ミレン
日も落ちあたりも暗くなってき、どこかすこし肌寒くなってきた。静かな住宅街に彼女の声が寂しく響き渡る。
彼女は怒っているというより、どこかあきれた様子だった。
「今日から同じ学校に通えるねって、その時は毎日一緒に帰ろうねって言ったのに…。」
彼女の今にも泣きだしそうな背中を見ると少し申し訳なくなったが、これは不可抗力だ。確かに学校で約束の内容を彼女に確認すればよかったかもしれないが、そんなことをすればそれはそれで機嫌を損ねただろう。
それも今のこの状況よりはましだったかもしれないが、こんなことになるなど思ってもいなかった。
「ごめん、悪かった。これからはしっかり約束を守るから許してくれ。」
このような状況に立ったことのなかった俺は、こんなことくらいしかできなかった。すると彼女はそっと顔を上げてこっちのほうを見た。
「ほんと?約束だよ。今度はちゃんと守ってね。」
正直かなりちょろいなと思いつつ、これまでにちゃんと約束を守って信用を勝ち得てくれていた過去の自分に仕切れないほどの感謝を感じていた。
「ここにずっといても寒いだけだし、帰ろうか。」
「うん。」
彼女はそう言って手を俺の手に絡めてきた。少なからずドキッとしたが、俺も高校生男子だ。誰しも女の子(容姿を問わず)から手を繋いで来られたら思うところもあるだろう。
なんとかあの状況を乗り切ることができたのでよかったが、今度は会話も特になくただ歩いているだけなので俺たち二人の間になんとも言われぬ気まずさが漂う。
「あっ、そうだ。帰りに駅前にあるスーパーによってってもいい?ちょっと買いたいものがあるから。」
「うん、いいよ。」
スーパーは駅から歩いて五分もしないところにある。そこのスーパーは一階が食料品や生活用品を売っていて二階には100均やジムなどがあった。彼女は一階にようがあったようなのでその間に俺は二階にある100均に行くことにした。
エスカレーターで二階に上がり特に買いたいものがあるわけではないが、ぶらぶらしているとそこには見覚えのある顔がそこにあった。
彼女はこちらに気付いたようで、そっとこちらに向かって会釈をして逃げるようにしてその場を後にした。あまりに唐突の再会にその場で立ち尽くしていると後ろから買い物を終えた、彼女がきた。
「どうしたの、なんかあった?」
俺の視線の先に彼女も目を合わせ、逃げるようにしてどこかに行こうとするその後ろ姿を見て
「あっ、芽衣じゃん。」
「もしかして知り合い?」
「うん。中学二年の時に同じクラスになってからずっと同じクラスで、学校ではいつも一緒にいるよ。朝陽こそ芽衣のこと知ってんの?」
「あぁ、うん。この前学校で思いっきりタックルくらったからな。」
「なにそれ、意味わかんないんだけど(笑)」
目のまえにいる彼女には申し訳ないが、どうしても芽衣をみると前の世界での気持ちを思いだしてしまう。そんな気持ちのまま俺たちは帰路についた。
学校の最寄からは方面が逆であったのでそこで彼女とは別れた。帰りの電車の中では芽衣のことが頭から離れなかった。
家に着いたのは八時ごろだった。いつも通り家のインターホンを鳴らすと、優実がドアを開けてくれた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。おにいちゃん、なんでお母さんからのメッセージ返信しないの。お母さん、激おこぷんぷん丸だよ。」
学校で携帯の電源を切ったままでまったく携帯を見ていなかった。仮に通知を見れたとしても開いて返信できないので何の意味もないのだが。
優実の言う通り、リビングにいたお母さんからは隠しきれてない、いや隠そうともしていない機嫌悪いですオーラががんがん出ていた。俺のお母さんは怒るときずっと機嫌悪いですアピールをし続けてくるので、怖いとかではないが雰囲気も悪くなるしとりあえず、うっとうしい。
晩御飯をぱぱっと食べてすぐに、二階に上がった。
風呂から上がって歯磨きをして今日も一日、いろいろありすぎて疲れたのでもう寝ようと思いながら部屋に戻ると優実がまたゲームの準備をして待っていた。
「ちょっ、おまえ。今日もやるのか?」
「うん、いいじゃん。一時間だけ!ね。」
そんな捨てられた子犬のような目で見られては、断るにも断れない。
ーーなんでこんなにかわいいんだよ、反則だろ。あぁー、俺の彼女もこんなにかわいかったらなぁ。
「んー、しゃーなしだぞ。おまえも明日から学校だろ。ほんとに一時間たったら終わりだからな。」
「やった!はやくやろやろ。」
優実の腕前は相変わらずで(一日で急に変わるものではないが)俺ももったいぶったくせして、めちゃくちゃ楽しんだ。そうしているうちにあっという間に一時間は過ぎ去っていった。約束通り一時間で切り上げ、寝る準備をしていると
「そういえば、彼女さんとはどーなったの。」
あまり触れられたくない話題ではあったが、気になるのも無理ない。カップルの修羅場などそうそうない。
「あぁ、仲直りしたぞ。もう、何の問題もない。」
「へー、そーなんだ。よかったね。」
ーー自分から聞いてきたのになんだよ。まぁいいけどな。
「ってかなんで、携帯使えないの?」
「パスワード忘れちゃってな。」
「え、おにいちゃん。いっつも財布に念のためにって、パスワードまとめた紙入れてるじゃん。」
「まじか、もっと早く言ってくれよ。あっ、ほんとだ。ってなんで知ってるんだ。」
「まさか、忘れてるなんて思わないじゃん。しっかりしてよね。」
後半の質問をスルーされたのは置いとき、財布を探してみると優実の言っていた紙があった。それを入力すると開いた。そんなことをしていると、優実が部屋に帰るところだった。
「部屋に戻るのか、ありがとうな。おやすみ。」
「うん、おやすみ」
そう言って彼女は俺の部屋を後にした。
こうして激動の三日間は幕を閉じた。