70話:誰が泥を被るか
それなりにグロテスクな描写があります。
地球とウラグルーンを繋ぐ異次元の穴を通じて、【無限加速宇宙】は地球に到達した。
地球は全ての異世界から隔離された。加速した時の中で無限に転生を繰り返し、地球は安らかに消滅した。
「うぐっ」
グレアムがバランスを崩し、全身から血を吐いた。
僕の体にも異変が生じた。地球にいた頃の記憶が欠落しかけ、意識が遠ざかり、落下する。
【無限加速宇宙】は魂の繋がりにも影響を及ぼすスキルだ。
地球に撃てば、地球由来の生物全てに影響を与える。地球に深く結びついていればいるほど、地球の物質で構成されていればいるほど、深刻なダメージを被る。
僕は翼を羽ばたかせて首都の空中回廊に着地すると、混濁する意識を想像力で抑え付けて上空のグレアムを睨み付けた。
グレアムは全身から出血し続ける。しかしその血もまた、噴き出た途端に消滅していく。
地球の血が途絶えていく。【無限加速宇宙】の影響で、異世界転移者が有する地球由来の性質が削除されていく。
「ニ、【黒蛇】、なにを、何をした?」
「地球を消滅させた」
「な、に? そんなことをしたら、【黒蛇】、貴様も」
地球との縁は絶たれ、地球に由来する能力や記憶は失われるだろう。
僕はそれを選んだ。事故でも何でもなく、自分の意志で、地球を無に還した。
――これこそ遠大なる自殺だ。
僕は、白蛇神の正体をやっと理解した。
僕こそが白蛇神だったのだ。
蛇が成長したら、やがて蛇神となる。
僕の進化の果てが、白蛇神だったのだ。
白蛇神が世界を自殺に導くことの意味も、僕が成長し進化していく意味も、フラスフィンさんが僕に憎しみを向ける理由も、全て理解した。
父親が仕組んだ壮大なる計画に気づいた僕は、この手で、自身の罪を清算したのだった。
「僕も影響を受ける。だけど、こうでもしないと、全ての異世界を守れなかった」
これにはグレアムも絶句した。
「なんて、やつだ。地球を、切り捨てやがった」
地球を守るか、全ての異世界を守るか。
両者を天秤にかけた結果、僕は全ての異世界を守ることを優先した。
全ての異世界を守るためには、楽園の種子に汚染された地球を無に帰す必要があった。
結論から言ってしまうと、楽園の種子が地球に落着してしまった時点で、何もかもが手遅れだったのだ。
地球上で増殖しすぎた楽園の種子を消すには、他に手段が無かった。地球ごと消すしかなかった。
誰かが地球を消滅させなければ、地球は楽園の種子を異世界に拡散し続ける。地球を消滅させなければ、全ての異世界は楽園の種子に汚染されてしまう。
誰かが外れクジを引かなければならない状況で、僕はあえて外れクジを引いた。
しかし、この展開で一番割を食ったのはフラスフィンさんかもしれない。
僕が地球を消滅させたことにより、フラスフィンさんがこの世界を滅ぼす必要が無くなったのだ。
ついでに言うと、白蛇神を倒す必要も無くなった。わざわざ3年かけて【概念剣】を成長させる必要も無くなった。
フラスフィンさんの計画は、全て台無しとなった。フラスフィンさんが消える必要は、無くなったのだ。
詳しくは後で説明することにしよう。エミルちゃんやイリシャには、ちゃんと経緯を話す必要がある。
「すまない。僕は、敵の頭を叩いてさっさと戦争を終わらせるタイプなんだ」
僕がテラ・コンダクト内で殺戮数最下位だったのは、そういうことだ。
無駄な殺戮を抑え、指揮官だけを狙い、戦争の早期終結を図る役。
生粋の暗殺者。戦争を終わらせるための兵士。
それが、僕だ。
「俺も、お前さんと同じ考えさ、【黒蛇】。真っ先に頭を潰して、戦線を瓦解させる。戦争の、定石だろう?」
「いや、規模が違う。もし僕がお前の立場だったら、僕ではなくフラスフィンさんを殺す。僕を殺せば僕の死を通じて僕の周囲にいる人々の反感を買い、いずれお前は殺される。僕は単なる起爆剤なんだよ」
時として誰かが死ぬことで、歴史は大きく様変わりする。文系の人間は何度もその流れを教科書の中で見てきた。
時の権力者に慕われる人間が死んだら、さぞかし歴史が変化することだろう。
わかるか、グレアム? お前たちは、虐殺の引き金を引いてしまったんだ。
「そうとも。どのルートを辿るにしても結果は同じなんだよ、グレアム。僕が危険だから僕を殺す? 上等だよ。僕を殺しても背後にはフラスフィンさんがいる。僕の周囲には僕の死を悲しんでくれる人たちがいる。僕を殺すってことは、僕の周囲の人たちを怒らせる行為なんだ。お前たちの行動は大局的に見ると最悪の選択で、お前たち自身の敗北に繋がっているんだ。
グレアム。お前たちの敗因は、戦術単位で物を考えたからだ。戦略単位で物を考えるべきだったんだ」
フラスフィンさんが僕をこの世界に転生させた時点で、
フェリスさんが僕を頼ってくれた時点で、
イリシャが僕を超越すべき対象としてみなした時点で、
セイル先生が僕を戦友と認めてくれた時点で、
エミルちゃんが僕のために涙を流してくれた時点で、
この時点で、勝敗は既に決していたのだ。
「なるほど……なるほどな。凡人の癖に、【黒蛇】などという大層なコードネームが付けられるわけだ」
「あれは本気で恥ずかしかったぞ。何せ、他のメンバーは【恐怖】、【裏切り】、【嫉妬】と来て、僕だけ北欧神話由来のコードネームだったからな」
「何を恥ずかしがる。アメリカじゃ個性の塊さ、義理の兄弟」
「日本じゃ出る杭は打たれるんだよ、グレアム」
「ハハハ、諜報員が何を言っている!」
「諜報員兼ハッカー兼狙撃兵兼爆撃兵兼暗殺者兼食品会社の営業だ。それも、自暴自棄に陥って結婚詐欺師に騙されるようなヘタレのな」
「ハーハッハ! なら俺はヘタレに二度も泥を塗りつけられたヘタレ以下だな!
――OK、俺の人生に幕を引く時が来たようだ。最後は盛大な花火といこうぜ!」
地球の血を消滅させつつあるグレアムは、ふらつきながらも想像を具現化させた。
青空を覆うかのように、無数の黒い影が現れる。
それは、機械のような虫たちの大群だった。機械のイナゴの群れだった。
僕の視界には、その虫たちが時空に揺らぎを発生させていることを示すメッセージが表示されていた。
僕は、そいつらの名前を呟いた。
「【時間遡行兵器】か」
時間遡行兵器。時間を遡って目標を攻撃する兵器。
テラ・コンダクト内での製造可否評価はC-。『理論上は存在し得るが、現在の技術では製造不可能』とされている空想兵器だ。
「――想像力だ!
見ろよ、義理の兄弟! 想像力さえあればこんなものも作れる!」
楽園の種子さえあれば、こんなものも作れる。
楽園の種子の効能を宣伝する、歩く広告塔のようだった。
僕は頭を振った。
「グレアム。全て決着が付いたんだよ。ラスボスは今ここで倒した。お前が忠誠を誓う相手はもういなくなったんだ」
「俺が忠誠を誓うのは俺自身だ! 戦争はまだ終わっちゃいないんだよ!」
そうだな。
戦争はまだ終わっちゃいない。
地球側が異世界を『自由に略奪できる資源の塊』とみなしている以上、どちらかが絶滅するまで戦うしかない。
機械のイナゴ軍団が過去に跳躍する。
1秒前、2秒前、3秒前、10秒前、60秒前、100秒前、300秒前、600秒前、10000秒前、30000000秒前……時間遡行先をバラバラに設定したイナゴの群れが次から次へと時間を遡り、あらゆる過去からこの世界を略奪せんと襲い掛かる。
僕は星剣【射手座】を右手で握り、必滅の名を唱えた。
「【射手座の光雨】」
●ステータス
名前:カーン・オケ
本名:system error(佐藤孝一?)
LV:system error(測定不能)
性別:男性
種族:AaE限使
職業:system error(無職?)
HP:system error(692?)
MP:system error(267?)
SP:system error(572?)
STR:system error(602?)
VIT:system error(498?)
DEX:system error(185?)
INT:system error(125?)
AGI:system error(356?)
LUK:system error(112?)
称号:system error(古代兵器級?)
装備:星剣【蛇遣い座】
所持品:雷電器官、元素硬化爆弾など
特徴:AaE限使の能力はAaE限使自身の想像力に依存する
スキル:system error(存在同化領域、自動翻訳、情報把握・強、火属性耐性、地属性耐性、味見、素材発見LV2、素材採取LV1、毒耐性、休憩LV1、傲慢LV2、同化存在解放、剣化、甲殻虫の飛翔、竜の飛翔、晶化斬、潜伏LV1、炎破、受け流しLV10、二刀流、熟練度把握、発想値把握、闘気制御、生物知識・基礎、治癒、マグマシールド、サンダーシールド、強酸化、表面体液、水圧波、自己電気制御、マグマプロージョン、サンダーストーム、リフレッシュヒール、合体、集束太陽光、スキル交換、スキル譲渡、異次元収納LV10、地雷操作、ゲーマー魂覚醒LV2、思考超加速、無限加速宇宙、過去集約、主人公交代、幼き日の光、AaE開花進化など)
人工冥界:リスタルサーク、リスタルサーク、スライム・アビスアース、クラッツバイン、サラマンダー・アビスファイア、ウンディーネ・アビスウォーター、シルフ・アビスウィンド、ノーム・アビスアース
人工冥界居住可能人数:8/一世界
世界所持数:1
パーティ:【安らかなる旅路】に所属
パーティメンバー:フェリス、エミル、イリシャ、セイル、フラスフィン