転生前と誕生
温かい目で見守っていただけたら幸いです。
更新は気分です。
朝、八時少し前に自転車を漕いで学校へ向かっている学生がいた。
共働きの両親の元に生まれた末娘で
正義感がとても強い!曲がった事が許せない!
というわけでもなく。
ましてや、他人の不幸に大喜び!みんな不幸になって仕舞えばいいんだ!
なんてわけでもない。
少しの正義感と優しさを持ち、若干引っ込み思案ではあるものの、長いものに巻かれつつ普通に育ち。
そこそこの高校を受験し高校生になる。
そんなどこにでもあるような平凡な人生を歩んでいた。
さて、そんな女子高生の考えている事を覗いてみよう。
(そろそろ進路を確定しなきゃいけないし、やる事が多い。
有り難〜い先生からのお話を聞いたり、問題集もやらなきゃいけないだるい。
あ、委員会の活動もあるわ。)
どこから見ても、それこそ考えを覗きみても何処にでもいる学生だ。
そんなふうに少女__矢本美月が、学校で行うのであろう事を鬱々と考えながらも自転車を漕いでいると信号のない交差点が見えてくる。
…ここまで言えばわかる人もいるだろう、いわゆるフラグである。
いつものように左右を確認、車の影はない、ついでに人もいない。
そのまま進む。と、
ドンッッ!!!
は?
自転車ごと宙を舞う体。
思わぬ出来事に目をむき、何処かに体を打ち付けながらも受身をとろうとする美月。
その努力を嘲笑うように、頭部に一際大きな衝撃が襲い。
そうして美月は自身の身に何が起きたのか分からぬまま、息を引き取った。
はずだった。
(ん?何が起こった?そしてここはどこ!)
何故か美月はまた、目を覚ましていた。
(なに?どういう事なの??)
脳に霞がかかるような朧げな思考で必死に状況を確認すると、どうやら丸い体制でどこかに押し込められているようだ。
力が入らない手足をがむしゃらに動かし壁を叩く。
何やら弾力のある壁だが、私はなぜここにいるのだろう。
いや、それより狭すぎ。
と、彼女が誰に言うでもなく心の中で愚痴っていると自分が押し込められている箱?が動き始めた。
焦って動きを止めると何やら箱ごと運ばれている感覚。
そこまで考えて彼女の意識が途絶えた。
そして美月が目を開けると美しい天使が目の前に。
(意味がわからないんですけど!?)
が、朧げだった思考が妙にハッキリしていて、これは現実であると、目の前にいる存在が本物の天使であると理解できる。存在感が違う、キラキラと輝いているようだと言えば伝わるだろうか。
(って!誰に伝えようとしてるの私!!)
若干パニックをおこしている美月である。
『意識はしっかりしてる?』
「えあっ!?はい!!大丈夫です!」
天使は鈴のような声でにコロコロと笑いながら説明を始めた。
曰く、
登校中に事故に遭い死亡。
その後に別の世界へ転生。
しかし前世の記憶持ちであったが故、パニックに陥り母体の中で大暴れ。
母体の体が耐え切れずあわや大惨事。
天使は暴走を止めるため意識だけ呼び出し説明。
『今、ココね。整理できた?』
「は、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
(うん、取り敢えずお母さんになる予定の方、大変申し訳ありませんでした。
…そっかぁ私死んだのかぁ。実感が湧かないな…
あぁでも、死んだ実感なんて持たない方がいいか)
「あの、大変ご迷惑をお掛けしました。あとありがとうございます」
パッと頭を下げる。転生の末に大暴れしたなんて天使からしたら大迷惑だろう。
『お気になさらず〜稀に覚えてる人っているんだよね』
「そうなんですか。あのお聞きしたいことがございまして、私は事故で死んだんですよね?でも、死ぬ直前に車等は無かったとおもうのですが」
『…意外とハッキリ覚えちゃってる感じか〜』
アチャーと額を抑える様子は親しげを持たせてくれるけど覚えてるとまずい事でもあるのかな。
「はい、よくないのでしょうか」
『あのね、ごめんね』
『君、火車に轢かれて死んじゃったんだ。いわゆる巻き込まれ事故』
(…かしゃ?えっ火車…??)
「え、えええ〜」
(火車って地獄に連れて行かれるやつだよね。でも私あの時は生きてたけど…つまり?)
『悪さした子を連れて行こうとしたんだけどね、迎えに行く前に浮遊霊としてどっか行っちゃったの。
悪霊になる前に連れてこうとしてスピード出して探してたらね、たまたま君と衝突…みたいな』
「みたいな…」
そんな事ってある!?
表向き大人しいから心の中で絶叫することくらいは許して!!?
何!?なんだって!?私の死因なんだって!?
『ごめんね!?苦情なら地主神様経由で伝えとくよ!!
私の管轄外だから伝えるだけになっちゃうけど!』
神様って管轄とかあるんだ…。ってかほんとにただの事故じゃないですかそれ…。
まだ死にたくなかった…せめて修学旅行までは…。
言っても仕方ないですよね、わかってます。
「この後の私の対応はどうなるのでしょうか」
『苦情なしでいいの?うっそ超いい子。
君が産まれるまで安静にしてくれてれば特に何かがあるわけじゃないよ!』
「前世の記憶の抹消とかは?」
『忘れてないのは君の魂の影響で別に手違いとかではないから記憶消去はないよ!君が望めば迷惑かけたお詫びにしてあげてもいいけどね。
手違いで抹消されていないなら兎も角、元々の魂の性質だし私達が何かをすることは特にない!』
「そうなんですか、えっと、じゃあ私に何か使命が下る!とかそういうのもない感じですかね?」
『ないね!』
記憶の抹消がないのは嬉しいけど、なんかの使命を与えられるわけでもないのかぁ、ちょっと楽しそうなのに…。
でも壮大過ぎる使命与えられても果たせる気はしないし、やっぱり平凡が一番いいかな。
我ながら適当な性格してるし。
「そうですか。でしたら記憶の消去も大丈夫です、暴れないで母の所に戻ります」
『はーい、次の人生を謳歌してね!
迷惑かけちゃったしお詫びに《目》をあげるよ!
ほんとごめんね!次からこんな事ないように徹底するから!』
目を渡されても困ります!
天使の言葉を聞いて思わずツッコミを入れようとしたが、抗えない睡魔が美月を襲う。
きっと目が覚めたら母の所に戻るんだろうな。
そう考えながら、抗う事なく目を閉じた。
『同じ立場の方もいるし、きっと楽しい人生を歩んでいけるよ。
貴女の歩む道に幸せが多く訪れるように、祈ってるね』
天使の祈りは強力だよー?
フフッと笑いながら仕事に戻ろうとして一言
『異世界について言うの忘れたわ…』
ここは?
母の所に戻ったのか。
なるほど、確かにさっきまでは気付かなかったけど温かいし、箱が動いてると思ったのは母が動いてただけなのだろう。
全く気付かなかった、申し訳ない。
産まれたらいっぱい親孝行することにしよう、そうしよう。
でも、事故にあって死んだ自覚、ないんだよね。
衝撃があった事も、頭を強打したのも覚えてる。でも、あれで死んだの?
あれだけで?痛みも感じなかった。死ぬんだとも、思わなかった。
こんなんじゃ生まれたとき、実際に家族と思えるかは疑問だよね。いや、死んだ自覚があったらあったで大変そうだけど、今のところ完全に他人事だし。
っていうかむしろ向こうが子供だって思ってくれるかな?
だってすごい暴れたし。
絶対痛かったでしょ。あぁ、ほんと申し訳ない。
パニックになってただけなんだ!!
言っても伝わらないだろうけど…。
美月が霧がかかったような脳で忙しなく思考を働かせ、激しい気分の浮き沈みを繰り返しつつ、寝たり起きたりを繰り返していると。外から歌声が聞こえてきた。
厳密には何語か分からない言葉がリズムに乗ってるだけだが、先程まで「子供って思ってくれるかな?」と考えていた美月には効果覿面。
はっ!これはアレなのでは?
妊婦さんがよくやってる、歌いながらお腹をポンポンなのでは!?
事実その考えを肯定するように、外からは柔らかな衝撃が等間隔にやってきている。
そしてそれは美月のテンションをどんどん上げていった。
多分なんだけど、それでも歓迎してくれている感じがする!
嬉しくなってテンション上がるよね!
それでもちゃんと大人しくしてるけど。
いやー、嫌われてないか凄い不安だったけど産まれたら頑張って親孝行しよう!そうしよう!!
我ながら単純かな?
単純である。
そして外では
暴れた後、全く動かなくなった胎児を心配した声で溢れているが、言葉が分からない美月は知る由もない。
親孝行しよう!
そんな決意を固めてしばらく経つと外が騒がしくなってきた、ついに出産ですかね!!
なんて考えるがそんな考えとは裏腹に何だか長いお経みたいな声が聞こえる。
一体なんだろう。
暇な事に加えてとてつもなく眠くなってきた。
よし寝よう。胎児になった関係で体に精神が引っ張られるのか、本能に抗えないからね!
おやすみー。
「先生うちの子は大丈夫ですか?全く動かないんです。
胎児は動くものなんでしょう?メイドが言っていたわ。
かけた魔法が良くなかったのかしら…」
「大丈夫ですよ、産まれるまであと少しです」
「本当?でも…」
「お腹を蹴ったりすることはないそうですがそれでもしっかり生きています。大丈夫ですよ」
「そう、なら大丈夫よね、大丈夫」
「ただ、赤ちゃんが大人し過ぎるのが少し不安ですね。魔法の影響ではないと思いますが…。体の中で大きくなればなるほど産むのが難しいですし、御夫人は初めての出産ですよね。
高額になってしまいますが魔法使いを呼んでおいた方がよろしいかと」
「そうですか、魔法であれ何であれ、この子が無事に産まれるのであれば呼んでおくことにしますわ。
先生、お忙しい中お越しくださり有難うございました」
「ありがとうございました」
「いえ、それでは失礼致します。
どうぞお大事になさってください」
美月の言う、お経みたいな声が実は赤ん坊の様子を見るための魔法だったなど彼女には知る由もない。
ついでに親が高額であろうとポンッと出せるだけのお金持ちである事も勿論、知らない。
美月は母の声と低い声で目を覚ました。
母の声と言ってもボンヤリとしか声の判別は出来ないが1番聞く声なので勝手に母親だと判断している。
この低い方の声は父の声かな?
「ねぇ貴方この子大丈夫ですって、大人しすぎて不安ってお医者様にも言われてしまったけど、ちゃんと生きてるって。」
「本当かい?それはよかった。一時期あんなに暴れていた子が魔法をかけてから全く動かないから…」
「ええそうよ。ほんとによかったわ!
あんなに暴れん坊で、出産前に私が死んでしまうかもしれないなんて言われていた子が今じゃ動かなくて心配だなんて!ふふ、可笑しいわね」
「そうだなぁ、今の大人しさをあの時に発揮してくれてれば良かったんだけどなぁ」
「本当ね、貴方あの時顔が真っ青だったもの」
「そうは言うがな?むしろお腹の子に咄嗟に眠りの魔法をかけた俺はかなり機転がきいていたと思うぞ?」
「ふふ、そうねぇおかげで助かったわ」
何やら楽しそうに談笑しているようだが如何せん言葉が分からない。
かなり仲良しな夫婦なのかな、それってつまり良い家庭に産まれるということ!
早く外の様子を見てみたいなぁ。
それで色んなことをやってみたい、例えばテニスとかバスケ。私、前世ではあんまり運動できない子だったからなぁ。
今世は挑戦してみよう!
あれ?そういえばここは日本じゃないよな、ってなったら日本ではメジャーになってないスポーツとかあるかも。それはそれで楽しそうだなー。
あーー、早く産まれたい。
そんな事を考えながらも、やはり美月は動かない。
美月が転生した事を理解し、静かに過ごす事を心掛けてからしばらく経つと…。
美月を押し出すような気配がし始めた。
初めは少しずつ、だんだんと長くなっていくその気配は間違いなく陣痛だろう。
「頑張れ!もう少しで先生が来るからな!!」
「っはぁはぁ、貴方、大丈夫ですからっ、っちゃんと聞こえてますよ」
「辺境伯様!先生がいらっしゃいました!」
「来たか!」
「失礼します!以前仰られていた通り魔法使いの方を連れてきています!
以前お伝えした出産の際に使う道具はご用意頂けましたか?」
「勿論御用意させて頂いております!おい!」
「はい!こちらでございます!」
辺境伯の命令で近くに道具を持って控えていた執事が前に出る。
「有難うございます。
今回の出産は赤ん坊にも母体となる御夫人にも負担がかかることが予測されます!
魔法使い殿は私の指示に従って辺境伯婦人に回復魔法をお願いします!
皆様も私の指示に従って動いて下さい!」
「「「はい!!」」」
痛い痛い!何これめっちゃ痛い!体がちぎれる!
体を無理矢理押し出される感覚は思ったよりも痛いようで、美月は苦悶の表情を浮かべている。
「赤ん坊、出てきませんね。先生どうしましょう?」
「双方とも体力が心配です回復魔法お願いします!」
あ、少し元気になったなんでだろ。って痛たたた!!痛い痛い!
「先生どうしましょう!全然出てきませんよ!?」
「仕方がありません薬を使いましょう」
「薬って妻の体に悪影響は出ませんよね!?」
「大丈夫です。後々体調が悪くなってしまうかもしれませんが一時的なものです!
このまま悪戯に時間を無駄にするよりは断然ましです!」
そうして……
「おぎゃーおぎゃーー!!」
「産まれた!」
「良かった!」
「よく頑張った!元気な女の子が産まれたぞ!」
「そう、良かったわ」
こうして美月は辺境伯の長女として生を受けた。
本人は残念な事にまだ目が見えないためあやふやにしか周りは見えていないが、周囲からたくさんお祝いの言葉を投げかけられて産まれた。