イト
俺はその本に特別興味があったわけでもなかったが、その本を手放せなかった。気づけば俺はその本を開いていた。その本は作者の前書きから始まり、その次にパラレルワールドはなにかということが書いてあった。
”パラレルワールドー観察者のいる世界から分岐し、その世界と並行して存在する世界”
この時自分の中で絡まっていた糸が、ほどけ一本になるのを感じた。自分はいままで何かの拍子にタイムスリップをしたのだと思っていた。しかしそれでは俺がこの世界に干渉していないことまで変わっていることに対して説明がつかなかったが、たった今それらの問題が解決した気がした。おそらく、この世界に来るときに一組の平行線間において、横にスライドするのではなく斜めに移動するような感じでこの世界に来たのだろう。そのために時間のラグが発生した。そう考えると納得がいった。
「おにいちゃん、そろそろ帰ろ。」
参考書のほかにも数冊の小説が入った、ビニール袋をもっているところを見ると彼女の買いたいものはちゃんと買えたらしい。
「でも珍しいね、こんなばりばり数学使いそうなものに興味を示すなんて。いつも数字を見るだけで震えるとか言ってんのに。」
俺は、昨日の夕方より前の俺を知らない。これがこの世界で暮らしていくのにどれだけめんどくさいことだろうか。おそらくこの世界に俺が来たということはこの世界の立嶋朝陽は、俺と入れ替わりで昨日までいた世界(元の世界)に行ったと容易に想像がつく。この世界の俺は高校入学したてで数学大嫌いであるのに対し、俺は昨日までいた世界では高校三年生でしかも理系学部進学希望なのだ。そう思うと何とも言われぬ、申し訳なさに襲われた。しかしどうしようもないので、ただひたすら何とかなることを願うばかりだ。
俺は特にこれと言ってみたい本があったわけでもないので、帰路につくことにした。このショッピングモールからさっきとは違う路線に乗ってまた、30分ほど行ったところが家から一番近い駅だ。ここからは家まで20分ほど歩く。
「今日は帰ったら一緒にゲームしようね、昨日おにいちゃんすぐ寝ちゃってできなかったんだから。」
確かにすぐ寝てしまったのもあるが、正直すっかり忘れていた。それが表情に出てしまっていたようで
「あー!おにいちゃん、絶対忘れてたでしょ。やべって思うとすぐ表情に出るからわかるんだよ。」
こっちの世界の俺と無駄なところだけ似てるんだなと思いつつ、こんなにかわいい子と一緒にゲームしかも、妹とゲームだなんてなんど夢に見てきただろう。それが現実のものとなると思うとワクワクが止まらない。
家についたころには、もう六時をまわっていた。すでに夕食の準備ができていたようで、洗面所で手を洗うとすぐに夕食をとることにした。お父さんは仕事で遅くなるようなので、お母さんと三人で食べることになった。いまだに妹がいる食卓にはなれなかったが、すぐになれるだろうと特に気にはならなかった。
夕食を食べ終えたあと、ゲームの前にお風呂に入ることにした。なれない妹との生活、何にも考えず脱衣所に入って服を脱ぎ、浴室に入ると目の前には理想郷が広がっていた。湯気ではっきりとは見えなかったが、そのシルエットだけで彼女がまだ中学生であることを思わせた。いまの自分がどういう状況に立っているのか脳の思考回路が完全にショートしてしまっていて理解ができなかった。すると
「どうしたの、おにいちゃん。久しぶりにうちとお風呂入りたくなった?いいよ、こっち来な。背中ながしてあげる。」
予想もできなかったその発言に動揺は最骨頂まで達し、俺は少しでも落ち着こうとその場から逃げるように立ち去った。
「せっかくのチャンスだったのに…」
妹のこんなつぶやきは、当然俺のとこまで聞こえるはずもなかった。
自分の部屋でゆうみが風呂から上がるのを待ってようと上に上がると、隣の部屋のドアにさっきまではなかった掛札がかけられていた。”優実の部屋”と書かれていた。どうしてこのタイミングなのだろうと思ったが気にせずに自分の部屋に戻った。
優実は20分くらいすると風呂から上がったと知らせに来た。それを聞いてから俺は風呂に入った。湯船につかるとさっきまであの子がここに入っていたのかとおもうとドキドキしたが、俺も高校生男子だそのくらい許してほしい。ただ、それ以上はなにも考えなかった。
風呂から上がると優実はすでに俺の部屋でゲームを起動して待っていた。俺の知っているゲームであってくれと願っていたがどうやらその願いが届いたようで、二年前におれも夢中でやっていた。相手をステージから落とすというシンプルな対戦型ゲームだった。いざ、対戦してみると想像以上に強くここ一年程度あまりやらなかったため、若干のブランクもありちょこちょこ負けたりもした。一瞬でも世界ランク一位になったことある俺を相手にここまで戦えるやつは、なかなかいなかっただけに戦いは白熱し気づけば日をまたいでいた。明日からふつうに授業が始まる(とはいってもガイダンスだけだろうが)のでこの辺で寝ることにした。
その日の朝、部屋に差し込むまぶしい朝日に起こされた。俺は、とっとと身支度をし朝食をとった。七時に出れば八時半からの朝礼には間に合うのだが、この日は六時に家を出た。
学校につくと七時半でこの時間の学校に来ている生徒は、部活の朝練できている生徒がほとんどで一年生はほとんどいなかった。優実に俺の彼女が、なぜかわからないけどいつもこの時間に学校に来ているといっていたのでそれを確認するためにわざわざこの時間に来たのだ。
ーってか、なんであいつが俺の彼女の登校時間を知ってんだよ
帰ったら聞くかと考えていたら、廊下から足音が聞こえた。廊下に出てみると階段の向こう側、つまり内部の生徒の教室に小柄な女の子が入っていくのが見えた。おそるおそる、教室をのぞいてみると黒髪ロングで眼鏡をかけていて身長は小さくあと胸が大きいという、ゆうみが言っていた特徴と合致した女の子がそこにいた。
ーま、まじか。この子が俺の彼女か…
お世辞にもかわいいとは言えない容姿に、この世界の自分の正気を疑った。ばれないようにそっと帰ろうとすると
「挨拶もなしでどこ行くの?」
どうやら、ばれていたらしい。しかもなかなか性格がきつそうな子だ。
ー神よ、なぜあなたはそのような仕打ちを僕にするのですか。
1人称が思わず変わってしまうくらいに、高校生活に絶望を感じた。
ー俺はこの先この子と、どうやって付き合っていけばいいんだろ。