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序章 歴史の静かなる終わり

序章 歴史の静かなる終わり


 中南米において一つの時代が静かに終わりを告げようとしていた。


 2008年2月24日、キューバ共和国首都であるハバナの国際会議場で開催された人民権力全国会議で、フィデル・カストロの国家評議会議長の退任が決まったのを始めとして、5月24日にはコロンビア政府当局がコロンビア革命軍最高幹部マヌエル・マルランダの死亡を発表。


 7月2日には、コロンビア革命軍内部のスパイが15人の人質を集結させ、偽の人質移送計画で上官をだまし国軍のヘリに人質を載せることで奪還に成功した。人質の中には、コロンビア革命軍が拘束する人質の象徴であったフランス元大統領候補イングリッド・ベタンクールも含まれていた。


 私は一連の事件を振り返るたびに複雑な気持ちに捕われる。私の気がつかないうちに、一人の人間が歴史を動かす時代はすでに幕を終え、複雑化されたシステムが歴史を動かしていく時代に変わってしまっていたのだ。


 いや、いくらか語弊があるようにも感じる。正確には、システムに反逆する時代が終わり、システムを活用する時代に変わったというべきか。


 「……“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。 他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち……」


 かのヒトラーが残した預言である。私はヒトラーの預言を借りて、1989年がその変化の表面化した時期なのではないかと考えている。ヒトラーは、その他にも興味深い予言を多数残している。この場では触れないものの、機会があれば紹介することにしよう。


 多くの人物は、ソ連崩壊を歴史の構造が変わった瞬間だと述べるだろう。私としてもその意見に反論を述べるつもりはない。だが、私はソ連崩壊に着目しようとは思わない。


 1989年7月12日、キューバ共和国で数名の軍人が銃殺刑による死刑執行が行われた。私はこの瞬間に着目したい。


 私はノンフィクション・ノヴェルの形式を取りながら、記録を人々に伝えていこうと思う。だが、記録とは極端にいえば事実の再現であり、あてにならない。作者としては、物語だと考えてもらっても一向に構わない。


 私は歴史の構造を根本から変えようとは思わない。そして何らかの教訓を導き出そうなどという考えを持ってはいない。相互に関係ない断片である物語に、大きな意味を与えて収束させてしまうことは、過去への否定であると考えるからである。


 ともあれ、まずは本書を愉しんでほしい。

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