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8人目 ウチの家計簿には謎がある

「カオリ! そろそろ店を閉めておいてくれ! 俺も作業が一区切りついたから、夕飯にしよう!」

「うぃっす」


 工房の方から聞こえてきた師匠の声に適当に返事をしたあたしは、夕食に何を食べるか考えながら閉店作業を始める……といっても、店の出入り口に掛けられた「開店中」の札を「準備中」にひっくり返して、扉の鍵を閉め、精算機(製作者の師匠はレジと呼んでいる)に入っている売上を確認するのだけど、今日は物好きな勇者のクリスさんも来なかったので、精算機の中のお金は1Rリグだって変化していない。

 そうして精算機のお金の合計を売上ノートに書き込んで、あとは店の照明を落とせば、閉店作業は終わる。

 ほかのお店だったら、この売上を数える作業に時間を取られるのだろうけど、そこは流石でたらめな師匠が作った精算機。機械に取り付けられたボタンを押せば、一発で中のお金が分かる仕組みになっているので、わざわざお金を数える必要もない。

 ちなみに、ここ数日の売上ノートの数字はまったく同じ金額が並んでいたりする。


「師匠~、閉店作業終わりましたよ!」

「おう、こっちも片付け終わったし、それじゃ飯にしようか」

「んで? 今日は何を食べますか?」

「ちょっと待ってろ、今冷蔵機を調べるから…………」


 どうやら師匠としては今日は家で食べるつもりらしく、氷系の魔素を閉じ込めた石を使った冷蔵保存機械――通称冷蔵機というネーミングセンスを疑う機械を覗き込む師匠。

 だが甘いな! あたしは今日は外で食べたい気分だったから、先に冷蔵機の中身で夕飯に使えそうなものは全部食っちまったんだ!

「ん~……」


 そしてどうやらそのことに気付いていない師匠は、小さく唸りながら冷蔵機から顔をあげた。


「もう少しまともな食料が入っていたはずだけど、どうも俺の気のせいだったかもな……。今から食材の買い出しをしに行くのも面倒だし……、今日は仕方ないから外で食べるか?」

「賛成!」


 内心で作戦が成功してほくそ笑むあたしを、一瞬だけ師匠は胡乱な眼で見つめた後、小さくため息をついて自分の部屋から財布を持ち出してきた。

 どうやら、財布の中身は十分らしく、小さく頷いた師匠は店を出て少し歩いたところであたしを振り返ってこんなことを訊いてきた。


「それで? おまえは何が食べたいんだ? 盗み食いの犯人さん?」

「うぐっ!? なぜバレたし!?」

「いやいや、バレるに決まってるだろう……。今日の昼間ではまともな食料があったんだぞ? それは俺が昼飯を家で食ったことで証明されている。だというのに、突然冷蔵機から食料が消えたとなると、必然的に誰かが食ったことになる。で、それなりに保存してあった食料をあっという間に食べれるような人間を、俺は一人しか知らないからな」

「ぐっ……。け、けど、もしかしたらあたしが店番してる間に不審者が勝手に侵入して冷蔵機の中身を持ち去ったかも知れないじゃないか!」

「なるほど……一理あるな……」

「でしょ? だからあたしが犯人だって決めつけるのも……」

「だがな、馬鹿弟子よ。お前は慣れていて気付いていないかもしれないが、あの冷蔵機は俺が作ったものだ。普通、あんな箱の中に食料がたんまり入ってるだなんて誰が思う? キッチン全体が荒らされていたならまだしも、ピンポイントで冷蔵機が狙われる謂れはないだろう?」

「ぐぬぬ……。こんな時にだけ頭が回るとか……

 というか、あたしが犯人だというのなら、証拠を見せてみろよ! 証拠がなければ、それはただの推測だ!」

「証拠ならお前自身が持ってるじゃないか。ほら、ここに食べかすがついてるぞ?」

「マジ!?」


 師匠の言葉に慌てて自分の口元をぬぐう。けれど、いくら拭っても、食べかすが取れる気配がない。


「なんだ、ついてないじゃないか。だいたい、あたしは食べた後にちゃんと口元も拭いたんだ。残ってるはずが……」

「お前は今、自分から犯人ですって自白してるからな?」

「しまった! ハメられた!!」


 おのれ師匠……。誘導尋問とは卑怯な!


「師匠の鬼畜! 変態! エロメガネ! ロリコン!」

「お前が単純なんだよ、この馬鹿弟子! だいたい、お前最初に「なぜバレたし!?」って自分で言ってたじゃないか! あと謂れのない罵倒はやめろ!」

「うっさい、馬鹿師匠! 師匠なんて一生嫁どころか彼女の一人もできずに、童貞で過ごせばいいんだ!」

「仮にも女の子なんだから天下の往来で「童貞」とか口走ってんじゃねぇ! この馬鹿弟子!」


 そうしてあたしたちは、いつものようにぎゃあぎゃあと騒ぎながら、近くの食事屋へ入っていった。




◆◇◆




「ありがとうございました~」


 やる気のない店員に見送られて、食事を終えたあたしたちは店の外に出る。


「しっかしまさか10000Rを超えるとは……恐るべし、弟子の胃袋ブラックホール

「ぶっちゃけ食い足りないんだけどね!」

「アレでまだ!?」


 今更のように驚くけどさ、師匠はあたしと何年の付き合いなんだよ……。あたしがどれだけ食べるかなんて聞くまでもないじゃん。


「いや、まぁそうだけど……」


 疲れたように肩を落とす師匠。

 ちなみに今回あたしたちが入ったのは、小さな定食屋で、師匠は一人分の定食だったのに対して、あたしは五人分だ。小さな定食屋にしては値段がちょっと高めだったけど、その分味は満足している。

 もっとも、あたしとしてはアレでもまだ腹半分程度で、本当はもっと食べれたんだけど、流石にこれ以上は師匠の財布に優しくないと思って自重した。


「アレで自重したのかよ……」

「というか師匠……。何で食べ放題に行かなかったんです? あそこなら値段も気にせず食べれたのに……」

「この辺のはほぼすべて、誰かさんのせいで出入り禁止を喰らってるからな……」

「まったく……誰のせいだ……」

「ホント、誰のせいだろうね?」


 なぜか肩を落としてとぼとぼと歩く師匠。

 ……? まさか店から家に帰るこの距離で、もう疲れたの? 体力がないなぁ……。これだから引きこもりは……。

 もっとあたしみたいに外に出て活発に動かないと……。


「引きこもってねぇよ!? 素材集めとかでむしろ積極的に外出てますが!?」

「でもそのとき以外は自分の工房に閉じこもって怪しげなアイテムを作ってるじゃん?」

「うぐっ……まぁ、それはそうだけど……」


 珍しくあたしに言い負かされる師匠を見ていると、なんとも気分がいい。


「あ、そうだ。それよりも師匠! あたし今日気になってたことがあるんだけどさ……」

「……? 何だよ、唐突に……」

「いや……道具店ウチってぶっちゃけ客がぜんぜん来ないじゃん? 常連のクリスさんがたまに来るくらいで……」

「……まぁそうだな……」

「で、まぁあたしの学校のお金だったり、こういう外食するときとかもそうだし、師匠の頭がおかしいアイテムを作ったりにもお金が掛かるわけじゃん?」

「さらっと人のアイテムをディスってんじゃねぇよ!」

「素材は師匠は自分で取ったりもできるけど、中には買わないと手に入らないものもあるし……」

「人のツッコミは無視して、要するにお前が言いたいことは何だよ?」

「や、店のものがそこまで売れてるわけじゃないのに、そんなお金、ウチのどこにあるのかなって……。実際、ここ数日間は1Rも売れてないし……」


 そう。あたしが気になっていたのは、お金の出所。

 毎日のように売り上げを記録しているあたしは、ウチの店の売り上げ状況がどんなものなのかはすぐに理解できる。

 要するに、ウチに入ってくるお金と、出て行く金の量が明らかに違うのだ。具体的には出て行くほうが圧倒的に多い。

 それなのに、今まで師匠がお金に困っている様子を見せたことがない。もしかしたら師匠はお金に無頓着なのかもしれないけれど、それにしたって、いくらなんでもお金がなくなってれば気付くはずだし……。


「ああ、そのことか……。というか、そんなことを心配するくらいだったらもう少し食べる量を考えてくれませんかね? ウチのエンゲル係数はお前が来てから馬鹿みたいに高いんだから……」

「それはそれ、これはこれ。あたしの唯一の楽しみを奪う気か、鬼畜師匠!?」

「唯一の楽しみって……。まぁいいか……。とりあえずお金(それ)の心配はしなくても大丈夫だ。ちゃんとした収入はある」


 心配無用とばかりにあたしの頭をなでる師匠だけど、ぶっちゃけ止めてほしい。

 子ども扱いされてるみたいだし、何より人通りが少ないとはいえ、天下の往来では恥ずかしすぎてあたしが死ぬので、とりあえず師匠の手を払う。


 それにしてもちゃんとした収入?

 ほかに師匠が副業してる様子はないし……。もしかして素材集めで手に入ったアイテムを売ってるとか?

 いや、それはあたしも何度か見てるけど、さすがにそこまでの金額にはならない……。

 だから多分それ以外の方法での収入……………。


 …………はっ!? まさか!?


「師匠! あたしは師匠を見損なった!」

「なんだよ、ヤブから棒に……?」

「幼女を誘拐して身代金をせしめて収入に当ててるなんて、あたしの師匠は人として最低だ!」

「そんなこと一回もしたことねぇよ!?」

「えっ……?」

「えっ? じゃねぇよ!? 何でそんな意外そうな顔!?」

「や、だって師匠ロリコンだし……?」

「謂れの無いレッテルをはるんじゃねぇよ! そうじゃねぇよ! もっとまともな収入だ!」

「怪しいアイテムを作るしか脳がない眼鏡にまともな収入?」

「だからお前は……! はぁ……まぁいい。何れお前にも見せる機会があるかもしれん……」

「ごめん、師匠。あたしは犯罪の片棒を担ぐ気はないから!」

「俺だって犯罪する気は一切ないよ!」

「ちっ! 師匠が犯罪したら警備隊に突き出して、あの店は全部あたしのものだったのに……」

「ちっじゃねぇよ!? あと心の声ダダ漏れだからね!?」

「おっとあたしとしたことが……」


 師匠をからかいつつ、どうやら心配はなさそうだと内心で胸を撫で下ろす。

 まったく、なんであたしがエロ眼鏡の心配までしなきゃいけないんだか……。


「誰がエロ眼鏡だ!?」

「うっさいよ、師匠。そろそろ夜も遅くなってきたし、大声上げたら近所迷惑でしょ?」

「お前のせいだからね!?」


 ツッコむ師匠を無視して、あたしは店の裏口の扉を開けると、そのまま自分の部屋に向かう。

 何はともあれ、これで食費の心配はなくなったわけだ。

 それにしても、師匠の収入源が今度は気になってくる。


「まったく、これで気になって夜が眠れなくなって、学校の授業に居眠りをしてしまうんだ……。全部師匠のせいだな、うん」

「それはお前自信がやる気がないだけだろ」


 扉の向こうの師匠の部屋から、ツッコミが聞こえた気がした。

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