エミル視点2:初恋
トウマに対象を切り替え、魔狼が迫る。
「オレが世界を変えてやる! 来い!」
トウマは真紅のファーコートを夜風に靡かせ、左腕を前に突き出す。
トウマを食らうために顎を開いた魔物。その口に無理やり腕を突っ込ませ、トウマはニッと笑った。
「食らいやがれ! 星剣【魚座】!」
光が溢れ出した。魔狼が結晶化し、砕け散る。
トウマの左手に現出したのは、新たな【星剣】だった。
右手に星剣、左手に星剣。
エミルは、眼前に佇む少年に畏怖と尊敬が篭った視線を向けた。
(この人、カーン様と同じ武器を使ってる)
カーンとは戦い方が全く違う。カーンは【星剣】を発射して戦っていたが、この少年は直に【星剣】を握って戦っている。
その戦い方は、非常に荒々しく、粗野で、野蛮で、近寄りたくもないとすら感じるものだったが、しかし、同時に惹かれるものがあった。
(こんなにも素直に感情を表現できるなんて)
エミルは、きゅっと手を握る。
何も出来ない自分が、悔しいと感じた。
「しゃらくせぇ!」
魔狼に噛み付かれてもなお、トウマの闘志は消えない。それどころか、更なる闘志を燃やして敵意に挑む。
「ガイン師匠の教え、その一! 世界を変えたければ自身を変えよ!
――穿て! 【射手座の光雨】!」
魔物に噛み付かれたまま、トウマは右手の星剣を掲げた。トウマの足元に白の魔方陣が広がると同時、純白の光が刀身に集い、天に発射される。
発射された光は闇の中で弾け、無数の矢となって降り注いだ。
「ひゃっ!?」
空から降り注ぐ光の矢が魔物の群れを貫く。周囲に潜んでいた魔物が全て【結晶化】し、粉々に砕け散った。
「よっしゃ、これで片付いたな! 怪我はねぇか!?」
振り返ったトウマの面持ちは、まだあどけなさすら感じるものだった。ろくに手入れもされていない無造作な髪型。不敵な面構え。それでいて無邪気な瞳。
――ひょっとしたら自分と大して年齢が変わらないのではないか?
だとしたら、自分はそんな少年に戦いを強いたことになる。
罪悪感が胸中を巡る。そんなエミルの気も知らず、トウマはずいっと身を乗り出した。星剣を鞘に収めてしゃがむと、エミルの頬に指を当てた。
「出血してるのか。――癒やせ、【魚座の治癒】!」
青い魔方陣がトウマの足元に広がる。青の光がエミルを優しく包み込み、頬の傷が塞ぐ。
気づけばエミルの出血は止まっていた。傷も無い。驚きに満たされるエミルをよそに、トウマは快活に笑ってみせる。
「よーしよし、これで大丈夫だな!」
「あっ、あの」
エミルが勇気を振り絞って尋ねようとした瞬間、トウマは顔を上げて「げっ」と声を上げた。
「やべぇ、人間だ! 逃げねーと捕まっちまう!」
トウマは何も着ていないエミルにファーコートをかけると、樹上に向かって跳躍した。
「じゃあな、風邪引くなよ!」
そうじゃない。自分が聞きたいのは……。
エミルの手は届かなかった。あっという間にトウマは樹上を駆け抜け、遥か彼方に去っていってしまった。
一人残されたエミルは、ぼんやりとトウマに思いを馳せた。
(あんな人がいるなんて)
世界は広い。
リレイン国で過ごしてきた日々が嘘みたいだ。世の中には多くの人たちがいる。家畜に過ぎないと思っていた純粋人間族の中にも、トウマのような人間がいたのだ。
エミルはトウマの姿に強い感慨を受けた。それと同時に、純粋人間族に対する認識を改めた。
これこそがエミルとトウマの出会いであり、エミル初恋の瞬間であった。