10人目 師匠の秘密を暴け! 後編
「まったくこの馬鹿弟子が……!」
馬の蹄鉄がリズムよく石畳の道を踏む音を聞きながら、あたしは馬車の中でマジギレした師匠にお説教されていた。
「身体能力を上昇させる薬を飲んで屋根伝いに馬車を追いかけた挙句に、ゆっくりだったとはいえ走行中の馬車に飛び乗るとか……! 自分がどれだけ危険なことをしでかしたかわかっているのか!? 一歩間違えれば怪我じゃ済まなかったんだぞ!?」
そう。店を飛び出したあたしは、そのまま屋根伝いに馬車を追いかけ、大通りに出て速度を緩めたところを狙って、一気に馬車に飛び乗ったのだ。
割と師匠とダンジョンに出かけて魔物たちと戦うことが多いあたしにとっては、このくらいは余裕でこなせるんだけど、どうやら師匠のお気に召さなかったようだ。
「別に一歩も間違えなかったんだからいいじゃん……」
「そう言う問題じゃねぇよ!? 危ないから、そんなことは二度とやるなって言ってるんだ!」
「危ないって言っても、いつもダンジョンの中で魔物と戦う方がよほど危ないじゃん」
「ダンジョンの中は俺も一緒だからいいんだよ! もしお前に何かあってもすぐに回復できるんだから!」
「そう言うことなら今回は、万が一に備えて即時回復薬を持ってきてたから、仮に何かあっても大丈夫だったって……」
「この馬鹿弟子!!」
「ぎゃん!?」
ちゃんと万が一に備えたのに、なぜか思いっきり師匠に殴られた。
真面目に、マンガみたいに目から星が飛び出るかと思ったよ!?
「殴ったな!? これ以上馬鹿になったらどうしてくれる!?」
「俺はお前が馬鹿だという自覚があったことに驚いてるよ……って話をそらすな!」
「チッ!」
「だから「チッ!」じゃねぇよ、この馬鹿弟子!」
どなりながら、師匠があたしの頭を掴んで強引に顔を自分の方へと向けさせる。……って師匠!? 頭蓋骨に指が食い込んで痛いんですけど!? 骨がみしみし言ってますけど!?
「口だけで分からないんだから、痛みと一緒に刻みこむしかないだろ?
いいか馬鹿弟子……。確かに即時回復薬は便利だ。例え屋根から落ちて大けがをしたところですぐに治せるだろう……。俺が作った薬だから当然だ」
さらりと自分が作った薬はすごいって自慢したよ、この自惚れ師匠。
「だがな、よく考えてもみろ? 例えばお前が屋根から落ちたとして、それで気を失わないって誰が保証できる? いくら身体能力を上げても、頭を打ったら脳震盪を起こすぞ? そんな状態でお前は薬を飲めるのか? たとえ気を失わなくても、動けない程の大けがだったら? そこへ馬車が突っ込んできて轢かれたら?」
そこまで言ったところで、ようやく師匠が指の力を抜く。
「いいか? 世の中何が起こるか分からないんだ。常に最悪を想定して備えなきゃ、いつか取り返しがつかなくなるぞ?」
「最悪を想定した挙句、備え忘れがいつもある師匠の言葉に説得力はない気がする……」
「それに関しては俺自身も何とかしたいと思ってるよ……
ともかく、だ。あまり無茶をやらかして心配かけるな……」
珍しく真面目な声音の師匠に、流石のあたしもふざけた返事をできず、素直に頷く。
「できるだけ善処するように意識しようと思わなくもないような、そんな気もしないような……?」
「お前な……それ、改善するつもりないだろ……」
師匠が深いため息をついて、疲れたように遠くを見つめる。
どうやら説教は終わったようだと、内心でほっとしながら、あたしは改めて馬車の内装を見回す。
今までにも何度か乗ったことがある馬車とは違って、広々とした空間に向かい合わせに設置されたふかふかなイスと、その間におかれた小さなテーブルは素人目に見ても高いとわかるほどに豪華だ。
床には毛足の長いカーペットが敷かれ、車体もいいものを使っているのだろう、石畳を走っているのに振動が全くと言っていいほど伝わってこない。
「この馬車の車輪と部屋との間に金属製の柔らかいバネが取り付けてあってな。そいつが地面から伝わる振動を吸収して、部屋に伝えないような仕組みになってるんだ」
「へぇ~……そうなんですね……」
師匠の解説に適当な相槌を打ちながらさらに観察を続けると、ふと師匠の横に小さな箱が置いてあることに気づいた。
その形にどことなく見覚えがあると思いながら、とりあえず師匠越しに手を伸ばしてみる。
「ぬぉっ!? おいこら、カオリ! 大人しく座ってられないのか!?」
師匠の言葉を無視して、箱に取り付けられた取っ手を引っ張る。
わずかな抵抗を感じた後、冷気を漏らしながら開かれた扉の中には、程よく冷えたワインやジュースの瓶が並んでいた。
「師匠……これって……?」
「ん? ああ、小型の冷蔵機だな」
「なんでそんなもんがこの馬車に?」
「当然だろう? 俺がこの馬車の持ち主に依頼されて作ったんだからな」
「……はぁ? 依頼? 師匠に?」
「…………? それがどうかしたか?」
「いやいやいやいや!? ありえないでしょ!? 師匠に依頼!? そんな酔狂なことをする人がこの世にいるの!?」
「依頼人に対して酔狂とか言うな! それに依頼くらい普通にあるわ!」
「え? だって師匠の作るものって言ったら、あたしのハンマーとか無限再生薬とかみたいな、性能はいいけどちょっとアレなものでしょ!? そんなものを依頼してまで欲しがる人なんて……」
あたしが驚愕の目で師匠を見ていると、師匠の正面に座った騎士さんがからからと笑った。
「いえいえ。少なくとも私や私が使える主人たちの間では、トーマ様の腕は超一流という認識ですよ。事実、この馬車の衝撃吸収機構や、そこの小型冷蔵機など、数々の素晴らしいものをお師匠様は作られていますからね……
ウチの職人たちも、彼に弟子入りを志願したがっています」
「勘弁してください。弟子はこいつだけで十分ですよ」
師匠をベタ褒めする騎士さんと、それを困ったような顔をしながら謙遜する師匠。
……駄目だ。信じられない。このヘタレ師匠が、恐らく貴族以上の身分を持つ人たちからこれほどまでに信頼されて腕を買われているとか……。
……はっ!? まさか……!?
「師匠! 正直に答えろ!! この人たちにいくら渡した!? 人を買収して褒めてもらうだなんて、アンタにはプライドと言うものがないのか!?」
「1Rも渡してねぇよ! お前の中で俺はどんだけ評価が低いんだよ!?」
「え? だって師匠だし?」
「お前なぁ……」
師匠が疲れたようにため息をついたところで、騎士さんがおかしそうに笑った。
「本当にお二人は仲がいいんですね」
「「どこが!?」」
あ、師匠とツッコミがハモった……。気持ち悪い……。
◆◇◆
「ほへぇ~……」
散々騒いでいたあたしたちを乗せた馬車は、大通りを中央へと進んで行き、やがてハイドラ王国王都の中心に聳え立つ城の城門を潜り抜けたところで停止した。
そしてあっという間に執事さんやメイドさんたちに囲まれて馬車から下ろされ、目の前に聳え立つ巨大な宮殿を見上げたあたしは、感想を述べることも忘れて、間の抜けた声を出すしかなかった。
「いつも学校帰りとかに遠くから見るくらいだったけど……、近くで見るとまた凄いな……」
そろそろ見上げすぎて首が痛くなってきたあたしの頭に、師匠が手を乗せる。
「一応、この国最大の権力者だからな……。それなりの見栄も必要になるわけだ。もっとも、本人はこんなでかい家は要らないらしいけどな……
それよりもほら、そろそろ行くぞ?」
「ういっす……」
すたすたと前を行く師匠に釣られるようにあたしも城の中へと歩いていく。
……? というか、師匠のさっきの言葉……なんかおかしくね?
あの言い方だとまるで……。
「ねぇねぇ、師匠……」
「あん? なんだよ?」
巨大な扉の入り口を抜け、ふかふかの絨毯が敷き詰められた広い廊下を歩きながら、師匠の袖を引っ張る。
「師匠ってまさか……、王様の友達だったり……するわけないよね? あたしの勘違いだよね?」
「ん? ……ああ、そうだな……。友達と言うか……腐れ縁みたいなもんかな……?」
「はぁ!? 相手は王様だよ!? なんでそんな人とウチの馬鹿師匠が腐れ縁なのさ!?」
師匠の爆弾発言に、王宮の中だと言うのに思わず大声を出してしまう。
「何でも何も……、あいつは昔冒険者だったからな……。俺がまだ修行時代に何度も一緒にダンジョンに潜ったんだ……」
当時のことを思い出しているのか、懐かしそうに目を細める師匠。
「ありえねぇ……。嘘だ……。絶対に師匠の妄想に決まってる……」
そうだ……そうに決まってる……。いくらあたしの師匠が規格外だからって、流石に王様をあいつ呼ばわりするはずが……。師匠の妄想のほうがよほどリアリティがあると言うものだ。
ぶつぶつと言いながらそう結論付けたあたしを、師匠が呆れた目で見下ろしてくる。
そうこうしているうちに、あたしたちは執事さんに連れられていつの間にか巨大な扉の前にやってきていた。
「国王様はこちらにおられます。国王様の厳命により、我々はこれより先へは行けません……。お二人で中へお入りください」
そういって恭しく姿を消す執事さんを見送った師匠が、何の気負いもなくあっさりと扉を開ける。
普通、王様がいる部屋の扉を開けるのだから、もっと緊張したりするもんじゃないの!?
そんなあたしの疑問を無視するように、師匠はすたすたと中に入っていった。
その直後。
「よう、トーマ! 相変わらず辛気臭い顔をしてやがるな」
「うるさい、ハインリヒ! お前こそちゃんと仕事してるのか? 時々ダンジョンに行ってるんじゃないのか?」
「うぐっ!? そ……そんなことしてるわけねぇだろ!?」
「ほう? それじゃこの間、ウチにお前がガマニウムを届けに来たことをお前の奥さんに話してもいいんだな?」
「ごめんなさい俺が悪かったから許してください」
国王が土下座をした!? というかさっきから軽口叩いてる!?
最早状況に頭が付いていけずに呆然とするあたしに気付いたのか、国王が顔を上げてあたしを見る。
「時にトーマ……お前の横にいる少女は? ついに嫁ほしさに誘拐でもしたのか?」
「するか! こいつはカオリ・オオトリ。昔この国に漂流して浮浪児になっていたところを俺が助けた……一応、俺の弟子だ」
ほら、挨拶しろ、と背中を押されて前に出されたあたしは、相手が国王と言うこともあって緊張しながら、丁寧に口を開く。
「は……初めまして……。あたし……じゃなくて、私はカオリ・オオトリです……。よ……よろしくお願いします……」
「なに借りてきた猫みたいに大人しくなってるんだよ……。普段の勢いはどうした?」
うっさい師匠! あたしはアンタみたいに国王になれなれしくできないんだよ!!
視線だけで師匠にツッコんでいると、国王がなんだか優しい目であたしの肩に手を置いた。
「そうか……。俺はハインリヒ・フェネクス。一応、この国の王だ……。しかし君も大変だな……。こんなロリコン眼鏡の弟子なんかさせられて……。師匠の立場を利用してエロい事されてないか? もしセクハラされたら遠慮なく言うんだぞ? 国王権限でこいつを牢屋にぶち込むから」
「その口ぶりも相変わらずだな、このリア充国王!」
「はっは~! 悔しかったらお前も嫁くらい見つけてみろよ!」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに師匠が黙り込み、さらにからかうこの国王からはあたしと同じにおいがする。
どうやら、この国王とは仲良くなれそうだ。主に、師匠で遊ぶ同志として。
「本当にウチの師匠には困ってるんです。ろくな道具は作らないし、守銭奴だし、あたしの友達にエロい目を向けるし、ロリコンだし、眼鏡が本体だし……」
「そうなのか……。いや、君の苦労は良く分かるよ……。俺も昔はこいつの性犯罪に手を焼いたからな……」
「国王様……どうやらあたしたち、仲良くなれそうですね……」
「ああ、不思議と気が合うな……。そういうことなら、俺はハインリヒと気軽に呼ぶといい」
「あたしはカオリでいいですよ」
国王――ハインリヒさんと同時ににやり、と笑いながら硬い握手を交わす。
そんなあたしたちの横で、「厄介な奴らが手を組みやがった……」と師匠が嘆いていた気がするけど、気のせいだろう。
「はぁ……まあいい。とりあえず、ハインリヒ……。俺を呼んだのはいつもの用件だろ?」
「……っと、忘れるとこだった。ああ、いつもの奴を頼む」
「分かった……。カオリ、俺はこれからしばらく城の備品の修理をするから、お前は国王の相手をしててくれ……」
そういい残して、師匠は執事さんに連れられて部屋を出て行った。
「さて、それじゃカオリちゃん……。せっかくだからこの城を案内がてら、昔のトーマのことをいろいろ話してやろう……」
「あざっす!」
そうしてあたしは、師匠の昔話を聞きながら、城の探索を楽しんだ。
なお、師匠は定期的に城の備品修理に呼ばれ、その度に結構な金額を修理費として受け取っているらしく、どうやらこれが以前師匠が言っていた「ちゃんとした収入」らしいことが判明した。
~~おまけ~~
弟子「師匠! ハインリヒさんから聞いたけど、師匠は昔、女性型の魔物に誘惑されたんだって!? さすがエロ師匠! 相手がメスなら魔物でもいいんだ!」
師匠「謂れのねぇ嘘話を教え込むんじゃねぇ、馬鹿国王!!」




