ヴェルデ視点:「世界のために戦え」
オールス国の王、ヴェルデ・ドゥーロ視点の話です。
オールス国の王城は、【魔剣樹】と呼ばれる巨大樹の洞を利用して作られたものだ。
玉座に座るヴェルデ・ドゥーロは読み終えた書物を膝に置き、思念を発した。
思念を受け取ったレーラズの芽が【意志の力】を捕食する。
――メキッ。メキ、メキ……。
レーラズの樹は音を立てて成長していく。
広大な洞の中で存分に成長し切ったレーラズの樹は、食事の対価としてヴェルデの眼前に枝を伸ばした。
ヴェルデはレーラズの枝に指を当てた。
その瞬間、ヴェルデの意識は知識の川たる【エーリヴァーガル】に潜水し、知識の泉【フヴェルゲルミル】に接続した。
【フヴェルゲルミル】は、太古の知識を宿したデータベースだ。
ヴェルデは暗黒の中に輝く煌めきを見据え、検索を実行した。
検索文字はグングニル。
――検索完了。
揺れ動くレーラズの枝が元素を攪拌し、空間に意味ある文章を投影させる。
――【グングニル】。
それは、王神が神の威光を知らしめるために用意した槍にして筆。
グングニルの穂先にはルーン文字が刻印されている。よって、グングニルの主は極めて限定的ながらも世界記述を書き換えることが可能となる。
グングニルが世界記述を書き換えると、自身の所有物を破壊するという作用を発揮する。
また、グングニルによって世界記述が書き換えられた際には、ウラグルーン原住民に対して軽度の現実認識力低下現象が発生する。
故に、グングニルの所持者がこの世界を所持する前に、グングニルとその主を殺害する必要がある。
「……見えたか。……ネーロ。……ヴィオーラ」
「はっ」
ヴェルデは【フヴェルゲルミル】への接続を遮断すると、2人のエルフに視線を注いだ。
ヴェルデの前に佇むは、逞しい筋肉を有する男のエルフと、妙齢の女性のエルフ。
筋骨隆々とした男性のエルフの名は、ネーロ・キャピレ。キャピレ家の当主だ。
彼が宿すは【暴食LV10】――即ち、封印が解かれし精霊【ベルゼブブ】。
見る者の背筋を凍らせる美貌を有する女のエルフの名は、ヴィオーラ・モンタギー。モンタギー家の当主だ。
彼女が宿すは【色欲LV10】――即ち、封印が解かれし精霊【アスモデウス】。
ヴェルデは若き貴族たちに警告を発する。リレイン・ヴァラド連合国と対峙するに当たって、最大の障害たる神器と大義の名を掲げる。
「敵は……グングニルを有する。
良いな……我々原住民は他の異世界のために存在する……」
――古き時代より生きる王として、このような命令を出して良いものか。それこそ、身食らう蛇の思惑通りなのではないか?
ヴェルデの脳裏に一瞬の迷いと躊躇いが浮かぶ。しかし、ヴェルデは王としての責務を以てそれらの感情を押し流す。
一呼吸ついてから、ヴェルデは2人の貴族に――
――詰まるところ、オールス国の国民全てに命令を下した。
「……我は命じる。世界のために……戦え」
「はっ。此度の戦、命に代えても――」
ネーロとヴィオーラは凄絶な笑みを浮かべた。
かつて悪魔と呼ばれた精霊を宿す2人は、【暴食】と【色欲】の誇りに賭けて宣言する。
「――俺が食らい尽くしてやる」
「――私が溶かし尽くしてあげますわぁ」