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13人目 魔王と勇者の出会い

 その日、王都の路地裏にひっそりとたたずむ、この「クレイン道具店」は、(事情を知る者にとって)非常に危険な空気を孕んでいた。

 その原因となっているのは、この店では貴重な常連である二人の客。

 一人は、ダンジョンで知り合って以来、妙にこの店の道具を気に入って、時々師匠のアレなアイテムを買っていく勇者のクリスティーナ・ホルスさん。

 ここ最近は魔王軍の攻勢に対処するために忙しかったらしく、クリスさんの姿を見るのは久しぶりだ。


 そしてもう一人の客は、どうやってこの店を知ったのかは分からないけど、ある日突然現れて、やっぱりなぜか師匠のアレなアイテムをすっかり気に入ってしまった男、アルベルト・イーグルさん。

 実はこのアルベルトさん、現在絶賛人間界進行中の魔王軍の長、つまりは魔王なのだという。


 あたしと師匠がそのことを知ったのは最近のこと。

 ある日、いつものようにアルベルトさんが何の脈絡もなく店を訪れて、適当に師匠の作品を物色していたら、乱暴に店の扉を開けて、頭に角が生えた、肌が青い魔族の人が入ってきてこういったのだ。


「やっとっ見つけましたよ、魔王様! まったく、仕事をさぼってなぜこんなところにいるんですか!?」


 その瞬間、店内の空気が凍りついたのをよく覚えている。

 いやぁ、あの時は真面目にビビったね。

 だって、いつも店にやってくる少し変な人が「魔王様」だなんて呼ばれたんだよ?

 しかも明らかに魔族と分かる人に。

 最初は何かの冗談かとも思ったけど、あたしや師匠が思いっきり警戒した魔族の人に、警戒心を見せるどころか何やら慌てたように言い訳を並べたてるアルベルトさんを見て、本当の魔王かどうかはともかくとして、少なくとも魔族に深いかかわりを持つ人であることを実感させられた。


 ともあれ、アルベルトさんを説教する魔族の人から放たれるプレッシャーに、あたしは全身で警戒しながら傍らの師匠に声をかけた。


「師匠……」

「ああ、分かってる。相手はまだこちらに意識を向けてないが、いつ攻撃を仕掛けてくるかわからないからな……。いつでも動けるように注意しておけよ?」

「了解っす。いざとなったら師匠を囮にしてあたし一人で逃げ出します」

「うん、さらりと人を囮にしようとするな!」

「師匠は可愛い弟子のあたしに囮になれというんですか!? この鬼畜! ロリコン! 変態! メガネ! エロ師匠!」

「相変わらず流れるように罵倒が飛び出るな、お前は! 少しは師匠を敬えませんかねぇ!?」

師匠あんたに尊敬できる部分があればそうしてやるよ!」

「なんで上から目線!?」

「というか、師匠……」

「何だよ……?」

「何かあたしたち、注目されてませんか?」

「…………?」


 あたしの視線に釣られるように、師匠もあたしと同じ方向を見て、ひくりと頬をひきつらせた。

 あたしたちが見たのは、さっきまで怒涛の勢いで説教していた魔族の人のぽかんとした顔と、その人に怒られていた(たぶん)魔王のアルベルトさんの、笑いをこらえて震える肩だった。


「ぷくくく……、あっはっはっはっは!」


 ついに堪えきれなくなったのか、盛大に笑うアルベルトさん。

 よほどあたしたちのやり取りがツボに入ったのか、そのまましばらく笑い続けていた。


「いや、すまない。君たち人間の敵のはずの魔族が目の前にいるっていうのに、二人があまりにもいつも通りだったから……

 ……っげほっ! げほっ! ……はぁ、はぁ……」


 どうやら咽たことで笑いが落ち着いたらしく、軽く咳払いをしたアルベルトさんが改めてあたしと師匠へ向き直った。


「さて、それでは改めて自己紹介をしよう

 俺の名はアルベルト・イーグル。一応、魔王なんてものをやっている……とはいっても、ぶっちゃけ俺は穏健派なんだけどな!」

「ぶっちゃけすぎです、魔王様!」


 アルベルトさんの爆弾発言に、さっきまでアルベルトさんを説教していた魔族の人が血相を変える。


「なんでそんな魔王軍こちらの内情を漏らすんですか!?」

「え~? だって俺、ぶっちゃけ人間たちを滅ぼしたくないもん……。つうか、むしろ小説とか漫画とかカジノとか、他にも性能は抜群だけどちょっとアレなアイテムを作り出す、ここの主人とか、人間は魔族おれたちよりも素晴しいものを生み出す力があるんだから、滅ぼすなんてあり得ないじゃん?」

「確かに私も穏健派で、魔王様のそんな考えに賛成だけど! だからと言って内情を漏らすようなことをしたら、人間たちに付け入る隙を与えてしまうでしょ!?」

「もうあれだ。いっそのこと、俺が強硬派の連中を全滅させちゃえばいいんじゃね?」

「よくねぇよ!? あんたは魔族の半分を滅ぼすつもりか!?」

「じゃああれだ。強硬派の連中を洗脳して、俺の傀儡にしてやれば……」

「だめに決まってるでしょ!? 何その悪の魔王的発想!?」

「だって、実際に俺、魔王だし?」

「ですよねぇ~……」


 ツッコミ疲れたのか、魔族の男の人がぜぇぜぇと息を切らし、アルベルトさんが何かをやりきったような顔をする。

 そんなアルベルトさんに自分と似た空気を感じたあたしは、アルベルトさんと一緒に固い握手を交わす。

 そしてふと横を見れば、どうやらウチのだめ師匠もツッコミをしていた魔族の人と感じるものがあったのか、お互いに慰めあっていた。

 きっと、同じメガネだし、ツッコミだし、同族とみなしたのだろう。


 何はともあれ、ここ最近になって頻繁に顔を出すようになった常連客が実は「魔王で穏健派でついでにボケ担当」という衝撃的な事実から立ち直った師匠が、小さくため息をつきながらこう言った。


「まぁ、正直あんたが魔王だろうと王様だろうとどうでもいいけど、この店で暴れた瞬間に俺はそいつを客とは扱わないからそのつもりで。逆にそれさえ守れば、相手がだれであろうとこの店の物は売ってやる」


 とまぁ、こんな感じで師匠の許可が下りて、この「クレイン道具店」に常連客が一人加わった。

 ぶっちゃけ、なんで師匠が上から目線で許可を出してるのかってツッコみたかったけどね!




◆◇◆




 そんないざこざがあった日から数日後の今日、いつものように店に顔を出してきたアルベルトさんが、店内で適当に商品を見回っている最中に、久方ぶりにクリスさんが店にやってきて、ようやく話は冒頭に戻る……のだけど……、正直、この空気の中にいるだけで辛いっす、師匠。


「安心しろ、馬鹿弟子。俺も同じだ」


 どうやら師匠はこの空気に充てられたのか、胃のあたりを押さえている。師匠は胃にきてるらしい。

 だけど、今回ばかりは師匠のことをヘタレとは言えない。

 何せ、あたしたちの目の前で対峙しているのは、勇者と魔王という天敵同士の存在なのだ。

 今でこそ、お互いに素性を知らなくて膠着状態だけど、何かのきっかけでその均衡が崩れてしまえば、この店はあっという間に戦場になってしまうだろう。

 自然、ごくりと喉を鳴らして緊張するあたしへ、師匠が声をかけてくる。


「カオリ……、念のためにいつでも武器を取り出せる準備をしておけ……。俺は被害が回りに出ないように、結界を張っておく……」

「了解っす……。けど、実際戦闘になるんですかね?」

「…………分からん……。今は二人ともお互いの素性を知らないが、何かのきっかけでその素性がばれれば……」

「でも、少なくともアルベルトさんは穏健派で人間と仲良くしたいって思ってるんですよね?」

「ああ……。けどな、それが勇者側……つまりクリスさんに伝わってると思うか? あの人は友達を魔族に襲われてるし、他にも同じような村や町を見てきたはずだ……。そんな、いわば極悪非道な魔族たちの親玉が目の前にいると知って、クリスさんが切りかからないといえるか?」

「ああ……ですよねぇ~……」

「だからまぁ、俺たちも相応の対応を……っと……、話してる間に状況が動き出しそうだ……」


 師匠の言う通り、店内で鉢合わせした勇者と魔王が、お互いにゆっくりと歩み寄っていく。

 二人の距離が縮まっていくほどに、あたしと師匠の緊張感もどんどんと高まっていく。

 そうしてクリスさんとアルベルトさんの距離が1メートルを斬ったところで、二人が同時に口を開いた。


「君は…………まさか……!?」

「あなたは……まさか……!?」


 成り行きを見守るあたしの横で、師匠がポーチから取り出した刀の柄に手を掛ける。

 そして。


「以前ぶつかってしまった人じゃないですか! また会えましたね!」

「あの時はろくにお礼も言えずにごめんなさい」


 魔王が勇者に微笑みかけ、同じように目を細めながらクリスさんがアルベルトさんに小さく頭を下げる。


…………ん?


 そのまま和やかに会話を始める二人を見て、あたしは思わずぽかんと間抜けな顔になってしまう。

 そしてふと、隣を見れば、師匠も同じような顔をしていた。


「師匠……アホみたいな顔してるっす……」

「うん、お前もだからな?」


 いつものやり取りを軽く交わすあたしたちの横で、さらに事態は混乱の極みへと加速していた。


「ああ、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。俺はアルと言います……」

「私はクリスです」

「クリス……綺麗でいい名前ですね……」

「あ、ありがとうございます……。アルと言う名前もとても素敵だと思います……」

「あ……どうも……。そ……それじゃクリスさん……。提案があるんですが……」

「はい、何でしょう……?」

「その……俺と付き合ってくれませんか?」

「…………はい、喜んで!」


 頬を染め、目の前でハグをする二人。


「何ぃぃぃいいいいいいいぃっ!?」

「はぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!?」


 その横で、あたしと師匠の叫びが店内に響き渡った。


 こうして、魔王と勇者と言う異色にも程があるカップルがこの世に誕生した。

~~おまけ~~


馬鹿弟子「師匠! 大変だ! 魔王と勇者が恋人同士になった!」

眼鏡「ああ、俺も俄かに信じられない。まさか俺の店でこんなことが起こるなんて……」

馬鹿弟子「あたしもびっくりだよ! 魔王と勇者が付き合うことになるなんて……。師匠なんてまだ嫁も恋人もいないのにね!」

眼鏡「大きなお世話だ!!」

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