種子とテラ・コンダクト
三人称視点(白蛇神第一使徒寄り)の話です。
他ルートで起きた出来事となります。
残虐描写あり、若干グロテスク描写ありなのでご注意ください。
昔の話だ。
地球に降り注いだ隕石から、未知の種子が発見された。
種子は寄生体だった。
種子自体に移動能力は無く、接触した他の物体に寄生して星間を渡った。
種子が宇宙を渡る理由はただ一つ。
己という種を限りなく拡散させるためだった。
宇宙の過酷な環境に耐え抜くためだろう。
種子は、光合成機能と、爆発的成長能力と、ありとあらゆる環境に適応するための耐性源を備え、元素を吸収合成して未知の元素を生産蓄積する機能を備えていた。
隕石に寄生して地球に落ちてきた種子は、地球上で繁殖した。
テラ・コンダクトは種子を発見した。種子を【楽園の種子】と名づけ、利用することを決めた。
おおよそ荒唐無稽と受け止められる話だが、テラ・コンダクトが存在する地球では実際に起きた現象だった。
テラ・コンダクト。
アメリカ軍需産業が設立した秘密結社。
独自の正義感に基づいて地球の平和を守り、安定した食料と富を全世界に供給するために作られた団体。
その業務内容は多岐に渡る。
紛争地への介入、敵対国家への爆撃、宗教団体の設立、食料製造、福祉事業、兵士育成、【楽園の種子】の育成などなど。
極端な話をしてしまえば、地球の管理がテラ・コンダクトの仕事だった。
テラ・コンダクト幹部候補、第一使徒【恐怖】は、無数に枝分かれしたルートの中で闇竜神カーンと対峙して、疑問に思う。
佐藤孝一。
あの“凡人”が、なぜ敵の側に付く?
例えテラ・コンダクトの一員と言えど、敵の側に与することは許されないというのに。
第一使徒【恐怖】は闇竜神カーンを見据える。
リレイン国がかつてあったであろう荒野にて、闇竜神カーンは総勢2万体のスパルトイ軍団を密集陣形で突撃させた。迎え撃つ第一使徒【恐怖】は総勢10万体のレイスで迎え撃つ。
この世界の亡霊は、接触した生物の最大HP・最大MP・最大SPを削る性質を有している。それが分からぬカーンでもあるまいに、なぜ突撃させる?
しかし、ここに至って第一使徒【恐怖】は気づく。スパルトイはアンデッドだ。生物ではない。よって、亡霊軍団ではスパルトイの最大HPを削れない。
闇竜神カーンはスパルトイ軍団に魔法効果が付与された槍と盾を装備させている。そのため、生物が本来手出しできない亡霊を強制的に轢き倒して成仏させていく。
死者には死者をぶつける。闇竜神カーンも考えたものだ。
だが、致命的な弱点も存在した。第一使徒【恐怖】はカーンの背後に転移すると、星剣【蛇遣い座】を用いてスキル【魂削る刃】を発動した。
カーンは振り返ると同時、星剣【蠍座】を振るった。
星剣【蠍座】は確率に干渉して100%のカウンター効果を発揮する。正常に機能すれば、星剣【蛇遣い座】を跳ね返すはずだ――だが、星剣【蛇遣い座】は星剣【蠍座】を透過した。
【魂削る刃】は魂のみを斬り裂くスキルだ。【魂削る刃】の依代となった剣の斬撃は、物質では防御できない。
その代わりに、【魂削る刃】を発動した側は、剣身で防御できたはずの一撃を貰うこととなる。
第一使徒【恐怖】が装着する白の元素外殻に星剣【蠍座】の斬撃が打ち込まれ、状態異常【猛毒】にかかった。
(元素外殻を貫通して猛毒を与えてくるとは、テラコンの“凡人”もやるものだ)
第一使徒【恐怖】の思考はシンプルだ。肉を斬らせて骨を断つ。猛毒は後で治療すれば良い。最終的に勝てれば、それで構わない。
【魂削る刃】がカーンの魂を斬り裂いた。
瀕死の重傷を負ったカーンがよろけ、転移する。
程なくして、スパルトイ軍団は土に還った。
術者であるカーンが死亡したのだ。司令塔が死ねば不死者は解放される。これが不死者を行使する上での致命的な弱点だった。
これらの出来事は幻や夢ではなく、実際に起きた出来事だった。
この詩文の中では、第一使徒【恐怖】は、確かに闇竜神カーンを殺した。
だが、新しく生まれた詩文の中ではカーンは生きている。不可思議かつ非現実的だが、これがこの世界の掟だった。
猛毒が肉体を侵食し、第一使徒【恐怖】は膝を突いた。
屈辱が第一使徒【恐怖】の頭の中を巡った。
走馬灯が駆け巡り、第一使徒【恐怖】は独白する。
「……佐藤・孝一。お前はテラコンの中では最も凡人だった。
政治家としてのセンスも無ければ、兵士としてのセンスも無い。何もかもがテラコンの他幹部候補生に劣った。
だが……俺はお前に負けた。適性検査時にお前はゲーム部門で俺に勝った。
ゲーム部門では誰もお前に勝てなかった。何の意味も無ければ価値も無い部門にお前は心血を注いだ。
ARにVRにドローンだったか……? ゲームが軍事利用される未来を見通して適性検査に挑んだのだとしたら、大したものだ。
しかし、俺の経歴に汚点を付けた屈辱だけは許せん……」
震える手で異次元から【解毒ポーション】を取り出し、自身に叩きつける。ポーションが元素外殻に浸透し、全身を巡る猛毒が打ち払われた。
それでも猛毒の後遺症は重い。第一使徒【恐怖】は体力回復のため、その場でしばし休まざるを得なかった。
第一使徒【恐怖】はこの世界の管理方法を回顧する。
奈落の種子と楽園の種子。二つは同一の種だ。
かたや、生態系を汚染する寄生種として恐れられる。
かたや、移植した者を未知なる環境に適応させる福音として扱われる。
異世界を管理する側と地球を管理する側。
両者は決して共存できない。
生物的構造の差に基づく価値観の相違が、大いなる溝として両者の間に横たわっていた。
ウラグルーンに転移したテラ・コンダクトのメンバーは、異なる価値観を有する生態系が屈服し、絶滅するまで虐殺し続ける。
敵が申し出る和解は暗殺と虐殺の機会だ。妥協などさせはしない。過去の遺恨は未来の紛争を招く。
自殺した敵は楽園の種子の良き苗床だ。ウラグルーンの原住民が強く感情を喚起したまま死亡すると、【浮上する光】が体内に残留し、楽園の種子にとって最高の養分となる。
恐怖、絶望、歓喜、快楽、何だっていい。とにかく強烈に感情を喚起した上で死亡してくれればそれでいい。そのためならテラ・コンダクトはウラグルーンを何度でも焼く。
自分自身のために、徹底的にこの世界を搾取し続ける。
それがこの世界におけるテラ・コンダクトの意向だ。
第一使徒【恐怖】は異次元から林檎を取り出した。
元素外殻のヘルメットが開き、獰猛なる牙が姿を現す。
牙が生え揃った顎が林檎にかじり付き、果汁をすすった。
「今日も、林檎が美味いな」
注・現段階ではカーン(佐藤孝一)はまだ第一使徒の正体に気づいていません。