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11人目 ライバル店登場!?

 最近、クレイン道具店(ウチ)に奇妙な客が来るようになった。


 勇者として世界を救う旅をしているはずなのに、暇さえあればしょっちゅうウチに来て、師匠のアレなアイテムを買っていくクリスさんや、なぜかそのクリスさんとばったり会うと急にそわそわし始める変な男とかとも違うその客は、平日休日問わずに毎日昼間ごろに来ては、何を買うわけでもなく、師匠が作ったアイテムをしげしげと眺めてにやりと笑ったり、店に並ぶ商品をじっと眺めては手元の紙にメモをしたりして、しばらくするとそのまま店を出ていく。

 本当に奇妙な奴だ(そいつを客と呼ぶのはなんだか嫌だ)。


――カランコロン


「らっしゃっせ~……」


 店の扉に取り付けられたベルが軽やかになって来客を告げ、いつものようにやる気のない声で出迎えたあたしは、店に入ってきた客を見て、思わず顔をしかめた。

 そう、またあいつが来たのだ。


 そいつはいつものようにじっと棚に並んだ商品を眺め、何事かをメモっていく。

 どうせ、今日もいつもと同じように何も買わずに帰っていくのだろう。そう思ったあたしが軽くそいつを睨み付けながら、動向を見守っていると、どうやら工房での作業がひと段落したらしい師匠が、珍しく店のほうに顔を出してきた。


「カオリ、どうだ? 店のほうは……?」

「どうもこうもいつも通りっす。……ああ、またあいつが来てますよ……」

「……? ああ、例の……」


 あたしが親指で示した先を見た師匠の顔が曇る。

 普段温厚な師匠がこんな顔をするのはかなり珍しい。

 いや、まぁあたし相手には割と不機嫌な顔というか怒った顔を見せるんだけどね!

 まったく、師匠も外面はいいくせにあたし相手だとすぐに怒るんだから……。もっとカルシウム取った方がいいんじゃない?


「お前の場合はすぐに俺を怒らせるからだろうが……! あといらいらとカルシウムには因果関係はない」

「そうなの!?」

「カルシウムが関係するのはせいぜい背が伸びるかどうかくらいだな……」

「それは嘘だ!!」

「……カオリ?」

「カルシウムで背が伸びるなら、何であたしは伸びないのさ!? 友達のアリスだってあたしより断然背が高い……というか、あたしがクラスで一番小さいんだ! あたしに好き嫌いはないから何でも食べてるのに……!!」


 クラスで好き嫌いばかりしてる女だってあたしより背が高いんだ。もしカルシウムで背が伸びるなら、好き嫌いなく何でも飲み込む(・・・・)あたしだってもっと……。


「カオリ……いいことを教えてやろう……」

「…………? なんすか?」

「確かにお前は好き嫌いなく何でも食べる……。だがな、お前は食い物を噛まないだろ!? 全部飲み込もうとするじゃないか!? この間だってまたコッペパンを飲み込もうとしてただろ!?」

「いやぁ……あの時はマジで死ぬかと思ったね。ぶっちゃけ、死んだ父さんと母さんがあっちで手を振ってるのが見えたもん……」

「見えたもんじゃねぇ! あの時、俺が助けなきゃお前はマジで死んでたんだぞ!?」

「あざっす、師匠。けど、それとあたしが小さいのは何の関係があるんです?」

「大有りだ、馬鹿者! 人間と言うのはな、物を噛んで小さくしてから胃に送らないと吸収できないんだよ! けどお前は何でもかんでも飲み込むからな。必要な栄養すら吸収できずに排出されてるわけだ……」

「排出とか……師匠、仮にも女の子に向かって……セクハラだ!!」

「そういうこといってるんじゃねぇだろ!」


 いつも通り、あたしのボケと師匠のツッコミが店内に広がる。

 ……ん? ……店内?


「師匠、師匠……」

「何だよ……? お説教はまだ……」

「あたしたち、何か忘れてませんか?」

「………………あっ」


 あたしの言葉に何かを思い出したのか、師匠が大きく目を見開いて店内に視線を向ける。

 それに釣られるように、あたしも視線をそっちに向けると、そこにはさっきから店内で妙なことをしていた怪しげな男が、ぽかんとした様子でこちらを見ていた。

 どうやらあたしたちの日常いつもを見られていたらしく、いち早くそれに気付いた師匠が頭を抱えている。


「あ……あははは……それじゃ今日のところはここで……」


 引き攣った笑みを浮かべながら、そろそろと店の扉へ男が向かおうとする。

 その直後、あたしと師匠の目が合う。


(カオリ、分かっているな? ここで奴を逃がすわけにはいかない)

(うっす、分かってます。師匠こそ、へましないでくださいよ?)

(上等! 俺が店の出口を塞ぐから、お前は一気にあいつを店内に引っ張りこめ)

(了解っす!)


 一瞬にも満たないアイコンタクトで打ち合わせを済ませる。

 瞬間心を重ねて。シンクロ率400%だ。


 ……………ごめん、自分で言ってて気持ち悪くなった。

 だって、師匠と心が重なるとか……ねぇ?


 おっと、そんなことをしている間にも、男は一歩一歩着実に出口へと向かっていく。


(いくぞ!)

(らじゃっす!)


 気持ち悪いのだけど、今はそれよりもあの男の確保が重要だ。それくらいはあたしも分かる。

 だからあたしは素直に師匠の言うことに従う。


 と、そんなことを考えている間に、男が出口の扉に手を伸ばし、同時に隣から師匠の気配が消えた。即座に転送魔法を発動させたらしい。

 その直後に、あたしも全身に魔素を張り巡らせて身体能力を上げ、一気に男の懐に飛び込む。


 そこからは一瞬だった。


 師匠が転送魔法で男と扉の間に出現し、扉に鍵を掛ける。

 それと同時に男のすぐ後ろにたどり着いたあたしが、男の襟首を掴んで一気に引っ張った。

 あたしのような小さなか弱い女の子とは思えない力で引っ張られたその男は、「ぶぎゃっ!?」とか言う、まるで見た目どおりの豚みたいな悲鳴を上げてしりもちをついた。


「い……一体何を……!?」


 驚きの声を上げるその男を、あたしと師匠が睨みつけながら見下ろした。


「ひっ!?」


 男はまるで魔王に出会ったかのように喉を引き攣らせながら、じりじりと後ろへ下がっていく。


「さて、馬鹿弟子こいつとのコントですっかりアンタを忘れていたわけだが……、洗いざらい吐いてもらおうか? 毎日何かを買うわけでもなく、ただ商品をメモして帰るアンタの目的を……」

「なあ、おっさん……。こうなった師匠はあたしでも止められないんだ……。素直に吐いたほうが身のためだよ? そうじゃないと、師匠は自分が開発した新薬の実験台にしたりするかもしれない……。なにせ、ウチの師匠はヤバいからね……」

「……できることなら穏便に済ませたかったのだがな……素直に吐く気がないのなら仕方ない……。カオリ、工房からアレを取って来い。ちょうどいいからこいつで実験だ……」

「アレをですか!? けどアレはまだ未完成じゃ……!?」

「なあに、理論は完璧だ。後は人体実験でその効果を確かめるだけ……。くっくっく……。さて、貴様はアレに耐えられるかな?」


 師匠の魔王も真っ青な悪役ぶりに、男の顔色がだんだんと悪くなっていく。

 そして。


「わ……分かりました! 全部話しますから! だから命だけは……!」


 額を床に擦り付ける見事な土下座を披露して、男は洗いざらい吐いた。


「実は私、王都の中心から少しはなれたところで道具屋を営んでおりまして……。幸い、その事業が上手くいっていたので、支店を出そうという流れになったのです……。それで、いくつかの候補地からここの裏通りが選ばれたわけですが、すでにここにはこの店があるじゃないですか……。だから競合店になるあなた方の様子を見に来たわけです……。どんな道具を売っているのか、どれだけの客が来るのか、その客層は……。そういったものを調べておりました……」

「なるほどな……。それで? あんたはこの通りに店を出すことにしたのか?」

「最初はそう思いました……。何せ、ここはいわば「隠れた名店」といえる立場になれる場所ですし、唯一のライバル店のあなた方は……その……失礼かも知れませんが……」

「まぁ、ぶっちゃけ客がまったく来ない店っすからね」


 あたしの相槌に、男が困ったような笑みを浮かべる。


「えっと……なので、この通りに店を出せば我々はさらに儲かることができる……そう判断していました……。ですが……、私は正直、ここに店を出すのを諦めようと思います……」

「……? 何故だ?」

「そ……それはその……、あなたたちの商売の邪魔をしてはいけないかと思いまして……はい……」


 嘘だ。少なくとも、こいつの最後の言葉はあたしにだって嘘だと分かる。そしてそれは師匠も見抜いている。


「おい、あんた! あたしたちに……!」

「カオリ!」


 本当のことを話せと怒鳴ろうとしたあたしを、師匠が鋭く止める。

 何故止める? こいつは嘘をついているのに……。

 そういう抗議もこめて師匠を睨みつけるけど、師匠はあたしの視線をさらりと受け流して立ち上がった。


「事情は分かりました。あなたがここに出店しようとしまいと、俺たちは関係ありません。どうぞご自由になさってください。あなたが出店を諦めるというのなら、それもいいでしょう……」

「……ありがとうございます……」

「ただし! 今後はああいった方法で店を調べるのは止めてください。いくら客が来なくても平気とはいえ、こちらも商売ですからね……」

「……はい。今度からこの店に立ち寄らせていただいた場合は何かを買うことにいたします……」

「よろしくお願いします。それでは今日はもう帰ってもいいですよ?」

「……はい、本当に申し訳ありませんでした……。ああ、後お詫びと言ってはなんですが、あそこの魔法薬を一式買わせてください」

「毎度あり!」


 にやり、と笑って師匠は男から金を受け取り、魔法薬を袋に詰めて手渡す。

 そうしてしきりにぺこぺこと頭を下げながら去っていく男を見送る師匠に、あたしは噛み付いた。


「何であいつを見逃したんですか!? もしあいつがここに店を出したら……!」

「別にそれならそれで構わないさ……。どうせこの裏通りではろくに客も来ないからな……」

「そういう問題じゃ……! あいつはあたしたちの商売の邪魔をしたんですよ!? あいつのせいで客が来なくなったら……!」

「別にこの店に客が来ないのはいつも通りだろ? 何をそんなに怒ってるんだか……」


 師匠がやれやれと首を振る。

 まったく……あたしが珍しく店の危機を心配してやってるというのにこの暢気な師匠は……!!


 だんだん師匠の態度に腹が立ってきたあたしは、またも師匠に噛み付いた。

 今度は物理的に。


「がるるるるる!!」

「あいたたたた!! お前は猛獣か!!」

~~おまけ~~


某道具店店主「あそこの裏通りの道具屋の主人は魔王だ……! 絶対にあそこに手を出したらいかんぞ!?」

某道具店従業員「マジっすか!? それなら憲兵に連絡を……」

某道具店店主「馬鹿! やめろ!! そんなことをしたらどんな報復を受けるか……!」


トーマ・クレインに「魔王」の称号が与えられた!

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