緑の遺志と赤の意志
三人称視点の話です。
水竜神ミゼルローンの背中に乗って次の戦場に赴く勇者一行は、先の魔王との戦いの感想を述べた。
「魔王カーンと戦ってみて、どうでしたか?」
ジュリエンの質問にアリシアが答える。
「不思議だったよ。
剣を打ち合った時、魔王の考えが分かっちゃったの。あと、昔の記憶? みたいな? そういうのまで分かっちゃって」
「思考と記憶の共有、ということでしょうか。
――続けて下さいませ」
「まるで、一つになったかのような感覚だったよ。魔王カーンが感じる五感がそのままわたしの中に流れ込んできて、わたしの五感も魔王の中に流れ込んで、わたしと魔王の境界線が無くなったような感覚だった。
――とっても面白かったの! 色々な景色が見えたの! こことは違う世界【チキュウ】っていう場所で、カーンはコーイチ・サトーっていう人間になっていて、巨大な植物と戦ってたの。
サトーは黒い鎧みたいな服を着て、チキュウのあちこちに行って、ドンドン植物を爆破していったの。人を食べるでっかい植物をだよ? 一番面白かったのは、真っ赤な薔薇との戦いかな。なんかね、薔薇が喋ってたの。それでね、人がどんどん倒れていって、サトーは一人で薔薇に立ち向かって」
「すみません、アリシアさん。もう少し要点を絞って話して頂けませんか?」
「あ、うん、ごめん! あんまりにも面白いからどんどん記憶の奥に潜っていったら、魔王がわたしを拒絶したの。そしたら、糸を切るように、プツンと感覚が途切れちゃった」
ジュリエンは思慮深く告げた。
「噂に聞く同化現象ですわね」
「同化って、世界と世界が接触した時にしか起こらないはずじゃないのかい?」
「【世界守護剣】は黄金竜神の免疫機構とも聞きますわ。
もしかしたら、【世界守護剣】と魔王カーンの人工冥界が接触した際に、人工冥界がウラグルーンと深く結びついて同化の制御が外れたのかもしれませんわ」
「難しい話は分からないよう!」
ロミオンとジュリエンは顔を見合わせた。
「アリシアさん。もう少し同化の感覚を味わいたかったですか?」
「んー、わかんない!」
「ずっと同化してたら人工冥界に取り込まれてアンデッド行きだよ、アリシア」
「えっ! それはちょっと困るかも」
「エインヘリヤルは死を恐れないとも言いますわ。アリシアさんなら、アンデッドにはなりませんわ」
「そうなのかい? それは羨ましいね」
「ええ。羨ましいですわ」
「ロミオンとジュリエンはアンデッドじゃん!」
ロミオンとジュリエンは今ではスケルトンだ。いわゆるアンデッドの一員である。
ロミオンとジュリエンはエルフからスケルトンに変化したことでマシーナの【糸】から一時的に解放されたが、そんなことはアリシアの知ったことではない。
「貴様ら、さっきからぎゃあぎゃあとうるさいぞ! 飛行中はもう少し静かにできんのか!」
「ほら、ミゼルに怒られた」
「しゅーん」
ミゼルローンに怒られたアリシアはしゅんとした。
風を切って空を飛ぶ竜の背中で、ロミオンは遥か前方を見つめた。
「安心してよ、アリシア。今のぼくらは確かにアンデッドだ。
でも、君を取って食うつもりはないんだ」
ロミオンが見つめる先には緑の国がある。
オールス国。エルフの国だった国。
「ぼくらはね。エルフを消したいんだ。
あいつらを、エルフの格好をした連中を、全員まとめて消したいだけなんだよ」
「それって、どういう――」
「お待ち下さい! 魔力反応検知! 来ますわ!」
アリシアが疑問を発しようとした瞬間、問答無用でオールス国の国境から魔力の矢が放たれた。
総数10万本を超える魔力の矢。それら全て、一切合切を、ロミオンは切り払った。
――魔剣【火にくべる永遠】。
10万本に及ぶ魔力の矢を燃やし尽くしたロミオンは、深紅の剣を軽く振り払った。
「さて、雑談はお仕舞いだ。
オールス国の魔王――ヴェルデ・ドゥーロを暗殺しに行こうじゃないか」