西暦2451年:人間関係がつらい
地球の話です。
地球の管理者などと言うと神の如き万能の存在に思えるが、実際にはただの人間だ。
地球に神などいない。地球の神は、異世界の神々に殺されたのだから。
「メタフィクショナルな言い方をして悪いが、この物語に出てくる地球はニセモノだ」
地球の管理者は朗々と告げる。
地球人類最後の避難所と化した地下シェルターにて、地球の管理者は、実験体たちに真実を伝える。
今や異世界の神々は地球の輪廻に干渉し、地球人の魂を拉致して、自身が管理する世界で受肉させている。
これが何を意味しているのか? 【ラプラス・デモン】は、全ての答えを出してくれた。
「異世界の神々が地球に干渉した時点で、干渉された地球は本物ではない」
異世界の神々による地球干渉は、タイムパラドックス問題と全く同じ命題を抱えている。
例えばの話、未来人が現代にタイムスリップしたとしよう。
すると、未来人が着ている衣服や、それらに付着している微生物類が丸ごと現代に持ち込まれてしまう。
そうなると、どうなるのか?
未来から持ち込まれた物体によって現代の環境は汚染され、本来あるべき環境とは遠ざかった未知の環境へと向かっていく。
その時点で地球宇宙の歴史が分岐する。
その時点? 本当だろうか?
――否。より厳密な判断を下せば、異世界の神々が『地球に干渉する』と意思決定した時点で、地球宇宙の歴史は細かく切り刻まれ、分岐し、枝分かれしてしまう。
そうとも。
異世界の存在は、【意志の力】を使って歴史を切り刻んでいる。
異世界の存在が地球宇宙の輪廻に干渉するという行為には、そういった意味が多分に含まれている。
地球宇宙の歴史をみじんぎりにして弄んでいるのだから、おままごとと言えばおままごとだ。
だが、例えおままごとと言えど、それは、無邪気な悪意の証左に他ならない。
あるいは――明確な悪意に基づいて地球宇宙の歴史を切り刻んでいるか。そのどちらかだろう。
切り刻まれた歴史は分岐し、本来あるべき地球とは全く別の、並行世界と呼ばれる異種の地球宇宙を生み出す。
地球に干渉する異世界の神々は、それと全く同じことを行っている。
かくして地球宇宙の並行世界は無数に広がり、何が偽物の地球で、何が本物の地球か、誰もが判断不能な状態に陥った。
地球宇宙に存在する全ての生物は、ここにいる自分がニセモノなのか本物なのか、それとも、並行世界に存在する全ての自分が本物なのか、それすらも分からなくなった。
全宇宙規模で深刻なまでの現実認識能力の低下が発生し、地球宇宙のあらゆる存在は、性能が低下した。
「既に我々は本物の地球ではなく、ニセモノの地球の中で生きている。
本物の地球を取り戻すために、異世界全てを無に帰せ」
少なからぬ数の実験体たちが動揺を露わにする。
実験体1555は、ペットの黒猫を肩に乗せていたため、かろうじて心に平穏を保つことが出来た。
「方法を教えてくれ」
「全ての地球生物に、楽園の種子を移植する」
実験体1555の質問に、地球の管理者は若干の躊躇いを込めながらも答えた。
「その後は特異点Ⅹ-1128【ワームホールゲート】を通じて、並行世界に存在する全地球生物を全ての異世界に送り込む。
無論、その中にはお前たちも含まれている」
「確かに――理論上では、楽園の種子さえあればどんな環境にも適応できる。
しかしそれは、死ねと言っているのも同然だ」
「今更人道を語っても何も変わりはしない。
恨むのなら、地球にちょっかいをかけてきた異世界の神を恨め」
「鬼だ」
「鬼すぎる」
地球の管理者は静かに落胆した。異世界に蹂躙される地球に、そして、自分自身の無力さに。
「……お前たちに下す命令はごく単純なものだ。
異世界を殺せ。地球宇宙の輪廻にハックした神々を拒絶し、別宇宙への転生を否定せよ。
そうして初めて、本物の地球は取り戻せる。やり直しが出来るのだ」
実験体1125は肩を竦めた。
「あんたの仮説が事実だとして、本物の地球を取り戻せるのか? 確証はあるのか?」
「全ての異世界を滅ぼせば、地球宇宙への干渉は止まる。
地球宇宙への干渉が止まれば、分岐した地球宇宙が一つに収束し、余剰エネルギーを用いての地球転生が可能になる。
地球は、正しい姿で生まれ変われる」
実験体1555は、肩に乗せた猫を撫でながら尋ねた。
「地球が正しいものに生まれ変わったとして、それは果たして、守るに値するべきものなのか?
生まれ変わった地球に、俺たちはいるのか?」
「………………」
地球の管理者は沈黙した。
そんなこと、私にだって分からない。
地球滅亡を阻止しろと親から丸投げされた側の身にもなって欲しい。泣きたい。
そう。
今回の地球の管理者は、対人コミュニケーションがとても苦手だった。
地球の管理者は、猛烈に泣きたい気分を堪え、かろうじてこう答えた。
「――いないかもしれないし、いるかもしれない」