王都4、別視点あり
アイリスが謁見の間から退室した後、謁見の間では……
「しかしバルト、お前の娘はえらく聡明だな。
ミリナでさえあそこまで聡明ではないぞ。一体どんな教育をしたんだ?」
「御冗談を。ミリナ様はかなりの才女とお聞きしております。
対して私の娘は辺境で育てた子供ですよ?」
「くっくっく、お前こそ冗談を言うでないわ。
そんなドヤ顔で謙遜する奴がどこにおる」
「これは失礼致しました」
「よいよい。お前と話すのも4年ぶりだからな。積もる話もある。ゆっくり話そう」
「御命令とあらば」
…………
「そうだ、お前の娘には10歳になるまでに決めろと言ったが、本当はこの国に残って貰いたいと思ってる」
「左様ですか」
「まぁ先程のやり取りの手前、無理強いする事は出来ん。
そこで、だ。あの子をミリナのお付候補にしようと思うが、どうだ」
「お付候補ですか、確かにあの子は加護持ちですしお付として不足はないでしょう。
しかし[目]たるあの子の傍にいてはミリナ様に天罰が下りやすくなってしまいます」
[目]や[耳]の役割をしている者は神様方に見たり聞いたりした事をそのまま伝えてしまう。
それがただの軽い悪口だったとしても、神にはそのまま伝わる。故に周囲にいる者に天罰が下りやすくなってしまうのだ。
バルトも知ったばかりで、アイリスも勿論知らない事だろうが。知らなかったで一国の姫に天罰が下るような真似はしてはならない。
「わかっておる。だが安心せい、ミリナはそんな下手を打つ子ような子ではない」
「でしたら私としてはなんの異論もございません。あの子は優しい子です故、ミリナ様とも問題なく付き合って行けるでしょう」
「なら決まりだな。ミリナを通してこの国に情を持ってくれれば良いが…」
大人達がそんな話をしている事などつゆ知らず、アイリスはミリナ第一王女と邂逅を果たしていた。
「アイリス、庭園に行きましょう!
私、ちょうど暇を持て余していた所なのですわ。庭園にあるテラスに行ってお茶を飲みながらお話しましょう」
「はい」
「では、お茶をお持ち致します」
「お願いするわ!
さぁ、アイリス、行きましょう!」
お姫様に案内されたのは先程ギリへスに案内して貰った庭園ではなく、宮殿にある庭園だ。
「表の庭園はもう見ましたか?」
「はい、ギリへスさんに案内して頂きました」
「そう。ここの庭園は表の花とは違って少し地味なお花もあるのです。
表の庭園を見たなら違いがわかると思いますわ」
「そうなんですか」
そんな話をしているうちにテラスに着く。
テラスからは庭園の花が綺麗に見え、花の優しい香りが風に乗って運ばれて来る。
表の庭園がきらびやかな気品なら、ここの庭園はお淑やかな気品がありますね。
アイリスの感想の通り、表は王族の城として華やかに、逆に宮殿の花々は疲れを癒すよう、緩やかな雰囲気が流れるように設計されている。
「ねぇアイリス、アイリスは普段から王都にいるの?」
落ち着いた色合いの花に囲まれたイスに座ると、向かい会う様に座ったミリナ姫から質問をされた。
「いえ、普段はフレアバード家が治めている領地におります」
王族たるミリナ姫とのお茶会に遅れて緊張し始めたアイリスは、少しだけ硬い声になりながらも返事をする。
「そうでしたの?なら本日はどうして王都に?」
「龍王様へ謁見を」
緊張はするが、ミリナ姫はただ気になる事を質問するだけで、好奇心旺盛な子供と同じ。
それに気付いたアイリスは緊張の糸が解け、和やかに会話し始めた。
「なるほど!でしたらもう謁見は終わりましたの?」
「はい、ですので先程ギリへスさんに案内をお願いしていたのです」
「謁見が終わったのでしたら、もうすぐ王都から出て行ってしまうのですか?」
「すぐではありません。少しだけなら王都へ滞在していいとお父様から許可を得ていますので」
「そうでしたか。なら、明日もまた、会えますか?」
「えっと、申し訳ありません。わからないです」
「そうですか……」
ミリナ姫から色々な質問が飛んで来ていたが、最後の質問に答えた途端、目に見えて落ち込んでしまった。
しかし、
「いえ!わからないのでしたら尚更、今を楽しまねばなりませんね!」
と、すぐに復活した。かなり元気なお姫様だ。
直ぐに復活したミリナ姫に驚き、微笑ましく思いつつも、ギリへスに用意をしてもらったお茶を飲みながら楽しく話をして過ごすアイリス達。
そこに声がかかる。
「お話中、失礼致します。
ミリナ第一王女様、お初にお目にかかります。バルト・フレアバードと申します。
誠に恐れ入りますが、娘を引き取りに参りました」
バルトだ。いつの間にかかなり時間が経っていたのだろう。朝早くに謁見し、今はもうお昼近くだ。
「あら、アイリスのお父様ですね。
これは失礼致しました。つい話し込んでしまいましたわ」
「いえ、お話中に割り込んでしまい、大変申し訳ありません」
「アイリス、またね」
「はい、またお会いしましょう」
手を振るミリナ姫にペコリとお辞儀をして席を立つ。
この国のお姫様なのだから、また会う機会もあるだろう。
バルトに連れられて宮殿を出るとすぐに馬車がやって来た。王城に来る時に乗ったものと同じ馬車だろう。
馬車の中でバルトが話してくれた。
「まさか、明日紹介して頂く予定だった第一王女様とアイリスが一緒にいるとは」
「明日?明日も王城に来るのですか?」
「あぁ、そうだ。お前は第一王女様のお付候補として明日、ミリナ様とお会いする予定だったんだよ。
まさか少し目を離した隙に知り合っているとは…」
明日紹介する予定だった相手とお茶を飲んでいた娘。お父様はさぞ驚かれたことでしょう。
ミリナ姫も驚くでしょうね。私もまさか別れた翌日にお会いする事になるとは……。
しかし、私がお付候補ですか…。10歳になった頃に世界を旅する選択をしても許されるんでしょうか?
龍王様が良いと言ったのだから良いと思うのですが、周りの目が心配ですね。
リクド第一王子視点
私の名はリクド・ドラゴニル。
王家の第一王子、つまり時期龍王とされる者だ。王位継承権は基本的に長男にあるが、龍王の座を継ぐにはそれなりの才能が求められる。
武術の才や、魔法の才、国を導くには勉学も疎かにしてはならないため、私も厳しい指導を受けている。
ちなみに生まれた時の適性がこれだ
【リクド・ドラゴニル】
・スキル
先見の明
・才能
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、氷魔法、光魔法、闇魔法、時空魔法、召喚魔法
剣術、幻術、話術
・加護
優秀な者の血を積極的に取り入れて来た王族としては微妙。
などと言われたこともあるが、魔法は8個も適性があるのだからと王位継承権を得る事が出来た。
それに適性がなかっただけで、沢山の訓練を積めばスキルを取得する事は可能だ。
何より生まれながらにスキルを取得しているのは大きい。
先見の明
(なんとなくの行動が後の利益に繋がる)
このスキルは取得しようと思ってもそうそう取得出来るものでは無い。
今までも、このスキルのおかげで命を何度か救われている。
例えば、
なんとなく周りの者に何も言わずに王城を抜け出した時は、暗殺目的の者が宮殿内をうろついていたり。
なんとなく飲まなかったジュースの中から毒物が検出されたり。
なんとなく首を振ったら飛んできた矢を避けられたり。
と、このスキルの性能は素晴らしい。
最近は平穏な日々が続いているが、「なんとなく」で外を出歩くことが許されるようになったのは素直に嬉しい。本来ならば王族は自由など許されない雁字搦めの生活を送るものなのだから。
弟や妹達には悪いがこれからも外出は止められそうにない。許せ。
今日も今日とて王城内を散歩していると王族の世話係をしているギリへスが見慣れない者を連れて歩いていた。
一人はがっしりした身体で、燃えるように紅い髪色をした男。
もう一人は娘なのだろう。燃えるように紅い髪色に真っ白な肌、鮮やかな唇、パッチリした目、髪色以外が父親だろう男性と似ていないのは、その身にふんわりとした雰囲気を纏っているせいだろうか。
少し話をした後すぐに別れる。
辺境伯の娘ならばまた会うことになるだろう。その時はもう少し話してみたい。
そんな事を考えながら散歩を続けた。
べレク・スノーバード視点
俺の名前はべレク。べレク・スノーバードだ。
王家と血筋の近い公爵家の者だ。故に、時期龍王候補であらせられるリクド様の側仕えとして、幼い頃からリクド様と一緒にいる。
だが、今日はお部屋に伺ってもリクド様のお姿が見えない。
リクド様の事だから心配する必要などないだろうが、今まで目の前で神回避と言えるような所業を見てきた俺からすると、そのお姿が見えないのは少し不安に感じてしまう。
と、ギリへスが見慣れぬ者を連れて宮殿内を歩いている。
ギリへスに限って何かするとは思えないが、見たからには声をかけねば。
「ギリへス、そこで何をしているのだ?」
話しかけつつまだ幼い娘を見ると、中々整った容姿をしている。
フレアバード家?ああ、確かに燃えるような髪色はあの家特有のものだな。
それにしても鈴のような綺麗な声音だ。いや、今はそんな事どうでもいいな。
ちなみに、フレアバードとスノーバード、割と相性が悪い。人同士はそこまでではないが、契約している魔法生物達の相性がとにかく悪い。
同じ戦場に出せば味方同士であろうと喧嘩を始めそうになるらしい。
同じ[バード]であるサンダーバード家とはなんの問題もないのに難儀なものだ。
そんな事を考えながら話をしているとギリへスが
「それは貴方様が詮索なさるべき事ではございません」
と言ってきた。
第一王女様の許可であれば人に伝えても良いだろうし、リクド様の許可であれば「なんとなく」で動いているあの方の事だ、この場で一緒に案内しているだろう。
つまり、その御二方以外の許可だ。
第二王子、第二王女のお二人はまだ幼いから違うだろう。
……龍王様か王妃様の許可?
なるほど、ならば私が口を挟むべきではないか。
踵を返して歩く中、アイリスと名乗った娘はなぜ宮殿に入る許可を得たのだろうかと考えたが答えは出なかった。
ミリナ・ドラゴニル視点
宮殿を歩いていたらギリへスとべレク様、そして同い年ぐらいの女の子が話しているのを見かけましたわ!
なんとなくその様子を見ていると、女の子はお父様かお母様の許可を得てここに居るのだと分かりました。
ギリへスは私がいる事に気付いているでしょうけれど、立ち聞きを咎めるような視線はありませんし、別に怒られる様な事はないでしょう!……多分。
べレク様とのお話は終わったみたいですし、私が話しかけても構いませんよね!
なんなら私が宮殿内を案内してあげてもいいですわ!
話しかけると素直な子だと分かりました。
人形のようだと言われる私ですが、アイリスは花のようですね。傍にいると落ち着きますし、優しい声は子守唄のようです。
頭も、相当良いのでしょうね。王族としてかなり厳しい教育を受けた私とも、自然に話していますし、雰囲気が酷く大人びていますわ。
お茶に誘って、花を見ながらお話をしました!
今まで見た事ない子ですし、ギリへスに王城内を案内されているなんて、一体なぜそんなふうになったのか聞きたいですものね!
お父様に謁見を?ならば許可を出したのは十中八九お父様ですね。
もっと話を聞きたい所ですが、もう少しで家庭教師がやってきますわ。また会えるのかしら?
あら、アイリスのお父様?
バルト辺境伯は様々な武功をたてているとお聞きしていましたが中々ハンサムなんですねぇ。
アイリスと離れるのは少し残念ですが、致し方ありません。
また、会いましょうね!
ギリへス視点
私の名前はギリへス。家名はありません。
元々は孤児だったのですが、食べていく為に冒険者になり、ずっと戦って生きていました。
しかし、そんな私は今は王族の方々のお世話係として龍王様に雇って頂いております。
元々はAランクまで上り詰めた私に指名依頼として、王妃様の護衛という仕事がやって来ました。
報酬が高かった事と、元孤児である私でも出来る護衛と言うので行けば、礼儀がなっていないと言われ。
何故か、お茶のいれ方、礼儀作法、従者の心得的なものを教えられました。
確かに王妃たるお方に一時期とはいえ、護衛として雇われている者が無作法ではいけないだろうと、学ぶ事にしましたが、適性があったのでしょうね。
孤児だった私に神殿で適性を見てもらう事など出来ませんでしたから知りませんでしたが。
たった数ヶ月でスキルを何個も取得しました。
礼儀作法Lv5、従者Lv10、上級従者Lv1、清掃Lv3
ちなみに[上級従者]は[従者]のレベルが最大の10になると派生するものです。
その道のプロが数十年かけてもスキルのレベルは8や9とかですが、私は数ヶ月でそれを越してしまった事になります。
結果、冒険者にしておくにはあまりにも勿体ないと王族専門の従者として雇って頂く事になりました。
初めは、「身元のハッキリしない者を王城の従者に、それも王族専門など!雇うべきではない!」
と周囲の方から猛反発を受けましたが、地道に努力を重ね、暗殺者を向けてもケロッとしている私に周囲が諦め始め、どうにか信頼を勝ち取り、今に至ります。
そしてこの度私は、龍王様直々にアイリス・フレアバード様の身辺警護を命じられました。
とは言っても王城内にアイリス様がいらっしゃる時だけですが。
謁見の間から個室にアイリス様をお連れすると、外からアイリス様を観察している者がいる事に気が付きました。
勿論すぐに捕まえましたとも。
龍王様から[天使の目]を持っているとお聞きしておりましたが、それ故に変な者に好かれていらっしゃるのですね。
王城にいらっしゃる時は私がお守りせねばと固く心に誓いました。
宮殿内に案内すると、べレク様、そしてミリナ様にお会いしました。
ミリナ様はアイリス様の事が大変お気に召したらしく、積極的に話かけていらっしゃいますね。
アイリス様は加護持ちですし、特に引き離す必要はないでしょう。
それにしても、アイリス様はこれから苦労なさるでしょうね。先程変質者を捕まえたばかりなのにまたしても視線を感じます。
バルト辺境伯様にも警戒なさるよう後で伝えておきましょうか。
加護持ちと言えど、手を出す方はいらっしゃるようですしね。




