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滝沢は異世界に転移しました。  作者: 身作捉
第一章 はじめての異世界編
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第一話「はじめての異世界」

 タケルが目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。

 病院のように白くはないしホテルのような内装でもない。強いて言えば富豪の屋敷の客間だろうか。

 少し考えてから身体を起こし、窓に横付けされたベッドの上から外を見ると噴水のある庭園が見えた。

 ここが日本でないことは明らかであるし、ましてエベレストの麓でもない。


 ふと胸に手を触れると、何か違和感があった。


「傷がない」


 エベレストでの戦いで守から受けた深くえぐるような傷がなかったのだ。服を脱いで目視すると確かに傷の跡が袈裟に深く残っているものの痛みは無く、すでに完治しているようだった。


 意味もなく辺りを見回し、意味もなく考えを巡らせていると、扉をノックする音が聞こえた。

 はい。

 そう返事をすると、長身で焦げ茶色の髪をした女性が部屋に入ってきた。

 女性はその立ち居振る舞いから只者ではない雰囲気を発しているが、それよりもタケルが気になったのは全く軸のぶれない体幹の強さだろうか。

 思いがけずその所作、筋肉の付きなどを確認していると女性はにこやかに軽く会釈をして口を開いた。


「はじめまして。この館の主人をしています。スー商会代表のエミリー・スーと申します。お体のほうは大丈夫でしょうか?」


 エミリー・スーと名乗った女性にタケルはちょっとした違和感を感じた。


「タケル・タキザワです。痛みもなく、だるさや寒気といったものもありません」


 だがその違和感が何であったのかタケルは気づくことができなかった。


「それはよかったです。草原であなたを見つけた時はもう手遅れかと思いましたから」


 タケルの声を聴くとスー女史は安心したような表情を見せ無駄のない動きでベッドに近づき、握手を求める。タケルが差し出された手を迷いなく握ると彼女はその手を軽く上下に振った。そのまま手を両手で握り、胸に抱くように近づけて真っ黒な瞳を細めていう。


「どうにか死ぬ前に助けることができました。これも何かの縁です。よろしくお願いしますね」


 タケルはその手を握り返し祈るように感謝を伝えた。


「こんな見ず知らずの者を助けてくださって本当にありがとうございます」


「いえいえ。勇者として当然のことをしたまでです」


 謙遜気味にスー女史の口から聞き慣れない単語が出てきた。


「勇者?」


 その瞬間、タケルの中の違和感は大きくなった。


「ええ。私は勇者と呼ばれています。最も、あなたが元いた世界では馴染みのないものかもしれませんが」


 元いた世界。つまり自分は異世界にいると。彼女が嘘をついているようには感じられなかったが、にわかには信じられない話だった。


「何か質問がありますか? 望むのならばこの世界の歴史程度はお話できますよ」


 しかし、タケルは今このタイミングではじめにスー女史の言葉を聞いたときの違和感の正体に気がついた。

 ――口の動きが、知らない言語だ。

 全く知らない言語のはずなのに、日本語として()()()()()()()()()()()のだ。加えて自分は間違いなく日本語を使っているのにもかかわらず相手に伝わっている。現状、タケルの知識ではこの現象を説明することができない。ならばここは、異世界と考えるのが至極普通であった。


「ではまず、日銭を稼ぐ方法を」


 だからと言って焦ることなどはない。異世界にいる? それがどうした。敬愛する守先輩はもういない。あの世界に戻る方法など必要ない。むしろこれはチャンスだ。今まで守先輩に依存してきた自分がこの野生でどう生き抜くか、そして何より、守先輩の教えを実践できるのか。


「わかりました。ではこちらからも質問があります。あなたは、腕っ節には自信がありますか?」


「はい。人並みには」



――――――――

――――


 スー女史の館で話を一通り聞いた後、それでは善は急げといいますから。とすぐに馬車に乗せられた。


 そのまま一時間ほど行き先もわからずに揺られていると馬車が止まる。つきました。というスー女史の言葉から数秒遅れて馬車の扉が開く。するとそびえ立つ巨大な城壁のようなものが見えた。

 透き通るような青空と草原、城壁のコントラストのミスマッチが非現実的で心が躍るような冒険を想像させる。


「おお……、これはすごい!」


 タケルのつぶやきにスー女史はにこにこと答える。


「ここがセセレニアです」


 タケルが馬車から降りると、スー女史の従者が荷物を持たせた。

 この世界では一般的なマジックポーチである。その中身はタケルが倒れていた場所のすぐ近くに突き刺さっていたと言うタケル愛用のマチェーテと守先輩のピッケル、そしてエミリー・スーからギルドに宛てた紹介状、そして奥のほうに得体のしれない液体が入った小瓶が10本。


「私は仕事がありますからここまでですが、どうかお気をつけて。心ばかりですがポーチの中にはギルドへの推薦状とエリクサーを入れておきました。有効活用してください」


「はい。ここまでしていただいてなんとお礼をしたらいいか。本当にありがとうございます」


「勇者として当然のことをしたまでですから、お気になさらずに。ではお気をつけて」


 タケルが深々と頭を下げるとスー女史は軽く会釈して馬車を走らせていった。


 さて、タケルの目の前にはしっかりとした作りの橋があり、その奥に門がある。門に守衛はおらず、来る者は拒まず、と威風堂々としたたたずまいだった。


<前線都市セセレニア>


 12年前にスー女史が勇者として魔王を討伐するまで、反魔王派の前線拠点として多くの冒険者を支えた街である。冒険者のための設備と施設、冒険者を対象とした商業によって栄えに栄え、一時期臨時王宮すらも建設された。その繁栄ぶりは魔王討伐後も衰えを知らず、今でも三流から一流、あらゆる冒険者の生活の基盤となっている。


 タケルが次に行くべき場所は、門から大通りを100mあまり、向かって右側に見える建物が目的地である冒険者ギルドだが……まあ、まず目につくのはそんな100mの間に十何ヶ所と点在する『冒険者ギルドはこちら』という内容の看板か。


「……妙に多い看板、なるほど。これが名物〈無駄にある看板〉と」


 馬車の中で聞いた通りの光景にタケルは薄い目をしながらその看板の通りを歩いていく。少しして、ギルドの前に立てばその光景にため息が止まらなくなったのはタケルだけではないだろう。ここまで道にあった看板の数倍の量とも言える看板が『冒険者ギルドはこちら』と一つの建物を指しているのだ。看板は建物の壁にもびっしりと打ち付けられ、隙間からはかつてこの建物を建てた匠の意匠がその顔をのぞかせているのだ。

 まっこと残念な建物である。


「これはひどい」


 思わず苦笑いを浮かべるも、タケルは再び歩みを進めギルドの扉を開いた。

 軋むような音を想像するも扉は音もなくするりと開いた。


「へえ……良い雰囲気」


 残念な外装とは打って変わり、内装は落ち着いた照明が照らす酒場のような空間だった。

 入ってすぐの正面には受付があり、左右には広く酒場がある。酒場では屈強な男や目力の強い女たちが酒を飲み、肉に食らいついて騒いでいる。

 オレンジがかった落ち着いた照明と雑多な騒ぎ声、油で少しベタつく床、料理と酒と汗と鉄と血の混ざり合った匂い。どれもタケルの肌によくあった。


 そのままよく考えずに受付に向かって歩くと、一番左の受付嬢が手を振って来る。


「新規登録の方はこちらです!」


 軽く会釈し、カウンターに向かう。


「こんにちは」


 妙にテンションの高い、()()()()の女性だった。長い金色の髪は肩のところでまとめられそのまま後ろに流されている。鋭い目は猛禽類のそれだろうか。また、ほかの受付嬢と比べても体格がしっかりしており、かなり鍛えられているように感じる。


「はい! こんにちは! 新規登録ですね! では、説明させていただきますが、コースが2種類あります!」


 そして激しい。


「はい」


「一つめ! 俺はすぐに冒険に行くんだッ! せっかちな死にたがりさんのための通常コース! 二つめ! そんな急いでも死ぬのが早くなるだけさ……俺はギルドの歴史も知りたいね。飴ちゃんもおまけしますよながながコース! さあさあ、どちらか選んでシルブプレ!」


 この気持ちをどう表現するのか、タケルには言い表すことができなかった。だがしかし、タケルは自らの耳が熱を持っていることをかすかに感じていた。


「さ! シル・ブ・プレ!」


 さらに押しが強い。タケルはいたたまれずばっと後ろを確認してから絞り出すように口を開いた。


「……ながながコースで」


 聞くが早いか、受付嬢の口角がぐいーっと、裂けたかのようにあがる。


「っ飴ちゃんもおまけするよながながコース入りましたッッッ!!!!」





タケル「あの、紹介状をもらっt」

受付嬢「とりあえずあそこの席がいいですね! あの席が! あの席がッッッッ!!!!!!」

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