想定外の出来事
軍務卿や騎士団長らとの会議は終盤に差し掛かっていた。
「では、最後の議題なんですが……我々の工兵隊によってこの国に道路を建設したいのです。一応は我々の素早い移動を実現するためなのですが、その他にも雨などによって道がぬかるむ事も無くなりますので安全に通行が出来るというメリットがあります」
「それはいいな! 是非とも進めて欲しい」
伊吹の提案を即決したのは軍務卿だった。全員に渡した書類を機密保持の為に回収しアタッシュケースに仕舞うとテーブルの上に置き用意されていた紅茶を口に含んだ。乾いた喉が紅茶によって潤されるのを感じながら伊吹は右太ももに着けたサイ・ホルスターに入れてあるUSPにそっと手を触れた。その瞬間、ドアが激しい音を立てて開けられた。伊吹は咄嗟にUSPを抜き後ろを向いた。そこにいたのは走ってきたために呼吸を乱していた柊羽だった。
「ひっ! 銃を下ろしてくれ伊吹!」
「どうした柊羽! 今は会議中だぞ」
ソレンセンが声を張り上げた。
「すいません……ですが、それどころではないのです!」
伊吹はUSPをホルスターに戻し柊羽の話を聞く。
「何かあったのか?」
「街に出ていた連中が……攫われました……」
「何だと!?」
「攫われた者の中に精神に干渉する魔法が使えた者がいるようで……それで……」
柊羽は言葉に詰まりながら話をした。
「それを伝えてきたのは誰だ?」
「鈴木 優衣です……」
「……うそ……でしょ?」
親友の名前が出てきた事で天音は両手で顔を覆った。伊吹は天音の頬を涙が流れたのを見逃さなかった。
「何処に行ったか分かるか?」
ソレンセンが柊羽に聞くのを見ながら伊吹はバイポッドを立てて床に置いていたHK417を手に持った。
「分からない……」
ドアがノックされ衛兵が入ってきた。
「騎士団長にお手紙が届きました」
「私にか?」
「はい」
ソレンセンは衛兵から手紙を受け取るとナイフを使って開封した。袋の中からレジュメを取り出し読み始めた。
「ごきげんようソレンセン騎士団長。貴殿らが召喚した勇者達は我々が預かっている。鉄の箱車と一緒にな。返してほしくばジーク公国へ救援部隊と大量の金貨、食料を贈れ。港のジーク公国所有の倉庫で待っている。 差出人はアルク・ゲイリー……」
ソレンセンは最後にボソッと呟いた。
「……何故奴が……」
「あの馬鹿智哉……。なんで一緒に拉致されんだよ! しかも鉄の箱車って車じゃねーかよ」
「軍務卿いかがいたしますか?」
ソレンセンが軍務卿に意見を求めた。
「我々の一存では決められない案件だ……。一刻も早く国王様へ上申しなければ」
「その必要はなかろう……」
突然国王が側近を伴って部屋に入ってきた。その場にいた全員が席を立った。
「よい。そのままにしておれ」
「で、ですが……」
「よいと言っているのだ」
軍務卿やソレンセンは椅子に座り直した。国王は近くにあったソファに座ると話を始めた。
「話は廊下で聞いていたぞ。さて……せっかくあちらの国王と停戦協議をしたというのに話を聞いていない阿呆のせいでまた戦争になるではないか。救援部隊は出す……が金貨や食料は頂けないな。伊吹よ」
「は、何でしょうか」
「貴様の軍隊で今すぐアルク・ゲイリーなるものを捕えられるか?」
「出来ますが少々お時間をください」
「よかろう」
「ありがたき幸せ」
伊吹は国王に一礼すると曽根1佐を呼んだ。
「曽根1佐、今すぐ基地に連絡を。そしてこう伝えてください。完全装備の特戦群1個小隊を集結させ、Night Stalkersも準備させろと」
伊吹は特戦群長の曽根1佐に指示を出した。
「了解」
「それと兵員の輸送はどうしましょうか国王様」
「ふむ……それは勇者達を解放してからで好かろう」
「了解しました。では、我々も準備を行いますのでこれで失礼します」
伊吹はHK417を肩に掛けると天音の手を握り一緒に部屋を出た。長い廊下を歩き中庭に既に飛べる準備を整えているヘリに乗り込んだ。全員が乗り込むと機体は空へと上がっていく。
伊吹達が退出した部屋では、国王が側近に指示を出していた。
「さて……大使館へ使いを出せ。この人物が本当にいるかどうかと本国がこんな指示を出したかを問い合わせてこい」
「はい、承りました」
側近は直ぐに部屋を出て行った。ソレンセンはレジュメをずっと眺めていた。
「ソレンセンよ……そのアルク・ゲイリーは一昨年の戦でお前自身で殺した敵軍の司令だったな」
「ええ、そうです。私は奴の首を取りました。なのに……何故この名前が出てくるのです!」
「ならばその名前の主は亡霊か? それともその名前を語った偽物か?」
国王はソレンセンに問うた。
「後者であることを願います。それでは、私も失礼致します」
一礼し出ていくソレンセンを国王は見送った。ソレンセンは部屋を退出すると左手の拳を壁に叩きつけた。
「クソっ……忌々しい……」
そのままソレンセンは自室へと戻っていった。
伊吹達が乗ったヘリは基地に到着した。ヘリから降りると陸上自衛隊の高機動車を召喚し運転を曽根1佐に任せて司令部施設へと移動した。残りの隊員はそのままヘリで特戦群の建物へと向かった。司令部施設の地下にある統合司令部に入室すると設けられたソファに凛が座っていた。
「いつからここに居たんだ?」
凛の隣に伊吹は腰を下ろした。
「ついさっきから。状況はもう聞いたよ」
「そうか……」
「あの馬鹿……車まで借りていくとは思わなかった……」
「それは想定外だった……」
不意に凛は天音を見た。そして天音の瞼が腫れていることに気が付いた。
「……伊吹、天音に何かしたの?」
凛は小声で伊吹に質問した。
「……捕まった中に優衣が居たんだよ……」
「……そう……」
「ま、この件は置いといて行きますか」
伊吹は立ち上がるとHK416Cとバラクラバを召喚した。バラクラバを被るとHK417を消去した。HK416Cにマガジンを装填しチャージングハンドルを引きセフティを掛けた事を確認し曽根1佐に話しかけた。
「曽根1佐、目標は確認しましたか?」
「ええ、あの倉庫なら容易く突入できるでしょう」
「では、行きましょうか。ああ、凛と天音は留守番しといて」
「了解、あの馬鹿智哉解放したらぶん殴っといてね」
「はは、やっとくよ。天音、必ず連れて帰るから待っててな」
天音は今にも泣きだしそうなのを我慢しながら頷いた。伊吹はそんな天音に向けてにかっと笑うと部屋を出て特戦群の集結地点に向かった。その後、曽根1佐から訓示を頂戴しヘリに乗り込み目的地へと向けて作戦を開始した。
どうも時雨です。
勇者を拉致した連中はどうするのでしょうね
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