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15人目 勇者と魔王の初デート

「やあ、待たせてしまったかな?」

「いいえ、私も今来たところですから大丈夫ですよ?」

「そうか、それはよかった。それじゃ行こうか?」

「はい」


 恋人同士の定番のやり取りを交わして、仲睦まじく手を繋いで歩いていく、とあるカップル。

 ……と言うか、ウチの店で待ち合わせしておいて、定番の「まった? ううん、今来たところ」をやりたいから、王都の中央広場で実際にやってみるとか……。この二人はアホなんだろうか……。

 師匠と同じで。


「おいこら馬鹿弟子。誰がアホだ!」

「えっ!? 師匠、自分のこと理解できてなかったの!?」

「やかましい!」


 小声で器用にあたしにツッコんだあと、師匠は改めて目の前を歩く一組の男女に目を向けた。

 それに釣られるように目を向けたあたしの視界に入るのは、見ているこっちが胸焼けしそうなほどの光景で、耐え切れなくなったあたしはふと目を逸らした。


「ところで馬鹿弟子さんや……」

「……何ですか、エロ師匠?」

「何で俺たちは、アルベルトさんとクリスさんのデートの後を尾行しているんですかね?」


 エロ師匠という単語を無視した師匠のその問いにはすぐに答えず、あたしはそろそろ気持ち悪くなってきそうな目の前の二人――勇者と魔王のデートの光景に目を向けながら、ぼんやりと少し前のことを思い出した。




◆◇◆




 その日、学校が休みだったあたしは朝から師匠の言いつけによって、店のカウンターでいつものように暇な時間を過ごしていた。


「うだ~~~~……ひまだ~……。遊びに行きたい……」


 寂れすぎて客が一人も来ない店内は、暇つぶしをするものが何もなく、かといって師匠をからかおうにも、師匠は朝から工房に篭って新作のアイテムを作るとか言ってたから、きっと今日は一日出てこないし……。

 本当はこんなところに篭ってないで遊びに行きたいのだけど、生憎あたしの数少ない友人のアリスは家族と用事があるから今日は無理だといっていたし……。


「暇だ……」


 誰も居ない店内に向かってぽつりと呟きながら、あたしはとりあえず手元に置いておいたコッペパンを適当な大きさにちぎって飲み込む。

 師匠が見ていたら絶対に怒るだろうその行為を、誰にはばかることなくできるというのは嬉しいことなのだけど、だからといってあたしのこの退屈がなくなるわけじゃない。


「…………仕方ない。とりあえず師匠が作った作品で少し遊んどくか……」


 店内にずらりと並べられた武器や防具、薬の数々を見回しながら呟く。

 遊ぶ、とは言うけれど、これは立派な業務内容なのだ。

 実はあたし、この店に並べられた商品に付随する効果のほとんどを知らない。

 だからこれは、その効果を調べることによって、もし、仮に、何かの間違いで客が入ってきて、効果の説明を求められたときのために、把握しておかなくてはならないのだ。

 いや、ぶっちゃけ、どういう効果があるかなんてのは、商品のところに書いてあるんだけど、実際にそれを使ってみないと分からないこともあるのだ。


 誰に向けたわけでもない言い訳を並べながら、とりあえずあたしは手近にあった二つの瓶を手に取る。

 師匠の意外にも丁寧な字で書かれた説明によると、これは二つの瓶の中に満たされた液体同士を混ぜ合わせることによって閃光を発生させ、魔物や盗賊たちからの逃亡を助ける効果があるらしい。


「ふむ…………。これはぜひとも師匠・・で実験してみなくては……」


 にやりと笑ったあたしは、早速、これまた手近にあった遮光眼鏡を付けながら、そっと工房へ続く扉を開ける。


 ……え? 自分で試してみればいいじゃないかって?

 嫌に決まってるだろ? だって師匠が作ったものだよ? 自分で試したらどんな目に遭うか……。

 師匠はほら、大概人間離れしてるから大丈夫でしょ。


 そんなことを考えつつ、あたしは気配を消しながら師匠がいる工房へゆっくりと降りていくと、無防備に背中を晒している師匠に声をかけた。


「師匠……」

「……ん? どうしたカオリ? 客でも来たか?」


 あたしが声をかけたことで、一瞬だけびくりと背中を振るわせる師匠。

 相変わらずヘタレでビビリだな。まぁ、今はどうでもいいか。


「いや……客は相変わらず来ないっす。そうじゃなくて、ちょっと宿題で分からないところが……」

「ほう……? お前が自主的に宿題をやるとか、珍しいこともあるもんだな……」


 あたしの嘘に見事に騙されて、師匠が何の警戒もなくゆっくりと後ろを振り返る。

 馬鹿め! 今だ!!


 師匠の顔が完全にこっちを向いた瞬間を狙って、あたしは手に持っていた二つの瓶を床に叩きつけた。


 ぱりん、という軽い音共に瓶が割れ、中に入っていた液体が飛び散って混ざり合う。

 その瞬間、薄暗い工房を白く染め上げるほどの閃光が迸る。


 遮光眼鏡をかけたあたしですら、その眩しさに思わず顔をしかめるほどなのだから、直撃を食らった師匠はきっと……。

 そう思いながら、光が納まるのを待って遮光眼鏡を取ったあたしの目に写ったのは、鬼の形相をした師匠の姿だった。

 ……あれ?


「カオリ……、いやさ馬鹿弟子……。貴様…………」

「あれ!? 何で師匠平気なの!?」


 驚くあたしに、師匠は自分の額を指差して見せる。

 そこにあったのは、果たしてあたしが持っていたのと同じ、遮光眼鏡だった。


「俺は基本的に工房にいるときは遮光眼鏡こいつをつけてるんだよ。眩しい光がいつ発生してもいいようにな……」


 ……っ!? やられた!

 そう思ったときには時すでに遅く、ゆらりと師匠が近づいてきた。


「この馬鹿弟子!! 勝手に店の商品を持ち出すんじゃない!!」

「そっち!?」


 普通は師匠に悪戯したことを怒るんじゃ!?


「何年お前と一緒にいると思ってるんだ? お前の考えてることくらい、お見通しに決まってるだろ!」


 なん……だと……!? あたしの考えを全部!?

 さすがは変態ロリコンストーカーエロ眼鏡。


「誰が変態ロリコンストーカーエロ眼鏡だ!」


 あたしの考えをマジで読んだ師匠がツッコんできた。

 やべぇ……あたしの師匠、まじでやべぇ……。


 あたしが今更ながらに師匠の恐ろしさに戦慄していると、店のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ごめんください……」

「は~い! 今行きます!」


 師匠の説教から逃れるチャンス、とばかりに階段を駆け上って店内に出ると、そこにいたのは魔王アルベルトさん討伐で忙しいはずの勇者クリスさんだった。


「おや、クリスさん。今日は何をお求めで?」


 同時に店の中に出てきた師匠が、接客モードで相対する。


「ああ……いえ……その……、実は今日はお客ではないのです……」


 クリスさんの言葉に、あたしと師匠が揃って首を傾げる。


「その……ちょっと言いにくいのですが……。実は今日は、アルさんとデートの約束をしていまして……。それでその……待ち合わせ場所がここなんです……」

「…………そりゃまたどうして?」


 あたしが聞くと、なぜかクリスさんは恥ずかしそうに頬を染めた。


「その……、私と彼が共通で知ってる場所がここしかなくて…………」

「ああ、そういうことですか……」


 自分の店がデートの待ち合わせ場所にされたことに、師匠は特に怒ることもなく、それどころかコーヒーを入れてもてなす。

 これが普通の店だったら怒られるのだろうけど、生憎この店は客が来ることもほとんどないし、店主の師匠からして、わりとぬるい性格なので構わないということだろう。

 それに、魔王と勇者が仲良くしていればその分世界は平和なわけだしね。


 そうこうしているうちに、クリスさんの待ち人――魔王アルベルトさんが店にやってきて、そのままデートへと出かけていく二人の背中を見送りながら、ふとあたしは考えた。


 もしデート中に二人が仲違いしたらヤバくね?

 二人は魔王と勇者なんだし、下手にケンカしたら、軽く王都くらい滅ぶんじゃね?


 そのありえなくもないかもしれない未来を想像したあたしは、慌てて師匠を引っ張りながら、二人を追いかけた。




◆◇◆




 こうして話は冒頭に戻るわけだけど、二人のデートが始まって早半日。

 今のところ、二人は魔物を鑑賞できる魔物園に行ったり、自然豊かな公園でのんびり散策したり、どうやらクリスさんお手製らしいお弁当を、見ているこっちの背中がかゆくなるくらい仲良く食べたりと、ちょっとしたバカップルになりながらも、おおむね平和な様子だった。

 ちなみにあたしと師匠の昼飯はと言うと、二人を監視できる場所にあるレストランでの食べ放題で、本来取り分けるべき大皿に乗った料理を丸ごと食べたことが原因だったのか、出入り禁止を喰らってしまった。


 そんな些事はさておいて、お弁当を食べ終えた二人が、のんびりと王都の露店を回っていたときにそれは起きた。


「ようよう、ねぇちゃん。そんな冴えない隣の奴といないで、俺たちといいことしようぜ?」

「げひひひ。あんた可愛いから、俺ら特別にいろいろ楽しませちゃうよ?」

「そんなわけだから、野郎は邪魔だ! 消えろ!」

「そうそう。怪我しないうちに消えたほうがいいぜ? 何せ俺たちはこのあたりでも有名な悪の集団、「デコピン団」だからな!」


 下卑た笑みを浮かべながら、アホ丸出しの顔で複数の男たちがクリスさんとアルベルトさんを取り囲み、クリスさんをナンパしだした。


「師匠。どうでもいいけど、デコピン団って何かダサくないっすか?」

「……きっとおつむが残念なんだろ? とりあえず助けに行くか……」


 ため息をつきながら、師匠が隠れていた物影から出て行き、あたしもそれに続く。


「おうおうおうおう。なんだてめぇら? そっちのお嬢ちゃんも仲間に入りたいのか?」

「ちょっと小っちぇけど、顔はまぁまぁだな。いいぜ、俺たちが遊んでやるよ」


 あたしを見てさらににたにた笑う変態どもは、師匠といい勝負かもしれない。


「誰が変態だ、この馬鹿弟子!」

「……というか、なぜ店主と弟子殿がここにいるのだ?」

「それは……まぁ、偶然?」

「そうなんですか。良かったらこの後、四人で遊びませんか?」

「……二人きりじゃなくていいんですか、クリスさん?」

「か……カオリちゃん! 大人をからかわないでください!」


 デコピン団たちを無視して会話を繰り広げるあたしたちに、気を悪くしたのだろう。

 彼らの表情が一斉に曇り、「調子に乗るな」とか「ヤっちまおうぜ!」とか、馬鹿丸出しのセリフを吐き出している。


「まぁ、なんにしても、とりあえずこのダサい名前の悪の組織とやらを片付けてからにしましょうか……」


 師匠の痛烈な皮肉に、遂に我慢の限界を超えたのだろう、デコピン団が一斉に襲い掛かってきたけど、ケンカは相手の実力を見て売った方がいいと思う。

 何せこっちは現役の魔王に勇者、そしてバケモノの師匠とあたしと言う、メンバーなんだから……。




 それから五分後。

 どうやら人ごみに紛れていたらしい、デコピン団の構成員も含めて全員を文字通り叩き伏せたあたしたちは、ダサい名前の悪の組織を駆けつけた警邏隊に引渡して、その場でアルベルトさんとクリスさんと別れた。


 後で聞いた話では、微妙なハプニングこそあったものの、デートはおおむね成功したらしく、あたしと師匠はホット胸を撫で下ろしたけど、どうやらすでに次のデートを計画しているらしいので、まだまだ予断は許さないようだ。

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