1話:安楽死したら棺桶になっていました
騙された。
婚約を破棄された
僕の彼女は……結婚詐欺師だった。
全財産を持っていかれた。
僕は、就職難と言われる時代に、どうにか地元の会社に入社できた身だ。
苦節20年、働き続けた。開発部での採用だったはずが、営業部に回され、お客様の無理難題な要求に耐えながら、20年耐え続けた。
その20年の間に築いた全財産が、水の泡になった。
趣味と言えるのはゲームだけだった。
若い頃はネットゲームにも熱中した。
だが、今となってはゲームの内容もろくに頭に入ってこない。
それほどまでに、僕は落ち込んでいた。
今の僕には何も残っていない。空っぽだ。
これまでに築き上げたものは、砂上の楼閣だったのだと痛感した。
僕の人生は何だったのだろう。
果てしない自問自答の末、僕は退職し、オーストラリアに渡った。
オーストラリアのビクトリア州では、2019年2月から安楽死合法案が施行されている。
現在は2020年。そう。オーストラリアでなら安楽死できるのだ!
オーストラリアの広大な大地を踏み締め、僕はビクトリア州に向かった。
だが、そこで僕は更なる衝撃を味わう羽目になった。
安楽死を実行するには条件があったのだ!
心が健康な人間しか安楽死できません、という条件だった。
僕は、心の健康面をパスできなかった。
僕は、またもや失敗したのだ。
安楽死に条件が付随することは知っていた。だが、その条件を突破できないほどに心が病んでいるとは、僕自身も想像ができなかった。
こうなると、単なる死にぞこないだ。
何が悲しくてこんな醜態を晒しているのか、理解できなかった。
僕は借金を負って現地で闇医者を探し出し、安楽死を頼み込んだ。
そうだ。
ここまで来たんだ。
引き返そうにも、引き返す気にもなれなかった。
多額の借金と引き換えに、僕は安楽死の権利を得た。
闇医者の手を借りると非合法になるそうだが、そこは割り切ることにした。
借金にしたって、そうだ。僕が死んでしまえば、誰も借金を相続しない。僕には、親も妻も子供もいないのだから。
闇医者が使う安楽死装置は、オーストラリアで普及しているものと比べて遜色ない代物だった。型落ち品というわけではないようだ。
強いて言うと、黒いカラーリングなのが印象的だった。闇医者だから黒色なんだろうか?
とにかくも、ようやく僕は死ねる。ほっと息をついて、安堵した。
SF映画に出てくるようなコールドスリープ用のポッドが開き、内部の構造を露わにした。
僕は、棺と言うにはいささか近未来的すぎる装置の中に横たわり、死を待った。
蓋が閉じられ、酸素の供給が停止する。
ああ、これで死ねる。
1分で死ねる文明、バンザイ。
僕の意識は、急速に遠のいていった。
目覚めると、辺り一面が輝いて見えた。
そう。僕は迂闊にも、目が覚めてしまったのだ。
きょろきょろと周囲を見渡しながら、僕は焦りに焦った。
安楽死に失敗したのだろうか? ちょっと待って下さいなー。べらぼうな額の借金を負ったんですよ? 今更、「なーんちゃって詐欺でしたーてへぺろ!」なんてのは無しですよ! 頼みますよ、本当に!
誰かー、助けてくださーい! この棺桶、蓋が開かないですよー!
そこまで言って、僕は気づいた。
僕の声が一切出ていない。
ナンデ?
ドーシテ?
いや、きっとあれだ。安楽死装置の副作用か何かで喉をやられたに違いない。
でないと声が出ない理由に説明がつかないでしょ。
っていうかさ。
全体的になんかおかしくない?
だってさー、体が動かないんだよ? 手も足も動かないし、寝返りも出来ないの。安楽死装置内に体をロックする機能なんて無かったはずなんだけどなー。
しかもさ、何気に視界だけは動くの。
そうなんだよ。視界だけは動くの。
どうなってんの? ワケワカメだよ。
僕は安楽死装置の中にいるはずだよね? どうしてこの状態が外が見えるわけ? おかしくない?
まるで、僕自体が棺桶みたいになってしまったみたいじゃん。
きょろきょろ。
あー、うん。
あれだ。
ちょっと周囲を見渡して、分かったことがある。
周り一面、鏡だコレ。
なんでか知らないけど周囲全部、鏡になっとる。
もっと具体的に言っちゃうと、洞窟みたいになってて、その床とか壁の素材(?)が鏡ってことらしい。
我ながら何言ってんだか分からないけど、事実は事実なんだからしょうがない。
んで、頭上から光が差し込んでるっぽい。
目を覚ました時に辺り一帯がピカピカしてたのはこのせいか。
あんまし光が反射しない方角に視線を移してみるか。
ほいっ。
あ、うん。
声が出ないとかありえねー、手と足が動かないとかありえねー、と思ってたけど、これ以上にありえねー事態があるとは正直思わんかった。
率直に言うと、あれだ。うん。
僕の体、棺桶になってた。