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23人目 師匠の過去

 帆は風を受けて膨らみ、舳先が水を割って白い波を作り出しながら船が進む。

 独特の湿り気を帯びた風が頬を撫でるのを感じながら、あたしは水夫から借りた釣竿を持って甲板から糸を垂らしていた。


「…………むぅ……。釣れない……」


 まったく手ごたえを感じない釣竿を引き上げ、先についている針に餌をつけながらぼやく。

 そうしてまた、海に針を投げ込みながら、甲板の木箱に背中を預けながら本を黙々と読んでいる師匠に目を向けた。


「師匠……、つまんないっす……」

「…………はぁ……、お前なぁ……」


 あたしの文句に、師匠は深いため息をつきながら本をぱたりと閉じた。


「最初は船が進む様子を見てて、それで飽きたからって言って今度は船を探検し始めて、それも退屈だからって次は船員さんから釣竿借りて……、それもまた飽きるとか……。どんだけ堪え性がないんだよ……」

「だってさぁ……、ぜんぜん釣れないんだもん…………、マグロ」

「お前マグロ釣るつもりだったの!?」

「当たり前じゃん! マグロを釣り上げて物欲しそうに涎を垂らす師匠の目の前で全部食ってやる!」

「歪んだ目標を立ててるんじゃねぇよ……。というか、そんな細い竿でマグロがつれるわけねぇだろ……。仮に掛かったとしても、竿が折れるっての……」

「そんなこと、あたしがさせると思ってるの? そんなときのために身体強化を武器にまで伝えることができるようにしておいたのさ!」

「食い意地のために新しい技を覚えてるんじゃねぇ!」


 疲れたようにため息をついて、もう一度本を開く師匠。

 そんな師匠を横目に再び糸を海に垂らしながら、ぼそりと呟く。


「…………師匠を餌にしたら、でかい獲物釣れないかな?」

「人を勝手に餌にするんじゃありません!」


 ぴしゃり、と断られてしまった……。残念。


 それにしても、暇だなぁ……。

 最初は船員さんたちの動く姿とか見てても面白かったし、操舵室で舵輪を操る姿とかも楽しかったけど、やっぱり飽きてしまったし……。

 釣りも、こうも釣れないとつまらないし……。

 何か面白いことでもないものか……。

 そんなことを考えていると、本を読むのに飽きたのか、釣竿を持っていつの間にか隣に来ていた師匠が、あたしと同じように釣り糸をたらしながら呟いた。


「安心しろ。もうすぐ退屈せずに済む海域に到着する」

「……? どういうことっすか?」

「もうすぐ、海の魔物がわんさか出る海域に着くってことだ……」

「マジっすか!?」


 思わず驚いて師匠の顔を見る。

 普通、船での航海と言うのは、先人たちが発見したできるだけ魔物が出ない海域を選んだ航路が取られる。

 誰だって、好き好んで魔物の餌にはなりたくないからだ。

 それでもたまに、縄張りから追い出されたハグレの魔物が安全な航路に出現して船を襲ったりするんだけど……。

 というか、あたしが子供のころに乗った船を襲った魔物がそれだ。


「ああ……。まぁな。普通はそういう海域を避けた航路を取るんだが、今回は魔物と戦える人間(俺たち)が乗ってるからな……。できるだけ最短距離で頼むって、先に船長に言っておいたんだ」

「なんとはた迷惑なお願いをしてるんだよ、この師匠は……」

「仕方ないだろ……。安全な航路だと、船の航海だけで2週間は掛かるって話だったし……。流石に片道2週間は長すぎるからな……。お前の学校のこともあるし……。だから最短距離を頼むといったんだ……」

「ああ、なるほど……。確かに2週間も退屈な船の旅だと死にそうっすね……」


 そういうだろうと思ったよ、と師匠は苦笑する。


「それに、この船には、俺が作った海の魔物が嫌がる音を出す装置を取り付けてあるからな……。弱い魔物なら、その音で逃げ出すはずだ……。まぁ、副作用として魚たちも嫌がる音になったみたいだけどな……」


 なるほど。

 さっきから魚が釣れない原因はそれか……。

 でも、仕方ないか……。あたしだって退屈なのは嫌だけど、流石にどんどん魔物に襲撃されるのは勘弁だ。


「物分りが良くて助かるよ……」


 小さく呟きながら視線を海に戻す師匠。

 …………というか、あれ? 釣れないのが分かってたのに、師匠は何で釣り糸を垂らしてるの?


「ああ……まぁこれは考え事をするのにちょうどいいからな……」

「そうなん?」

「こうやって、糸を垂らしながらぼけっとしていると、頭ん中まで空っぽになってきて、道具のアイデアとか、他のことがいい感じに考えられるようになるんだ……

 頭のリフレッシュって奴だな……」

「…………そんなもんすか?」

「そんなもんだ……」


 隣でぼんやりとする師匠を見て、あたしも何となくぼんやりしてみる。

 ……………。

 ………………………。

 ……………………………。


 だめだ……。やっぱり退屈は退屈でしかない……。


「師匠……つまんねぇ……」

「そうか……。まぁ、これは割りと魔術師(俺たち)に向いた思考整理の仕方だからな……。俺の師匠も、こればっかりは退屈だって投げ出してたし……」

「というか、師匠の師匠(カナエさん)近接戦闘型(あたしと同じ)だったんだ……」

「まぁな……。そもそも師匠は魔法の腕はからっきしだったからな……」

「あれ? でもじゃあ師匠は魔法を誰に習ったんです?」

「俺か? 俺は……ほぼ独学だな……。他の魔術師が使ってる魔法を見様見真似ってこともあるけど、基本は自分で調べて勉強したな。師匠が教えてくれたのは剣の使い方と道具作りだったから……」


 独学で扱いの難しい転送魔法や極大魔法をぶっ放せるくらいになったとか……。やっぱりウチの師匠は規格外だ……。

 そして、ここまで話を聞いたら気になるのは、何故師匠が魔術師を選んだか、だ。

 と言うわけで、率直に聞いてみた。


「なんで師匠は魔術師に? カナエさんからは剣を教えてもらったのに……」

「師匠が近接戦闘型だったからだよ。当時はまだ、師匠にくっついて素材を取りに行くことが多かったからな……。ちょうど今のお前のように、な

 だから、近接タイプの師匠とバランスが取れるように魔術師を選んだんだ……。つまらない話だよ……」


 ……ホント、つまらないっすね……。


「お前なぁ……

 まぁいい……。ともかく、そんな感じで魔術師を選んだんだが、最初は真面目に苦労したな……。何せ、師匠は魔法のことはさっぱりだったから自分で調べるしかなかったんだ。魔法の運用に失敗して、戦闘中に師匠ごと敵をどかん、とかも何度もやらかしたっけ……」

「うわぁ……えげつねぇ……」

「んで、戦闘が終わるたびに師匠から説教と言う名の折檻を受けてな……。それがまたすげぇ怖いんだ……」

「そうなんすか……?」


 以前会ったカナエさんの印象は、とても温厚そうな女の人という感じだったけど……。


「今は道具屋も冒険者も引退したから、そうでもないけどな……。当時は魔剣を持って俺を追いかけたり、新しい道具の実験台にされたり……いろいろされたよ……

 アレは最早拷問に近かったな……」


 そのときのことを思い出したのか、師匠の顔がどんどんと青ざめていく。


「最終的には、自分が作った魔法を反射させる鎧の性能を試したいからとか言って、俺にその鎧に向かって極大魔法を撃たせてな……。当然、師匠(あの人)が作ったものだから、きっちり反射したんだ。で、俺が跳ね返ってきた極大魔法を避けたら、すげぇ怒っきたんだよ……」

「何でっすか?」

「実はその鎧な……、ただ魔法を反射するんじゃなくて、反射する魔法にそれまでの蓄積したダメージを上乗せして跳ね返すんだ……。で、その鎧には師匠が予めたっぷりとダメージを与えていたんだ……。それはもう、ごく初級の小さな魔法ですら極大魔法に匹敵する威力にまでするような、な……。考えてみろ? そんな状態の鎧に魔術師最大の威力を誇る極大魔法を当てるんだぞ?

 当然、反射されたときの威力は凄まじいものになる……

 あの時は、俺が立っていた場所から半径数メートルの範囲の地面が蒸発して、アホみたいなクレーターができてたっけ……。俺はまぁ、事前に待機させておいた転送魔法のおかげで助かったけどな……」


 当時のことを思い出して、がくがくと震えだしながら続ける。


「それで、その後にもう一度やり直しとか言い出したからな……。最終的にあの人は俺を殺そうとしてたんじゃないかって思ったよ……」

「それは師匠がカナエさんの風呂を覗いたとか、セクハラしたとか、なんかエロいことをしたとか、そういうのが原因なんじゃ……」


 実際、カナエさんは女のあたしから見ても見惚れてしまうほど、かなりの美人なのだ。

 今もだが、当時はもっと多感だったはずの師匠が、狼にならない理由はない。


「アホか! そんなことをしたことは一度もないし、仮にそんなことをしたらそれこそ俺は今、この世にはいねぇよ……」


 それもそうか……。

 そもそもヘタレな師匠に、美人のカナエさんを襲う勇気なんてないだろうし。

 そんな勇気があったら、今頃あたしは師匠に手篭めにされていただろう。


「人聞きの悪いことを言うな! あとそれは言外に「自分は美人です」って言ってるのか? はんっ!」


 あ! 師匠、今あたしのことを鼻で笑った! ひでぇ!

 師匠のろくでなし! 人でなし! 鬼畜! ロリコン! メガネ!


「人聞きの悪いことを言うお前が悪いし、後最後は罵倒なのか!? ……っと、そんなことをしている間に、どうやら魔物が出る海域に着いたようだぞ?」


 話を逸らした師匠に導かれるように周りを見ると、確かに船員さんたちが剣呑な空気を纏いながら、忙しなく動いていた。

 同時に、周囲から魔物の気配が漂い始め、あたしも師匠も自然と意識を戦闘のときのそれに引き上げていく。


「……そら! 早速魔物(お客様)のご登場だ! 行くぞ、カオリ!」

「うっす!」


 海から跳ね上がるようにしながら船に乗り込んできた魔物へ、あたしは武器を構えながら突撃する。

 師匠の話では、この海域を抜けるまではこんな感じで魔物の迎撃をすることになるらしい。

 これで少しは退屈をしのげそうだ。

 あたしは自然と獰猛な笑みを浮かべながら、魔物に踊りかかった。



 そうして、それから数日後。

 無事に魔物が出る海域を抜けたあたしたちは、その後も退屈な船旅を続けて、ようやくあたしの生まれ故郷がある島にたどり着いた。

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