69話:消すのは誰か
多少グロテスクな描写があります。
牙がひたすらに生えている。
腕はあるし、足はあるし、頭はあるし、胴体もある。
だが、なぜか牙が生えている。
皮膚や体毛が変質したと思しき白い牙が無数に生え揃い、刺々しい様相と化していた。
瞳は蛇の眼の如き構造に変化しており、耳は長く尖っている。それでいて、頭髪は金色だった。
全てを食らおうとする獰猛な肉食獣……僕はそんな印象を抱いた。
「それが奈落の種子/楽園の種子を移植した結果か」
「クールだろう? お前さんもいつか成れるはずだ」
「すまない。僕とお前とでは感性が違いすぎて、話にならないようだ」
【恐怖】は哄笑した。
「ハーハッハ! そういえばそうだった! 昔からそうだったな! 俺とお前さんとでは価値観が違いすぎる!」
【恐怖】は背中から翼を生やした。
背中の皮膚と筋肉を変化させて、翼状の形態に変化させたのだ。
「楽園の種子はいいぞ! 想像が現実を食らい尽くす!
これさえあれば、俺たちゃ無敵だ!」
僕は、こう答えた。
「無敵じゃない。むしろ、弱くなったんだ」
その証拠が、翼だ。
僕も【恐怖】も背中から翼を生やしている。生物学や物理学や航空力学を習った人間にとっては、『人間は飛ばない』という共通の知識が植え付けられている。
純粋無垢な子供ならば、『翼が無くとも人間は飛べる』という想像を発揮できるだろう。
しかし僕たちは残念ながらおっさんだ。そこまでの想像力は発揮できない。故に、『翼あるいはそれに代替する器官が無ければ飛べない』という想像に縋らなければならない。
剣だってそうだ。
地球人が剣を振るう場面は限られている。今の僕が刃渡り2メートル以上の星剣【蛇遣い座】を軽々と振るえるのも、アニメやゲームがもたらす印象に依存する。
アニメや漫画や小説やゲーム――いわゆるフィクションの中では、少年や少女が容易に大剣を振り回せる。物理的に不可能な行為をフィクションはやってのける。僕はその想像力を拝借して、現実をフィクション化させているだけに過ぎない。
しかも、その想像力には限度がある。想像力が尽きたら、僕たちは現実をフィクション化することが出来なくなる。
AaE限使は、想像力に全てを依存する。
想像力が老いた僕たちには、AaE限使の力を100%発揮することはできない。
僕たちはもう幼くはなれない。
僕たちは老いた蛇なのだ。
【恐怖】は、首を傾げた。
「俺には分かりかねる。なぜ、想像が現実を侵食するという現実を受け入れようとしない?」
想像が現実を侵食し、汚染し、改変する。
分かりやすく言えば、願いが常に叶い続ける状況。
テラ・コンダクトの実験体たちは楽園の種子を移植した結果、その能力を手に入れた。
確かにそれは凄い。
凄いのだろうが……多分、それは退屈に繋がる一歩なのかもしれない。
そんなわけで、この質問に対する僕の答えは決まっていた。
「僕は老いたおっさんなんだ。そこまで割り切れないよ」
「お前さんは割り切りがはえーな。
まあいいさ。俺は楽園の種子がもたらす万能性に酔い痴れたい。
俺の万能性を邪魔するお前さんは、俺自身の手が否定してやろう」
【恐怖】は異次元に手を突っ込むと、再び大型チェーンソーを取り出した。
大型チェーンソーのエンジンが始動し、刃が光と化す。
スキル【過去集約】、オン。【恐怖】は何をしようとしている?
検索結果出力完了。
僕は、【恐怖】が発動させたスキルの名を呟いた。
「【魂削る刃】か」
並行世界の僕はこのスキルを食らって致命傷を負い、死亡している。
AaE限使に進化した今の僕に、【魂削る刃】がどれほどの効果を発揮するのかは分からない。
だが、深く考えなくても理解できた。
これは、回避しなければならない攻撃だ。
「――死ね、【黒蛇】!」
【恐怖】が亜光速の速度で突っ込んできた。
これが楽園の種子の移植に成功した地球人の力か。想像だけで亜光速の域にまで達せる様は確かに恐ろしいものがある。
【恐怖】――幼少期に与えられたコードネーム通りの戦闘スタイルだ。敵対者に恐怖を撒き散らすその姿勢を前にして、何人の命が散っていったのだろう。
誰が黙って死んでやるものか。
変神。賢者ルート最終形態、部分的顕現。
「――【無限加速宇宙】!」
黄金の光を纏って賢者ルート最終形態の部分的顕現を引き起こした僕は、右手に球体状の宇宙を創造して【魂削る刃】を受け止めた。
無限転生を引き起こす加速宇宙と魂を削り取る刃が衝突し、拮抗した。
僕が【魂削る刃】の防御に成功した瞬間――【恐怖】は攻撃を切り替えた。
異次元から別の大型チェーンソーを取り出し、それを【魂削る刃】の新しい依り代にしたのだ。
【魂削る刃】の依り代に指定できる剣は1本だけだ。よって、必然的に攻撃パターンは限られてくる。
しかし、異次元を経由して別の剣を取り出せるのであれば話は別だ。1本1本の剣を使い捨てにして【魂削る刃】を連続的に運用すれば、攻撃パターンの予測はほぼ不可能となる。
言うは易しだが、戦慣れしていないと咄嗟にこんな行動は出来ないだろう。それを簡単に実行できるのが【恐怖】という存在だった。
僕は、【恐怖】の戦闘センスの高さにぞっとした。
超高速で突っ込んできたかと思えば、いきなり切り札を切ってくる。切り札を敵に防がれても、瞬時に別の切り札を切ってくる。しかも、それらの動作には動揺や焦りが微塵も感じられない。まさに変幻自在、敵に恐怖を与える戦闘スタイルだ。
【恐怖】の攻撃を【無限加速宇宙】で弾く僕の脳裏に、ふと、テラ・コンダクト時代の記憶がよぎった。
……この切り替えの早さには覚えがある。
そうだ。
テラ・コンダクトにいたじゃないか。切り替えの天才が。
そいつの名前は、グレアム・モーリス。
僕の、義理の兄だった男だ。
僕は必死でグレアムの攻撃を捌きながら、問いかけた。
「一つ聞く。どうしてチェーンソーなんだ?」
「お前さんが言ったからさ。『チェーンソーを使えば神を倒せる』ってな!」
そういえばそうだった。
地球にいた頃、僕はゲームの影響を受けて『チェーンソーを使えば神を倒せる』と吹聴していた。
なんということだ! 僕は嫁を殺害するためのヒントを生前に流布してしまったのだ――というのは冗談だが、まさかグレアムが僕の言葉を真に受けているとは思わなかった。
これはブラフか? 僕の言葉を信じていると見せかけて、別の心理的攻撃を行うつもりなのか?
しかし、そこまで考えて、違うな、と僕は思った。
グレアムは複雑な思考を好まない。
あいつはいつもシンプルだった。複雑さはヒューマンエラーを発生させる。よって、複雑さを排除してヒューマンエラーを減らすという方向性に思考の舵を切っていた。
グレアムの昔の思考を追跡していく内に、僕は改めて、グレアムの考え方は合理的だと認めざるを得なくなった。
並行世界の僕が負けるのも納得だ。並行世界の僕は、とにかく複雑さを求めすぎた。
複雑さはヒューマンエラーを生む。ヒューマンエラーを起こすのが自分だけだったら自業自得だが、大勢の人間を指揮する者が複雑さを他者に押し付けた場合、重大なヒューマンエラーを引き起こすこととなる。
多分、そういう積み重ねが並行世界の僕を最終的に敗北させたのだろう。
もっとシンプルに考えるべきだ。
工程を1つ増やしたら、工程を1つ減らせ。
つまり、自分を消せ。
グレアムが異次元に手を突っ込んだ瞬間――
僕は【無限加速宇宙】を異次元に向けて撃った。
●ステータス
名前:カーン・オケ
本名:system error(佐藤孝一?)
LV:system error(測定不能)
性別:男性
種族:AaE限使
職業:system error(無職?)
HP:system error(692?)
MP:system error(267?)
SP:system error(572?)
STR:system error(602?)
VIT:system error(498?)
DEX:system error(185?)
INT:system error(125?)
AGI:system error(356?)
LUK:system error(112?)
称号:system error(古代兵器級?)
装備:星剣【蛇遣い座】
所持品:雷電器官、元素硬化爆弾など
特徴:AaE限使の能力はAaE限使自身の想像力に依存する
スキル:system error(存在同化領域、自動翻訳、情報把握・強、火属性耐性、地属性耐性、味見、素材発見LV2、素材採取LV1、毒耐性、休憩LV1、傲慢LV2、同化存在解放、剣化、甲殻虫の飛翔、竜の飛翔、晶化斬、潜伏LV1、炎破、受け流しLV10、二刀流、熟練度把握、発想値把握、闘気制御、生物知識・基礎、治癒、マグマシールド、サンダーシールド、強酸化、表面体液、水圧波、自己電気制御、マグマプロージョン、サンダーストーム、リフレッシュヒール、合体、集束太陽光、スキル交換、スキル譲渡、異次元収納LV10、地雷操作、ゲーマー魂覚醒LV2、思考超加速、無限加速宇宙、過去集約、主人公交代、幼き日の光、AaE開花進化など)
人工冥界:リスタルサーク、リスタルサーク、スライム・アビスアース、クラッツバイン、サラマンダー・アビスファイア、ウンディーネ・アビスウォーター、シルフ・アビスウィンド、ノーム・アビスアース
人工冥界居住可能人数:8/一世界
世界所持数:1
パーティ:【安らかなる旅路】に所属
パーティメンバー:フェリス、エミル、イリシャ、セイル、フラスフィン