2:魔王殺害宣言
「あー、よく寝た!」
風がそよぐ草原で目覚めたアリシアは、ゆっくりと立ち上がった。
背伸びをしながら、夕陽が差し込む丘を見渡す。
あれから如何ほどの時が経ったのだろう。
今年で34歳になるアリシアの姿は、しかし、20代前半のそれと全く相違なかった。
アリシアの肉体的成長は停止していた。
覚醒した純粋人間族には不老長生の性質が発現する。アリシアは常に肉体の最盛期を迎えている状態にあった。
「我が声が聞こえるか、アリシアよ」
天空よりアリシアを呼ぶ声があった。
突風が走り、続いて影が草原を覆った。驚いたアリシアが空を仰ぐと、水竜神ミゼルローンの姿があった。
懐かしさのあまり、アリシアはかつての仲間の名を叫んでいた。
「ミゼル! 久しぶりだね!」
「その名で我を呼ぶな。今は貴様が下の立場だ」
「? ああ、そっか、ミゼルは神に転職したんだっけ!」
「まあ、な」
ミゼルローンと会うのは、【輪廻事変】以来だ。
今や水竜神となったミゼルローンは、厳かな雰囲気を発している。僧侶だった頃とは比べ物にならないぐらいに。
ミゼルローンはかつての仲間に命令を下した。
「近い内に、リレイン・ヴァラド連合国とオールス国の間で戦争が起こるだろう。
アリシアよ。騒乱の元になった魔王カーンを倒せ」
「魔王を? でも、勇者制度と魔王制度は今は消えているはずじゃ?」
ミゼルローンは、忌々しげに声を発した。
「勇者制度と魔王制度を復活させたのだ。魔王カーンがな」
「わかったわ。魔王を殺せばいいのね」
「話が早くて助かる。勇者はそうでなくてはな」
ミゼルローンは【フレンド召喚】の魔法を唱えた。
青白く発光する魔方陣と共に現れたのは、2体のスケルトンだった。
アリシアにとって見覚えのあるスケルトンだった。エルフ族の民族衣装に、お揃いのマフラー。魔剣と杖を装備したその姿は、まさしくかつての仲間であり……。
アリシアは思わず、叫んでいた。
「ロミオン! ジュリエン! 亡くなったはずじゃ……」
ロミオンとジュリエンは、【輪廻事変】の後に心中したと聞かされている。
スケルトンとして未だに現世を彷徨うロミオンとジュリエンは、カ、カ、カ、と歯を鳴らして告げる。
「ぼくらは死んでも死に切れないのさ」
「ええ」
「ぼくらエルフは【マシーナ】の永劫回帰に囚われているからね」
「さあ、再び行きましょう」
「魔王退治の」
「夢の」
「「再開だ/再開ですわ」」
カ、カ、カ、カ、カ……。
骨が鳴る。骸骨の骨が。
【マシーナ】とは何なのか。ロミオンとジュリエンはなぜ今も生き続けるのか。
疑問を抱くアリシアの頭上から、一本の剣が落ちてきた。
「餞別だ。受け取れ」
虚空より落下せし剣が草原に突き刺さった。
剣の意匠を間近で見て取ったアリシアが、その名を叫ぶ。
「【世界守護剣】!」
「リレインの純粋な血筋は途絶えた。
今や、【世界守護剣】の正当なる所有者はいない。
この剣は、貴様が持て」
「うん、わかった」
黄金の髪を結い、純白の鎧と盾を纏ったアリシアは、【世界守護剣】を手に取る。
伝説の聖剣とも謳われる【世界守護剣】を掲げた勇者は、ここに宣言した。
「――わたし、魔王を殺しに行ってくるね!」
第三章に続きます。