22人目 大陸の向こうへ
「カオリ。明日から里帰りするぞ」
師匠が唐突に、そう切り出したのは、学校の試験が終わって、明日から年末年始を含んだ長期休暇に入ろうとしていた日の夕食でのことだった。
「むぐむぐ……。里帰りって……あぐむぐ……、師匠ってばハイドラ王国の生まれじゃなかったっけ?」
はるか昔……というか、師匠に引き取られて間もないころに、確かそう聞いた気がする。
「生まれてこの方、この国から出たことがないだなんて、師匠ってば相変わらず引きこもってるよね……」
「誤解を招くような言い方はやめろ! 確かに俺はこの国生まれだし、今なおこの国に住んでるけど、だからと言って外国に行ったことがないわけではない! というか、修業時代は師匠に無理やりいろんなところを連れていかれて、大陸にある国ならほとんど行ったんじゃないか?」
「ふ~ん……。それで? どっちにしても里帰りなんて必要ないじゃん?」
「自分から聞いておいて、その興味のなさはどうかと思うが、俺の里帰りじゃない。お前のだ。お前の」
「あたしっすか……?」
「ああ。言っとくけど、ここのスラムのことじゃないからな? お前の本当の生まれ故郷のことだ」
「ああ、そっちっすか……」
そういえば、あたし自身忘れていたけど、あたしの出身は師匠に拾われたスラムではなく、大陸と大海を隔てた小さな島国だ。
といっても、あたしがまだ小さいころに両親と一緒に国外旅行に出かけた途中で魔物に襲われて気を失い、気が付けばこの国で浮浪児をしていて、そこで師匠に拾われて以降、ずっと「クレイン道具店」で暮らしているので、里帰りといわれてもいまいちピンとこない。
「それにしても、なんで急にあたしの里帰り? 今まで一度もしたことなかったのに……」
「あ~……まぁ、いつも休暇は店番だったり、俺の素材集めに付き合ってもらったりしてるからな……。たまには労いの意味も込めて旅行に連れてってやろうと思っただけだよ……」
……怪しい……。
師匠がこんなに優しいのは気持ち悪いし、目もどことなく泳いでる……気がする。
「師匠……。何を隠してやがる?」
「別に何も?」
「嘘だ! あたしの目はごまかせないぞ!? 正直に言え! 言わないと……」
目を細めながら、すっと箸を高々と掲げる。狙うは師匠の夕飯のさらに乗っているトンカツ。
それを、無駄に身体強化までして最高速で腕を振り、一瞬のうちに掻っ攫い、そのまま口に運ぶ。
ちなみに、好きなものは最後に食べる師匠らしく、師匠の皿には、まだトンカツがたっぷりと残っている。
「次々に師匠のトンカツが消えていくことになるぞ?」
「斬新な脅しだな、おい! まぁ、別にお前にトンカツを狙われたからって問題はないんだが……」
師匠の言葉の合間に、もう一度腕を閃かせる。
まるで獲物を掻っ攫うトンビのように素早く、的確に狙いをつけた箸は、けれどトンカツに届く前に師匠の魔法障壁に阻止された。
「あっ!? 卑怯だぞ、師匠! 魔法障壁を使うとか!」
「先に身体強化まで使って人の飯を掻っ攫いやがった奴がどの口で言うか、この馬鹿弟子!」
「そこは師匠らしく懐のでかさを見せてみろよ! でかいのは背だけか!?」
「人を役立たずの木偶の坊みたいに言うんじゃねぇ! そもそもお前には元から多めに作ってやってるだろうが!」
「人の飯を奪って食うのが最高の調味料だ!」
「ほほぅ……。それじゃ、今お前の皿にあるそれはいらねぇんだな?」
師匠がメガネを怪しく輝かせながら言う。
「んじゃあ、遠慮なくそっちをもらおうか……」
「へん! やれるもんならやってみやがれ! この世はしょせん弱肉強食! んでもってお前の物はあたしのもの! あたしの物はあたしの物だ!」
そう強がった直後、あたしの目の前から、トンカツが乗せられた皿が消え、次の瞬間には師匠の目の前に出現していた。
「っ~~~!! 転送魔法を使うとか卑怯すぎるだろ! 大人げないぞ、この人でなし! 鬼畜! ど変態メガネ!」
「お前が調子こいて、挑発するからだろうが…………」
ご飯を皿ごと奪われたことで、つい涙目になったあたしにため息をついて、師匠は皿を返してくれた。
ほっと胸を撫で下ろしながら、いそいそと皿を受け取り、たっぷりとソースがかかったトンカツを口に放り込む。
お帰り、あたしのトンカツ……。
「……まったく……。お前と話すと、本当に話が進まないな……」
「それは師匠が本当の目的を言わないのが悪い」
「本当の目的も何も、俺は真面目に弟子にたまには故郷の空気を味合わせてやろうという仏心を出したつもりだったんだがな……。まぁ、ぶっちゃけほしい素材がお前の生まれ故郷にあるのもあるんだが……」
「ほら、言った通りじゃねぇか。そうやって最初から話してればよかったんだよ。そうすれば、トンカツも奪われることは……」
いや、あったかもしれない。というか、ぶっちゃけ、師匠が本当の目的を話しても奪ってた気がする。
「うん。俺も何となくそんな気がしてるよ。お前の食い意地はハンパないからな」
「失礼な! 人を食欲の権化みたいに……、権化みたいに……」
否定できないところが悲しい。
「…………とにかく、だ。明日の昼には出発するから、ちゃんと用意しておけよ?」
正直、休みまで師匠に付き合って素材採取とか、メンドい。
しかもそれが、あたしの生まれ故郷みたいな遠いところならなおさらだ。
そんなわけで、あたしはこの旅行を断る理由を必死に探す。
えっと……、頼りのアリスは……だめだ。確か、家族揃って温泉地にしばらく旅行に行くとか言ってた。
……チッ! 使えないな!
頭の中に「酷いよ、カオリちゃん!?」とか言うアリスのツッコミが聞こえてきた気がするけど気のせいと言うことにして、次の手段を考える。
勇者さんや魔王さんはきっとこの時期は忙しいだろうし、彼らについて冒険とかは師匠と一緒にいるよりも危険だから却下。
国王もきっと無理だろう。というか、師匠と違ってそう簡単に合えるような人じゃない。まぁ、それはクリスさんやアルベルトさんも同じだけど。
くっ! これじゃ駄目だ! 誰かほかに…………。
そこまで考えたけれど、結局いい案が浮かばずに、あたしは大人しく師匠の言うことに従うことにした。
それに、あたしもちょっと向こうには興味がある。主に食べ物とか。
……決して、師匠の「向こうにも美味い食べ物がたくさんあるらしいぞ?」という一言が決め手になったわけじゃないからね!?
◆◇◆
翌日の昼。
荷造りを終えたあたしは、それをすべてマジックポーチに詰め込んで、店の出入り口の前に立っていた。
「師匠~……まだっすか?」
工房にいる師匠に声を掛ける。
「もうちょっと待ってろ。後は炉の火を落とすだけだからすぐに終わる」
「うぇ~い……」
どうやら師匠は、留守中に事故が起こったりしないように、工房の道具を片付け、炉の火を落とす作業をしているらしい。
まぁ、あたしたちが居ない間に誰かが工房に無断で入って火事が起きたりしたら目も当てられないしね。
そんなことを考えていると、作業を終えた師匠が工房へ続く階段からのっそりと姿を現した。
「待たせたな……。んじゃあ、後は店の戸締りをして出発だ」
「ういっす……」
二人揃って店を出て、戸口に鍵を掛ける。ちなみに、この鍵は師匠の特製らしく、留守中に鍵や窓が無理矢理破るような不法侵入者が現れた場合、即座に罠魔法が発動して侵入者を捕らえるという恐ろしい仕組みらしい。
何はともあれ、師匠が鍵をかけ終えたところを見届けてから、ふとあたしは周りをきょろきょろと見回す。
「師匠……? 港までどうやっていくんです? 馬車は来てないみたいですけど……? まさか徒歩とか言わないですよね?」
「アホか! 歩いたら何日掛かると思ってるんだよ……。というか、馬車でも遠すぎるくらいだ。それにそこまで馬車を使ったら、いくら掛かるか……」
「……じゃあどうやって……ってそうか……」
「言ったろ? 俺は修行時代に大陸側にある国はほとんど行ったって……。もちろん、転送魔法で移動だ」
そういって師匠が指差したのは地面で、そこにはすでに紫色に光る魔法陣が描かれていた。
確かに、転送魔法なら馬車代も掛からないし、移動も一瞬だから楽だ。
そんなことを考えていると、魔法陣の上に立つ師匠が手招きしているので、あたしも魔法陣の中に足を踏み入れる。
「それじゃ、行くぞ……」
その言葉を合図に転送魔法が発動し、次の瞬間にはあたしたちは、違う場所に立っていた。
「うぅ……」
転送魔法特有の、内臓がひっくり返るような感覚に気持ち悪さを覚えながら、ゆっくりと周りを見回せば、そこは港町だった。
岸壁にはいくつもの大型帆船が停泊し、ひっきりなしに荷物の出し入れが行われ、周りの街では船乗りたちの陽気な笑い声が響いている。
少なくとも「クレイン道具店」がある、あの王都の裏通りのひっそりとした感じとはまったく違って、賑やかな場所だ。
「さて……。船の出発まではまだ少し時間があるし……。とりあえず、船の搭乗手続きを終わらせてから昼飯でも食うか?」
「賛成! あたし、肉食いたい!」
「何でだよ! ここは港町で魚が美味いんだから魚を食え!」
こうしてあたしの里帰りと称した旅は始まった。
~~おまけ~~
弟子「こうして師匠と弟子の冒険は幕を開けたが、カオリの生まれ故郷にたどり着くまでの船旅は波乱に満ちていた……。突然の大嵐。襲い来る魔物。船乗りたちの叛乱。割れる師匠のメガネ。果たして弟子は無事に故郷へたどり着くことはできるのか!?
次回、「クレイン道具店は今日も暇!!」23人目! 「師匠死す!」お楽しみに!」
師匠「嘘予告した上に人を勝手に殺すんじゃねぇ!」




