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18人目 師匠の師匠登場!

 天国にいらっしゃる父上、母上。お元気でしょうか?

 いや、すでに死んでいるのにお元気も何もないとは思いますが……。

 とにかく今、私は酷く困惑しています。

 何故って……。今、私の目の前には天変地異の前触れとしか思えないような光景が広がっているからです……。

 正直、こんなことが起こるとは夢にも思っていませんでした。

 一体何が起こっているのかは、私が生きていたらまたお手紙にてお知らせいたします。

 もし死んでいたら……直接お話しますね?

 それではまた……。


 あたしは心の中ですでに死んだ両親へ向けて手紙を書いた後、祈るような気持ちで、もう一度あたしの目の前で起こっている「ありえない事態」へ、そっと視線を向けた。

 しかし、いくら目を擦ろうと、何度頬を叩こうと、さらには現実逃避すらしても、結局目の前で起こっている事態に変化は見られない。

 ……認めざるを得ないのだろうか……。というか、あたしに認めろというのか、この有様を…………。


「いくらなんでも大げさだよ、カオリちゃん……」


 あたしの横で、あたしと同じように目の前の事件を見守るアリスはそう言うけれど、あんたはことの重大さを十分に認識できていない!


「そうかなぁ……。あたしにはそんなとんでもないことには見えないけど……」


 何が不思議なのかと首を傾げるアリス。


「だって…………

 カオリちゃんのお師匠様が、ただ女の人と一緒にいるだけでしょ?」


 それのどこが? と首を捻るアリスに、あたしは師匠と女の人から一時的に目を離して言う。


「それこそが重大事件なんだよ、アリス!

 だって、あの師匠だよ!? 年中彼女がいなくて、童貞でロリコンでメガネで変態の、あの師匠だよ!?

 そんな師匠が女の人と、普通に仲良くおしゃべりをしながらコーヒーを飲むなんて……。これはきっと天変地異の前触れに違いない!!」


 そんなことないんじゃないかな、と呟くアリスをいったん無視して、あたしは何故こんな現場を目撃してしまったのかを思い返した。


 今にして思えば、今朝から師匠は少し変だった気がする。

 普段はただ焼いただけのパンをコーヒーで流し込んで終わりの朝食を、わざわざサラダや目玉焼きまで用意していたし、ぼさぼさのはずの髪も綺麗に整えていた。

 そして極めつけは、あたしを学校に送り出すとき。


「んじゃ、行ってきます、師匠」

「おう、気をつけてな……」


 ここは、まぁいつも通りで、それまでのことはきっと師匠の気まぐれだろうと、店を出ようとしたあたしの背中に、師匠の言葉が投げかけられた。


「ああ、そうだカオリ……。俺は今日、昼から知り合いと会う約束をしてるから、店を閉める。だから今日は、帰ってからの店番はやらなくていいからな……」

「人と……? 引きこもりの師匠が……?」

「だから俺は別に引きこもってるわけじゃ……」

「ああ……、王様ハインリヒさんとこに行くんですね? 分かりました」

「あ……いや……そうじゃなくて……」

「んじゃ、あたしはマジで遅刻しかねないんで行ってきます!」


 真面目に学校に遅刻しそうだったあたしは、強引に師匠の話を断ち切って、そのまま学校に行ったのだけど……、今思えば、あの時師匠の言葉をしっかりと聴いていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない……。


 何はともあれ、その後はいつもと同じような時間を学校で過ごし、師匠が店を休むといっていたので、放課後にアリスと街に寄り道して帰ることにした。

 そうして、アイスクリーム屋で買ったアイスを片手に、アリスと一緒に適当に街を歩いているときのことだった。


「…………あれ? あそこにいるのって、カオリちゃんのお師匠様じゃない?」


 突然、アリスが通りの向かいにあるカフェを指差しながらそう言ってきたので、それに釣られるようにあたしも視線を向け、そしてその異常事態に気付いたのだ。


「…………っ!? 師匠が女の人と!?」


 ありえないはずのその光景を前に、あたしは思わず近くの看板にアリスを引っ張り込んで隠れてしまった。

 そうして事の成り行きを見守りつつ、ようやく話は冒頭に戻ってくる。


「ありえない……。いや、あっちゃいけないことだ……。師匠が女の人と一緒にコーヒーを飲むだなんて事……。アレじゃまるで……」


 その先はあえて口に出さなかった。だって口に出したら、目の前の異常事態を認めてしまうことになりかねないから。

 しかし、そんなあたしの心情を無視したように、アリスが「そうかなぁ」と受け答える。


「カオリちゃんのお師匠様も、普通に男の人だし……。女の人とデートくらい……」

「アリス!」

「ひっ!?」


 禁句タブーを口にしたアリスを、あたしは慌てて怒鳴って黙らせる。

 だって、あの朴念仁で鬼畜な師匠だよ!?

 あんな駄目な人が女の人とデートするだなんて、それこそ天地が逆転するような異常事態……。

 と、ここであたしは一つの可能性にたどり着いた。


「もしかしてあの人は…………、師匠を騙して金を騙し取ろうとしているとか!?

 もしそうだとしたら……ウチの家計がヤバい!!」

「そこは、「お師匠様が」じゃないんだね……」


 アリスの冷静なツッコミを無視して、あたしは隠れていた看板から飛び出すと、そのまま一直線に師匠の下へと向かった。


「カオリちゃん!? 駄目だよ、邪魔しちゃ…………!!」


 慌てて制止しようとするアリスを無視して、途中の通行人を跳ね飛ばしたり、急ブレーキをかけた馬車の御者が文句を言うのを睨みつけて黙らせたりしながら、すぐに師匠の下にたどり着いたあたしは、躊躇うことなく師匠に声をかけた。


「師匠!」

「………ん? ああ、なんだカオリか……。どうした、血相を変えて?」

「あら……。可愛い子ね? あなたのお知り合い?」


 あたしを見た女の人がくすり、と妖艶に笑う。


「ああ、こいつが例の弟子ですよ……」

「……そう、あなたが噂のカオリちゃんね!」


 なぜか嬉しそうに微笑んだその女の人は、急に立ち上がると、その無駄に豊満な胸の脂肪をあたしの顔に押し付けた。


「わぶっ!?」


 突然のことに対処できないあたしを無視して、そのままその女の人はあたしの頭に両腕を回し、さらに胸を顔に押し付け始めた。


「あなたのことは、トーマからよく聞いているわ……。会えて嬉しいわ!!」

「~~~~~っ!!」


 鼻も口も完全に胸の脂肪に塞がれて呼吸ができないあたしが、じたばたと暴れていると、流石に見かねたのか、師匠が援け舟を出してくれた。


「あの……師匠・・……。カオリが苦しそうなんでそろそろ開放してやってくれませんかね? マジでそろそろ死にそうですが……」

「あらあら。私ったら……ごめんなさい……」


 おっとりと謝りながら、女の人がようやくあたしを開放する。


「ぷはぁ…………、はぁ……はぁ……」


 肺に新鮮な空気を送り込みながら大きく深呼吸を繰り返えしながら、あたしは目の前の女の人の無駄に巨大な胸を睨みつける。

 いや、アレはマジで凶器だね……。胸だけに胸器ってか?


「誰が上手いことを言えといった」


 あたしの心のボケに、師匠が律儀にツッコむ。

 …………というか、師匠? 普通に流しかけたけど、さっきこの女の人を何て言いました?


「そういえば、紹介してなかったな……。この人は、「クレイン道具店」先代店主で、俺の道具作りの師匠でもある、カナエ・ラークさんだ」

「カナエ・ラークです。初めまして、カオリちゃん!」

「は……はぁ、初めまして……」


 戸惑うあたしの手を取ってぶんぶんと振り回す、師匠の師匠。

 って「師匠の師匠」って言いにくいな……。


「ああ、私のことはカナエでいいわよ?」


 ぱちり、と器用に片目を瞑ってみせるカナエさん。

 でも……あれ……? 師匠の師匠にしては随分と若いような……?


「ああ、この人はただ魔法で若作りしてるだけで、実際の年齢は……げぶぅっ!?」


 その直後、一瞬で師匠のメガネが吹き飛んだ。

 よくは見えなかったけれど、カナエさんの年をバラそうとした師匠を、カナエさんが高速で殴り飛ばしたらしい。


「女性の年齢を軽々しくバラしたら駄目でしょ、この馬鹿弟子……」

「ごめんなさい私が悪かったです二度としないのでお願いですから殴るのだけは勘弁してください」


 まるで師匠を怒らせたときのあたしと同じような姿勢で師匠が謝り、いつの間にかあたしに追いついたアリスが、隣で「はわわわわ……」とおろおろしていた。


「さて、デリカシーのない馬鹿トーマは放っておいて、私のことを少し話してあげるわね……。そちらのお嬢さんも一緒に、こっちへどうぞ」


 そういってあたしとアリスを手招きしたカナエさんは、近くを通った店員にコーヒーのお変わりと、あたしとアリスの飲み物を適当に頼んだ。


「さっきも言ったけど、私はトーマ(この子)の師匠のカナエ・ラーク。といっても、もうトーマは私からは卒業しているから、元がつくけどね」


 おどけるように言って、運ばれてきたコーヒーで口を潤し、カナエさんは続ける。


「トーマが卒業した後、私はあの店を譲って旅に出たの。だから普段はあちこちの国を旅しているのよ……。それでもやっぱり弟子のことが心配になってね……。こうして時々会いに来て、話を聞くことにしてるの……

 びっくりさせてしまったみたいで、ごめんね?」


 小さく舌を出して謝るカナエさん。


「ったく……年を考え……イエナンデモアリマセン……」


 いつの間にか復活した師匠がツッコもうとして、カナエさんが掲げた右手を見て速攻で土下座をする。

 そんな師匠に小さくため息をついた後、カナエさんは再びコーヒーに口を付けた。


「それにしても、トーマが弟子を取ったと聞いたときは驚いたわ……」

「弟子といっても、カオリ(こいつ)は俺のことを敬う気持ちは一切ないみたいですけどね……」

「それはあなたが師匠としてカリスマ性に欠けているせいじゃないの?」

「ぐっ……それは…………」


 おお、あの師匠が押されてる……。さすが師匠の師匠!


 あたしが変なことに感動していると、カナエさんが突然立ち上がった。


「さて、それじゃそろそろ私は行くわね……」

「あれ? ハインリヒには会っていかないんですか?」

「だって、私が行くとハインリヒ(あの子)ってば驚いて逃げ出そうとするじゃない? 仮にも国王なのだから、部下たちの前で示しがつかないでしょ?

 それに、今回の目的は果たせたのだし……」


 そういって、ちらりとあたしを見たカナエさんは、そっとあたしの耳元に口を寄せて囁いた。


「それじゃ、トーマのことよろしくね? あの子、昔から結構無茶ばかりしてきたから……。しっかりあなたが手綱を取って頂戴」


 こくり、とあたしがうなずくと、満足そうに微笑んだカナエさんは、そのまま自分の足元に転送魔法の魔法陣を展開させた。


「それじゃトーマ。またそのうち会いに行くわね。それまでに彼女の一人でも見つけておきなさい?」

「こんな往来でそんなことを言わないでくれませんかねぇ!?」

「うふふ……。それじゃ皆、元気でね!」


 言いたいことを言うと、さっさと転送魔法を発動させてしまった。

 …………何と言うか、師匠の師匠ってことがよく分かった気がする……。


 そんなことを考えながら、とりあえずあたしは近くを通った店員さんに、大量の食べ物を注文した。 

~~おまけ~~


弟子「ところで師匠……。先代のカナエさんからこの店を譲ってもらったんですよね?」

師匠「そうだけど……?」

弟子「じゃあ何で店の名前が師匠の苗字の「クレイン」なの? カナエさんが店主だったら「ラーク」とかじゃないの?」

師匠「ああ、その辺の事情には、実は深いわけがあってだな…………。アレはそう、今を遡ること、20年ほど前のことだ……」

弟子「あ、話が長くなるならいいや」

師匠「おい~~~~!!」

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