17人目 むしろ犯人たちに同情するよ
それは、俺がちょうど月に一回の、備品修理のために城にいた時のことだった。
いつものように、国王と軽くしゃべりながら修理作業をしていると、携帯している通信魔道具が軽く音を立てた。
現在、この通信魔道具を持っているのは俺と、現在学校の行事で修学旅行に出かけているもう一人だけなので、相手はすぐにわかる。
「……カオリか？ どうした？ なんかやらかしたか？」
『あたしからの緊急通信で、最初にあたしが何かやらかしたといわれるあたりに、師匠の弟子への信頼の薄さが伺えるけど、とりあえずそうじゃなくて……。すんません、師匠……。捕まりました…………』
珍しく神妙な声でカオリが告げてくるけど、俺はその意味が理解できなくて、はてと首をかしげる。
「……捕まった？ それは貴重な遺跡を破壊して地元の警邏隊に捕まったとかそういう意味か？」
『それならまず、師匠へ連絡する前に先生に連絡するって……。だからそうじゃなくて、人質にされたってこと！』
「はぁ！？ 人質！？」
思わず大きな声を上げてしまい、隣で耳をそばだてていたハインリヒが「ぬぉっ！？」と仰け反った。
そんな間抜けな国王を無視して、とりあえず状況を整理するためにしばし黙り込む。
まず、カオリは昨日から学校の修学旅行で、現在隣国へ出かけている。で、確か前に見せてもらったスケジュールによれば、今日は班別で自由行動のはずだ。そして、カオリの発言からすれば、その班別行動中に事態に巻き込まれたとみていいだろう……。
いくら普段は馬鹿弟子で師匠への尊敬の念が欠片もないとはいえ、さすがにこういうシャレにならない冗談はやらないはずだから、弟子のいたずらの線は消える。
あと気になるのは、人質の状況だ。
少なくとも、こうやって通信魔道具を使って連絡をよこしてくるということは、手足などは特に拘束されていないし、目につく武器は取られているだろうが、とりあえずカオリが愛用しているマジックポーチは無事。たぶん、どこかの部屋に閉じ込められているのだろう。
それから、閉じ込められているのは複数人。
人質に取られたのがカオリ一人だったら、ポーチに携帯しているあいつの武器でさっさと扉をぶち破って、逃げ出しているはずだ。もちろんその場合、律儀に俺に連絡をよこすようなことはしない。だが、脱出せずにこうやって俺に連絡をよこしてきたということは、それができないから。つまり、他にも人質がいて、その人質となっている人物は、言い方は悪いかもしれないが、脱出の足手まといとなっているということだ。
下手に脱出を図ろうとしなかったのはいい判断だ。
…………ふむ。おおよその状況がわかってきた。
「とりあえず、お前たちが無事なのはわかった。けが人はいるか？ いるならお前に渡した回復薬で……」
『そんなもんはとっくに済ませたって！ それより、あたしたちを誘拐した奴らは身代金を要求してきてるんだけど……』
「ちなみにどのくらいだ？」
『お一人様、100万Gで全員分合わせて600万G……』
金額を聞いて、俺は何とも微妙な顔になった。
普通、誘拐した時の身代金ってもう少し高額じゃないか？ 少なくとも1000万G以上は要求すると思うんだが……。
あ、ちなみにこの情報源は俺が実際にやったからではなくて、本やなんとなくのイメージでのものなのであしからず。
『あたしも正直微妙っすね。あたしの価値がたったの100万Gだといわれたみたいで……。たぶん、本当はもっと高額を要求したかったんだけど、日和ったんじゃないかと思うんすけどね……』
「ああ……まあ、おおよそそんなところだろうな……。それで？ 要求先は？」
『ちゃんと聞いたわけではないっすけど、学校相手って感じじゃなかったっす……』
「となると……。国相手か……。ということは、恐らく身代金だけじゃなくて、以前に捕まったリーダーの解放とかそういうのも要求に入ってるはずだ……」
『…………ベタっすね』
「ああ、ベタだな……」
『とりあえずあたしはどうしたらいいっすか？』
「そうだな……。俺がそっちに行くから、それまでは大人しくしておいてくれ。ああ……多分、不安になってる生徒たちがいるはずだから、そいつらの気を紛らわすことも忘れるなよ？ お前とアリスちゃんがいれば大丈夫だとは思うが……。それと、通信機は電源を入れたまま、床に置いておいてくれ。俺はその国に行ったことがないから、転送魔法のマーカーに使うから……」
『了解っす。どれくらいで来れそうっすか？』
「今は城だから、一度家に戻って準備をしてからだから、10分くらいで行けるはずだ」
『ちなみに身代金は？』
「悪人に払う金など1Gもねぇよ」
『ですよねぇ～……。あ、でもそうしたら師匠に払う金も……』
「誰が悪人だ！」
『変態ロリコン眼鏡の癖に何を……』
「いい加減、人を犯罪者扱いするのはやめてくれませんかねぇ！？」
『チッ！』
「「チッ！」じゃねぇよ！？ ああもう！ 俺をおもちゃにして生徒たちの不安を紛らわそうとするな！」
『バレてましたか……。てへぺろ！ ……自分でやっといてなんですが、あたしに「てへぺろ」は似合わないっすね……』
「自分でツッコんでたら世話ねぇよ……」
いい加減弟子とのやり取りも疲れてきたので、強引に話を終わらせる。
「とりあえず、お前はマジックポーチに大量に入ってるコッペパンを全員に配れ。人間、腹に何か入れておけば落ち着くからな……」
『……！？ あたしのおやつを……！？』
「いいから、やれ！ それが一番手っ取り早いんだ！」
『むぅ……師匠の命令なら仕方ないか……』
通信機の向こうでごそごそと音がするところからすると、恐らく俺の命令通りにパンを配っているのだろう。
まったく……。普段からこのくらい素直なら可愛げもあるんだがな……。
『師匠……、今へんなこと考えたでしょ！？ あたしの背筋がゾワっとしたよ！？』
「いいからお前は黙ってやるべきことをやれ！！ 準備ができたら連絡するから忘れるなよ！？」
通信機に向かって怒鳴ってから、強引に通話をきると、俺は隣でみみをそばだてていたハインリヒを振り返る。
「……そういうわけだ。悪いが残りの修理はまた今度に。その分の割引はやるから……って何でお前はいつの間にか武装してるんだよ！？」
「今からカオリちゃんを助けに行くのだろう？ 彼女は最早俺の友人でもあるからな……」
「だからといって、国王自ら動いてどうする…………といったところで、どうせお前はいく気なんだろ？」
「当たり前だ」
揺ぎ無い言葉に、俺は何を言っても無駄だとため息をつく。
国王は一緒にダンジョンに潜っていたころから、仲間を大切にする奴だったからな……。
「分かったよ……。とりあえずお前は通信魔法であっちの国に連絡を取って状況を確認してくれ。身代金のこととか人質のこととか、要求のこととかな……。俺はその間に家に戻って装備を整えてくる」
分かった、と頷いてすぐに王宮お抱えの魔法使いを呼び出すハインリヒを横目に、俺は転送魔法を発動させて家に戻ると、必要な装備を整える。
そうして急いで再び王宮へ戻ったところで、目の前でハインリヒが俺に親指を突き出してきた。
「交渉はうまくいった。万事俺たちに任せるそうだ」
「そうか……。それで？ 相手の要求は？」
「それもお前たちの推理どおり、ベタなものだったよ」
肩を竦めるハインリヒに苦笑を返し、俺は通信機を取り出して、カオリに繋げる。
「こっちは準備ができた。今からそっちに行くから通信機を床において離れてくれ」
『うっす……もぐもぐ……んぐ……』
どうやらおやつを食べている最中だったらしく、通信機越しに弟子の咀嚼音が聞こえてきた。
……まったく暢気なものだ。
内心でため息をつきながら、通信機の魔素の流れを掴み、俺は一気に転送魔法を発動させた。
◆◇◆
師匠の言う通りに、通信機を床において少し待つと、突然通信機の回りに見慣れた魔法陣が展開され、やがて師匠が姿を現した。
…………ってなんでハインリヒさんまでいるわけ！？
あたしの驚きに気付いたのだろう、師匠が小さくため息をつきながら理由を説明してくれた。
「お前が通信を寄越してきたときに、ちょうどこいつも隣にいてな……。で、たまには暴れたいから連れて行けと駄々をこねられた……」
そういえばハインリヒさんは昔、師匠と一緒にダンジョンに行ってたし、今でも時々行ってるんだっけ？
そんなことを考えていると、突然、あたしの肩をアリスがつついてきた。
「カオリちゃんカオリちゃん……」
「…………？ どうしたの？」
「いや……あのね？ 私の目がおかしくなってなければ、そこにいるのって国王様……だよね……？」
「ああ、うん……そうだよ。ハイドラ王国国王のハインリヒさんだけど……それが？」
「そんな人をこいつ呼ばわりするカオリちゃんのお師匠様ってやっぱり規格外だね…………」
「ああ、まぁね……。ウチの師匠はもはや妖怪だよね……。妖怪メガネ……」
カオリちゃんも大概だけど、とアリスから聞こえた気がするけど、とりあえずあたしはそれを無視して、師匠に話を振る。
「それで師匠……。作戦は？」
「正面から堂々と出る。出くわした犯人はぶっ飛ばす。んでもって、情報も何もかもをすべて差し出させる。以上だ」
「…………それは作戦とはいえないよな？」
ハインリヒさんのツッコミに、あたしも全力で同意する。
ともあれ、師匠が来てくれたのなら、その作戦も余裕で実行できる。
「というわけでカオリ。やってしまいなさい……」
「あいあいさー」
師匠の言葉に従ってマジックポーチから、最近のあたしのお気に入りの武器「如意ハンマー」を取り出すと、思いっきりそれを扉に叩きつける。
インパクトの瞬間に重さを極大にしたその一撃は、凄まじい音を立てながら扉を固定していた鍵と蝶番を跳ね飛ばして、勢いよく廊下の反対側に突き刺さった。
その瞬間に、「ぷもろっ！？」とか言う変な悲鳴が聞こえた辺り、どうやら扉の前にいた見張りごと吹き飛ばしてしまったらしい。
後ろでアリスや他のクラスメイトたちがぽかんとする気配を感じていると、師匠が突然呪文を唱え始めた。
「…………？」
まだ敵は来てないのにいったい何を？ と首を傾げるあたしの前で、師匠の杖から放たれた光が一瞬で廊下の床に染みこんだ。
「…………魔法が失敗した？」
「違ぇよ……。今のは俺オリジナルの「罠魔法」だ」
その証拠にほら、と師匠が指差した先で、あたしが扉を破壊した音を聞きつけた誘拐犯たちが何事かと駆けつけ、ちょうど師匠が仕掛けた罠魔法がある辺りを踏んだ瞬間。
まるで雷が落ちたときのような音と電撃が誘拐犯たちを襲った。
……うわぁ……。あれ、ギャグ漫画なら絶対に骨が透けて見えるレベルだよ……。
師匠の魔法のえげつなさに、弟子のあたしも流石に引く中、そんなことは気にしないとばかりに扉のほうへと歩み寄ったハインリヒさんが、辛うじて罠魔法を避けた誘拐犯たちを殴り飛ばし、師匠がどっかんどっかん魔法をぶっ放し始めた。
それからしばらくして、やたらすっきりした顔をしたハインリヒさんと師匠、そして驚きで言葉も出ないアリスやクラスメイトたちと一緒に、あたしは無事に監禁場所から脱出した。
ちなみに犯人たちは今回のことがトラウマになったらしく、今は牢屋でリーダーと一緒に大人しくしているらしい。
