第三章33 『前へ進んだから』
ほんの二ヶ月ほど通った高校。
朝は人で溢れる校門も、自転車置き場も、昇降口も、廊下も、教室も。いずれも愛着があって、学友と苦楽を共にし過ごした場所で、見渡す限り全てがかけがえのない思い出だ————なんて、言えないけれど。
けれど、情はある。
見るだけで胸を刺す痛みがあり、苦痛に苛まされてしまっても。
全ては色褪せてしまった過去の記憶。そう頭も、体も分かっていても、感傷的になってしまう。
ふっと視線を向ければ自販機前のベンチでたむろい、恋仲の者と戯れる男子生徒がいて、ひょっとすると自分もあんな風に……そう思ってしまうのは、奏太の甘えなのだろう。
学校では周りの目を気にして、あの少女と二人きりになる時間が少なかったから、もし——なんて、ありもしないシアワセを幻視して。
だから、それを首を振って払った。
そしそのまま止まることなく歩き続け、照りつける太陽と、アスファルトの地面から立ち上ってくる熱気に汗を流し、少しずつ人のいない場所へ。
体育館を越えて、学校の端の端、木々に囲まれた日陰でピタリと足を止め、
「暑い中、歩かせたけど……うん、ここで大丈夫だ」
くるりと振り返って、奏太の後方——奏太を警戒するように距離をとって歩いていた茶髪のチャラ男風の男に声をかける。
「ちゃんと顔を合わせるのは久々だな。俺は……色々あったけどさ、そっちはどうだった?」
が、返事はない。
せいぜい躊躇いと怯え、困惑の視線が返ってくるのみで……何ともやりづらいことこの上ない。
それは奏太が浴びたくない視線そのものであり、消えることのない刻印として、トラウマになっていたものなのだ。
そこには耐えがたい『怒り』と、ある種の怯え。
はっきり言って目を塞いでしまいたい。否定して、逃げて、隠れて——でも、それ以上に確かめたいと思った。
蓮との約束だけじゃなくて、三日月奏太が望むものは何なのか。
かつて否定された記憶の中に、幸せを望む何かがあるのなら、奏太はそれを確かめたいのだ。
だから、
「俺がお前を呼んだ理由は、たった一つだ」
全ての熱を飲み込んで、緊張をほぐすように、右の手を何度も開閉し、瞑目。
感覚を研ぎ澄ませてみれば、奏太と向き合っている男と、もう一人の視線がある。
きっと彼女は今、奏太に不安げな表情を向けているのだろう。彼女は以前、奏太が間違えたことを知っているから。
その気がかりを取り除くことは難しい。絶対に大丈夫だ、なんて強く言えるわけでもない。
だけど、見ていて欲しいと奏太は彼女に言った。
それは一人で立ち向かうことへの恐怖からではない。彼女の前で証明するために、進むために。
なら下を向いていられない。
向くのは前、ただそれだけでいい。
——表情が引きつっているのが分かる。
体は石像のように硬くなってしまっているし、多分きっと先程の軽い調子を装った声だって震えていた。
だから奏太は、自身を鼓舞するように、頰を両の手で何度か叩いて言った。
「俺と、話をしよう————秋吉」
チャラ男風の男、平板秋吉に向けて。
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
三日月奏太は美水蓮が好きだ。
そのために強くあろうとして、何度も迷って、間違えて。
それを助長していたのは、『獣人』として目覚めるまで内で長い間眠っていた『怒り』。
奏太の歳だけを見ればあまりにも幼稚で、抑えのきかない厄介な感情だ。
同じ『喪失者』たるフェルソナにも、かつては奏太のような間違いがいくつもあったのだろうか。アザミやジャック、彼らにも。
結局喪失については聞けないまま別れてしまったが、ユキナとユズカを取り戻すのはもちろん、問いたださなければならないことは多くあるが……ともあれ、だ。
奏太が蓮を好いていることは、ラインヴァント及びケバブ屋の店主のような関係者を除けば、たった一人しか知らない。
だから、何度も彼には相談に乗ってもらった。付き合う前も、後も。
「警戒しないで欲しい……っていうのは無理だと思うけど、一応言っておくぞ秋吉。——俺はお前に手出しなんてしない。絶対にだ」
奏太は秋吉に対し、前半は穏やかな調子で、後半は力強い声でこの場における絶対の平穏を約束する。
彼が自分の言葉を信じてくれるかどうかは、また別ものではあるのだが。
しかしそれでも、
「俺は話をしに来たんだ、秋吉と。だから殴るつもりも、殴られるつもりもない」
奏太は現時点で争いを望んではいない……というよりは、そもそも出来るのであれば争いだってしたくはないのだ。
曲がりなりにも『獣人』であり、皆を守るだけの力を得ようと稽古だってして来た。けれど、奏太は元々人とぶつかることすらまともにして来ていない。
蓮に以前言われた、『奏太はクラスメイトに嫌われていない』という評価も、結局は不穏を避け、周りの空気に同調していただけなのだから。
だからこそ誰かに気持ちをぶつけられた時には、焦って困惑するばかりで。
——もちろん、そんな甘えともいうべきものに縋っていられない時はある。
ぶつからなければ分からないこともあって、否定されなければ進めないこともあって。
戦わなければいけない時だってあり、それらは飲み込むしかないのだ。己の正しきに、従うのであれば。
「……奏太」
一瞬、胸の奥から熱情がこみ上げてきたところで、それを見てか否か、秋吉は重たい口を開いた。
「一つ、聞いていいか」
躊躇うように何度か視線を宙にさ迷わせ、やがて諦めたように息を吐いて奏太を見る。
その仕草は、奏太が知る限りでは普段の彼とおよそかけ離れすぎているものであるが、当然のことと受け入れる他ないのだろう。
何故なら、
「奏太は…………『獣人』か?」
「……ああ。俺は『獣人』だ」
彼は人であり、奏太は『獣人』。
例外を除き、人にとって『獣人』は悪で、恐怖で、生命を脅かす存在なのだから。
以前仲良くしていたとて一度知られれば全ての評価は覆る。好意も、情も、何もかも。
ゆえに秋吉は奏太の言葉を受け、目を見開くと、
「じゃあ、あの日奏太が俺らにキレたのも、美水が『獣人』で、同じ仲間だからか?」
「それは…………」
あの時のやりとりで分かっていただろうに、改めて問いかけてくる。
それに対し、奏太は、
「いや、違う」
「……違う?」
「確かに俺は蓮と同じ『獣人』で仲間って言えば仲間だけどさ」
そう、違うのだ。
信じてもらえるかどうかはともかくとして、蓮と奏太は『獣人』仲間でもなければ、単なる恋人の仲でもない。
遡るのは彼女と付き合うより前で、
「秋吉には話したこと、なかったよな。——俺には十歳以前の記憶がなくて、『獣人』の動画も姿も、知らなかったんだ」
「知らなかったって、お前そんなの」
「本当だよ。だからみんなの感じてる恐怖が分からなくてさ、辛かった。置いてかれてるような気がして、そんな自分に自信が持てなくて」
今にして思えば、よく五年間も耐え忍べたものだ。
現実にいるようでどこか離れていて、充実しているようで孤独で、楽しいふりをしているだけの毎日。
寂しい、日々だった。
「でもさ」
だからこそ、蓮に出会って色んな感情に色がついて、弾けた。
「蓮が救ってくれたんだ。『獣人』なのに、俺のことを。好きになってくれたんだよ」
「————」
「それにさ、蓮はお前らを、世界を幸せにしたいと思ってた。『獣人』だからって恐れられてるのに……それでも、あの子は。だから——」
奏太は奥歯を噛み締め、瞳を伏せて、
「————ごめん!」
「…………は?」
深々と、頭を下げて謝罪をした。
予想外の言葉に彼も心底驚いているのだろう、視線を向けずともそれが素の反応であることは明白だった。
それに思わず笑みがこぼれてしまって、
「秋吉さ、スポーツテスト。覚えてるか?」
「……え、ああ。一応覚えてっけど」
顔を上げ、彼にかの日の確認をする。
四ヶ月も前の話だ。
あの時も軽い調子で話をしていたように思う。今この状況とは、立場が逆ではあるが。
「じゃあ俺の話したことは?」
「えっと……確か本性がどうたらっつー話、だったよな。んで俺が奏太には隠し事なんて出来ない、みたいなこと言って」
秋吉の口調が砕けたものに変わり、懐かしくて、体の芯が熱くなるような感覚がする。
それが奏太だけのものなのかは、分からないけれど。
「そうそう、それだよ。……お前らからすれば、俺は『獣人』だってことを隠してた存在だ。記憶がなかったから知ったのは三ヶ月前だけど、それでもごめん」
だからこそ、それを確かめるために奏太は続ける。
「あの日もそうだ。何も話してないのに、何も分かってないなんて怒るのは……自分勝手だよな。ただでさえ『獣人』かもしれない相手なのに、話も出来ないんじゃ、怖くもなるよな」
相手が何を思っていて、何がしたくて、何が好きで、何が嫌なのか。
確かめなければ、分からないのだ。
以前のラインヴァントには希美、葵、芽空と無表情三人組が揃っていたが、全員が全員話をしなければ胸の内なんて分からなかったし、希美に関しては今でも半分くらいは分からない。
だから、深く深呼吸をして、眼前の秋吉を見据える。
たとえ弱音であって、かっこ悪くて、無様で悲惨で見るに耐えなくて、抵抗があっても、
「——俺の全部を伝えなきゃ、始まらないんだ。あの日逃げたから、耐えられなかったから。蓮が否定されて、嫌で嫌でたまらなくて。今だって忘れてない。忘れられない。————でもさ」
奏太にはここへ来た理由がある。
「俺は知ってる。否定されてもそれでも幸せを望む子を」
言い、頭に思い浮かべるのは美水蓮。
今の奏太の生き方に、一番関わっている人物だ。
記憶喪失以後、孤独な黒の世界にいた奏太を、白へと導いてくれた少女。今でも奏太は彼女を愛している。
「俺は知ってる。間違えたことを間違えだとはっきり言ってくれて、その上で手を貸してくれる子を」
戸松梨佳。
思えば偶然の出会いから始まって、いつの間にやら気に入られた人物だ。
ハクアとの一戦で、蓮が残したものを教えてくれた。勝手に一人で走った奏太を変に慰めたりなどしないで、いつでも彼女は彼女らしく『お姉さん』としてあった。
それに、救われて。
「俺は知ってる。俺と同じで向き合うのを怖がってる子を。その子が見てるから、逃げない。ある奴の言葉を借りるなら——それが俺の、その子達に出来る格好付けだから」
だから奏太は、今この場所で、秋吉に確認をしなければならないのだ。
「秋吉。お前は、俺のことをどう思ってる?」
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
長く続く、沈黙。
その間、奏太は一度も秋吉から目をそらさなかった。
簡単に答えることは出来ないのか、頭を悩ませる彼から、一度も。
本来の立場を考えれば、そもそも彼は奏太の話を聞く理由がない。
奏太が呼び出した時点で、こうして面と向かった時点で、危機感を覚えたはずだ。
——いや、実際には彼の中にはあるのかもしれない。
終始、消えない恐怖が。
そう簡単に消え去るものでないことは、奏太も、ラインヴァントの皆も知っているのだ。梨佳にだって忠告された。
それでも彼がこの場を離れなかったのは、こうして苦悩するのは、何故か。
その答えは、きっと、
「…………奏太」
「なんだよ、秋吉」
「『獣人』ってのは、どんな奴らなんだ?」
己の茶髪をいじり、どこか気まずそうに問う彼が『獣人』に恐怖以外の何かを見出したから、なのではないか。
そう思い至り、奏太は答えるより先に表情を明るくさせ、
「あー、奏太。ちょい待て。俺はまだ悩んでる最中だからよ、変に期待すんな」
しかしそれを秋吉に制止される。
まだ早すぎる、と。
だから奏太は焦りすぎたと自省しつつ、ゆっくりと言葉を選んで、
「『獣人』は……不思議な奴らだよ」
「不思議って、お前随分アバウトな」
「実際そのまんまなんだよ。蓮みたいな美人とか、読モやってる子とか、お嬢様とか、猫みたいなあだ名つけられてる奴とか」
「……不思議っていうか相当変わってんな、マジで」
「それでも、考えてることは人とそんな変わらないけどな」
最初の怯えはどこへやら。
秋吉は奏太の説明に笑いを漏らし、学校を囲うフェンスに背中を預ける。
まるで放課後や、昼休みに会話を交わすように、自然に。
だが、
「……あの動画じゃライオン襲ってたけどさ、実際どうなんだよ」
忘れてはならないのだ。
彼らの中の恐怖はまだ消えたわけではないのだと。
「俺らも、大人も、みんながみんな怖がってんのは『大災害』とあの動画の『獣人』の強さ。容赦のなさなんだよ。普通に考えて、人口と大陸が三割削られたなんてお前、やべえだろ。怖がるなって方が無理な話だ」
「————」
「奏太や美水が『獣人』で、俺らを襲う気がないっていうんなら、他の奴らはどうなんだ。俺らに害を加える奴らは……」
「——いるよ」
だから奏太は、はっきりと答えた。
秋吉が驚きのあまり、声を失うが、それでも。
「いるよ。世界に恨みを持ってて、HMAを倒してやろうって奴らは」
「じゃ、あお前は……」
「いや、俺達は違う。人に害は与えないし、むしろそういう奴らを倒す『獣人』だ」
人々に害を為す『獣人』——ブリガンテとは、それぞれに思うことがあって事を構える。
姉妹のことや、約束、あるいは秩序の為に。
秋吉はそんな奏太の熱情に突き動かされるものがあったのか、乾いた声で言った。
「…………じゃあ何か、奏太の仲間はみんな美水みたいに、世界を幸せにしたいって思うのかよ?」
「ああ。世界っていうより、周りの奴らを、好きな子を幸せにしたいってやつもいるけど……最終的には、そうなるな」
ブリガンテを倒し、ユズカとユキナを救って、フェルソナも、みんなみんな取り戻して。
幸せにたどり着くには、まだまだやるべきことも、乗り越えなければならないものもたくさんあるが、最後は蓮の望みを叶えるに至るのだ。
蓮と、希美との約束を。
自信をもってそう言った奏太に、彼は軽く目を細めると、
「……それじゃまるで、『獣人』に良い奴がいるみてえじゃん。……本当にそうなのか?」
「本当にそうだ。……って、そう簡単には信じられないだろうけどさ、証明してみせるよ。実際に見せたりは出来ないけど」
「なんだそりゃ。それ証明じゃなくねえか?」
「……言われてみればそうだな」
これは盲点だった、とばかりに言うと秋吉が呆れるように笑い、続けて奏太も吹き出して笑い出す。
真剣な場であるというのに、種族が違うというのに、友人として、数ヶ月前のように、一緒に。
ひとしきり笑って、ようやく落ち着くと、彼は空を仰ぎ、言った。
「俺はさ、楽しかったよ」
「……楽しかった?」
「おうよ。美水が好きだって聞いて、あれこれアドバイスして、応援して」
彼が告げるのは、在りし日の——奏太がまだ、人として生きていた時の話だ。
「俺は昔っから色んなことやってきたからさ、お前みたいに初々しい付き合いなんてもう疎遠だったけど」
「秋吉、この前も新しい彼女と歩いてただろ。俺見たぞ?」
「マジで? お前いつの間に……って、話続けんぞ。朝のホームルームも終わる頃だろうし」
「————っ」
当たり前のように日常を口にする彼に、奏太は言葉を、息を止めてしまう。
……どうして、こう何度も込み上げてくるものがあるのだろうか。
奏太は、彼と会話をしているだけだというのに。
そんな疑問を持ったところで、答えが出るまで彼は待ってくれないし、時間も刻々と迫っている。奏太には奏太の、彼には彼の時間が。
それは、分かっているけど。
「突然付き合い始めたのはびっくりしてさ、けどすげえ嬉しかった」
「————」
「美水とデート行くって決めたのもさ。ほら、自分のことみたいで、応援してて……」
と、言葉を続ける秋吉にふと変化が生じた。
それまでの明るい調子の言葉とは裏腹に、力を失って行く言葉尻。
それは恐らく、夢の終わりが来てしまったから。
奏太にも、蓮にも、彼にも。
全てが、変わってしまったから。
「俺は…………いや」
だが、秋吉は言いかけたことを途中でやめ、フェンスにもたれていた体を戻すと再度奏太に向き直り、
「……デート、どうだったよ。奏太」
困ったように、笑みを浮かべた。
蓮が『獣人』としての姿を晒したことを、彼は知っているはずだ。
あの日、他の誰でもない、彼がそれを奏太に問いかけたのだから。
だとしたら、秋吉が問いかけているのは夢の終わりではなくて、その前。
彼が計画に協力してくれて、取り付けられたデートのことだ。
あの日は関係を進展させようと奏太は焦って、蓮に助けてもらって、手を引いて。
ネックレスの件は別だが、初めてだというのにあれだけスムーズにデートを進め、楽しめたのは彼のおかげだ。
その後の動物園で、誰も望まない結果へと至ってしまったけれど。
もう、取り返しのつかない過去。
願ったって蓮は戻ってきはしないし、心の底から最悪の日だったと、そう思う。
でも、
「————最良、だったよ」
尽くせる限りの事は尽くせたし、本当に楽しかった。
失ったものはある。
傷つけられたものもある。
けれど奏太は、蓮といた時間を否定することだけはしたくない。彼女を、忘れることだけは。
ガラスケース越しに再開したあの日、奏太はそう誓ったのだ。
嘘じゃなかったあの日々を、奏太は忘れない。
「やっと分かったよ」
そして、彼にそれを問われたから、ようやく。
奏太が秋吉にアドバイスをもらったり、軽口を交わしたり。そんな日々に、奏太がどう感じていたのか。
ここへ来た目的を、彼に伝えるべきこと。
それは、
「『俺も』楽しかったよ、秋吉」
「————」
「蓮と一緒に過ごした時間だけじゃない。お前と、お前達と過ごした時間は……嘘じゃない。そりゃ別れ方はあんなだったけど、その気持ちは変わらないから」
頼ってばかりだったし、ほんの二ヶ月程度の仲だ。
だけど、奏太は楽しかった。
人として過ごせた日々は、楽しかった。
だからにっと笑みを浮かべ、秋吉に右の拳を突き出す。
彼は一瞬それに目を丸くして、しかしすぐに意味を理解すると、
「ありがとう、秋吉」
「……頑張れよ、奏太」
お互いに拳を合わせて、別れの言葉を交わす。
人を、『獣人』を知った奏太自身が望むことを見つけて。
置き去りにして来た全てを、終わらせて————。
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
「……ねえ、そーた?」
「どうした、芽空」
秋吉との話を終えて、騒ぎになる前に学校を出た奏太達。
呼び出した時点で既に騒ぎになっていた気がするが、後処理は全て秋吉に任せる他あるまい。
彼ならばどうにかする、できると奏太は知っているから。
せめてもの応援の念を遠くの彼に送りつつ、少し距離をとって歩いていた芽空へ振り返る。
すると、
「ありがとう、そーた」
「……え?」
「それから、お疲れ様」
突然にお礼と労いの言葉をもらい、困惑。
先程の奏太と秋吉のやりとりを受けてのものなのだろう。
奏太はそれに照れ隠しをするように己の黒髪を指で流し、「あー」と軽く前置きをして、
「芽空のためになったかな?」
「なったよ、色々と。それにそーた、みゃお君よりも格好付けが様になってたし」
「それって褒められてるのか分からないんだけど……まあ、うん。ありがとう」
「どういたしまして、だよー」
苦笑いと、にっこり笑顔。
お互いに温度差があって妙な感覚がするところではあるが、
「一緒に、頑張ろう。芽空」
「うん、そーた。……その前に、どこか寄って行こっかー」
話をする前は見ていて欲しい、などと力強く言ったものだが、どうやらそれが芽空のためになったらしいことを喜んで。
軽食をせがむ芽空に、仕方ないなと軽く息を吐いて。
二人で、歩いていくのだった。