12人目 カジノ!
「師匠! カジノつれてって!!」
「か……カオリちゃん!?」
学校から友人のアリスと帰ってきたあたしが放った、店の扉をあけた後の最初の一言に、アリスが驚いたような声を上げる。
「駄目だよ、カオリちゃん! まずはどういった経緯でそうなったのか、どういう目的なのかをきちんと説明しないと……」
「真面目だなぁ、アリスは……。んなもん、別にどうだっていいって。だってウチの師匠だよ?」
「いくらカオリちゃんのお師匠様でも、説明無しだと……」
あたしとアリスが店の入り口に立ったまま言いあっていると、師匠が工房からのっそりと出てきた。
それにしても相変わらず師匠はでかいな……。あたしなんて、師匠の胸くらいまでしか身長がないのに……。
よし、なんだか腹立つし、後で師匠を半分くらいに斬っておこう。そうしよう。
「人を食材みたいに気軽に切り刻むな! この馬鹿弟子! あと帰ってきたらまずは「ただいま」だろうが!」
「ぎゃん!?」
ツッコミと共に飛んできた師匠の拳骨が頭に直撃して短い悲鳴を上げるあたしに小さくため息をついた後、アリスの存在に気付いた師匠が小さく頭を下げた。
「まったく……すまないな、アリスちゃん……。見苦しいところを見せてしまって……」
「い……いえ……大丈夫です……」
どうやらアリスは以前あたしが吹き込んだ師匠の(主に悪い)話をまだ信じているらしく、師匠の視線から逃れるようにあたしの後ろに隠れた。
ふふん、ざまぁみろ! とようやくダメージから立ち直ったあたしが立ち上がると、師匠は一瞬だけあたしを睨みつけた後、深くため息をついた。
どうでもいいけど師匠、最近ため息多くね?
「誰のせいだと思ってるんだ! ったく……。まぁいい。それで? カジノがどうとか聞こえたが?」
「そう! そうだよ、師匠! あたしたちをカジノに連れてって!」
「だからカオリちゃん! まずは何でそんな必要があるのかきちんと説明しないと……」
アリスが戸惑いながら最初と同じことを言うけれど、甘いな。相手は仮にもあたしの師匠だよ?
どうせ、何も聞かずにOKしてくれるって。
「そんなことないと思うよ!? 普通はちゃんと説明しないと……」
「分かった」
「ほら! …………って……え?」
自分の言葉を遮るような師匠の返事に、アリスは一瞬だけぽかんとした後、すぐに復活して師匠に問いただす。
「い……いいんですか? 理由も何も聞かずに……?」
「まぁ、理由は何となく想像できるからな……。多分、学校のイベントでクラスでカジノをすることになって、さらにはカオリとアリスちゃんはカジノのディーラーをやることになったとかそういう感じだろ?」
「何で分かるんですか!?」
師匠の口から飛び出した正解に驚いたアリスのツッコミに、あたしが答える。
「んなもん、分かって当然だって。だってあたしの師匠だよ? どうせ、あたしたちの後をストーカーして学校のことを調べたに決まってるじゃん」
「んな真似したことねぇよ!」
「え? だって師匠、ロリコンで変態でドMで眼鏡が本体だろ?」
「だからそんな謂れの無い悪口はやめろ! しかも何か増えてるし!」
いつも通り始まったあたしと師匠のボケとツッコミを目の当たりにしたアリスが、なぜか疲れたようにため息をついた。
「まぁもういいです。そういえばカオリちゃんのお師匠様は規格外でしたし……」
「うん、アリスちゃんも人をバケモノ扱いするのはやめようか」
アリスに控えめにツッコんだあと、師匠は「とにかく」と強引に話を切り替えた。
「とりあえず俺は準備してくるから、二人はキッチンでコーヒーでも飲みながら待っててくれ。すぐに行くから……」
そういって自分の部屋に戻っていく師匠を見送った後、あたしとアリスはキッチンで適当にコッペパンをコーヒーで流し込みながら師匠を待つことにした。
「カオリちゃん! ちゃんとパンは噛んでから食べないと駄目だよ!?」
「甘いな、アリス! あたしにとってはコッペパンなど飲み物と変わらないのさ!」
「駄目だこの子! 早く何とかしないと! お師匠様早く戻ってきて!?」
◆◇◆
それからしばらくして、あたしたちがやってきたのはハイドラ王国王都にいくつかあるカジノの中でも最大級を誇るカジノだった。
あたしたちが通う学校全体よりもなお広いホール全体を、天井から吊り下げられた幾つもの照明が明るく照らし出し、そのホールのいたるところに置かれたゲーム台にはたくさんの人が群がっていて、かなりの賑わいを見せていた。
「さすが、国内でも最大級のカジノだな……。休日だったり何かイベントがあるわけでもないのにこれだけの賑わいを見せるとは……」
服装規定があるとかで、普段の冴えない恰好からスーツに着替えた師匠が呟く。
どうでもいいけど、師匠のスーツ姿にあわねぇ……。
ちなみに、あたしとアリスは学校の制服がそのまま正装として使えるので、制服のままだ。
「さて、それじゃ早速取材といきますか!」
意気込んだあたしは、師匠へ何も言わずに手を差し出す。
それだけで何を言いたいのか分かったらしく、師匠は財布から10000R紙幣を何枚か取り出し、あたしとアリスに渡してくれた。
「わ……私もいいんですか?」
「まぁ、ここまでつれてきた挙句、馬鹿弟子は遊ぶ気満々なのに、アリスちゃんだけ指をくわえてみてるってのも可哀想だしね」
「そんな……私は……」
「いいから受け取っときなって! 師匠がいいって言ってるんだから! 師匠からお小遣いを貰ったって思えばいいんだよ」
「まぁ、そういうことだから気にせず行ってきな?」
あたしと師匠が気にするなって言ってるのに、それでもまだ「でも……」と遠慮がちになるアリスの背中を強引に押しながら、あたしは貰ったお金をチップに買える換金所へ向かった。
そうして、カップに入ったチップを眺めながら、あたしは師匠に向かってにやり、と笑いかけた。
「そうだ、師匠。せっかくだから勝負しよう! 二時間後にここに集合してよりチップを多く増やしたほうの勝ちってことで」
「…………ほう? どうした? お前にしては珍しく強気だな……? ちなみに何を賭けるんだ?」
「そうだなぁ……。んじゃあ、勝ったほうの言うことを何でも聞くで」
「ふむ……いいだろう」
師匠が勝負に乗ってきたことで、あたしはさらににやりと笑う。
くっくっく……。師匠は気付いてないみたいだけど、あたしは師匠が着替えてる間に、師匠が作ったアイテムや素材を多く入手できるようになる「幸運上昇薬」をかっぱらってきたんだ。
こいつがあれば、カジノで大もうけした上で師匠に言うことを聞かすなんて……。
「ああ、ちなみに言っとくと、お前が持ってる「幸運上昇薬」だけどな。実はそれは上昇する確率があってな? その確率に外れると瞬時に毒薬に変わって死ぬという副作用があるんだ。飲むときは気をつけろよ?」
「うえっ!? 何で!?」
「その「何で?」が「どうして分かったか」という意味ならば、お前の考えなんてお見通しだという答えになるし、「何でそんな副作用が?」という意味ならば分からん。作ったときに勝手にそういう副作用ができたんだ」
師匠の回答に、あたしはポーチから取り出した「幸運上昇薬」をしばらく見つめた後、そっとアリスに押し付けた。
「何で私に渡すの!?」
「いや……ほら、この中で一番幸薄そうなのはアリスだからさ……」
「酷いよ!? あと私も要らないよ!?」
「そんなこといわずに……。ほら、ぐいっといきなって! 大丈夫。たとえ毒に変わっても師匠が解毒してくれるから!」
「私で薬の効果を確かめようとしないで!?」
むぅ……そこまでごねるなら仕方ない……。
「師匠……」
「俺は間違っても飲まないからな?」
「……チッ!」
「「チッ!」じゃねぇ!」
ぽかり、と頭を殴られたあたしの手から薬を奪い取った師匠は、それを自分のポーチに仕舞いこんだ。
ぐぬぬ……頼りの薬を封じられたのは痛いけど、まぁいいや。師匠は運ないし……。
ともかく、この勝負はあたしが貰った!
そしてあたしたちは、それぞれ好きなゲームへ向かって突撃していった。
それから一時間後。
「……おかしい……」
どうやら今日のあたしは割りと運が良かったらしく、それなりのチップを稼いだ後で敵情視察とばかりに師匠の様子を見に来たのだけれど、なぜか師匠はこの一時間であたし以上にチップを稼いでいた。
今もまた。
「…………上乗せだ」
手元のチップをさらに追加する師匠。
途端、師匠と同じテーブルについていたほかの客とディーラーが驚き、師匠の周りで観戦していた客たちがどよめく。
ちなみに今、師匠がやってるゲームはブラックジャック。
靴下や筒状の布に、砂やコインや石を詰め込むことでできるお手軽な武器……ではなく、闇医者のことでもなく、普通にカードの合計を21に近づけたほうの勝ちと言うゲームだ。
普段の師匠では考えられないくらいの強気なスタイルにあたしが驚いている間にも、ゲームは進んでいく。
「では、カードをオープン」
ディーラーが宣言しながら、自分の手札をめくる。「10」となる絵札と、スペードの「8」の合計「18」。悪くない数字だ。
それに対して、師匠がめくったのは「10」となる絵札と、スペードの「A」だった。
「な……ナチュラルブラックジャック!?」
観客の誰かが叫び、ディーラーががっくりと項垂れ、師匠の手元にはまた大量のチップが入ってきた。
そして、どうやら一段落下らしい師匠は大量のチップを箱に詰め込むと、ゆっくりと席を離れた。
その背中を追いながら、途中でアリス(どうやら豪快に負けたらしく、カップの中身は空っぽだった)と合流したあたしは、交換所で師匠と一緒に現金へ変えながら問いただした。
「まさか師匠、自分で禁止してたのにあの薬を?」
「そんなわけねぇだろ。アレはちゃんとここに仕舞ってあるよ」
そういって師匠はポーチから、中身が満たされた小瓶を取り出す。
確かに薬が減っている様子はないが、でもそれなら何故?
「まさかイカサマ?」
「するわけねぇだろ
……種明かしをするとだな。ブラックジャックに限って言えば、「カウンティング」という技術が使えるんだ」
「かうんてぃんぐ?」
同時に首をかしげたあたしとアリスに、師匠は懇切丁寧に説明をしてくれた。
「カウンティングっていうのはな、ブラックジャックの高等戦術で、カードそれぞれに点数をつけるんだ。例えば絵札や10、エースなら1点みたいにな。それで、場に出されたカードの点数から、山札に残されたカードの内容を予測して、賭け金を調整するんだ」
うん、難しくてよく分からん。
途中から話半分だったあたしに対して、アリスが戸惑ったような声を上げた。
「それって結局イカサマなんじゃ……」
「まぁ、そうなる場合もあるかな。基本的には何か道具を使ったりするわけじゃないからイカサマにはならないんだけどね」
片目を瞑って微笑んで見せる師匠だけど、ぶっちゃけ気持ち悪いからやめたほうがいいよ?
「うっさい、馬鹿弟子! ともかく、せっかくカジノで買ったんだからこのまま、美味いものでも食べに行くか? もちろん、俺が奢ってやる」
「マジで!? さすが師匠!」
「あ……ありがとうございます……」
そうしてカジノを出たあたしたちは、師匠おすすめの美味い飯屋で鱈腹食べることにした。
ちなみに後日、賭けのことを忘れていなかった師匠から一日店の掃除を命じられた。
ちくしょう……。