騒乱の幕開け
白蛇神・第二使徒と第一使徒と第三使徒の視点の話です。
ヴァラド国北部国境付近。
極北の氷山にて、白蛇神・第二使徒【裏切り】は己の眷属を召喚した。
召喚に応じた眷属は100体の【スナイプラント・ビトレイヤルリレイティブ】。100キロメートル先の物体を正確に狙撃する植物系の魔物だ。
白蛇神・第二使徒【裏切り】は、スキル【詩文覗見】を発動した。
【詩文覗見】。それは、別の詩文の内容が見えるスキルだ。
他の詩文情報を把握できるのは、カーンの専売特許ではない。専売特許は独禁法違反だ。
第二使徒【裏切り】がこの詩文を覗いた感想はただ一つ。
不安定。それも、極めて不安定の一言に尽きる。
この詩文は揺らぎが多すぎる。不確定要素が大量に存在するため、未来が予測できない。
こうなった原因は風竜神フラスフィンにある。未来地平から解放された風竜神は奇想天外な方法で現在に干渉している。
第二使徒【裏切り】とて、 【隕石召喚】をいとも容易く反射された恨みを忘れてはいない。必ずやフラスフィンを痛めつけ、カーンもろとも葬り去ってくれる。
侵攻の準備を進めながら、第二使は【裏切り】はふと思う。この果てしのない恨みはどこから来るのかと。
――佐藤孝一だ。あいつが何もかも悪い。
第二使徒【裏切り】は、テラ・コンダクト管理者の婚外子たる佐藤孝一に良い思いを抱いていない。
テラ・コンダクト時代に孝一にハッキング用プログラムを提供していたのは第二使徒【裏切り】だ。孝一はただ単に攻撃目標を決めてボタンを押していただけに過ぎない。
そうとも。あいつは地球にいた頃から気にくわなかった。
ゲーム感覚で地球全土を爆撃していた癖に、あいつはずっと苦しそうな顔をしていた。
理解に苦しむ表情だった。
凡人は凡人らしく、ロボットの如く無表情に爆撃していれば良かったのだ。
白蛇神より下った排除命令は覆らない。それが例え、義理の兄弟や子孫と言えど。
「構えよ」
眷属に指示を下す。
狙いはカーンと原住民だ。両者ともに殺し合って、楽園の種子の苗床になるがいい。
――経緯はどうあれ、気に入らない奴が敵の側に転生してくれて清々とする。
婚外子である佐藤孝一が敵だと言うのならば、躊躇なく抹殺できる。
それが白蛇神・第二使徒【裏切り】の偽りなき本音だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――
ヴァラド国北東部国境付近。
凍える結晶山脈の頂上にて、第一使徒【恐怖】は1000体の亡霊と共に待機していた。
いずれの亡霊もこの世に怒りと悔いを遺した者たちだ。白蛇教団が拾い上げ育成した、寄る辺なき者たちの末路であった。
『準備完了』
第二使徒【裏切り】の【精神会話】が第一使徒【恐怖】に伝わった。
『準備完了』
第一使徒【恐怖】は【精神会話】にて答え、星剣【蛇遣い座】の柄に手をかけた。
テラ・コンダクトの裏切り者であるカーン/佐藤孝一は、原住民もろともこの局面で一気に殲滅する。
第三使徒【嫉妬】の出る幕など与えてたまるか。
領土守護結界に破損が生じた今、侵攻を妨げるものは無い。
今こそヴァラド国を燃やし、楽園の礎としてくれる。
第一使徒【恐怖】は元素外殻の翼を広げると、亡霊の群れと共にヴァラド国に攻め込んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――
リレイン国跡地、かつて城だったものの残骸が転がる場所にて。
赤髪の青年が土と瓦礫を掘っていた。
青年の正体は、白蛇神が擁する第三使徒【嫉妬】である。
第一使徒【恐怖】と第二使徒【裏切り】の思惑に反して、第三使徒【嫉妬】は独断で次の一手に取りかかっていた。
第三使徒【嫉妬】が指す次の手――それは、水竜神ミゼルローン、地竜神グラムグレイズ、光竜神ガルドルーグ、火竜神エンザルクとの同盟締結である。
同盟を締結する理由は、殲滅を免れるためだ。
第一使徒【恐怖】と第二使徒【裏切り】は大局が見えていない。
あの“凡人”を、佐藤孝一を、過小評価しすぎている。
佐藤孝一は凡人だ。
超人でも天才でもない。
だからこそ、目的を達成するために全てを切り捨てる強さを持っている。
その強さの意味に気づかぬまま、第一使徒【恐怖】と第二使徒【裏切り】は敗北するだろう。
この結論は、生前の佐藤孝一に憧れた【嫉妬】だからこそ出せる回答だった。
「見つけたぞ」
焼けた土と瓦礫を掘り続ける【嫉妬】は、遂に目当てのものを見つけた。
【世界守護剣】。リレイン国に代々伝わる剣にして、世界の【影】に繋がる重要な物品だ。
詩詠魔法、発動。
魔法が宿る詩を簡易に詠唱する。
「蘇れ、世界守護剣よ。我に主を抜く権利なし。我に主を扱う資格なし。
なれど、今一度、世界を守るために我と同行せよ」
このままでは世界は破壊され、白蛇神側もまた、殲滅されるだろう。
力を貸せとは言わぬ。せめて、我と同行し、結末を見届けよ。
【嫉妬】の思考に呼応するかのように、【世界守護剣】が純白の光を発する。
光に導かれ、【嫉妬】は剣の柄に手を伸ばした。
――ずっ……。
選ばれし者にしか抜けぬはずの剣が抜けた。
それは、強制的な服従ではなく……【世界守護剣】が認めた結果であった。
(【世界守護剣】が守るは、人ではなく世界。
世界を侵す側が世界を守る剣を手にするとはな)
第三使徒【嫉妬】はかつて世界を守ったと伝えられる【世界守護剣】を携えると、水竜神と地竜神に接触するために大地を蹴った。
次話は一人称視点(カーン視点)です。