5人目 目を開けたらそこはユートピア
「あぐっ……んぐっ……はぁ!? 泊まりで素材集め!?」
いつものように学校から帰ってきて、店の手伝い――といってもやっぱり客は誰も来なかった――のあと、師匠が作った晩飯を飲み込むように(というか実際に一部の料理は飲み込んでいる)食べている最中に、師匠が突然切り出したセリフ、「明日から数日、遠くのダンジョンに泊まりで素材集めに行くぞ」を受けてのあたしの反応だ。
「なんでそんな遠いところに!?」
「そこでしか手に入らない素材がどうしても必要になってな」
「というか、別に泊りじゃなくても師匠の転送魔法でぱっと行ってぱっと帰ってこれば……」
「それがどうやら相手は亜種らしくてな。なかなか遭遇できないそうだ」
「だったらそいつに遭遇できるまでこことそのダンジョンを行き来すれば……」
「転送魔法だって魔素の消費が馬鹿にならないんだ。毎日往復分の転送魔法の魔素を確保しながら戦うよりは、いっそ泊まりでやった方が効率がいいだろ?」
「ぶっちゃけ師匠と泊まりだとあたしの貞操が心配なんだけど……」
「弟子を襲うような真似なんかするか!」
「え~? でも師匠はロリコンだし、嫁もいないし、変態だし、メガネだし……。そんな師匠がいるところにあたしみたいな若い女の子がいれば……ねぇ?」
「「ねぇ?」じゃねぇよ!? 俺が今までお前に手を出したことがあったか!?」
「……ないっすね。だって、師匠はヘタレだし」
「その言い方には釈然としないけどそう言うことだから安心しろよ!」
「口ではそう言ってるけど、実際はどうだか……」
「何、この俺の信用のなさ!?」
「え? 今更? 師匠に信用なんてあったと思ってるの?」
「……まさかの弟子からの信用がゼロだった件について」
師匠ががっくりと膝を着くけど、本当に何で今更?
「くっ……。まぁ今はそんなことはどうでもいい……」
ゆらり、と師匠が立ち上がる。
「ともかく、この遠征は決定だ。明日の朝出発するから準備をしておけよ?」
「でもあたし……学校が……」
「ほう? 普段は不真面目に授業を受けているくせに、休日も学校に行くのか? 感心だな? しかしそうか……。そいつは残念だ……。せっかく現地で美味いものをたくさん仕入れてやろうかと思ったのに……」
「うぐっ……師匠……あたしを舐めてませんか? あたしがいつでも食い物で釣れるとでも?」
「そんなことを口にするんだったら、今すぐポーチに物を詰め込む作業をやめてからにするんだな」
「うぐぅ……」
どこぞのたい焼き少女みたいな唸り声を上げながらも、あたしは準備する手を止められなかった。
だって仕方ないじゃないか! あっちで美味いものを鱈腹食べられるんだぞ!? そんなことを聞いたら……ねえ?
そんなことを考えながら準備をしていると、なぜか師匠が思いため息をついた。
「俺はなんだかお前の将来が心配だよ……。下手をしたらお前、食べ物に釣られて誘拐とかされるぞ?」
「失礼な!?」
いくらあたしでもそんな間の抜けたことにはならないって!
多分……、きっと……?
やめよう……。なんだか自分で言ってて自信がなくなってきた……。
そのままあたしは、明日の準備を進めた。
◆◇◆
次の日。
朝食を食べて自分たちの荷物を持ったあたしたちは、店の前で転送前の最後の確認をしていた。
「忘れ物はないか?」
「あたしは大丈夫だけど……師匠は大丈夫?」
「お前……俺が忘れ物をするように見えるか?」
「え? いつものことじゃん? いつもどっかに出かけて、そんで忘れ物したって戻ってきたりあたしに届けさせたりしてるじゃん
師匠、まだ二十五でしょ? その歳でもうボケてるの?」
「んなわけあるか! それに今回は大丈夫だ。ちゃんとチェックリストを作って中身を確認したからな!」
自信満々に胸を張る師匠に、あたしはそれ以上の追及をしないでおく。
でも本当に大丈夫かな……?
師匠ってば根は真面目だから何でも最初に計画を立てるけど、どっか必ず抜けてるからなぁ……。
まぁ、何かあったらあたしがフォローすればいいか。
そうこうしているうちにも、地面に描かれた紫色の魔法陣が怪しく輝き、師匠の転送魔法の準備が整う。
「よし、準備完了だ……行くぞ?」
「へいへい」
師匠の言葉に、おざなりに返事をしてあたしも魔法陣の中に入る。
そして。
「転送!」
師匠が魔法を発動させると同時に、魔法陣がより強く輝き、あたしは思わず目を瞑る。
その直後、足の裏の地面の感覚が消え、内臓がひっくり返るような不快な感覚があたしを襲う。
うぅ……この感覚、あたしは好きになれないんだよな……。
よく師匠は平気な顔をしてられるよ……。
そんなことを考えている間に転送が終了したらしく、再び足の裏に地面の感覚を捕らえ、ゆっくりと目を開けると、そこはすでに見知らぬ土地だった。
あたしたちが普段暮らすハイドラ王国の整然とした感じとは違って、自然と一体化したようなつくりの、どこか雑然とした印象を受ける街並みが目の前に広がっていた。
……ってあれ? あたしはてっきり直接ダンジョンの前に転送するのかと思ったけど……?
もしかして転送場所間違えました?
「そんなわけあるか! まずはこの街で食料の買出しだ」
「飯!? ひゃっは~~っ!!」
食料と聞いてテンションが一気に上がったあたしは、さっきまでの転送魔法での不快な感覚も忘れて、自然豊かな街へ向かって駆け出した。
そのときに「まだまだ子供だな」とかそんな感じの師匠の呟きが聞こえた気がしたけど、気のせいということにしておこう。
何はともあれ、一足先に街に到着したあたしは、そこに広がる光景に目を輝かせる。
別に自然と共生した街並みが綺麗だったから、とかそういうものではなく、単純に大きな通りの両脇に、ずらりと美味そうな食べ物の屋台が軒を連ねていたからだ。
水野牛の肉を使ったバーガーやコロッケ、肉汁がたっぷりと溢れるバーベキュー、香ばしい匂いを立ててあたしを誘惑する川魚の塩焼き、安っぽい出汁の匂いがなんともいえない麺料理!
どの店にも客がたくさん並んでいて、あたしたちの道具店にはない活気を感じる。
と、そこへようやく師匠が追いついてきた。
「へぇ……さすが「食の都」クレソンだな……。食材も料理もここまであるとは……」
感心したように辺りを見回す師匠の外套を軽く引っ張って、あたしは師匠に訴える。
「師匠、師匠! あたしここがいい! ここに住みたい! ここは天国だ!!」
「馬鹿言え! 店はどうするんだ!」
「え~……いいじゃん、別に……。どうせ客なんて来ないんだし……。この際、すっぱりとたためばいいじゃん!」
「そんなわけには行くか! いいか? あの店はな……俺がまだガキだったころに俺の師匠から引き継いだ店でだな……」
……やべ! 師匠の昔話が始まった!?
こうなると師匠はながいからなぁ……。今のうちに何とか話を逸らさないと!
「師匠! そんなことより早く買出ししないと!」
「……つまり俺の師匠は……っとそうだったな……。とりあえず買出ししないとな……」
「そうそう! 待っててね、バーガーにバーベキューにグリフォンステーキ! あたしが今から行くよ!!」
「おい、こら馬鹿弟子! まずは野菜とか肉とか魚とかの生鮮食品からだ!」
師匠が何か言ってたけど、そんなものはあたしには聞こえない。
何せ、あたしの目の前には夢の国が広がっているのだから!
いざ行かん! あたしの理想郷へ!!
「ユートピアなのかアルカディアなのかどっちかに統一しろ……」
師匠が疲れたようにツッコんだ。
それからしばらくして、美味いものを鱈腹食べて必要なものを購入したあたしたちは、改めて今回の目的であるダンジョンの前にやってきていた。
「……ったく……この馬鹿弟子が……。お前が際限なく食うから、予定より時間がかかったじゃないか!」
「あたしは悪くない! あたしを誘惑するあそこが悪いんだ!
それに師匠だって綺麗なお姉さんに鼻の下を伸ばしてたじゃないか!」
「濡れ衣だ! 俺はそんなことしてない!!」
「い~や! あたしは見たんだ。師匠の顔がだらしなく歪む様子を!! このエロ師匠!」
「このっ……!? 言いたい放題言いやがって……!」
「や~い、エロ師匠! 万年彼女なし! 童貞! 眼鏡!」
「子供か! ってか、俺にだって彼女くらいいたことあるわ!」
「嘘だ!!」
「間髪いれずに否定してるんじゃねぇよ!」
あたしがからかい、師匠が怒鳴ってツッコむ。
いつも通りの緊張感の欠片もない空気のまま、あたしたちはダンジョンに踏み入れた。
そこで、まさか師匠があんなことになるなんて知らずに……。
「変なフラグを立てるの止めてくれませんかねぇ!?」
~~おまけ~~
弟子「初めて潜るダンジョン。中々でない稀少な魔物。意地でも素材を取りたい師匠はあたしの忠告も聞かずにどんどん奥へと踏み込んでいく。そして割れる眼鏡。果たして師匠の身に一体何があったのか!? 次回、「クレイン道具店は今日も暇!!」6人目! 倒れる師匠と覚醒する弟子! さ~て、この次もサービス♪サービス♪」
師匠「嘘予告してるんじゃねぇ!!」




