55話:謁見
色々な魔物と同化した僕だが、そんなに容姿は変化していなかった。
その代わりに、内臓器官が大幅に変化した。体内の一部がスライムとなり、サラマンダーをはじめとする精霊が棲み、【雷電器官】を備え、あろうことか【奈落の種子】まで取り込んでいる状態だった。
【奈落の種子】を入手してしまった時は「やべぇ! 汚染される!」と思ったが、どういうわけか僕には【奈落の種子】の汚染効果は発揮されないらしい。フラスフィンさんが言うには、「地球の魂は【奈落の種子】に汚染されません」とのこと。どういうこっちゃ。
とにかくも僕自身には【奈落の種子】に汚染効果は発揮されない。これは大きな発見だ。
とは言え、【奈落の種子】を入手した直後に獲得したスキル【AaE開花進化】が輪にかけてヤバそうな雰囲気を醸し出しているのは否定できない。
あまりにも気になりすぎて人工胃腸の機能が異常活性化してきたので、【未来集約】でちょこっとだけ調べてみることにした。
ヘイ、【未来集約】、【AaE開花進化】の効果を教えてよ!
ピコン。
『スキル【AaE開花進化】
説明:【奈落の種子】を1個消費して、自身をAaE方向に分岐進化させる。
AaE開花進化時に進化の理から外れ、世界記述を超越する』
うわーお。分岐進化を強制的に引き起こすスキルでした。説明文から漂う意味不明っぽさが実にそれっぽい。
今のままでも十分にゲテモノじみているが、このスキルを使ったら僕は一体どうなってしまうのだろうか? 色々な意味でドキドキした。
「カーン様ー、沢山買ってきたよー!」
「おお、ありがとう、エミル。いい子だ!」
という弱音をエミルちゃんの前で吐くわけにもいかず、僕らは王城の前でパーティメンバーと合流しました。
はて。セイル先生とイリシャの顔が優れない。ずっと沈黙しているけど、どうかしたんだろうか。気になるが後回しだ。今は国王との決闘に意識を向けよう。
「コルバットです。特例により、本日は私が【国王転職試練】の審判をさせて頂きマス」
「出張業務お疲れ様です!」
フェリスさんがコルバットに敬礼する。ちなみに半竜化形態は解除していない。彼女は自分が全裸であるという事実にいつになったら気づくのだろうか。
あー、ドキドキする。フラスフィンさんに告白したせいかな。あの告白が死亡フラグにならなきゃいいんだけど。
「お邪魔する!」
ハイ、フェリスさんの堂々たる宣言と共に橋を渡りまして、お城の内装チェーック!
石造りの回廊に真紅の絨毯。年季が入っていますね。若干ダークな雰囲気を醸し出していますが、立派なファンタジー系のお城です。
門番や近衛兵はいません。代わりに、無数の剣が浮かんでいます。
なんでしょう、この剣は。浮遊しているではありませんか。剣をじっと見る僕に、フェリスさんが教えてくれました。
「シロガネ大臣が所持する古代兵器が1つ、【剣刃翔機】だな。これらの剣が衛兵と門番の代わりを果たしているのだ」
【剣刃翔機】だって。これが古代兵器かー。親近感が湧くなー。
古風な石造りの回廊に敷かれた真っ赤な絨毯を歩む僕に、フェリスさんが忠告した。
「カーン殿、ヴァラド国の現在の国王は騎士の精霊だ。カーン殿のことだから心配は要らないと思うが、くれぐれも粗相が無いようにな」
「承知した」
精霊かー。どんな姿なんだろうか。
「失礼する!」
謁見の間の扉を開けた僕の視界に映り込んだのは、甲冑!
甲冑でした。
ザ・甲冑でした。
西洋風味の真紅の全身甲冑が玉座に座っていました。
地球のRPG『魔王クエスト』に出てくる【動き回る鎧】の亜種か何かか? 魔力で動いているのか?
真っ赤な甲冑の隣には品の良さそうな老紳士が佇んでいた。この人は誰だろう。【未来集約】で検索してみるか。
ハイ、検索完了。大臣でした。シロガネ大臣でした。この人はベヒモスをタクシー代わりに使うお茶目な性格です。さっきの【剣刃翔機】の所持者でもあります。
フェリスさんとエミルちゃんは跪くと、甲冑に挨拶した。
「お久しぶりです、シュトルム陛下。
フェリス・ウェイン並びにエミル・リレイン、危急の用により此処に参上しました」
「おう、久しいな、フェリスにエミルよ」
甲冑もとい、この国の王様であるシュトルムさんは、見かけに反してフランクな口調だった。
フランクだから、さん付けはやめておくか。
シュトルムはセイルを見下ろすと、鼻を鳴らした。
「セイル、貴様は相変わらずだな。見ているこっちの気が滅入るわ」
「それは失礼した。君も相変わらずで、見ているこちらが不安定になるよ」
うわー、なんか険悪な雰囲気だな。空気がぴりぴりしてる。
セイル先生とシュトルムの間に何があったんだ?
「ちょっと! あんた、国王だからって横暴すぎるわよ!」
「ハッハッハ! そっちの小娘は元気で結構! それぐらいの元気っぷりが国民として丁度いいわ!」
「むむぅ!」
なおも反論しようとするイリシャをシュトルムは無視し、フェリスさんに視線を移した。
「シロガネから転移門の事情は聞いている。フェリスよ、危急の用とは何だ? リレイン国で何があった?」
「リレイン国は陥落しました」
ぞわっ。
シュトルムさんから白い闘気が立ち上った。
僕は思わず、ちびりそうになった。
背筋がぞわりすぎて、ぞわぞわしていた。
「国王はどうなった」
「崩御しました」
シュトルムさんの指がピクリと動いた。
「国王が死んだか。【世界守護剣】はどうなった?」
おおっと!? 重要そうなワードが出てきたぞ!
フェリスさんは申し訳なさそうに答えた。
「【世界守護剣】の安否は確認できていません」
シュトルムは兜の上部分にガントレットの指先を当てた。人間で言うなら、額に指を当ててるポーズか。
頭が痛い。この女騎士のせいで頭痛がする。そんな感じか?
「事情は分かった。その者は何者だ?」
シュトルムは僕に視線を向けた。
「こちらの方は、外の世界より参ったカーン・オケ殿です」
「ほう。外の世界か」
「うん! カーン様は闇竜神の候補者なんだよ!」
ぴくっ。
シュトルムの指と肩が微かに動いた。
嫌な予感が僕の脳裏をよぎる。
「今、なんと言った?」
「カーン様は闇竜神の候補者」
――ぞわっ。
エミルちゃんが、だよ、と言い終えた頃には、空気が一気に重苦しいものへと変じていた。
うわぁ。この緊張感を僕は知っている。
名前を出してはいけない人の名前を出した時のあの感覚だ。
「……闇竜神の後継ぎか。大罪神の後継者が何をしに来た」
ちょ、ちょっと待って? どういうことなの? 先代の闇竜神はマジで何をやらかしたの?
「国王シュトルムよ。今は先代の罪を問う場合ではありません」
僕の隣でフラスフィンさんが言った。
さすがに神の言葉を無視することもできなかったのだろう。シュトルムは「む……」と唸った。
「風竜神フラスフィンか。なぜそいつに与する? 先代闇竜神がこの世界に与えた悪影響は貴殿がよく知っているはずだ」
「肯定。彼女の尻拭いには苦労しました」
「その結果が原住民の現実認識力の低下と来ているのだから、神というのは始末に負えんな」
「私が力を行使すれば、ウラグルーンは再度の大幅な書き換えを強いられます。それは貴方もお望みではないのでしょう?」
「神と言えど、これ以上の大規模な改変は望まぬ、か」
何がなんだかさっぱり分からない会話だ。過去に何があったのやら。
シュトルムは僕を指差した。
「そいつにその見込みはあるのか?」
「肯定。【領土守護結界】を破壊したのはカーンです」
「ふむ。……シロガネよ、どう思う」
シロガネ大臣は髭を撫でてて言った。
「結界破壊者が王となり、責任を持って統治すれば良いかと」
「余に王の座を退けと?」
「はい」
うわぁ、断言しちゃったよ、シロガネ大臣。
シュトルムは、「ハーッハッハ!」と笑った。
「正直者は嫌いではない! 嫌いではないぞ!
しかし、なるほどな。筋書きが読めたぞ。そのための六竜神殿支部神官長だな?」
シュトルムはちらりとコルバットに顔を向けた。
「ハイ。今日は国王転職クエストのためにこちらに出張させて頂きマシタ」
シュトルムは「ククッ」と低く笑った。
「おい、カーン。貴様は何の目的があって国王になるつもりだ?」
「惚れた女と結婚するためだ」
「誰と結婚するつもりだ」
「フラスフィンだ」
「ほう」
シュトルムが僕を見る目が若干変わった、ように思えた。
「本当にその神と結婚するのか?」
「するとも」
「となると、いずれは神にもなり、世界を背負って立つ決意があるわけだ」
「そのつもりだ」
惚れた女性と結婚するためだ。別にそのぐらい、いいじゃないか。
シュトルムは何が笑えるのか、大爆笑した。
「ハーッハッハ! 貴様の回答、気に入った!
いいだろう! この決闘、受けて立つ!」
「感謝する」
僕はリスタルサーク2本を抜き放った。
窓から差し込む光がリスタルサークに反射し、白の輝きを放つ。その輝きを目の当たりにして、シュトルムがぴくりと肩を動かす。
「リスタルサークはいい得物だ。日の光に当てれば、生物由来とは思えんほどに透き通るような煌きを放つ。余は、そういったものが嫌いではない」
おっ? 何だか剣にこだわりがありそうな感じだぞ?
ちょっと意見をぶつけてみるか。
「我輩はこれを養殖してみたいと考えている」
「養殖か! そいつは面白い! その景色を言葉にして表してみろ!」
「見渡す限りの雪原に水晶の如き剣が理路整然として突き立っている。剣の一つ一つが墓標である。朝日を浴びて剣の雪原は輝く」
「ほう! 絶景ではないか! 武人たるもの、剣の下に死にたいものだな!」
「我輩は未熟なり。そこまでの境地には達しておらぬ」
「そこで自らの未熟を宣言するとは、謙遜か。それとも自己卑下か?」
「我輩はそこまで深く考えてはおらぬ。我輩、生まれて3日目である故に」
「3日目! 決闘相手に堂々と白状するとはな! 気に入ったぞ! 礼に余の得物を見せてやろう!」
シュトルムは立ち上がると、異次元から黒い大剣を抜き放った。
うおっ、何だあの剣!? でかい! 刀身が2メートルぐらいはあるんじゃないだろうかという具合にドでかい!
「説明してやろう。余の得物は火竜神エンザルクの祝福を受けた魔剣だ。
刻んだ名を【貪欲の黒剣】と言う。
余が負けた暁にはこいつをくれてやる。今から言うことをよく覚えておけ」
シュトルムは【貪欲の黒剣】を軽く振った。それだけで、彼がとてつもない筋力の持ち主だと知れた。
「こいつには【吸命】と【吸魔】と【吸活】の効果が付与されている。
敵を切り刻めば切り刻むほどに、生命力と活力と魔力を奪えるという代物だ。見たところ闇属性の貴様にはぴったりだな」
そういう武器は『アルティメットオンライン』でも見たことがある。敵を斬れば斬るほど自分のHPとMPとスタミナが回復していくという剣だ。敵を斬れば自分が回復するので、高速で剣を振り回せるステータス構成・スキル構成がゲーム内で大流行した。例え回復量が1だとしても、100回武器を振り回せば100回復できる。ネトゲ文化が爛熟し切った今となっては信じられない話だが、当時は本当にそんな仕様だった。
「どうだ、欲しいだろう?」
ううっ、欲しい! 久しぶりに物欲が刺激されてしまったではないか!
「欲しければ余に勝ってみせろ! 貴様の実力を示せ! 余が作った社会構造の頂点に貴様が立つかどうか、見極めてやる!
――シロガネ!」
「はい」
シロガネが一礼し、宣言する。
「ヴァラド国が大臣、シロガネの名において、決闘を承認します」
シュトルムと僕は互いに向き合い、得物を突きつける。
「六竜神殿支部神官長、コルバットの名において、決闘を執り行イマス。
ルールは3本勝負。相手に敗北を宣言させる、あるいは、相手の生命力を1割以下にさせた者に有効点を与えマス。
この有効点を2本先取した方を決闘の勝者とシマス。
1勝負ごとの治療時間は、10分に設定シマス。治療時間中はパーティメンバー間でのアイテム交換とスキル交換を許可シマス」
3本勝負か。1本だけだったら有効点を取られても大丈夫、あとの2本で有効点を取れば勝ちというルールだ。加えて、治療時間中はパーティメンバーのアイテムやスキルを交換できるので、次の勝負では相手に有効な攻撃を与えやすくなる。
僕は疑問点をコルバットにぶつけた。
「質問がある!」
「はい、何デショウ?」
「決闘中に決闘領域が破壊された場合、どうなる!」
「破壊された段階で決闘を一旦中止し、治療時間を設けます。その後に決闘を再開しマス」
「決闘中に何者かに乱入された場合は?」
「決闘を一時中断しマス。乱入者は物理的に排除しても構いまセン。乱入者が鎮圧されたことを確認した後、治療時間を設け、その後に決闘を再開シマス」
「了解した」
やはり、決闘中に最終形態は使えないと見ていいようだ。仮に最終形態を使う機会があったとしても、乱入者に使うぐらいだろう。決闘に乱入は付き物なので、これで安心だ。
【安らかなる旅路】のパーティメンバーとシロガネ大臣が見守る中、コルバットが決闘領域を展開するための金属球体を宙に投擲した。
「――決闘、開始!」
●ステータス
名前:カーン・オケ
本名:佐藤孝一
LV:10
種族:人工闇竜・成長体
職業:無職
称号:人殺し、忍耐の精神、守護の精神、巨乳美女を警戒する、古代兵器級、地雷屋さん
隠し称号:神帝から観察されている
所持品:雷電器官、奈落の種子
スキル:存在同化領域、自動翻訳、情報把握・強、火属性耐性、地属性耐性、味見、素材発見LV2、素材採取LV1、毒耐性、休憩LV1、傲慢LV2、同化存在解放、剣化、甲殻虫の飛翔、晶化斬、潜伏LV1、炎破、受け流しLV10、二刀流、熟練度把握、発想値把握、闘気制御、生物知識・基礎、同化した魔物の色々なスキル、スキル交換、スキル譲渡、異次元収納LV10、鼻伸ばし、地雷操作、ゲーマー魂覚醒LV2、無限加速宇宙、未来集約、主人公交代、幼き日の光、AaE開花進化
存在ストック:リスタルサーク、リスタルサーク、ピノッキオンズ・アビスアース、ピクシー・アビスウィンド、スライム・アビスウォーター、スライム・アビスアース、クラッツバイン、ザンダーバイツ、ケトゥアローウァ、サラマンダー・アビスファイア、ウンディーネ・アビスウォーター、シルフ・アビスウィンド、ノーム・アビスアース
存在ストック上限:13/50
パーティ:【安らかなる旅路】に所属
パーティメンバー:フェリス、エミル、イリシャ、セイル、フラスフィン
隠し効果付与:神帝の観察