彼女の笑顔とキラキラの世界
「良かったら、私と友達になってくれないかな?」
いつもクラスの真ん中でキラキラ輝いていた笑顔を、私だけに向けて言ってくれたこの瞬間、私の世界もキラキラと輝いたような気がしたのです。
ホームルームが終わって帰る準備をしていると、私の唯一の友人に話しかけられました。
「東海林さん、これから皆でパフェ食べに行くんだけど、一緒にどうかな?」
彼女は綾瀬さんと言って、隣のクラスの女子の中心人物です。
とても可愛らしい容姿に社交的で人懐っこい性格の彼女は皆から好かれています。
2クラス合同の体育の授業で声をかけてくれたことで、お友達になりました。
しかし私にとって彼女は唯一の友人ですが、彼女にとって私は大勢の友人の中の一人でしかありません。
私に話しかける人はとても少なくて、綾瀬さん以外では連絡事項を伝えてくる人くらいしかいません。
口下手で、人見知りな私は、話していてもつまらない相手だからです。「東海林さんは美人すぎて話し方も丁寧だからみんな近寄りがたいだけだよ」と彼女は言ってくれますが、そんなこと言われたこともないので気を使って言ってくれただけだと思います。
「あ、あの…私は…沢山の人がいるのは、ちょっと…」
せっかく誘ってくれたのにとは思いますが、彼女の周りの人たちは皆華やかで明るくて、気後れしてしまうんです。
申し訳ないとは思いますが、一緒にというのはやはり遠慮させていただきたいのです。
「そっか、みんないい子なんだけどな…残念だけど仕方ないね」
綾瀬さんは残念そうに笑って言ってくれました。
誘ってくれて嬉しかったって言いましょうか。でも、断った癖にって思われたら嫌ですし…。
ぐるぐる一人で考えてたら、綾瀬さんの顔が間近にあって、びっくりして固まってしまいました。
可愛く整った顔でじっと私を見た後フッと笑って、さらに近づいてきました。
距離の近さに思わず心臓が跳ね上がり、ぎゅっと目をつむってしまいます。
「じゃあ今度は二人きりで行こうね」
耳元で囁かれ、背筋がぞくっと震えました。
嫌悪感からではない、しかし感じたことのない感覚に戸惑っている間に彼女は離れていき、私の長い髪を取りスッと撫でました。
「ふふっきれいな髪。うらやましいな。じゃあまた明日ね」
とっても可愛らしく笑った彼女は、私に背を向けて、廊下で待っていた彼女の友人の方へ歩いて行きました。
クラスメイトと話しながらキラキラ輝くその笑顔を見て、私はなんだか言いようのない胸の苦しさを感じました。
高校2年の秋、私に彼氏ができました。
綾瀬さんと同じクラスの男子に告白されたのです。
私なんかに告白してくれたことがとても嬉しかったし、お付き合いというものにも憧れがあったので、私はOKの返事を出したのです。まさか私に彼氏ができるなんて。
初めての彼氏に浮かれた私は、唯一の友人である綾瀬さんに報告して、話を聞いてもらいたくなりました。
放課後お茶でもどうかと綾瀬さんを誘ったら、「東海林さんに誘われるなんて初めてだね。ふふっ嬉しいな」と少しほほを染めて蕩けるように笑いました。
あまりにも可愛らしく笑うので、少しどぎまぎしてしまいました。
「え…彼氏…?」
「はい、告白してくれて、OKしたんです。優しそうな人だったし、私のこと好きって言ってくれて…綾瀬さん?大丈夫ですか?」
綾瀬さんが驚きのあまり目を見開いたまま固まっています。
もともと大きな目がさらに大きくなって、零れ落ちてしまうんじゃないかと心配になります。
「…東海林さんは…その人のことが好きなの?」
少し経ってようやく動き出した綾瀬さんが、少しかすれた声で聴いてきました。
びっくりさせすぎちゃいましたか?
「えっと、まだ付き合ったばかりですからそこまでじゃないですけど、これから好きになっていくのかなって。告白してくれてとっても嬉しくてドキドキしましたし。」
「そっか…」
綾瀬さんは今度は俯いてしまいました。どうしたんでしょう。具合が悪いのかな?
「綾瀬さん体調が悪いなら…」
「ううん。大丈夫。…彼氏ができて良かったね」
顔を上げてにっこり笑って祝福してくれた彼女を見て、具合が悪いわけではなさそうだとホッとしました。
笑顔に少し違和感を感じたような気がしましたけれども、彼のことを詳しく聞かれているうちにそれは私の思考の端から消えていきました。
「ごめん。別れてくれないかな」
彼に裏庭に呼び出され、別れ話を切り出されました。
「え、いきなりどうして…」
「好きな人ができたんだ。東海林には本当に悪いんだけどその子も俺のこと好きって言ってくれてるし。じゃあ、そういうことで」
「あ、ちょっと待ってください…!」
目も合わせず少し早口でそう告げると、彼は去って行ってしまいました。
確かに彼とはあまり上手くいっていませんでした。
彼が、なんと言うか、そういうことをしようとしてきたときについ拒否してしまったのです。
私は昔から何故か痴漢に遭いやすくて、男性が少し怖いのです。
彼にも話してあって、私が彼に慣れるまで待ってくれるという話だったのですが…。
そんなわけで最近私たちはギクシャクしてしまっていました。
私は口下手ですし、気まずい雰囲気を盛り上げるような話もできなかったので、いつかこうなるような気はしていましたが…ショックです。
肩を落としてとぼとぼ歩いていると曲がり角の先に綾瀬さんが見えました。
綾瀬さんに話を聞いてもらえないでしょうか。彼女のあの笑顔で慰めてもらえたら、元気が出るような気がするのです。
「あ…」
声をかけようとしましたが、彼女は誰かと話しているようでした。
遠慮したほうがいいかなと思っていると、衝撃の光景が目に入って――――呼吸が止まりました。
彼女と私の彼がキスをしているのです。彼は何度も角度を変えて貪るように綾瀬さんにキスをしています。彼女の華奢な体が潰されてしまうんじゃないかと思うほど抱きしめて、ひたすら彼女を味わうその様はまるで動物のようでした。
しばらくして満足したのか、二人は離れ、教室の方に歩いていきました。
「綾瀬さん…」
校舎に入るまでじっと見ていましたが、二人はとても仲が良さそうでした。
彼に話しかけられた彼女はいつものキラキラの笑顔で彼に答えていました。キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ
「綾瀬さん綾瀬さん私のお友達の綾瀬さんその人は、その人は…私の、彼氏ですよ?」
忘れてしまったのでしょうか?忘れてしまったのでしょうか?あんなに楽しくキラキラキラキラ彼についてお話ししていたというのに……………
では、だったら、それなら教えてあげないといけませんね。あはは考えていたらちょっと楽しくなってきました。やっぱりお友達と彼氏のことを考えるのは楽しいな。キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ世界はキラめいています!
せっかくなので二人で一緒の時に教えてあげようと思ったら、綾瀬さんに謝られました。ごめんなさいって言うなら、私の彼氏を返してくださいよ。大きな目から流れる涙がキラキラキラキラとってもきれいです。キラキラを見ていたら何かに遮られました。折角のキラキラが見えません。どかさないといけませんね。
「ぎゃああああああああああああああ腕がああぁぁ」
また見えました。キラキラキラキラキラキラキラキラやっぱりきれい。楽しく楽しくお話ししていたあの時みたいに大きく目を見開いて、こぼれ落ちてしまいそうです。こぼれ落ちないかな?宝石みたいにきれいですし宝物にして大事に大事にするのに。
「綾瀬さん、彼と別れてください。彼と私は愛し合っているんです。彼を返してください。」
「東海林さん…」
「私たち、お友達でしょう?」
綾瀬さんは首を横に振ります。なんでなんでなんでわかってもらえないんでしょう?あ、そうですそうです!ちょうどここは連絡橋の上でした。少し脅してしまうことになりますが仕方ありません。お友達なので許してくれるでしょうお友達ですもの!
「綾瀬さん、彼と別れてくだ」
「東海林さん。ごめんね。」
彼女に引っ張られてふわっとした浮遊感と共に空中に投げ出されました。あれれ?これでは死んでしまいますよ。綾瀬さんはおっちょこちょいですね。
「――――――――」
綾瀬さんが何かを言っていますがよく聞こえません。でも彼女の笑顔はやっぱりキラキラできれいでかわいいです。
キラキラキラキラキラキラ――――あ、見えなくなっちゃいました。
―――――――――――
『――昨日の午後7時ごろ、ショッピングモールの連絡橋の上から女子高校生二人がもみ合いの末転落死する事故が発生しました。一緒にいた男子高校生も刃物で切り付けられ軽傷を負っており、警察は痴情のもつれが原因と見て捜査を進めています。』