1人目! 大体いつもこんな感じ
休日……。ああ、なんていういい響きなんだ……。
青く晴れた空に輝く太陽。暑くも寒くもないちょうどいい気温に、爽やかな風。
休日としては最高の条件のこんな日は、きっと世界に攻めてきている魔王も、それを退治するために旅をしている勇者も、このハイドラ王国の中心にある巨大な城に住む国王だって、仕事なんてせずにのんびりと過ごしているはず……。
それなのに……。
「なんであたしは仕事しなくちゃいけないんだ!?」
「うるさいぞ、馬鹿弟子!」
王国の中心街から外れた路地裏にひっそりと居を構える「クレイン道具店」のカウンターの中で叫んだあたしを、店の奥の工房から出てきた眼鏡の師匠が睨みつける。
「まったく……。カオリ。お前も一応女の子なんだからもっとお淑やかにできないのか?
お前のその叫びで客が逃げたらどうする?」
「うっさい、師匠! 女だからお淑やかにするだなんて前時代的にも程があるんだよ!
そんなだからいつまでも彼女の一人もできないんだ、この駄眼鏡!」
がるるる、と獣みたいな唸り声を上げながら、説教を垂れ流す師匠を睨み返す。
ちなみに師匠が呼んだ「カオリ」とは、あたしの名前だ。正確には大鳥香織という。ここら辺では珍しいを通り越して、少なくともあたしみたいな名前の人間をこの国では一人も見かけない。
ここら辺……というかこの大陸ででよく見かけるのは、うちの師匠の「トーマ・クレイン」みたいに、名前が先で苗字が後。
そんな珍しい名前を持つあたしが、何故こんな辺鄙なところにぽつんと立つ道具屋でロリコン眼鏡の弟子なんぞをやっているかといえば、それなりに深い事情があったりするんだけど、その辺はまぁそのうち話す機会もあるだろう……。
「誰がロリコン眼鏡だ!」
「っ!? 人の心にツッコんだだと!? 師匠は読心術を使えるのか!?」
「使えないからね!? むしろお前の口から全部漏れてたからね!?」
……なんだ、つまらん。師匠が読心術を使えたら人の心を覗く変態として、警備兵さんに突き出してやったのに。
「チッ!」
「チッ、じゃねぇよ! あとさっきからお前の欲望ダダ漏れだからね!?」
おっと、あたしとしたことがしまった!
外見上は大人しく師匠の弟子を演じながら、実は心の中では師匠を苛めた押すことを至上の喜びにしていることを悟られてしまうとは……。
「うん、まったく毛先ほども隠せてなかったからね!?」
どうやらまた口にしてしまったらしいあたしの本音にツッコミをして、師匠は「はぁ……」と重々しくため息をついた。
やれやれ……この程度のボケに疲れててどうするんだか……。
「よ~し、馬鹿弟子……。お前、一時間説教な」
「おっふ……。ドラゴンの尾を踏んでしまったようだ……」
この後で確定してしまった師匠の説教にあたしが嘆いていると、師匠はもう一度ため息をついてから「まぁ、いい」と口にした。
……ん? いいってのは? まさか説教をやめると?
「いや、それはあとで確実にするから覚悟しておくように……」
「なん……だと!? 一度弟子に希望を持たせてから根元から折りに来るとは……。さすが師匠! 鬼畜! 変態! ロリコン!」
「だからお前は人聞きの悪いことを……っ!!」
そこで一度言葉を途切れさせて口をパクパクさせた師匠は、疲れたようにため息をつく。
どうでもいいけど、師匠。ちょっとため息多くね?
「うん、俺のため息の大半は馬鹿弟子のせいだからな?
……ったく……、もういい。お前がボケるといつまでも話が進まないから、そろそろ本題だ……」
どうやら師匠はあたしのボケを強引に断ち切ることにしたらしく、唐突に本題とやらを話し始めた。
「とりあえず店が暇ならちょうどいい……。俺も抱えてる依頼は全部終わってるから、今日はこのまま店を閉めるぞ」
「お? 珍しく今日は早いっすね! その後は飯っすか? あたしは二番街の食べ放題の店がいいな! あそこはまだ出禁喰らってねぇし!」
「随分気の早い話で盛り上がってるところ悪いが、まだ飯にするのは早すぎるからな?
店を閉めたら、お前も早くダンジョンにいく準備をしろ。そろそろガマニウムが切れそうだから獲りに行くぞ?」
「え~! 今から潜りにいくんすか!? しかもガマニウムって……。鎧カエルが持ってるやつっすよね!? あたし、あの魔物苦手なんだよ……」
カエルの癖にものすごく硬い鎧を着てるし、それなのに腹とか手足とか妙にぬたぬたして気色悪いし……、まるでうちの師匠みたいで……。
「人をあんなアホ面といっしょにすんな!
あと、そろそろマジでガマニウムが足りないんだから仕方ないだろ?」
「それは師匠がバカみたいに変な道具ばかり作るからじゃないですか」
「うぐっ……それについては……まぁ、俺が悪いけど……」
そう、うちの師匠は普通にしていれば腕の良い職人でもある。
なのに、なぜか癖のある道具ばかりを作り出す変人だ。それも、ただ癖が悪いだけじゃなくて、一見すればかなり性能がいいのだから困る。
例えば、手元のボタンを押すと絶対命中の刃が一瞬で相手の急所を貫くけど、一瞬でコントロールを失ってどこまでも飛んでいくナイフ(本来は相手の急所を貫いた後は手元に戻ってくるらしい)とか、重さを自在に変えれるけど、ゼロか百かしか重さを調節できないハンマーだとか。
その辺も、そのうち話す機会があるかもしれない。
「ほら、馬鹿弟子……。さっさと準備していくぞ? 早く終わらせたら、夕食に二番街の食べ放題に連れてってやるから……」
「マジっすか!? それを早く言ってくださいよ、師匠!」
夕食に釣られて、あたしは早速ダンジョンへ出かける準備を始めた。
◆◇◆
「舌の攻撃が来るぞ! 気をつけろ!!」
「分かってますって!」
師匠の鋭い警告に返事をして、あたしはすぐさま横へ飛びのく。
次の瞬間、まさに一瞬の間に伸ばされた太い舌が、何も捕らえることなくあたしの目の前を通過していく。
それを目で追いながら、あたしは手にした鈍器を強く握り締めると、
「喰らいやがれ!!」
気合一閃。伸びた舌目掛けて振り下ろした。
柔らかい肉を叩く感触を掌に受けながら、そのまま武器ごと舌を地面に叩きつける。
――ぶぎぃぃぃいいいぃいぃぃっ!!
同時に、およそカエルから出たとは思えない悲鳴を上げて、鎧カエルがのた打ち回る。
けど、それはあたしと師匠を前にして、あまりにも愚かな行為。
「駄眼鏡!!」
「誰が駄眼鏡だ!!」
あたしの叫びに反論しつつ師匠が杖で地面を突くと、突如カエルの下の地面が勢いよく盛り上がって、カエルを思いっきり突き上げた。
腹を思いっきり打ち抜かれて空中へ飛び上がった鎧カエルは、そのまま無様に地面に落下してひっくり返る。
……あ、今のは駄洒落じゃないからね!?
「カエルだけに、って馬鹿なこと言ってないでさっさと止めを刺してくださいよ、師匠!」
「俺が駄洒落を言ったみたいに言うな!」
律儀にあたしにツッコみながら、師匠が杖を一振りすると、杖の先に浮かんでいた冷気がカエルの口に飛び込む。
パキパキと音を立てながら体の中から凍らされた哀れなカエルは、そのまま抵抗することもなくあっさりと動かなくなった。
「うわぁ……相変わらず師匠の魔法はえげつないっすね……。相手を体の中から凍らせるとか……」
「うっさい、鈍器バカ」
鈍器バカとはまた酷い言われようだ……。否定はしないけど……。
だっていいじゃん、鈍器。叩いて砕けるし……。
いつか、師匠の眼鏡とかアレとかも叩いてみたいな。
「そんなことやらせねぇよ!? あと誰が眼鏡が本体だ!」
「……チッ!」
「だから「チッ」じゃねぇよ!」
「あ~もう、さっきからうるさいよ、師匠! どうでもいいからさっさと鎧を剥いで飯にしましょうよ!」
「誰のせいだよ!!」
いい加減ツッコミ疲れたのか、またため息をついてカエルの鎧を剥いでいく師匠は、おやつ代わりに持ってきたコッペパンを食べながらその作業を眺めていたあたしに、剥いだ鎧を放り投げた。
それを難なく受け取って、腰の師匠が作ってくれたポーチに詰め込んでいく。
ちなみにこのポーチは、師匠にしては珍しくまともなもので、大きなアイテムでもたくさんの量でも問題なく仕舞うことができるので、特に冒険するときとかに重宝している。
「師匠もこういう役に立つものを作れば少しは店の売り上げも上がるのに……」
次々と放り投げられる鎧をポーチに仕舞いながら呟いたあたしのことばを、師匠は聞いているのかいないのか……。
…………ま、いっか!
「それよりも師匠! 目的のブツも手に入ったし、そろそろ飯行こう!」
「そうだな……、そろそろいい時間だし、行くか……
ただし、ほどほどにしとけよ? また食べ過ぎて出禁喰らうとか嫌だからな?」
「前向きに検討すると思うような思わないような思いたくないような……」
師匠の言葉に適当に返事をして、あたしは一目散にダンジョンの出口に向かって駆け出した。
ちなみに、この日食べに行ったお店で、また出禁をくらいました、まる。
まったくもう……師匠が店員さんをエロい目で見るから!
「全面的にお前が食べ過ぎたせいだからね!?」