61話:勇者と、財閥解体令
「勇者はかつて栄光を誇り、富と名声を勝ち取った。
だが、勇者になろうにも、最早誰も勇者にはなれない。
その業は、勇者の役目を負って生まれてきた者にも降りかかった」
シュトルムは淡々と、しかし、隠し切れない熱を持って語る。
「30年前、ユニークスキル【暗殺無効】を持って生まれた赤子がいた。
【暗殺無効】――それは、勇者となる上で前提となるスキルであり、これを持って生まれた者は勇者の資質を持つ者とされてきた。
だが、時代が勇者の存在を許さなかった。勇者という職業は独占禁止法に抵触した。六竜歴1200年にリレイン国が公布した財閥解体令によって職業勇者は解体され、消滅した」
僕が知っている限りだと、現在の日付は六竜歴1557年12月19日だったはずだ。
ということは、300年も前に職業としての勇者は消え去っていたということになる。
では、現代において勇者を目指そうとする者は何なのか?
何をしても報われない、平和な世界に生まれてきた、【魔王】を暗殺するために生まれてきた者。
戦乱の世であれば最大の効果を発揮したであろうスキル【暗殺無効】も、平和な世界では真価を発揮できない。
生まれながらにして社会に存在の一部を否定されているようなものだ。それでも、平和な世界なりに平和な生き方だけは出来る、そのはずだった。
「赤子は育ち、少女となり、大人となり……やがては、何の変哲も無い普通の村人として生きるはずだった。
そんな時だ。実態の無い会社から勇者の勧誘を受けたのは」
傍らで観戦していたセイル先生がぽつりと呟く。
「……世界救済会社か」
シュトルムは、ぎゅっと拳を握った。それは、怒りから来る所作だった。
「勇者が設立した会社――【世界救済会社】が財閥解体令によって解体された後も、世界救済会社は裏で活動し続けた!
表向きは解体されたが、裏ではまだ世界救済事業を行っている。そんな大嘘をついて、世界救済会社は活動し続けたのだ。
何も知らない少女に世界救済会社が何を言ったと思う?
今でこそ勇者制度は消滅していますが、あなたの活躍次第では勇者制度は復活します。世界の全てはあなたの双肩にかかっているのです――あいつらはそんな大嘘をついたのだ!」
それは、詐欺の常套手段だった。
若者が抱く夢を利用して、何者かになれると嘯いて、使役する。
何ということはない。
ただの奴隷だ。
何のリターンも寄越さない奴隷商人に騙されて、無償で働かされた人間。
少なくとも、部外者である僕からはそのように映った。
そしてそれは、シュトルムにとっても同じだったのだろう。
「勇者になるべき者として生まれてきたのに、社会の仕組みによって何者にもなれない。
勇者になるべきだった人間は何になれば良いのか? 世界救済会社はそれを利用した」
僕は地球の頃を思い出し、胸中で歯噛みした。
なりたくてもなれない、何者にもなれない。
その苦しみは、分かる。
僕だって、出来れば普通の家に生まれたかった。
「何者にもなれない、その苦しみが分かるか?
狂った世を正すために王となったとしても、確立された社会の仕組みは変えられない。変えようとしても変えられない苦しみが分かるか?」
僕は悟った。
ああ、そうか。
この人もまた、世の中を正そうとした者なのか。
この人は世の中を変えようとして、しかし、遂に変えられなかった。
「――シュトルム。君は、それほどまでにアリシアを……」
セイル先生の言葉は、激情と共に遮られた。
「言うなッ! 貴様にその名を出す資格は無いッ!」
報われない国王。
世界救済会社に騙された民を救おうとして、救えなかった者。
何ということはない。
ここにもまた、報われない者がいたのだ。
「これで分かっただろう。この世界でどんなに頑張っても報われん。
――ウラグルーンで貴様が出来ることは何だ? 答えてみろ!」
僕は翼を折り畳み、床に降り立った。
――報われないのは地球だって同じだ。
どんなに努力しても超えられない壁がある。
地球を管理するテラ・コンダクトの中では最下位成績で凡人扱いだったし、テラ・コンダクトでハッカーの仕事をやっても殺戮数は最下位、食品会社でも営業成績は最下位だった。小さな小さな食品会社で営業をやってられたのも、僕にテラ・コンダクト管理者の血が混じっていたからという程度の理由に過ぎない。
要するに僕は下手くそなのだ。生きることが下手くそな凡人なのだ。
だけど、あえて言えば、そうだな。
地球とウラグルーン。2回連続で変な世界に生まれてしまった身としては、痛感させられたことがある。
報われないなら、世界の仕組みを変えてしまえばいい。
国よりも大きな、世界という枠組みを変えてしまえば、きっと、全ては変わる。
国王の問いに答えようじゃないか。
フラスフィンさんに告白した時点で、僕の決意は固まっている。
僕の答えは、こうだ。
「――世界を作り変え、万人が報われるようにするのが僕の役目だ!」
「――だったら、余を倒して国王になってみせろ!」
シュトルムが【貪欲の黒剣】をを床から引き抜き、【覇王闘気】を刀身に集中させる。
スキル【覇王竜斬波】だ。
シュトルムを【竜殺し】たらしめる最大のスキル。
その熱気は、嵐となって吹き荒れた。
覇王竜斬波。当初は回避するべき対象として映ったが、今となっては別種のものとして見える。
これはシュトルムの熱さだ。魂の象徴だ。
こいつの熱さを見て、気が変わった。
僕も全力で迎え撃ってやろう。
【思考超加速】、オン。
【マグマシールド】、発動。
【サンダーシールド】、2回発動。
先の勝負で張ったマジックシールドと合わせて、上限に当たる4枚までマジックシールドを張る。
更に、治療時間中にエミルちゃんから受け取った『切り札』の1つであるところの【元素硬化爆弾】を【地雷操作】で設置する。
【元素硬化爆弾】は、イリシャの入れ知恵でエミルちゃんが購入した爆弾だ。作動した瞬間に特殊な液体を大気に浸透させ、周囲の元素を固めて硬化させる爆弾であり……つまり、物理的な盾を瞬時に大量展開できる代物だ。
通常であればあまり使い道が無い爆弾だが、【地雷操作】を持つ僕にとっては、いつ如何なるタイミングでも作動できる防御用の爆弾だ。同時に、最後にして最大の盾でもある。
「覚悟は出来たか!」
「応とも――」
いかんいかん。僕までシュトルムの熱気に染まっている。
だが、悪くはない。嫌いじゃない、このノリ。
来るなら来い。国王の全力を、僕の全力で弾いてやる。
その結果を実現して初めて、世界を変えた証拠となるだろうから。
シュトルムが【貪欲の黒剣】を振りかぶる。
強大な闘気が炎の如く燃え盛り、刃と化す。
僕はいつでも【元素硬化爆弾】を発破できるよう、【地雷操作】に意識を向ける。
シュトルムが闘気を漲らせ、黒剣を振り下ろす。
【覇王竜斬波】が放たれようとしたその瞬間――
無数の【奈落の種子】が、王城に撃ち込まれた。
異変を察知した僕は、反射的にスキル【未来集約】をオンにしていた。
何が起きたのかを未来の立場から冷静に検索する。
検索結果出力完了。
これは超遠距離からの狙撃だ。
狙撃を指示した者は、白蛇神・第二使徒【裏切り】だった。
――あの野郎。
大事な決闘の最中に、狙撃を仕掛けてきやがった。
僕が咄嗟に取った行動は、デモンスレイヤーなんとかフルスロットルに秘められたスキル【寿命燃焼・超絶加速】発動からの、『かばう』だった。
●ステータス
名前:カーン・オケ
本名:佐藤孝一
LV:1
性別:男性
種族:人工闇竜・成体
職業:無職
HP:692
MP:267
SP:572
STR:602
VIT:498
DEX:185
INT:125
AGI:356
LUK:112
称号:古代兵器級
装備:対魔殺戮剣・超絶限界加速式+++封印形態(封印解除)
所持品:雷電器官、奈落の種子、元素硬化爆弾など
スキル:存在同化領域、自動翻訳、情報把握・強、火属性耐性、地属性耐性、味見、素材発見LV2、素材採取LV1、毒耐性、休憩LV1、傲慢LV2、同化存在解放、剣化、甲殻虫の飛翔、竜の飛翔、晶化斬、潜伏LV1、炎破、受け流しLV10、二刀流、熟練度把握、発想値把握、闘気制御、生物知識・基礎、治癒、マグマシールド、サンダーシールド、強酸化、表面体液、水圧波、自己電気制御、マグマプロージョン、サンダーストーム、リフレッシュヒール、合体、集束太陽光、スキル交換、スキル譲渡、異次元収納LV10、地雷操作、ゲーマー魂覚醒LV2、思考超加速、無限加速宇宙、未来集約、主人公交代、幼き日の光、AaE開花進化
存在ストック:リスタルサーク、リスタルサーク、スライム・アビスアース、クラッツバイン、サラマンダー・アビスファイア、ウンディーネ・アビスウォーター、シルフ・アビスウィンド、ノーム・アビスアース
存在ストック上限:8/50
パーティ:【安らかなる旅路】に所属
パーティメンバー:フェリス、エミル、イリシャ、セイル、フラスフィン