51話:幼き日の光
人工闇竜・成長体の朝は早い。
人工闇竜は日が昇る頃には雪原に出て素振りを始める。得物は勿論、リスタルサーク二刀流だ。
「ふんっ! ふんっ!」
かけ声と共に素振り100本を行う。
果たしてヤドカリベースの遺伝子改造生物に筋肉はつくのか? それは分からない。
365日後には世界は崩壊する。この行為に意味は無いのかもしれない。しかし、僕はこれを世界を感じ取るための儀式として割り切っていた。
「朝から精が出るな」
僕の近くに降り立ったセイル先生はパイプを吸っていた。
れっきとした喫煙行為である。この人はシャーロック・ホームズか何かか。
「それは美味いのか?」
僕はリスタルサークで突きの練習を始めた。
セイル先生は鼻を鳴らした。
「こいつをくれてやる気はないが?」
他人に譲らないほど美味いらしい。
朝日が雪原を照らす頃、僕は【受け流し】の練習に移っていた。
日の光を敵として認識し、【受け流し】を試みる。日光を斬るように、リスタルサークを振り続ける。
リスタルサークの刀身を光が走る。きらりと反射した陽光は、僕の眼に眩しく焼き付いた。
ピコン。
『【神級】の攻撃の回避に成功しました。熟練度が100に達しました。
スキル【受け流しLV5】が【受け流しLV6】になりました』
剣を振る。振り続ける。
ピコン。
『【神級】の攻撃の回避に成功しました。熟練度が100に達しました。
スキル【受け流しLV6】が【受け流しLV7】になりました』
光を斬って、剣を振り続ける。
ピコン。
『【神級】の攻撃の回避に成功しました。熟練度が100に達しました。
スキル【受け流しLV7】が【受け流しLV8】になりました』
硝子の剣の如く、あどけない煌きが瞬く。
ピコン。
『【神級】の攻撃の回避に成功しました。熟練度が100に達しました。
スキル【受け流しLV8】が【受け流しLV9】になりました』
演舞の如く剣を振るい、光を斬る。
ピコン。
『【神級】の攻撃の回避に成功しました。熟練度が100に達しました。
スキル【受け流しLV9】が【受け流しLV10】になりました』
やはり、そうか。
僕は直感的に理解した――もっと強くなれると。
ピコン。
『スキル【幼き日の光】を獲得しました』
「君はどこまでやる気でいる?」
セイル先生の問いかけが僕の心を叩く。
どこまでやるべきか。正直に言うと、考えてなかった。
「何も考えていない」
「だろうな」
セイル先生はくくっと笑った。
「結局はそこに行き着くわけだ。世界に尽くす気は無く、あるのはただ、利己的な感情のみ。
他者を、世界を、全てを救えば自分の心が救われる。究極の利己的感情だ。私はそれを、面白い、と感じるよ」
僕はセイル先生の推理を、面白い、と思った。
僕は胸中を吐露した。
「過去の自分を救うために世界を救っているんだ。飽きても終わらない。終わりが無いんだ」
あるのはただ、強烈な飢餓感。過去の自分を救うために世界を救い続ける。その作業に終わりは無い。
セイル先生は目を細めた。
「一ついいかね。ハッカーとは何だ?」
僕は、生前やっていた行いを告白した。
「紛争地に衛星を落としたり、敵国の軍事基地を乗っ取ってミサイルを発射する職業だ。自宅で出来る仕事だよ。何だったらスマホやガラケーでも出来る」
「ミサイルとは何だね?」
「爆弾だよ。敵をどこまでも追い続ける、強力な爆弾だ」
「何人殺した?」
「それを聞くのかい」
「私は君の指揮下に入る。聞かなければならない事項だ」
僕は心の中に苦味を感じた。
こういう時は素直に白状するに限る。
「数えていない。途中までは数えていたけど、嫌になって、数えるのをやめた」
僕は後悔を語る。
後悔を一つ語れば、一気に後悔が溢れ出す。
僕という存在がここまで壊れる原因になった過去を、一気呵成に喋りまくる。
「――女子供も殺した。沢山殺した。わけが分からなくなるくらい、殺して殺して殺しまくった。村を焼き、人を焼き、焼いて焼いて焼きまくった。だけど僕には、殺したという実感すら無い。ハックして殺す。爆撃して殺す。ドローンを使って殺す。殺して殺して殺しまくって、死体の山を築きまくった。だけど、何者も僕を救ってはくれなかった。断罪すらされなかった。そうして僕は、のうのうと生き続けた。へらへら笑いながら【テラ・コンダクト】の指示に従って世界中を爆撃して、ゲームで全滅とクリアを繰り返して、食品会社でレーションもどきを作って、一般家庭にレーションもどきを宣伝しまくった。笑っちまうよな。レーションもどきだぜ? 一般家庭にレーションもどきなんか売れるかよ。営業成績なんか下がって当然だ。戦争を知らない一般家庭のご婦人にレーションもどきが売れるか。戦争戦争、食料食料、殺人殺人、食料食料。こんな馬鹿げた仕組みを作った【テラ・コンダクト】はバカだ。だけど僕はもっとバカだ。殺すことしかできない。そんな僕が、女子供の子守をしてるんだぜ? 心底笑えるよな」
ああ、なんで赤の他人にこんなに語ってるんだ。僕は阿呆か。
だけど、僕は心の底では笑って欲しかったのかもしれない。僕という存在を、誰かに嘲笑して欲しかったのかもしれない。
笑ってくれ。
嘲笑してくれ。
殺すことしかできない僕を、笑い飛ばしてくれ。
じゃないと、僕が救われない。
「なあ、笑ってくれよ。
僕の人生、ギャグだって言ってくれよ」
「だが、イリシャには手加減した」
僕はハッと顔を上げた。
セイル先生は異次元から金属球体を引っ張り出した。
忘れもしない。決闘に巻き込んだ、あの金属球体だ。
「君が本気を出せば決闘領域を破壊できただろうし、決闘のルールを逸脱してイリシャを殺せたはずだ。そうしなかったのはなぜかね?」
確かに僕は手加減をした。
最終形態の力を全て引き出せば、決闘領域を破壊してイリシャを殺すことが出来た。だけど僕は、それをしなかった。
僕が秘める感情の正体を、セイル先生は口にする。
「――良心の呵責だ。君にはまだ、人間らしさが残っている」
僕にまだ、人間らしさが?
セイル先生は金属球体を弾いて異次元にしまうと、きっぱりと告げた。
「力に振り回されながらも、力に溺れない精神力を私は称える。
生徒を導く身として、私は君の人間らしさを信じよう」
僕は心の底から、驚いた。
僕に共感し、理解してくれる人がいるとは思わなかった。
「人殺しとは付き合わないつもりだと思っていたよ」
「――人とは何だと思うね?」
唐突な質問に押し黙る僕に、セイル先生が語る。
「この世界では知性を持つものは何でも人間だ。竜人族、翼人族、エルフ、オーク、オーガ、精霊、サキュバス、ハーフフット、スライム、純粋人間族などなど……これら全て、人間なり。
しかし、魔物と人間は違う。どこがどう違うと思うかね?」
僕は少し考えて、言った。
「人間を襲うかどうかだろ?」
「そうだな。誰が魔物なのかどうかは、純粋人間族が決定する。人を襲いさえしなければ、エルフやオークやスライムも人間なわけだ。
さて、ここで一つの問題が生じる」
セイル先生は、僕の眼をじっと見つめた。
「人間とは何なのか。人間を証明する方法は何なのか。私はそれを聞きたい」
僕はちょっと考えて、こう答えた。
「人間は連続する生き物だ。
人間を証明する方法とは、存在を更新し続けることだ。己の生き様を更新し続けることによって、存在の連続性が保たれ、人は人たりえる。
これこそ永遠不変の答えだ……と僕は思う」
セイル先生は「なるほど」と頷いた。
「君の考え方が知れて良かった。今日一番の収穫だ」
「まだ日が昇ったばかりなのに?」
セイル先生はふっと笑った。
「君の一人称が実は『僕』だと判明したのが、二番目の収穫だよ」
●ステータス
名前:カーン・オケ
本名:佐藤孝一
LV:1
種族:人工闇竜・成長体
職業:無職
称号:人殺し、忍耐の精神、守護の精神、巨乳美女を警戒する、古代兵器級、地雷屋さん
隠し称号:神帝から観察されている
スキル:存在同化領域、自動翻訳、情報把握・強、火属性耐性、地属性耐性、味見、素材発見LV2、素材採取LV1、毒耐性、休憩LV1、傲慢LV2、同化存在解放、剣化、甲殻虫の飛翔、晶化斬、潜伏LV1、炎破、受け流しLV10(NEW!)、二刀流、熟練度把握、発想値把握、闘気制御、生物知識・基礎、異次元収納LV10、鼻伸ばし、地雷操作、ゲーマー魂覚醒LV2、無限加速宇宙、未来集約、幼き日の光(NEW!)
存在ストック:リスタルサーク、リスタルサーク、ピノッキオンズ・アビスアース
存在ストック上限:3/30
パーティ:【安らかなる旅路】に所属
パーティメンバー:フェリス、エミル、イリシャ、セイル、フラスフィン
隠し効果付与:神帝の観察
スキル 発想値
『《スキル交換》 50/100』
『《スキル譲渡》 50/100』