お茶会を終えて…
顔合わせのお茶会を終え、アイリスはフレアバード家の馬車に乗り込んだ。
御者が迎えに来たためだ。
バルトが迎えに来る予定だったが、久しぶりに来た王都でやる事が多く、来れなくなってしまったらしい。
御者はお茶会の最中に顔を引きつらせ、顔を真っ青にしながらやって来て、ペコペコしながらその事を述べた。
「アイリス様ー、私はもうあんな真似したく無いですよ。
何ですかあの豪華なメンバー。目が潰れるかと思いました」
とは御者の言葉だ。ちなみに彼、王城にも初めて来たらしい。
いつもは領地にいるのだが、領地から王都に来るまでの馬車で御者をして、今日はそのまま彼が王都でも御者として頑張ってくれている。
昨日はお休みをもらって観光していたとか。
「うん、始めは私も緊張したよ。
でも真っ青な顔しながら恐る恐る声掛けてくる貴方を見て思わず、
頑張って!って声を上げるのところだったわ」
「何ですかそれ〜。私は頑張って声かけたんですよ〜」
この会話は馬車に着くまでの会話だ。
そうして馬車に乗り込み、座った瞬間。
強烈な睡魔がアイリスを襲った。
あれ、緊張し過ぎて眠くなったかな?
一瞬、光魔法を使って睡魔を飛ばそうかとも思ったが、最早魔法を使うのも億劫なレベルの睡魔だ。
まぁ、家に帰るだけだし…。
ふぁ。と欠伸をしてグラっと体を揺らすアイリス。誰がどう見ても爆睡である。
………
そして気がつくと家に着いていた。
なんて平和に終わる訳もなく。
アイリスが目を開けた場所は見たこともない寝室だった。
??
キョトンと目をこすり、パチパチと目を開けたり閉じたりしても見える景色は変わらない。
??
状況が飲み込めないアイリス。いつもは起きた気配を察してメイドの誰かが声をかけてくれるのだが、少し待っても誰も声をかけてこない。
ここでアイリスは漸く危機感を感じ始める。
フレアバード家で雇われている人達は皆優秀。アイリスの心情を考えて動いてくれる事も多々ある。
馬車で眠ってしまい。目覚めたら知らない場所。
アイリスが不安にならない訳はなく。それに気付かない使用人達ではないのだ。
回りくどい言い方をしてしまったが、つまり、この状態で使用人達が声をかけてこないのはおかしいのだ。
だんだん青褪めるアイリス。
思えば、馬車の中で強烈な睡魔が襲ってきたところからおかしかったのだろう。
サッと周囲に目を通し、綺麗な装飾がしてある割に閉鎖感がある事に気付く。
何故?
そして嫌な事を発見してしまった。
窓が無いのだ。明るいが、それは照明の光。
この瞬間、アイリスは自分が誘拐された事を悟った。
スッと息を吸い込み、深呼吸しながら気配を消す。イメージは体を空気に溶かすような感覚。スキルにもある程度のイメージは大切だ。
そのままドクドクと嫌な感じで脈打つ心臓の音さえも消すイメージをする。
大丈夫、まだ誘拐された訳じゃないかもしれない。ドアが開けばただの私の思い込みで終わる。
そんな願いのような考えを持ちながら、ゆっくりと音を立てないようにベットから降りる。
そしてドアノブに触れて、アイリスは軽く目眩がした。
鍵がかかっていたのだ。
しかもガチャッと音を立ててしまった。最早詰みである。
泣きそうになりながら、そういえば御者さんはどうしたのかを考える。
まさか殺されていたり…。
そこまで考えて、ブンブンと首を振る。
いや、もしかしたら御者さんもグルだったり。
そんな想像をして
青い顔をして声を掛けてきて、そのあとの会話でホッとしたように笑っていた御者さんの顔を思い出し、またブンブンと首を振る。
あの人が私の誘拐に手を貸すとは思えないよね。
心の中で疑った事を謝罪しつつ、ならやはりどうしたのか。
その時、
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。ついでに鍵を開けた音も。
最早、条件反射のように扉の影に隠れる。
「失礼いたします。
お目覚めですかな?[天使の目]よ。
本日は急にお呼びたてしてしまい……
?……!」
入ってきたのは目の隈が凄い、神官の格好をした男性だ。
部屋に入るなり、跪いた状態で目を伏せて喋り始めた。
ちなみこの人が喋っている間にアイリスは抜き足差し足で男の脇ギリギリを通って部屋を出ている。
部屋から出て周囲を見回すと両側に廊下があり、フカフカのカーペットがしかれている。
顔を上げた男性がアイリスがいない事に気付いた瞬間、アイリスは少し離れた廊下の曲がり角 近くに小さな氷を発現させ、壁にぶつける。
イメージは衝撃が加わると細かく砕け、すぐに魔力に戻って跡が残らない氷。
カンッ
シンとした空間に響く軽い音。音に気付き、すぐにそこに向かって行く男。
アイリスは逆方向の廊下を忍び足で走る。
フカフカのカーペットにこれほど感謝した事はない。
あの男はアイリスを[天使の目]と呼んだ。つまり、その情報が得られる様な神官の中でもそれなりに偉い立場だと想像できる。
神官が誘拐を企てるわけはない。と思うのだが、アイリスは目が覚めた時に窓のない鍵のかかった部屋に入れられている。
なら彼は成りすまし?
どこかから私が[目]である事が漏れている?
考えても答えは出ない。辺りを気にしながら自身に強化魔法をかけ、五感を研ぎ澄ます。
とりあえず、御者さんを探さなければ。酷い目に遭っていないといいけど。
アイリスは形だけであれど、先程の男性が自身に対して敬意を払う姿勢を見せていた事を思い出す。
ですが、それが他の人物にも当てはまるのかと言えば答えはNOでしょうね。
出来れば無事を確認したいところですが…。
グルグルと忙しく思考を回しながら周りの音に必死で耳をすませる。
道中で見つけたドアに耳をくっつけて中の気配を確認していく。ドアをソッと開け、御者を探すが見つからない。
曲がり角でゆっくり顔を覗かせ、人がいない事を確認。また走り始める。
この動作を何回か繰り返していると不意に前方のドアが開いた。
アイリスは急ブレーキをかけ、壁際に潜む。相手が気配察知系のスキルを使っていなければバレる事はない筈だが、どうだろうか。
出て来たのは優しい感じの神官の格好をした女性だった。そのまま女性はアイリスに見向きもせず歩き始める。
どうやら察知系スキルは持っていないか使っていないようだ。
神官の格好をした人物が2人。ならここは神殿なのかな?
また色々考え始めるが、人を見つけた以上、付いて行く方が良いだろう。もしかしたら外にでられるかもしれないし、そうでなくとも情報を得られるかもしれない。
そう判断したアイリスは再び足を進める。
が、はたと思い至る。
あの女性が出てきた部屋には何があるのだろうか。今まで人と会わなかった事から鑑みるに此処は一部の人しか入れない様な場所だろう。
私が移動してきた場所は全く人の気配がしなかったのだから間違いではないはず。
ではあの女性はあの部屋で何をして居たの?
女性が出て来たということはもう人はいない可能性が高いよね…。
女性が歩いて行く方向だけ覚えて、アイリスは踵を返す。
女性が出てきたドアに耳をくっつけて音を聞く。
ピィピィ
…鳥の鳴き声?周りを確認してソッとドアを開ける。
ムワッとする獣の匂いがアイリスの強化された鼻にダイレクトに伝わってくるが、ぐっと我慢してすぐに部屋に入る。
中にいたのは神の使いとされている真っ白な動物達だ。前世の記憶があるアイリスからすれば只のアルビノだと思うが、この動物達は日光に弱いわけではない。
広い室内でそれぞれが檻に入れられていて、アイリスをガン見している。
見た限りこの部屋にも人はいない様だ。
その事を確認したアイリスは フゥ〜 と息を吐く。
「…どうしよっかな」
起きた時からピリピリしながら一人で行動していた所為か、此方の事を悪意も害意もなく、好奇心満載で見つめてくる動物達の気配にとても安心する。
「ねぇ、君達。御者さんを見たりしなかった?探してるけど見つからないの」
ピィ?
グルゥ?
クゥン?
アイリスが緊張を紛らわせる様に声をかけると此方を見ていた動物達が一斉に首を傾げる。
「うん?もしかして言葉が分かったりする?」
質問を受けて一斉に首を傾げた動物達に、まさかね。と少し笑う。
「あぁ、気を緩めるのは良くないかな。
邪魔してごめんね」
緩んだ緊張を引き締める様に、意識して集中する。
そしてドアを開けようとしたその時、
グルゥ。 ガシャン!!ガシャン!!
アイリスが大きい音にギョッとして振り返ると、一匹の狼に似た動物が檻に体当たりしていた。
「え、ちょっと君、静かにしてよ。人が来たらどうするの」
狼はオロオロするアイリスを少し見つめ、また檻に体当たり。
ガシャン!!
そしてアイリスをジッと見る。
「…檻から出せばいいの?」
グルゥ
狼はアイリスの問いに答える様に鳴き体当たりを止める。が、アイリスはもし襲われたら…。と中々開けようとしない。
どうしよう。とアイリスが考えていると、また
ガシャン!!
「あぁ、もう……」
半分泣きそうになりながら誘拐犯が来る前にと檻を開ける。
グルゥ。グルルゥ。
悠々と出てきた狼は、出るなりアイリスに何か訴え始めるがアイリスは構っている暇はない。と言わんばかりにグルグルと思考を巡らせていた。
この狼は襲っては来ないんだね。良かった。ああ、でもすぐに此処を移動しなきゃ。大きな音を立ててたもの。でも今まで通ってきた場所は部屋があるけど一本道だったからもしかしたら男の人と鉢合わせしちゃうかも。かといってもう一方は女の人がいたし。いっそ、何処かの部屋で隠れ
ガシャン
「っ!!」
ビクッ!と揺れたアイリスが見ると、どうやら狼が気を引くために今度は少し控えめに檻に体当たりしたらしい。
そしてアイリスに向かって再度グルグルと何か訴え始めた。
「?……ごめん、何がしたいの?」
伝わっていない事が分かっているだろうに、狼はグルゥグルルゥと訴える事をやめない。
「?お腹減ったとか?」
言った途端、狼の目が白けた様な目に変わる。
「あ、なんかごめんね…。
でも私すぐに此処から出ないとだから、なんかあるのなら此処の人に言ってね。
バイバイ」
狼の反応を見ずに部屋を出る。散々大きい音を立てた後なので今更だが音を立てない様にソッとドアを閉めようとするが、閉める前に狼が出てきた。
「ちょっと君、もしかして何処か行く気?
ダメだよ。騒ぎになっちゃう」
噛まれない様に恐る恐る手を伸ばして狼を部屋に戻そうとするがその手をサッと避けられる。
グルゥ。グルゥ?
「ごめんわからない」
アイリスの反応を見てジト目になるが、狼はサッサと女の人が行った方向に歩き始める。
そしてアイリスを振り返り、グルゥ。と一声。
「……付いて来いって事?」
グルゥ!
狼はアイリスの問いかけに嬉しそうに鳴いた。