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4人目 少し昔の話

「…………暇だ……」


 とある休日の昼下がり。

 相変わらず客が来ない「クレイン道具店」のカウンターから、ぼんやりと店内を見回しながら呟く。

 ちなみに今日の現時点での来客はたった一人。ここ最近になって知り合いになった勇者のクリスさんだ。

 どうやら彼女、何をとち狂ったのか師匠の作るアレな道具をいたく気に入ったらしく、ちょくちょくウチの店に来ては、物珍しそうに物色していくのだ。

 なお、今日のお買い物は師匠が独自に作り上げた魔法薬の「無限再生薬」だった。


 その「無限再生薬」とは、たとえば刃が欠けたり折れたりしてしまった剣にその薬品を一振りするとあら不思議。あっという間に元の状態に戻るというすぐれものだ。

 一見、凄い発明だと思うかもしれないが、そこは師匠が作り上げた道具。この薬にも例外なく欠点がある。

 実はこの薬、効果時間内ならばどんな状態からでも再生してしまうのだ。

 簡単にいうと、たとえば、一口齧ったパンにこの薬をかけたとしよう。そうすると、かじって欠けた所が再生して元の状態へ戻る。ここまでは普通なのだが、問題はここから先。

 再生した状態のパンを、さらに一口齧ると、齧られた元のパンは当然戻るとしても、齧って口の中に入ったパンの欠片も元に戻ってしまうのだ。しかもその再生力は凄まじく、この薬がかかった状態のパンであれば、たとえテーブルの上に落ちた一欠片のパン屑でさえも、元の大きさのパンに戻ってしまう。

 もしこのパンを誤って口に入れてしまうと、それこそ生命に関わるような大変な事態になる。何せ、噛めば噛むほどに元の大きさのパンが無限に増え続けていくのだ。

 あたしでも処理しきれなかったのだから、普通の人が食べてしまったら確実に窒息するだろう。


 なぜ過去形なのかって? そんなのは簡単だ。

 ウチの馬鹿師匠はあろうことか、以前、普段から私がおやつ代わりに食べているコッペパンに実験と称してこの「無限再生薬」をぶっかけたのだ。それも、あたしに内緒で。

 いや、あの時は真面目に死ぬかと思ったね。ネズミ算式に増えていくパンにあっという間に口が塞がって呼吸ができなくなったんだ。しかも、かわいい弟子が死の瀬戸際で助けを求めてるのに、あの馬鹿師匠は冷静に実験結果を分析してやがったし。

 まぁ、あとで夕飯のときに同じ薬を師匠の飯に盛ってやったけどね! やられっぱなしはあたしの性には合わないんだ。


 っと、話がそれた……。

 それで、その一歩間違えれば危険な毒薬にしかならない「無限再生薬」を、なぜ世界を救う旅をしている勇者様が買ったのか気になったあたしは、それを素直にクリスさんに訊いてみた。


「というか、無限再生薬それは結構真面目に危険な薬ですよ? 何でそんなものを……?

 はっ!? まさか魔王の城に忍び込んで、それを魔王の食事に盛って窒息死させようって作戦!?」

「うん、そんな回りくどいことしないからね!? 確かに有効そうだけども! ぶっちゃけそれもいいかなって思ったけども! でもやんないからね!? 魔王と戦うときは正面から正々堂々攻めるから!」

「ふっ、甘いですね、クリスさん。砂糖の蜂蜜漬けより三倍くらい甘いですよ!」

「そんなに!?」

「いいですか、クリスさん。卑怯とか反則とかは強者の綺麗事か弱者の遠吠えでしかありません。あたしの国では「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉があります。勝ったものが正義となるという意味です。要はどんな手を使ってでも勝てばいいんですよ、勝てば」

「……トーマさん。何かこの子病んでません?」

「ああ、大丈夫です。こいつのこれはいつものことなんで」


 勇者様にひどい言われようだ……。それに師匠もいつものこととか……。

 散々な言われように傷つくあたしを無視して、今度は師匠が真面目な顔で訊ねる。


「いや、でも真面目にどんな目的で使うんですか? 一応、作ったものの責任として危険なそいつの使用目的を把握しておきたいのですが……?」


 おい、馬鹿師匠! その危険なものの実験台にあたしを使ったのか!? なんて酷いことを! 師匠の鬼! 悪魔! メガネ! 変態! ロリコン!


「お前も俺の夕食に盛ったからそれでチャラじゃねぇか! というか誰がメガネでロリコンで変態だ!」


 鬼とか悪魔とかは否定しないんだ!?

 師匠なんて一生彼女ができなくて誰とも結婚できないまま童貞として死ねばいいんだ!


「お前こそ酷い言い様だな!?」


 師匠が心外とばかりに抗議して、あたしがそれに噛み付く。いつも通りのあたしたちの日常。

 それを目の当たりにしたクリスさんが突然可笑しそうにくすくす笑い出した。


「ふふふ……。二人とも本当に仲がいいんですね!」

「「どこが!?」」


 あたしと師匠の同時のツッコミに、クリスさんはただ微笑むだけだった。

 そういう姿も絵になるのは、きっとクリスさんが美人だからだろう。

 まったく……美人は得だ。買い物をすれば必ずおまけされるし……。

 や、あたしも買い物をすれば時々おまけされるけどね! でも、それは店のおっちゃんたちがあたしを子ども扱いするからなんだよ!?

 いつも買い物偉いね、って頭撫でられるんだよ!? あたしが背が低くで子供に見えるからってだけで……。

 ぐぬぬ……。いつかあたしもクリスさんみたいにすらりと背が高くてバインバインになってやる!


「バインバインってきょうび聞かないぞ?」

「うっさい師匠! 人の考え読むな! あとセクハラで訴えるぞ!?」


 っと、話が逸れた。まったくもう、師匠のせいだぞ!?


「完全にお前のせいだからね!?」


 ツッコむしか能がない師匠のツッコミを無視して、あたしはクリスさんに向き直る。


「それで? どうしてそんな毒を買おうと思ったんですか?」

「毒って……。えとね……この薬を上手に使えば食糧不足で悩んでる人たちを救ってあげられるでしょ? 確かに魔王討伐も急がないといけないことだけど、だからといって困ってる人を見過ごすのは違うと思うから……

 魔王を倒してその上で人々が幸せになれる世界を作る。それが私の勇者道なんです」


 勇者道という言葉がどうかは分からないけど、この人は確かに心の根っこから勇者で優者なんだ。

 師匠もクリスさんを見習って少しは人の役に立てばいいのに……。


「うん、お前もな!」


 師匠のツッコミに、クリスさんが思わずといった様子で笑い出し、あたしたちもそれにつられて笑ってしまった。




 とまぁ、そういう一幕こそあったものの、その後はいつものようにまったく人が来ない通常営業だった。

 師匠は客が来ないことをいいことに、工房に引きこもってなにやら怪しげなアイテム作りに専念している。今回はナイフとか剣とか持ち込んでいたから、きっと剣系の武器でも作るんだろう。


 そんなことをぼんやりと考えていると、昼下がりの暖かい陽気に当てられたのか、昼直後の満腹感に体が支配されたのか、あたしはいつの間にかカウンターで眠ってしまっていた。




◆◇◆




 あたしはこの王国がある大陸からさらに南に下った、小さな島で生まれた。

 小さな村が点在しているような、それこそ魔王たちも完全に無視するような島だったけれど、暖かい気候と優しい両親や友達がいて、とても平和だった。


 そんなある日、幼いあたしを連れて両親は大陸のほうへと旅に出た。理由は……今では忘れてしまったけれど、きっと幼いあたしにいろいろと見せたかったのだろう。

 そうして家族三人で船に乗り、大陸を目指していたときだった。

 運悪く、その船がその海域を棲家にする魔物に襲われたのだ。

 あれは酷い嵐の夜だったと思う。船に乗り込んできた魔物に船員がやられ、乗客たちも次々と殺されたし、船には穴が開けられ、徐々に沈み始めていた。

 そんな中、一際高い波が船を攫い、あたしは両親もろとも海に投げ出された。

 当時、泳げなかったあたしは、たまたま目の前に流れてきた木材にしがみついて助かったけれど、両親は荒れ狂う海に飲み込まれていった。そのまま上がってこなかったということは、そのまま海に沈んだか、あるいは魔物に殺されたか。兎も角、今はもう生きていない。

 何はともあれ、必死に木材にしがみついていたあたしは、荒れ狂う海に体力の限界を向かえ、そのまま気を失ってしまった。

 そうして気がついたとき、あたしは知らない浜辺に倒れていた。どうやら海に流され、運よく大陸に流れ着いたらしい。


 それからしばらくの間は何も覚えていない。

 どうやってそこを離れたのか、どうやってハイドラ王国にたどり着いたのか。

 まぁ、幼いあたしに自力で何とかできるだけの力はなかったのだから、きっと優しい誰かに連れて来られたりしたのだろう。

 とまぁ、そんなこんなで、あたしは気がつけばハイドラ王国の路地裏で浮浪児になっていた。

 当然だ。知り合いなど居ない異国の地で、まったくお金を持っていないあたしに取れる道はそれしかなかったのだから。

 で、そんな浮浪児だったあたしはそれこそ店から食い物を盗んだり、観光客から金を奪ったりと、悪いこともいろいろやってきた。あれだ、生きるために仕方なくって奴だ。


 それからどれくらい経ったのかは分からないけど、少なくともこの辺りの浮浪児であたしに叶うやつがいなくなるくらいには時間が経ったある日だった。

 その日、中々いい獲物がいなかったあたしは、仕方なくふらふらと路地裏に迷い込んできた大人に狙いをつけた。けれど、それが間違いだった。

 そいつは酔っ払っていたわけでもなく、かといって力の弱い女でもない、どこにでもいるあたしより力が強いチンピラだったのだ。

 当然、あたしは返り討ちにされた。顔が腫れあがるまで殴られ、持っていたものを全て奪われ、そのうえであたしの身ぐるみを剥いで、あろうことか幼いあたしを犯そうとまでしてきた。

 時々通る人たちは何も見なかったことにして素通りし、世の中の無情にあたしが絶望しかけたそのときだった。

 今まさにあたしに覆いかぶさろうとしたそいつの頭が、いきなり燃え上がったのだ。

 悲鳴を上げ、あたしの上から転がり落ちてのた打ち回るそいつへ、今度は誰かの容赦ない蹴りが飛んだ。


「げぶぅっ!?」


 汚い悲鳴を上げ、壁に激突するチンピラを呆然と見つめるあたしへ、その誰かが外套を被せてくれた。

 その人は掛けていたメガネを指で持ち上げると、いつの間にか頭の火を消して、ナイフを構えるチンピラを睨みつけ、腰につけていた細身の剣を抜いた。


「うるぅぅあああああああっ!!」


 叫ぶチンピラが突っ込んでくる。そして勝負は一瞬だった。

 銀色の線が何本も空中に走ったかと思うと、チンピラが持っていたナイフが砕け、ついでにチンピラが着ていた服もばらばらになり、さらにチンピラの喉元には細身の剣の鋭い切っ先。


「ソレを切り落とされたくなければ二度と俺の目の前に現れるな……」


 静かに告げられた言葉は、けれどチンピラには効果絶大で、チンピラは情けない声をあげてその場から逃げ出した。

 それを見送って剣を鞘に戻したその人が、今度はあたしに目を向ける。

 一体何をされるのかと警戒するあたしへ、その人は優しく頭を撫でながら声を掛けてきた。


「……………………行くところがないのなら、ウチへ来るか?」


 両親を失ってから初めて掛けられた優しい言葉に、あたしはしばらく考えてからゆっくりと頷いた。

 そうしてその人に連れてこられたのが「クレイン道具店」と看板を掲げた小さな店で、助けてくれたその人こそが、あたしの師匠――トーマ・クレインと言うわけだ。




◆◇◆




「……懐かしい夢を見たな……」


 いつの間にか日が暮れて暗くなった店内で目を覚ましたあたしは、たった今まで見ていた夢を思い出す。

 きっとあの時、師匠が現れなければあたしは今ここにはいないし、こうして日々師匠を辛かったり学校へ行ったりといった幸せな時間を過ごせなかっただろう。

 そう、実はあたしは師匠に感謝しているのだ。

 まぁ、本人には恥ずかしくていえないけどね!


「……さてと……」


 小さく呟いて店を閉めたあたしは、いまだに工房に篭っている師匠へ声を掛ける。


「引きこもり師匠! さっさと飯食べようよ!」

「お前いつも一言多いよ!?」


 師匠のいつも通りのツッコミに、あたしは小さく笑いながら工房の扉を開けた。

今回は少しだけシリアスな回。

なお、次回はいつも通りの予定。

あ、ちなみにあのときのチンピラは、今では立派な好青年になったとか。

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