2人目 規格外師匠と友達
「そんじゃ、師匠……いってきま~す」
すっかり太陽が昇り切り、そろそろ気の早い職人連中が看板を表に出し始める時間帯に、あたしが「クレイン道具店」の玄関に立って、奥の工房で何やら怪しげなものを作ろうとしていた師匠へ声をかけると、どうやらまだ作業前だったらしく、返事がすぐに来た。
「気をつけろよ? 道端で面白そうなものを見つけたからってふらふら飛び出して馬車に轢かれたりするなよ?」
「いくらなんでも子供じゃないんだからさすがにそれはないって、師匠……」
「この間、道端で珍しい亀を見つけたからって追いかけた挙句、見事に池に落ちて学校に遅刻した馬鹿は誰だ?」
「すんません、あたしが間違ってましたから人の恥ずかしい秘密を暴露するのは許して下さいお願いします」
師匠のセリフに、あたしは間髪入れずに土下座をする。
情けないって思われるかもしれないけど、恥ずかしい秘密を世間にばらされるよりましだ。
まぁ、ぶっちゃけ師匠にばれた時点で秘密でも何でもないけどね!
そんなあたしを見て、師匠は疲れたように溜息をついてから、あたしに向かって手をぞんざいに振る。
「ほら、いいからさっさと学校に行って来い。いい加減遅刻するぞ?」
「おっと……そんじゃそろそろマジで行ってきますけど、師匠こそ、あたしがいないからって店を爆破したりしないで下さいよ?」
「しないしない」
「あたしがいないからって幼女を攫ったりしないでくださいよ?」
「するか! カオリの中じゃ俺はどんな人物設定になってるんだよ!?」
「え? ロリコン変態メガネですが?」
「よ~し、馬鹿弟子。ちょっと表へ出ろ」
あたしが率直な意見を口にした直後、それまでツッコミばかりだった師匠がゆらりと立ち上がる。しかも、その手にはいつの間にか一本の剣が握られていた。どうやら師匠の逆鱗に触れてしまったらしい。
「あの……師匠……? あたし学校が……」
生存本能が全力でこの場から逃げろと激しく警鐘を鳴らすのに従って、じわじわと店の出入り口に向かう。
「なに、ちょっとばかし遅刻したところで大丈夫だろ? どうせいつも授業では寝てるんだしな……。それに遅れた分は後できっちり俺が叩きこんでやるから問題ない……」
「それはそれでちょっと遠慮したいかな~……なんて……」
普段はこの国では珍しい黒い瞳を、どうやってか赤く光らせながらそんなことをのたまう師匠。
くっ! 駄目だ! 全く人の話を聞こうとしない! 何か手はないか!? この場を離脱できる手は……!?
何とかこの状況を打開できないか、あたしにしては珍しく必死に頭を回転させる。普段は考えることが苦手なあたしだって、たまにはこうやって考えることもあるのだ。
そんな、どこか現実逃避じみたことを考えながらも、もちろん、その間もじりじりと店の出口に向かうことも忘れない。
そうして師匠に対して説得を試みつつ、もう少しで扉の取っ手に手が届く距離まで来た、その瞬間。
「戦略的撤退!!」
叫びながら、あたしは一気に体ごと振り返って取っ手を掴むと、勢いそのままに押し開く。
――カランコロン
扉に据え付けられた来店を告げる鐘の、軽やかな音を背中に受けつつ通りに飛び出したあたしが、後ろを振り返って師匠が追ってこないことにほっと胸をなでおろした瞬間だった。
「知らなかったのか、馬鹿弟子? 「大魔王からは逃げられない」んだぞ?」
「っ!?」
背後……通りから聞こえてきた聞き覚えのある声に、心臓が口から飛び出しそうになるほど驚きながら振り返ると、そこには予想通りに師匠の姿があった。
「……っ、どうやって……!?」
思わず息をのむあたしに、師匠が自分の足もとを指して見せる。
その指先を追っていった先の、地面に描かれた紫色に光る魔法陣を見て、あたしはようやく師匠がどうやって店から出てきたのかを理解した。
「なんであたしを追いかけるために転送魔法を使ってるんですか!?」
「なに、馬鹿弟子を教育するのも師匠の務め。そのためならば転送魔法どころか極大魔法だってためらいなく使うさ」
ちなみに転送魔法とは読んで字の如く、人や物を瞬時に離れた場所へ転送する魔法で、極大魔法とは魔術師が使うことができる一日一発限定の最高位魔法、らしい。
確か、どちらも使うのがすごく難しいって師匠が前に言ってたっけ……って、そんなことはどうでもよくて!
あたしが一人ボケツッコミをしている間に、師匠は手に持っていた剣を高々と掲げていた。
「さあ、馬鹿弟子……。トイレは済ませたか? 部屋の隅でがたがた震える覚悟は十分か?」
「さすがに女の子にその台詞はないんじゃないかとか弟子をマジで殺す気かとかツッコミどころがありすぎるけどとりあえず師匠ちょっと待っ………………
びにゃあ~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
驚いた近所の人が思わず家から飛び出してくるほどのあたしの悲鳴が、通りに響き渡った。
◆◇◆
「うぅ……酷い目に遭った……」
師匠からの折檻の後、遅刻しながらもどうにか学校に登校出来たあたしは、休み時間になると同時に机に突っ伏した。
ちなみに、あたしが遅刻したことは特にお咎めなしだった。どうやら師匠があたしが登校する前に裏から手を回したらしく、なぜか逆に先生に「事情は聞いています。大変でしたね」という言葉をかけられたくらいだ。
……一体何を言ったし、師匠……。
そんなことを考えていたあたしの全身を、突然柔らかい光が包み込む。この光は魔術師の中でも回復系を得意とするやつが使う、傷を治したりする治癒魔法だ。
「うだ~~~~~~~……」
優しくて暖かい光に心まで癒されてダレるあたしに、上から声が降ってきた。
「カオリちゃん、大変だったね……」
あたしに治癒魔法を掛けながらも、どこか苦笑気味にそういったのは、学校での数少ないあたしの友達で、あたしと同じくらいの身長で(ちなみにあたしの身長は師匠の胸くらいまでしかない)、綺麗な金髪をゆるく三つ編みにして肩から前に流している少女の、アリス・アクィラ。
「いやぁ……マジでヤバかったよ……。あたしの人生の中でも上位に食い込むくらいのヤバさだったね……」
「え? お店のほうが忙しくて遅刻したんじゃないの?」
あたしのセリフに、アリスがきょとんと返す。
……ああ、店が忙しくてその手伝いで遅れたって言ったのか……。
「ウチの店が忙しい? いやいや、ありえないって……
だって、あんな裏路地の辛気臭いところに立ってるんだよ? 胡散臭すぎて客なんて来ないって……。あたしの知る限り、ウチに来た客なんて全部で百人も超えてないって……」
「え……? じゃあ何で遅刻したの?」
店の内情をばらすあたしに、アリスが遅刻の真相を訊いて来る。
「あ~……実は今朝、ウチの師匠を怒らせちゃってさ……。んで、ちょっと折檻を受けてた……
アリス、信じられる? ウチの師匠はあんたと同じでバリバリの魔術師なのに、剣を持たせるとアホみたいに強ぇんだよ……」
「あはは……。カオリちゃんのお師匠様は規格外だからね……」
アリスの言う通り、ウチの師匠は真面目に規格外だ。
魔術師としての腕はもちろんのこと、なぜか剣術でもアホみたいに強い。それこそ、あたしのサポートがなくても剣だけでダンジョンの凶悪なモンスターを倒せるくらいだ。
道具屋の職人としての腕はアレだからおいておくとして、剣と魔法を両方実戦レベルで使える人間なんて、少なくともあたしの知る限りでは師匠しかいない。
そうこうしているうちにヒーリングが終わって、体の調子を確かめるあたしにアリスが苦言を呈してくる。
「あまりお師匠様を怒らせたら駄目だよ? そのうちお店を追い出されちゃうかもだよ?」
「あ~、それは大丈夫。師匠はああ見えて、そういうところは甘いから」
「はぁ……、もういいや……。それよりも宿題やってきた?」
「ん? ああ、低レベルの魔物複数に囲まれたときの対処法のレポートでしょ? やらされてきた……」
「…………カオリちゃんのお師匠様も大変だね」
あたしの言葉に、アリスはなぜか師匠に対して同情する。
もしかしてアレか? アリスはウチの師匠に惚れてるの?
「ち、ちちちち違うよ!?」
「動揺するところがますます怪しい…………。ってか、アリス……、流石にアレはやめたほうがいいよ? だってロリコンで変態で眼鏡が本体だし……」
「最後は絶対に違うと思うよ?」
「いいや、違わないね。だって、時々あの眼鏡から師匠の声が聞こえるし……」
「えぇ~……ホントかなぁ?」
「疑ってるんだったら、今日ウチに来て確かめる? ついでに、今日の師匠からの仕打ちに復讐するから手伝って? 師匠、外面だけはいいから、アリスがいてくれれば絶対にあたしに手出ししてこないし!」
「そんな物騒なことをついでに頼まないで!?」
あたしのお願いにアリスがツッコみ、それからはお互いに他愛もない話に花を咲かせた。
◆◇◆
それからしばらくして今日の授業すべてが終わり、あたしはアリスを連れて店に帰宅する。
「ただいま、師匠!」
「お……お邪魔します……」
「おう、お帰り……っと、今日は友達も一緒か……。アリスちゃんだっけ? ゆっくりしていってくれ」
「は、はい!?」
師匠の歓迎の言葉にアリスが緊張で上ずった声を返すのをみて、あたしは内心でほくそ笑む。
ふっふっふ……、帰り道までにあたしがアリスに師匠がいかに鬼畜で変態で恐ろしいかを刷り込んでおいたからな!
ニヤニヤしたくなるのを必死に我慢しながら、あたしは師匠に声をかけた。
「師匠、アリスが魔法について師匠に聞きたいんだってさ。教えてやんなよ。あたしはちょっと着替えてくるからさ!」
「カオリちゃん!?」
実際はあたしが誘ったから着いて来ただけで、特に魔法について聞きたいことなんてなくて驚くアリスに、あたしは目配せをする。
(着替えて復讐の準備してくるから、それまで足止めしといて!)
(無理だよぉ……)
視線だけで会話を成り立たせて、あたしはその場をアリスに任せて自分の部屋に向かう。
「お前の友達だろうに……まぁいいか。それで? 俺に聞きたいことって?」
「えっと……。あたしの得意な治癒魔法についてなんですけど……」
あたしの無茶振り(そのくらいの自覚はあたしにだってある)に戸惑いながらも、師匠へ質問していくアリスをみて、あたしは作戦が十分に機能していることを悟った。
(ふっふっふ……今のうちにせいぜい鼻の下を伸ばしておくがいいさ、師匠……。もうすぐ、あたしが天誅を下してやる!)
内心でくつくつと笑いながら、あたしは師匠に気づかれないように準備を進めた。
え? 結局どうなったかって?
何でかあたしの計画が師匠にばれて返り討ちに遭いました。
「まったく……この馬鹿弟子が! くだらないことを考えやがって……!」
「ごめんなさい私が悪かったですから許してくだ……ちょっ!? 師匠!? 流石にそれは洒落になら………………
びにゃあ~~~~~~~~~~~~っ!!」