん、大丈夫だよ。それよりイブキも遊ばないの? トレニアさんみたいに」
指をさした方には、早速雪だるまを作っているトレニアが見受けられた。
この人の精神年齢いくつなんだろう。
と思っていると、俺たちの目線に気が付いたのかトレニアが「イブキくーん」と俺を呼んできた。
俺はシルフィと目を合わせると、駆け足で向かった。
「何ですか、トレニアさん。雪合戦の的役ならしませんよ」
一応、歳上なので最小限の敬意は払いつつ俺は冗談を言う。
「別にそれで呼んだわけじゃないんだけど、それも面白そう……。じゃなくて、普通に雪合戦しない? ほら、この教会を使わせてる訳だし、もうちょっと私の言うこと聞いてくれても?」
冗談が現実になりそうで焦った。
何か、このままだとつけ上がりそうだけど、雪合戦くらいなら良いかな。
俺は白い息を吐き出すと。
「良いですよ。じゃあ十分間で何回顔に当たったかで勝負です。……甲斐キャノン、今宮ばりの強肩を見せててやるんで覚悟して下さいよ!」
「良いわね! 私、真剣勝負って好きなのよ! たとえ雪合戦でも手加減しないわ! 覚悟なさい! ……て事でスタート! それ!」
「へぶ!」
トレニアが、開始を宣言した瞬間に雪玉を投げてきた。
ズルい! 真剣勝負とは一体?!
顔の雪を払いのけると目の前のトレニアは悪い笑みを浮かべていた。
よし。大人だろうが関係ないな。泣かす。
「……はあ。そっちがその気なら俺も容赦しないぞ。……くらえ!」
俺は思いっきり雪玉を振りかぶり、投げた。
しかし……。
「あら、良いのは威勢だけかしら? あらぬ方向じゃない」
よし、油断しているな。
俺は飛んでいく雪玉を意識して……。
「そこだ! 『リード・ウィンド』!!」
風魔法を放ち、雪玉のコースを誘導してトレニアの顔面に当てた!
リード・ウィンドは手のひらから生み出した風を自在に操る魔法。
しかも俺の魔法適正の値の高さを見るとミリ単位の調整が可能なのだ。
「ッッ! ……ちょっと魔法はズルいんじゃない?! しかもレア様が創りし風魔法をこんな遊びに使うなんて!」
トレニアが抗議してくるが。
「何言ってんだ! あんただって卑怯な手使ってましたよね。あと、魔法を使ってはダメなんてルール作ってないからセーフですよ!」
何事もルールを作る、または聞くときの注意は必要だ。
するとトレニアが深刻そうな顔をする。
「何か、ガブちゃんがイブキ君の事、鬼畜だって言ってた理由が分かる気がする……。良いわ。それなら本気で勝負してあげる! それそれそれ!!」
トレニアがこれでもかと沢山の雪玉を投げてきた。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる作戦のようだが……。
「今の俺には関係ねえ! 『ウォーム・ウィンド』!!」
その全ての雪玉を渾身の温風、もとい熱風で溶かしきった。
「ふはははは!! 最高! 最高だ! 今だけはありがとう、レア!」
思ったより魔法の威力が強くて、高笑いを上げてしまう。
その反対に、トレニアは今にも泣き出しそうだ。
というか、積もった雪の上に座り込んで……。
「ズルい、ズルい! レア様のご加護を使うなんてズルい! 私だって……私だって! ……うわあああん——!」
泣き出してしまった。
流石にここまでするつもりでは無かったけど。
あと、周りで遊んでた子供が変な目で見てるからやめて欲しい。
と、シルフィとガブがやってきて、可哀想な顔をした。
「イブキ、謝ろう? これは君が大人気ないよ」
「イブキ、謝りましょう。流石にトレニアに同情します」
……。
「……そうだな」
俺は未だ泣き喚いているトレニアに近づき、膝をついた。
そして肩に手を置いて。
「いやあ、その何か……すみませんでした。俺も酷い事をしてしまいました。これ、ハンカチです。元凶の俺が言うのもなんですけど、好きなだけ泣いてください」
俺がそう謝ると、トレニアはパチクリと目を見開いた。
「……あの。急に優しくされると、何か良いなって許しちゃう私ってもう駄目かしら?」
……ダメですね。
雨期なのに雪が降るこのイグニスの街で、一人のダメ人間が——その空の下、泣いた。
いやあ、僕も雪合戦したいなあ。と
……と願う、引きこもりの楓乃颯だった。




