王都7
「アイリス嬢は確かもうすぐ弟か妹が生まれるんだろう?やっぱり楽しみかい?」
「はい!」
殿下からの質問に元気よく答えるアイリス。前世では末っ子だったため、自分よりも下の子が欲しいと思ったことは何度かあるのだ。
良い姉になれるよう、かなり張り切っている。
「姉妹はいいですわよ。ちっちゃくて可愛らしいですもの!
泣かれた時はどうすれば良いのか全く分かりませんけど……」
「ミリナ様は確か、この前泣いた第2王女様を泣き止ませようとして魔法を使ってましたね」
「あぁ、あったねそんな事。
大人が居ない場所で魔法を使うなってあれ程言われてたのに……」
「うっ、で、でも!
それでもちゃんと泣き止ませられたんですのよ!もっと褒めてくれても良いのに…」
これは雰囲気的にその後怒られたりしたんでしょうね。
アイリスはのほほんとしているが、4歳児が1人で魔法を使っていたなんて周りの人達は肝を冷やしただろう。しかもその4歳児は王女である。
一体どれほどのお叱りを受けたのかなど、想像もしたくないほどだ。
「べレク様は御兄弟はいらっしゃるのですか?」
「あぁいるぞ。歳は離れているが上に兄が2人に姉が1人だ」
「アイリス嬢は知らないかもしれないけど、スノーバード家の長男である、ガルドはかなり強い事で有名なんだよ。
今では王国騎士団の団長を務める程にね」
「そうなんですか。べレク様といくつ歳が離れているんですか?」
「15だ」
つまり、ガルド・スノーバードは22歳。
「22歳で騎士団長になったんですか!凄いですね」
「あぁ、歴代の騎士団長でもグレイドは最年少記録だよ」
それはそうだ。騎士団は有事の際に国を守るために、それこそ世界規模で集められた集団なのだ。そこの騎士団長が22歳だなど誰が思うだろう。
舐められたりしないのだろうか……。
「兄の強みは、やはり契約しているスノーバードとの絆だろうな。
俺ももうすぐで契約を結ぶ事になっているが、中々緊張するものだ」
「契約は7歳になってからですからね。私もまだ時間はありますが、緊張します」
「私達は10歳になってからですからまだもう少し先ですわ」
召喚魔法を使える家系は大抵の場合7歳で契約を結ぶ。
だが王族の場合、魔法生物の中でも特に力の強いドラゴンと契約するため、ある程度自身の力を付け、10歳になってからようやく契約を結ぶのだ。
ちなみに、魔法生物達の大半が人の寄り付かない荒野や森の奥深くに生息しているため、契約を結ぶのはかなり難しい。
護衛や荷物持ち、ガイドを雇えば楽になるのかもしれないが、それが不可能だからだ。
何故なら、契約を結ぶ際に互いの魔力を一部交換する必要があり、この時に他の魔力が入ってしまうと契約は出来ない。
故に、どれだけ大変でも1人で向かう必要がある。
更には契約してくれる相手も自分で見つけなければならない。相手側も人間の魔力を手に入れる事は自身の強化に繋がるため、積極的に姿を現してくれる事もあるようだがその例は稀である。
アイリスの父がこの例だ。
その他は大抵、巣を見つけて子供の魔法生物と契約を結ぶ事になる。
成獣のモノと契約を結ぼうとした人が何人かいたようだが、結局、子供を見つける事は出来ても成獣は見つけられなかった。
それでも粘り、最後は空腹で倒れた人物もいるが、その時は既に契約済みの成獣が咥えて連れて帰ってくれたらしい。
と、上記の通りかなり大変な召喚魔法だが、もたらしてくれる恩恵は凄まじい。
魔法生物を呼び出せる事も勿論すごいが、魔力交換で起きる、「身体の一部を魔法生物のモノに変化させる」ということが出来ることも強みだろう。
アイリスは父が見せてくれたフレアバードの翼がかなりお気に入りである。
契約したフレアバードを見せてもらうことは出来なかったが、
キラキラと光輝いて、はばたかせるように動かせばフワフワと波打つ様に揺れる羽毛、火を纏わせれば前世で不死鳥と呼ばれていたフェニックスの如く、金の炎を立ち登らせていた。
一瞬で目を奪われたアイリスは、近い将来フレアバードと契約出来ることを心の底から喜び、一生懸命、力を付ける事にしたのだ。
だから昨日のような辛い訓練も耐えられる。
フレアバードと契約する。この目標が今、一番アイリスを突き動かしている。
「10歳と言えばやっぱり学園じゃないかい?」
「そうですね。私も10歳と言われたら学園が浮かびます」
殿下とべレクが出した「学園」というのは王都にあるクレバルト学園の事だ。
貴族や優秀な平民が10歳から入学を許される学校で、一般的な魔法の知識から、礼儀作法、体術、魔獣の研究、疫病の治療法までありとあらゆる事を学べる学校である。
「クレバルト学園ですか。
たしかにあそこはとても有名ですよね」
「あぁ、卒業生もみな優秀だからな。
殿下も俺も、あそこで学べる事が多くあるはずだ」
「うん。何より平民の人達とも話が出来るのは大きいよね。民の意見を多く聞く良い機会になるよ」
優秀な平民は授業料を免除される代わりに、良い成績を維持しなければならない。前世で言うところの特待生制度だ。
もちろん、高い授業料を払える商人の子供もいる。
リクド王子は王族故に、周囲にいる者がほとんど貴族なのだ。だからこそ、学園では平民と話をする良い機会なのだろう。
「そうですね。国を統べる上で民衆の意見は欠かせません。
意見を聞く相手が出来ればそれに越した事はないでしょう」
「フフ、アイリス嬢は僕が時期龍王になると思っているのかい?
僕は王族としてはあまり良い才能を持てていないからね。
もしかするとミリナが女王になるかもしれないよ?」
「殿下!?自身を貶めるような発言はおやめください!」
「そうですわ!
お兄様はいつも頑張っておられますもの!時期龍王はお兄様以外にはおりません!」
殿下が自身を卑下するような発言をした途端、ベレクやミリナ姫が一斉にその考えを否定し始める。
軽い冗談のつもりだったのだろう。リクド王子は
「ああうん。わかってるわかってる。
ただあまりにもアイリス嬢が当たり前のように言ったから可能性を言っただけだよ」
と、若干面食らった様な表情である。
「……タチの悪い冗談はおやめください」
「そうですわ。お兄様が王位継承権を放棄なされば、私が今以上に勉強しなければならないのですよ?」
「ミ、ミリナ様?」
ドッと疲れた様な顔をするベレクに、あまりにも正直な発言をするミリナ姫。
アイリスは思わずミリナ姫を二度見した。が、
「あー。うん。ミリナはそうだよね。勉強、苦手みたいだし」
とリクド王子は納得したように頷いている。
「なんであれ、私はリクド様が時期龍王様だと思いますよ」
「おや、嬉しい事を言ってくれるね。なんでそう思うんだい?」
ふむ。
アイリスは考える。
正直なところ、単なる勘よりも曖昧な考えだ。
ただなんとなく、彼以外の人物が王になっているところが想像出来ない、それだけ。
それは彼とミリナ姫以外の王族を見ていないから、思う事かもしれない。
だが本当に、心の底から彼以外の人物が龍王になるなど思えないのだ。
だが、この事を言ったところで呆れられるだけだろうし、ベレクには冷たい目で見られそうだ。
言い方を工夫するべきだろう。
うーん。心の中で唸りつつもゆっくり口を開く。
「確信の様なものですね。
リクド殿下は人を惹きつける才能をお持ちです。
私が勝手に感じた事ですが……。
リクド殿下はそういったスキルをお持ちですか?」
「いや、持ってないよ」
否定する殿下を見てアイリスはフッと微笑む。
「でしたら尚の事、殿下が龍王様に相応しいと私は思います。
スキルでも何でもない、カリスマ性。
そういったものを持って生まれる方がどれほどいらっしゃるでしょう?
この大陸中を探してみても、きっと数人しかいらっしゃいません。
だからこそ、私は殿下が時期龍王様に相応しいと思うのです。
…弱い意見で申し訳ありません」
言いたい事を言い切り、息を吐く。
この世界では才能やスキルが全て。
そんな中で生きてきた人々にはアイリスの考え方は到底理解できない理屈である。
才能が目に見えるこの世界では、より優れた才を持つ者が優遇される。
しかし、前世の記憶があるアイリスは才能を持つ者が全てではないと知っている。
前世では、皆努力して自分の技能を上達させていた。どれだけ時間をかけようとも諦めず、その分野ではかなり有名になった人物だっている。
アイリスの意見はこの事から出たのだ。
アイリスにしかわからないかもしれない、この意見。だが、それに救われる人もいる。
リクド・ドラゴニルだ。
「……。いや、中々面白い意見だった。
スキルでも何でもない、カリスマ性か。
……うん。良い響きだね、そういう言葉、結構好きかもしれない」
「王族にしては微妙だ」と、周りにいた者達に言われて生きてきた。
たったそれだけの言葉。
だが、子供の心を容赦なく傷付けるには十分で、それが国にずっと仕えている大臣達の口から出た言葉とあれば、尚更だ。
ずっと、周囲を気にしながら過ごしてきた。
「殿下」と呼ばれても、それが自分の事を指していると思えなかった。
何故なら王族として胸を張れる程の才能がなかったから。
龍王たる父を見て、モヤモヤしたモノが心に広がるのを感じていた。
そしてその感情が褒められたモノではない事もわかっていた。
物心ついた頃からずっと悩み、息苦しさを感じていた。
だが今この瞬間、それが溶けるように消えていった。
スッと心が軽くなり、自分でもわからない、温かい感情が溢れてくる。
スキルが全てではないと。スキルを持っていなくとも良いと。
そう言い切ったアイリスとその考えが、自分と、自分の努力を認めてくれたような気がした。
意見を聞いて、しんと静まり返った場の空気。
その沈黙を破ったのはベレクだ。
「加護持ちが加護持ちたる所以だな。神や天使達が好むだけはある」
ポツリと零したその言葉に、無言で頷くリクド王子にミリナ姫。
「えっと、ありがとうこざいます?」
疑問系になってしまうのも致し方ない。
アイリスは前世では当たり前だった事を言ったまでなのだから。
努力して自分のやりたい事をやり、結果を残す。
この世界にはそれがほとんどない。
才能を見て、それから自分の道を決めてしまうためだ。
やりたい事があっても、才能がある別の道へ進む。それが当たり前。
勿論、才能がある分野での努力はするが、やはり他の分野では努力し辛い。
その努力を続けてきたのがリクド王子だ。
アイリスの言葉がどれほど影響を与えたのか、想像も出来ない。
「いや、礼を言うのは私の方だ。ありがとう」
リクド王子はスッと流れるように頭を下げ、今までの優しい微笑みとは違う、自信ありげな笑みを見せた。
「えっ、殿下が頭を下げるなど!」
「頭を下げる程の事を、君が言ってくれたからだよ。
ミリナの事、これからよろしく」
「あっはい!もちろんです!」
頭を下げた殿下に驚き、動揺した勢いで了承するアイリス。10歳になる頃にどうしようかと頭を抱えるのはまた別の話である。
元気よく了承の返事をしたアイリスを見て、ミリナ姫は穏やかに微笑む。
「アイリスも学園には通うのでしょう?
まだ先ですけれど、アイリスがいるなら安心ですわ」
……やってしまった。
自分の発言に心の中で頭を抱え、ミリナ姫の言葉に曖昧に微笑むアイリス。
今更取り消しなど出来るわけがない。
が、このアイリスの態度に一番反応したのはベレクだった。
「おい、ミリナ様がお聞きしているのだからちゃんと返事をしないか。
通う、通わないが決まっていないのなら、決まっていないとハッキリ言うのが問われた者の義務だぞ」
正論である。
うっ、と言葉に詰まるが確かに王族の質問に正確に答えるのは家臣たる者達の義務。
アイリスの曖昧な笑みを了承として受け止めていたミリナ姫はキョトンとしているが、きちんと言葉にしなければならない。
「あのですね。
この国の貴族の殆どが学園に通っていますので私も通う事になるとは思うのですが、両親とそういった話をまだしていなくって。
ですので、おそらく通う事になるとは思うのですが確約はできません」
「そうなのかい?
だが辺境伯の御令嬢が学園に通わないなんて普通は無いと思うけど」
「あっ!……まさかアイリス。体が弱いのですか?
今も無理してこの場にいるとか…」
「いえいえ!全然そういうわけでは無いですよ!」
通わないかもしれない=体が弱い
という構図が浮かんだのだろう。ミリナ姫が慌てたようにアイリスの顔を覗き込む。
それを止めつつ、アイリスは考える。
旅をする事を選んだとしても、お父様の態度から考えて、私自身にある程度力がついてからになると思うのですけれど、もしかしたら護衛を連れてすぐ出発という事もあり得ますし……。
もし、旅をする選択をしたとして、
アイリスとしては力を付けてから旅に出たい。でもそこは貴族。
「貴族が[目]としての使命を全うしようとしている」とか、宣伝みたく早くに出発する事になるかも知れない。
ならこの場での明言は避けた方が良いだろう。
そうした判断での発言だ。
「うーん。よくわからないけど、絶対に行かないわけじゃないんだよね?」
「はい」
「なら、今度アイリス嬢がバルト辺境伯に聞いてみればいいんじゃないかな?」
もっともな意見だ。
「そうですわ!アイリス、今日の帰りにでも是非聞いてみてくださいな」
「はい、わかりました」
コクリと頷きつつも、どう切り出すべきか悩む。
お父様に普通に切り出すべき?
でも国を出る出ないも決めていませんし。かといってすぐに決まるものでもありません。
むぅ。と考え込んでも答えは出ない。
結局、なるようになるか!という考えに落ち着いた。かなりいい加減である。
「学園は色々な事を学べますよね。
皆様は何を学ぶのかお決まりですか?」
「私は歴史関係かな。世界中の名君がどんな政治を行なっていたのかを学べる良い機会だ。
勿論、今でも学べるけどね。専門的に学びたいから、選択科目で取るつもりだよ」
「私は断然!魔法関係ですわ!
術者のイメージによって色々魔法の効果が変わるなんて面白いと思いませんこと?
私はいろんな魔法を学んでみたいのです!」
「俺は戦闘関係や魔法関係だな。リクド様の側仕えとして強くなければ。
一応言っておくが、お前も強くならなければいけないんだからな?」
アイリスの質問に三人は思い思いの回答をくれた。
ベレクからは「お前も強くなれ」的な発言をされてしまったが…。
それにしてもまだ子供と言える歳にも関わらず、将来の事をちゃんと考えている。流石、王族やそれに連なる貴族。といったところか。
アイリスはこれからそんな彼等と過ごす事になっている。
これからどう過ごしていくのか、それはまだ誰も知らない。




