63話:三者三様
視点切り替わりが頻繁に含まれます。
■ シュトルム視点 ■
シュトルムの眼前に映ったのは、身を呈してかばうカーンの姿だった。
シュトルムの魂を後悔が貫いた。
自身の至らなさがこのような事態を招いたのだと理解したが故の後悔だった。
(何という不甲斐なさ。余が狙撃などという行為を許すとは)
【思考超加速】、オフ。
遅れて事態を呑み込んだエミルたちが、悲鳴を上げる。
「カーン様!?」
「カーン殿!」
床に倒れ伏すカーンにエミルたちが駆け寄る。
シュトルムは彼女たちを手で制した。
「下がっていろ。奴が来る」
「奴って誰よ!?」
威勢よく尋ねるイリシャに、シュトルムはきっぱりと告げた。
「――敵だ」
紫色の光が周囲に瞬き、純白の巨鎧が謁見の間に転移した。
シュトルムの身長を大幅に上回る、巨大なる白甲冑。
威圧感と明確な敵意と殺意を伴い、顕現する敵。
仔細な情報は無くとも、直感で理解できた。
こいつは敵だ。
シュトルムは【貪欲の黒剣】の切っ先を白の巨鎧に向けた。
「神聖なる決闘に横槍を入れるとは……随分と余を舐めてくれたものだな。
――名乗れ。貴様の名前ぐらいは墓標に刻んでやる」
「名前か。俺は、テラ・コンダクトから派遣された先遣調査隊の一員に過ぎんよ」
白の巨鎧が明確な言葉を以て答える。
口は開閉していない。音声のみが不気味に響き渡った。
「だが、あえてここの流儀でやらせて貰うとすれば、そうさな。
白蛇神が第一使徒、【恐怖】とでも名乗らせて貰おうか」
「――使徒!」
フェリスが尻尾を唸らせ、警戒を露わにする。
イリシャが怒鳴り立てた。
「ちょっと待ってよ……なんでカーンは起きないのよ! なんで倒れっ放しなのよ!」
「調査中――調査完了。
彼の精神が復帰できていません」
フラスフィンが答える。
【恐怖】は、嗤った。
「精神をやられてしまっては動けんだろうよ。あいつの精神面は脆いからな」
「あんた、何なのよ! カーンの知り合いか何かなの!?」
イリシャの質問に、【恐怖】は首を傾げた。
「知り合い? 知り合いか? いやいや、知り合いと言う仲じゃない。強いて言えば、親戚かな?」
「どうして親戚がこんなことするのよ!」
「どうしてどうして? ねぇママどうして? どうして世界は回るの?
――やれやれ、これだから子供は嫌なんだ」
【恐怖】はオーバー気味に演技してみせ、悪趣味に笑った。
笑いながらも、【恐怖】はセイルの動きに注視していた。
■ 【恐怖】視点 ■
カーンに【ライフクリスタル】を使おうとするセイルに先んじて、【恐怖】は異次元=地球に時間遡行兵器を送り、【ライフクリスタル】を破壊した。
【恐怖】は喜びのあまり、言葉を漏らしかけた――。
お前さんたちが常日頃使っている異次元はね、地球なんだよ。地球の管理者が地球の物をいじるぐらい、わけないんだよ。
地球に保管されている【ライフクリスタル】が破壊された瞬間、セイルの表情に愕然の二文字が浮かんだ。
そうだろう、そうだろう。使おうとしたものが破壊されたら、皆そんな顔をする。
【恐怖】は、敵のそういう顔を見るのが大好きだった。
「そいつを使われると面倒なんでな。破壊させて貰ったよ」
「ぬ……」
敵の手を一つずつ砕いていく高揚感。これぞ、奪う側の醍醐味だ。
「さあさ、再び狙撃の時間だ。皆仲良くおねんねの時間だよ」
「――どうかな? 余の斬波は、よく飛ぶぞ」
――直後。
100キロメートル先で控えている【スナイプラント・ビトレイヤルリレイティブ】が、蒸発した。
■ 【裏切り】視点 ■
【覗見詩文】をオンにした第二使徒【裏切り】には、カーンが変神に要する時間が見えていた。
棺桶が変神に要する時間は180秒である。
人工闇竜・幼生体が変神に要する時間は120秒である。
人工闇竜・成長体が変神に要する時間は60秒である。
人工闇竜・成体が変神に要する時間は0秒である。
しかし、変神には制限時間が設定されている。また、カーン自身が変神する必要性を感じなければ変神できない。カーンがイリシャとかいう小娘に変神の力を誇示した結果、変神がもたらす影響に動揺して、変神に対して心理的抵抗を抱いたことも追い風だった。
カーンは今、変神に対して消極的な姿勢でいる。第三者には分からないほどの微妙な機微が、カーンの取れる選択肢の中から、変神という要素を無意識に除外させていた。
そのため、こちらの存在を察知させない状態を維持しながら【楽園の種子】を着弾させれば、変神させずに勝利することができる。【裏切り】はそういう結論を導き出していた。
【裏切り】にとって、カーンとシュトルムの決闘は実に好都合な展開だった。
決闘とは一対一の勝負。死力を尽くして挑む闘いであり、意識を研ぎ澄まさなければ決闘に勝利できない。故に、決闘中はどうしても外部からの攻撃を察知することが難しくなる。ましてやクライマックスに向けて盛り上がった決闘の最中に意識を外部に向けることは事実上不可能と言える。
【裏切り】の作戦は、この心理的盲点を突いた計画的行動だった。
しかし、カーンが原住民を『かばう』という行動に出たのは想定外だった。
カーンが身を呈してまで原住民を守る価値があると言うのだろうか? 【裏切り】にはそうは思えなかった。カーンがこの世界の何に価値を見出したのか、【裏切り】には分からなかった。理解する気も無かった。
――そこまで考えて、いや、もしかしたら、と思い直す。
資源としては有用なのかもしれない。この世界は利用できるものがあまりにも多すぎる。カーンは『利用できるもの』に目をつけて、緊急的に保護したに違いない。そうでなければ、身を呈するという行動に説明がつかない。
【裏切り】はそう推測した。同じく世界を搾取する側としては、それぐらいで丁度いい――。
――その直後。
王城から放たれた【覇王竜斬波】が氷山に突き刺さり、【スナイプラント・ビトレイヤルリレイティブ】を全て消し飛ばした。
■ 【恐怖】視点 ■
『眷属が全滅した! 【人工転生】を使い、陣形を立て直す!』
【精神会話】を経由して、【裏切り】が【恐怖】に告げる。
【人工転生】を使えば、眷族を復活させることが出来る。
だが、100体の眷属を転生させるには少なからず時間がかかる。転生に使うための資源も必要だ。
一時的なものとは言え、戦力の低下は免れない。
【恐怖】は、敵意と殺意を以てシュトルムを見下ろした。
「お前さん、死にたいらしいな」
シュトルムは鼻で笑った。
「余を舐めた貴様にこそ、死は相応しい」
「ほう……」
【恐怖】は1000体の亡霊をシュトルムたちの体内に転移させた。
一撃必殺の戦術だった。
敵の体内に亡霊を転移させることで敵の最大HPを強制的に全てゼロにする、文字通りの意味での、必殺戦術。
――しかし、弾かれた。
シュトルムたちの体内めがけて転移させた亡霊が、なぜか弾かれた。
理由は分からない。
【恐怖】は、首を傾げた。
なぜだ? この戦術は最も効率が良い殺戮手段のはずだ。
原住民如きが、この攻撃を防げるとは思えない――。
そこまで考えて、【恐怖】は咄嗟にフラスフィンの存在に思い至った。
――神!
そうか、神の仕業か!
女子供たちが集う場の一番奥に視線を向けると――
そこにいたはずのフラスフィンは、いつの間にか、少女の姿に変わっていた。
■ フラスフィン視点 ■
カーンから後を託されたフラスフィンは、ダウングレードを実行した。
『緊急措置を実行。
世界観測器【フラスフィン】をダウングレードし、世界記述下に移行させます』
フラスフィンは世界記述を超越している存在である。
世界記述を超越した存在が世界記述下で不都合なく武力を実行するための手段が、ダウングレードである。
ダウングレード。
それは、システムのバージョンを意図的に引き下げる行為だ。
世界記述を超越した者が世界記述下で直接的な力を行使した場合、現実の改変が引き起こされ、原住民の認識力が低下する。
世界記述を超越した者は、そういう存在だ。
下手に動けば世界が崩壊し、時空が乱れ、宇宙は終焉を迎える。
その強大すぎる影響力を抑えるために、ダウングレードは必要となる。
ダウングレードしている最中に限り、自身の戦力は大幅に低下する。
しかし、原住民の現実認識力の低下という重大な問題と比較すれば、些細な問題であった。
フラスフィンは意識を十一次元に退避させると、現在の自分の肉体を原子レベルにまで分解させた。
分解して得た原子を使って幼い頃の自身の肉体を生成し、十一次元から“それ”に魂を移し変える。
フラスフィンが16才だった頃の肉体。まだ未熟であった少女の肉体に、現在のフラスフィンの魂が移植される。
『肉体生成完了。
【浮上する光】移植完了』
プラチナの長髪を靡かせ、フラスフィンは誰にも聞こえない声で静かに宣言する。
『世界干渉用インターフェース【フラスフィン】を稼動させます』
原住民と同じ域にまでダウングレードした今、フラスフィンは現実に対する影響力を格段に低下させた状態でスキルを使用できる。
胸の奥に灯るのは、懐かしさか。それとも、怒りか。
分からない。
感情らしい感情を久しく失っていたようにも思える。
フラスフィンは、無言で【人工なる破滅の杖】を装備する。
過去の記憶を手繰り寄せ、かつて勇者だった頃のスキルを発動させる。
――パッシブスキル【暗殺無効】、オン。
【暗殺無効】――それは、敵の不意打ちと奇襲を無効化するスキル。
それは、時間と世界を超えて出現する敵とて例外ではない。
転移して襲い掛かる1000体の亡霊を弾いたフラスフィンは、パーティメンバーに指示を下した。
「神としての権限を発動します。
イリシャ、セイル、フェリス、シュトルム、シロガネ、コルバット。上記6名に迎撃を要請します」
「私!?」
「いいだろう」
「了解!」
「神に言われなくてもやってやるとも!」
「承知しました」
「私もデスカー!?」
各自が返答する中、エミルがおずおずと尋ねる。
「あ、あの、フラスフィン様……ですよね?」
「肯定。ああ、今は世界干渉用インターフェースを使っていましたね」
フラスフィンは振り向いてエミルに応える。
「私のことを不思議に思う必要はありません。
貴女もいずれ分かります。混沌の化身よ」
「?」
エミルはきょとんとしたまま、しかし、【竜眼石の杖】を握り締めて言った。
「あたしは、どうすればいいんですか?」
「治癒魔法は分かりますね?」
エミルはこくりと頷いた。
「何となくですけど、使えます」
「では、カーンに治癒魔法をかけ続けて下さい。
それと――」
エミルにしか出来ないことがある。
フラスフィンは微笑んで、エミルに優しく告げた。
「初めてカーンと出会った時の感情を覚えていますね?
その感情を言葉にして、カーンにかけてあげて下さい」