16人目 脱出ゲーム
「お……ろ! ……き……!! い……か……弟子……!!」
心地いい眠りに身も心も委ねていたあたしの耳に、誰かの不快な声が入ってきた。
「むぅ…………」
しかし、あたしはその不快な声を無視して、今あたしを包んでいる極上の眠りを選択する。
直情径行を信条とするあたしにはふさわしい選択肢だ。
そんなわけで、上から降り注ぐ鬱陶しい声を無視していると、声の持ち主は今度は、あろうことかあたしの体を揺さぶり始めた。
「いい加減起きろ! この馬鹿弟子!!」
「んぅ…………あたしの極上の眠りを妨げようとするのは貴様か……。許さん……むにゃむにゃ……」
「ものすごく具体的な寝言とか……実はお前起きてるだろ!?」
「そんなことない……。というわけであと10日くらい寝かせろ……くぅ……」
「寝言で会話が成立するとかどんな奇跡だよ!? あと10日って寝すぎだ!! いいから早く起きろ、この駄目弟子!」
「うぅ~ん……さっきからうるさいなぁ……」
そろそろ不快な声を無視することもできなくなってきたあたしは、声のもとを排除しようと、寝返りを打ちながらその声のするほうへ拳を思いっきり突き出した。
その瞬間、手に何か柔らかいものを潰すような感覚が伝わってきて、同時に「はぁいっ!?」というかなり高い声が聞こえた。
一体、あたしが何を潰したのかは知らないけれど、少なくとも不快な声の急所だったらしく、うるさい声も聞こえなくなったので、再びあたしは眠りへと落ちていった。
そうしてあたしが夢見心地になっていると、突然あたしの横で誰かがゆらりと立ち上がる気配を感じた。
「ふふふふふ……。そうか……。お前がそういうつもりならば、こちらとて容赦はしない……。師匠の大事なところを潰したお仕置きも兼ねた、究極の目覚ましをくれてやる……
『大気に眠る同胞たちよ……。我が声を聴き、我に力を貸せ……』」
暗い哂いが聞こえたかと思うと、すぐに詠唱が聞こえ、同時にあたしの横で強力な魔法の気配が立ち上った。
…………あ、なんか嫌な予感がする……。
そう直感してすぐに目を覚まして起き上がり、気配のほうへと向き直ったあたしの目に映ったのは、魔素を練り上げて、杖の先からバチバチと電気を走らせる師匠の姿だった。
「あ、師匠。おはようございます……。ところでなんで杖に電撃魔法を待機させてあたしのほうへ向けてるか教えてもらってもいいっすか?」
「ああ、おはよう……。この電撃魔法はな……とある、寝ぼけて師匠の急所を潰してくれた馬鹿弟子に素敵な目覚めをプレゼントしてやろうという、弟子思いの師匠の心意気だ……」
「…………うわぁ……。いったいどこの弟子なんですか、そんなことをしたのは……?」
「……そうだな。そいつは普段から師匠への尊敬の念がなくて、大食らいで、物を噛まずに飲み込むような大馬鹿野郎だ……」
「そんな奴もいるんすね……」
「そうだな……ちなみに今俺の目の前にいるお前だ!」
「うん! 最初からなんとなく分かっていたし寝ぼけていたとはいえ師匠の大事なアレを潰してしまったことはすごく反省してるからできれば許してほしいとかそこを笑って見逃すのが師匠の懐の広さを見せる機会じゃないかとかいろいろ言いたいけどとりあえずごめんなさい謝りますからその待機させてる電撃魔法を引っ込めてください」
「だが断る!」
「ですよねぇ~…………」
思いっきり断られたあたしは、がっくりと肩を落としながら、迫りくる電撃に覚悟を決める。
「びにゃ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
師匠が放った電撃魔法が直撃したあたしの叫び声が響き渡った。
◆◇◆
「うぅ……ひどい目にあった……。まったくひどい師匠だ……。可愛い弟子に電撃魔法をぶっ放すなんて……」
全身を電撃に貫かれたすぐ後に師匠が即時回復薬を飲ませてくれたおかげで、どうにか復活したあたしは、電撃の影響でまだ逆立っていた髪の毛を整えながら、すぐそばにいた師匠に文句を言う。
そんなあたしに、師匠がため息混じりに返してきた。
「酷いのはお前だ、馬鹿! 人の股間に思いっきり拳を叩き込みやがって……。おかげで、俺の人生で初めてあんな高い声が出たぞ……」
回復薬で何とかなったが、と付け加えた師匠をじっと見つめる。
……師匠はいま何といった?
あたしが師匠の股間に拳を…………?
うげっ……。
気付いちゃいけないことに気付いてしまったあたしは、慌ててポーチから水とタオルを取り出すと、急いで手を洗い始める。
師匠の汚いアレにあたしの手が触れたかと思うと吐き気がするからね。急いで消毒しないと……。
「うん、女子としては正しい反応かもしれないけど、実際に目の前でそれをやられるとそこはかとなく傷つくな!」
師匠がツッコんでくるけど、そんなものは聞こえないとばかりにあたしは手を洗い続けた。
それからしばらくして、ようやく満足いったところで、あたしは改めて周りを見回した。
今、あたしたちがいるのは、もちろん自分たちの家兼売れない道具屋の「クレイン道具店」ではなく、四方をつめたい金属に覆われた奇妙な部屋だった。
机や椅子みたいな調度品が品よく置かれ、照明も明るすぎず暗すぎず、ちょうどいいくらいの量が部屋全体を照らしている。よくよく見れば、壁には本棚やたんすまであり、さらにはベッドまで用意されていて、若干乱れているところを見ると、どうやらあたしがさっきまで寝ていたのはあのベッドらしい。
「…………どこっすか、ここ?」
「さぁな、俺も分からん……」
「…………っ!? まさか師匠! あたしをこんな部屋に連れ込んでエロいことをしようとしてるんじゃ……」
「うん。ありえないから安心しろ、この馬鹿弟子」
疲れたようにツッコミをしてため息をつく師匠。
まったく、この程度で疲れるとは情けない。
「主にお前のせいだからな。あと、話が進まなくなるから、いい加減ツッコまないからな?」
「チッ!」
「…………。とりあえず現状を確認すると、俺とお前は元々素材を取りに来るためにダンジョンへとやってきた……。それは覚えているか?」
あ、本当にツッコまなかった……。
ボケを流されたことに不満を覚えながら、あたしは頷く。
そう、あたしと師匠はいつものようにダンジョンへ師匠が道具作りに使う素材を集めに来ていたはずだ。
「そこで俺たちはダンジョンのトラップに引っかかって巨大な岩に追いかけられて逃げ惑ううちに、別の罠が作動してこの部屋に落とされたわけだ。まぁ、その途中でお前はどこかに頭をぶつけて気を失ったみたいだけどな……」
そういうことらしい。
ちなみにぶつけた頭は、あたしが気を失っている間に師匠が治癒魔法で治してくれたらしく、いつも通りだった。
「さてと……状況確認が済んだなら、さっさとこの部屋から出ようか……」
そういって師匠が壁をぺたぺたと調べ始めた。
「…………? 師匠師匠」
「何だ、馬鹿弟子?」
「何で転送魔法使わないんすか?」
いくら閉じ込められたといっても、転送魔法を精密に操れる師匠なら簡単にこの部屋から脱出できるはずだ。
「ああ……。実はこの部屋に閉じ込められたと分かった瞬間に転送魔法を使おうとしたんだがな……。どうやらこの部屋は結界で覆ってあるらしく、転送魔法が発動しなかったんだ……」
……なるほど。そういうことか……。
あたしはてっきり、師匠が転送魔法を使えることを忘れたのかと……。
「いくらなんでもそこまで耄碌してねぇよ……」
「んじゃあ、何で壁を調べてるんです?」
「ん? ああ、どこかに出口がないかと思ってな……」
「トラップに閉じ込められたんなら、出口なんてないんじゃ……?」
「それこそありえないだろ……。俺たち以外にもここに閉じ込められた奴はいたはずだけど、そいつらの骨も死体も見つからないからな……。骨も何もないということは、仮に閉じ込められた奴が死んだとしたら、それを片付けるために誰かがこの部屋に入ったはずだ。と言うことはどこかに必ず扉があるはずなんだ……」
「でも、もしかしたら外からしかあかない扉とかだったら……?」
「珍しく頭が回るようだが、まだまだだな……。一方通行のものでも、扉があるということはその先は少なくともある程度の空間が広がっているということだ。つまり扉のある部分だけは構造的に薄くなっている。ならばこちらから壊せば外に出られる」
「じゃあ扉を探さなくても、そこらへんの壁を壊せば……」
「阿呆。そんなことをして下手にダンジョンの壁もろとも壊してみろ……。最悪このダンジョンが崩れるぞ?」
とにもかくにも、まずは扉を探すことだ、そういって師匠が壁を調べ、そういうことならとあたしは部屋の中を物色し始めた。
そうしてしばらくして、不自然に部屋に置かれたクマのぬいぐるみが気になったあたしは、とりあえずそれを持って部屋の中央に移動すると、それをぺたぺたと触り始めた。
すると、
『この部屋に閉じ込められし愚かなるものよ……。我が問いに答えよ……。さすればこの部屋からでること、叶うだろう……』
どうやら録音する石が封じ込められていたらしく、無駄に物々しい口調でそう喋り始めた。
「師匠師匠……」
「…………? どうした?」
「何かヒントっぽいやつ見つけたんだけどさ……。いらっとするから潰していい?」
「駄目に決まってるだろ……。貸せ」
あたしの手からぬいぐるみを取り上げる師匠。
どうでもいいけど、師匠とぬいぐるみって似合わないね!
「うん、本当にどうでもいいから、とりあえず黙ってろ」
あたしを横目で睨みつけ、クマの言葉に集中する師匠。
『この部屋に閉じ込められし愚かなるものよ……。我が問いに答えよ……。さすればこの部屋からでること、叶うだろう……。我が問いが分かったならば、部屋の中央でその答えを叫ぶがよい……
では、問うぞ……
「ある人が殺されていました。その人は、とある屋敷の今に倒れていて、胸からは大量の血が流れていました。そしてその人は発見されたとき、右手にナイフ、左手に鋭い氷の槍を持っていました。さて、この人は他殺? それとも自殺?」』
「……………………」
「……………………」
師弟揃って微妙な顔になる。
や、あたしは単純に問題が分からないだけなんだけど、師匠はなんだか疲れたような、アホらしいといった感じだ。
「確かにお前の言う通り、なんかこう……いらっとするな……」
「でしょ? だからさっさと……」
「でもまぁ、とりあえず試すだけ試してみないとな…………」
小さくため息をついて、部屋の中央に移動した師匠は、大きく息を吸い込むと、クマのぬいぐるみに向かって、叫んだ。
「答えは他殺だ!!」
「…………? なんで?」
首を傾げるあたしに、師匠が解説をくれる。
「こいつの問題をよく聞いたか? こいつは最初になんていった? 「ある人が殺されていました」といったんだぞ? ならばその後にどんな状況でどんな風に倒れていたか説明があったとしても、答えはすでに決まってるだろ?」
ああ、そうか。殺されてるんだったら、胸から血を流そうと右手と左手に何を持っていようと、他殺は他殺か……。
あたしが感心したように、ぽんと手を打つと同時に、クマから再び声が聞こえてきた。
『答えは他殺……。正解だ……』
「これで扉が開く……」
『…………これで扉が開くと思った? 残念でした! このクマのぬいぐるみはただの暇つぶしの道具で、そんなんで扉が開くはずないよ? 騙されたね? ぷ~くすくすくす! クマのぬいぐるみに向かって全力で話しかけるとか、間抜けだね!』
突然、けたけたと笑い出したクマのぬいぐるみに、師匠は全身をプルプルと震わせる。
あ、やばい。師匠がマジでキレた……。
長年一緒に暮らしているあたしには分かる。アレは師匠がマジでブチキレたときのサイン。
その証拠に、師匠は力いっぱい壁にクマのぬいぐるみをたたきつけると、全身の魔素を練り上げながら杖をクマのぬいぐるみへと向けた。
「…………って師匠!? そんなことをしたらダンジョンが…………!?」
「こんなクマのぬいぐるみなど、ダンジョン後と消えてなくなってしまえばいい……
…………消し飛べ! 極大魔法!!」
その日、魔王アルベルト・イーグルの元に、ダンジョンが一つ崩壊したと連絡が入った。
~~おまけ~~
魔王「店主殿……。先日、店主殿が探索していたダンジョンが突然崩壊したらしいが、何か心当たりはないか?」
店主「さて? きっとどこかが脆くなっていたんじゃないか? ダンジョン管理は魔族の仕事だろう? きちんと管理してもらわないと困るんだがな……」
弟子「うわぁ……師匠がすっとぼけてる……」
 




