第三章30 『踏み出す理由』
「つーわけで、ほら」
梨佳がスカートのポケットを探り、取り出したのは開閉タイプの手鏡。
彼女はそれを奏太に手渡し、
「確認してみろよ。奏太の顔、ひっでーぞ」
「その言い方の方がひどいだろ。……って、うわ」
奏太は勧められるがままに鏡を通して自身の顔を見つめてみる。
すると確かに彼女の言う通り、そこに映っているのは、普段のそれとは全く異なる見た目の奏太だ。
あの廃工場で地に寝かされていたこともあり、所々が汚れて血の跡も残っていたが、それでも傷一つ残っていないのは『ユニコーン』の能力の高さを誇るべきだろうか。
ただ、
「俺、こんな表情してたのか……」
「な、ひどいだろ」
彼女が指し、奏太が思わず驚きの声を上げたのは別の部分。
手鏡を手にした瞬間真っ先に目に入る光景……顔だ。
まともな睡眠を取れていないことや度重なるストレスで疲れ切っており、
「さっきの話し合いの時なんて、もうやばかったぜ? 顔は硬いわ声は震えてるわで、ぶっちゃけ見てらんない状態だったな、あれは」
意識していた場面もあったとはいえ、ずっと強張ったままだったその表情は、明らかに無理をしていると、そう言えるものだった。
ケラケラと梨佳が笑ってみせるが、終始この状態だったと考えると笑い話ではすまない。
それだけ気を遣わせていたかもしれないのだということでもあり、エトやシャルロッテならともかく、他の面々には事実以上の苦悩をさせていたかもしれなくて、
「……だから、ちゃんと顔上げてないとな」
「お姉さんがハグでもして元気付けてやろうか?」
「いや、必要ない」
こうして梨佳が軽口を述べるのも多分、本音半分気遣い半分なのだろう。ハグは色々と問題があるので困るが……ともあれ、だ。
梨佳にさらした全ての本音。
そのやりとりで、奏太の心には少しばかりの平穏が訪れていた。
だからこそ、焦りはあっても彼女の言葉を——色々な物事に、改めて素直に向き合おうとしていて。
「梨佳はこれからどうするんだ?」
「いやお前、そりゃ学校だろ? あーしは花も恥じらうJKだぞ。学校行かないJKなんてただのヤンキーJKだぞ」
「いやお前、それもJKだろ。……俺も行かなきゃ——いや、行こうと思う」
「ほう」
梨佳に手鏡を返しつつ、奏太は意思を口にする。
色々なリスクがあり、決して一言では語れない感情を抱いているあの場に行くことに、正直抵抗がないわけではない。
けれど、
「梨佳と話してて、少しは落ち着いたから。あの場で梨佳がどうして学校へ行けって言ったのかも、分かったから」
自分の居場所を確認しろ。
そう彼女は言ったが、今や学校に行っていない奏太にもそれを言ったのは奏太の始まりが学校だからだ。
奏太が最愛の少女、美水蓮と出会ったのは。
今この瞬間にもユキナ達は苦しんでいて、望まぬ選択を強いられているはずだ。
助けたいと、思う。
——でも、力が足りない。
現状まともな精神状態じゃない奏太達が行動に出ようとしたところで、かえって失敗し——『最悪』はきっと現実のものとなる。
全員が全員幸せになれない未来なんて、あってたまるものか。
そう思っているからこそ、改めて考えてみろと梨佳は言うのだ。
自分の日常があって、帰りたい場所がある。
一呼吸を置いて、整理して、見つめ直して。その結論が『取り戻したい』であるのなら、もう一度戦ってやろうと。
「俺も、ちゃんとケリをつけてこなきゃいけないんだ。あの日俺が置いてきたものに。多分それが……今なんだと思う」
奏太の行動の根底は蓮との約束にある。
——世界を幸せにして、奏太も幸せになる。
それは今だって変わらない。人も『獣人』も、どちらも幸せにしたい。
けれど奏太は、以前に秋吉達が拒んだ蓮に耐えられなかった。ただただ『怒り』のままに叫んで、否定に否定をぶつけるだけで分からないままにしてきた。
「……あーしら『獣人』には何でもなくても、あいつらにとっちゃ『獣人』は恐怖。命を脅かす獣だ。蓮がすっげー好かれてても、否定された。奏太だって、否定されんだぞ?」
あの日の自分と秋吉達に『怒り』を抱き、奥歯を噛む奏太に対して、どこか寂しげで湿っぽい声が梨佳から発せられる。
彼女もまた、蓮のことを否定されたはずだ。
普段の言動はどうあれ、梨佳は遅刻があっても学校には毎日行っている。奏太のあの日が、彼女には毎日のようにあったのだ。
……その精神的ショックは、奏太に計り知れない。
しかし、だというのに、彼女がそれでも堪え、日常を守っていたのは何故か。
その答えは奏太も、希美も知っている。
「……たとえ世界から否定されても、それでも蓮が幸せを望んでたことは変わらない。誰かに好意を向けるのは、変わらないから」
もう、何度も口にした言葉だ。
何度も想い、思い出して。
その度に奏太は自身を鼓舞し、どうするべきか何度も何度も、判断を下してきた。
——全ては、彼女が望むものを奏太も望むから、幸せにしたいのだと。それが奏太の幸せなのだと。
以前打ち明けたこともあり、事情を事細かに把握している彼女もまた、奏太がそのために動くことを知っている。
ゆえに頷き、呆れるように笑みを浮かべて、
「…………そうだな。あーしも最初は疑ったけど、あいつは」
「————それに」
「あん?」
納得の言葉の根拠を口にする。
その途中で、奏太は梨佳の言葉を遮った。
驚きで目を丸くしている様がやけに珍しく、貴重な光景だと内心思いつつ。
「俺は確かめたいんだ」
「確かめたい……何をだ?」
奏太はゆっくりと、自身の心境の変化、その軌跡をたどるように言葉を続ける。
「……蓮はさ、人も『獣人』も愛してた。それは俺も一緒に過ごしてきたから分かるし、ラインヴァントのみんなを見てても分かる。それがすごいことなんだってことも」
生まれもった身体を、存在を世界は『獣人』だからと否定する。
一度知られれば皆平等に恐怖として自分を見る。
世界から嫌われて、除け者にされて、それでも奏太は世界を愛せるのだろうか。
「俺は蓮が否定された時、苦しかった。嫌だった。どうしてあんなに優しい女の子が、どうしてあんなに愛された女の子がって、不満と『怒り』で胸の中がいっぱいで。人が嫌いになりそうで」
けれどそれでも、奏太が世界を幸せにしたいと思ったのは、奏太が蓮と約束をしたから。
あの少女が、世界を幸せにしたいと思っていたから。
クラスメイトや、ラインヴァント、両親、友人。それらと過ごす何気ない日常が楽しくて、幸せで。だから彼女は願ったのだ。
——でも、奏太自身はどうだったのだろうか。
「『獣人』はどうだった?」
「……嫌じゃなかった。蓮のこともあって辛かったけど、それでも俺に面と向かって接してくれてさ。ユキナ達との勉強会や料理、『トランス』だって……」
ぶつかって、向き合って。
全部が全部癒しの日々だった、なんて絶対に言えないけれど。
奏太の『獣人』としての日々は、
「——幸せ、だったよ。ラインヴァント全員が居たからこそ、楽しかったんだ。ハクアを倒すのも、一人じゃ無理だった」
「けど、間違えたよな」
「……うん。そうだな、自分に酔ってた。力を付けて、一人でどうにかできるって勘違いして…………みんながいたからこそ『獣人』としての俺だったのにさ」
奏太が一人で走ったことを、失敗したことを梨佳に改めて言われて。
だからこそ改めて見つめられた日々だ。奏太はラインヴァントのみんなの手を借りて、ようやく『獣人』としての奏太になった。
だけど、
「俺はまだ、自分を認められていない」
蓮の死を乗り越えて、幸せを願うようになった奏太は『獣人』だ。
『獣人』だから、まだ人を認められていない。異なる種族だから、人が『獣人』を否定するから。
蓮がどちらも愛していたから、ではない。奏太は、人であった頃の奏太を認められていないのだ。
だからこそ奏太は、秋吉との決着をつけなければならない。
「俺が人として過ごした日々が、年月が、蓮と過ごしたあの数ヶ月が嘘じゃない本当のもので、蓮だけが俺の日々じゃなかったなら。俺が、俺自身が幸せにしたいと思う何かがあるなら——」
奏太が瞑目し、思い浮かべるのはあの日の光景。
人としての蓮が忘れられ、否定され、激昂したあの日。
ぶつかることしか出来なくて、置き去りにしてきたものがある。
だから、秋吉と向き合い言葉を交わして、意思を伝える。伝えたい。
そしてその先で、人として生きた奏太が人を愛せる何かがあるのなら、
「俺はそれを——確かめたい」
はっきりと、奏太は意思を言葉に乗せて梨佳にそう言い切った。
それに対する返事は、何度かの頷きと、たったの一言。
「…………そっか」
「そっか、って。それだけかよ」
「ん、そんだけだ。……あー、待った。そのままキープ」
文句ではないが、一大の決心に対してあまりにも素っ気ないのではないかと思ったところで、動きを止めるよう指示される。
一体何のことか分からず、首をかしげるが、
「ほい。これで顔、見えるか?」
梨佳が取り出し、手の内で開いたのは先程の手鏡だ。
それを覗き込むと、
「…………あ」
「向き合うことは間違いじゃねーし、ようやく奏太も自分で考えられる。そんで今こうして笑ってるんだし、あーしはそれでいいんだよ」
そこに映っていたのは、紛れも無い穏やかな笑顔だ。
「ししっ」と八重歯を見せて楽しげに笑う梨佳と同じで、やけにすっきりとしていて、数時間前の自分と同一人物とは思えない。
「もう大丈夫か?」
「ああ。——もう笑える」
「なら、これで解散だな」
奏太の返答に満足したらしい梨佳は話の終わりを告げ、手鏡を戻して立ち上がると、
「……んだよ。あーしがいなくて寂しいのか?」
右の手を伸ばして引き留めようとする奏太に、呆れのため息。続けて困ったような笑みを浮かべるが、何も彼女の言葉通り寂しいというわけではなく。
奏太は何と言葉にして良いものか、視線を宙にさまよわせて悩みつつ、照れに頰を掻き、「あのさ」と前置きをして、
「梨佳。その、叱ってくれてありがとう」
「————」
「俺が言ってばっかりだった気がするけどさ、それでも……ありがとう」
梨佳が先の話し合いで止めてくれなければ、こうして話をしなければ、恐らく奏太はずっと秋吉に向き合えないまま、幸せを唱えていただろう。
何も彼女は正しい道を示したわけではない。でも、奏太が二度救われたのは確かなのだ。
梨佳はそんな奏太に一瞬呆気にとられるが、すぐに笑みを戻す。
今度は困ったものでなく、また別の感情が含まれており、
「……頑張れよ、奏太。あの時の約束、頼んだぜ?」
「あの時?」
「覚えてねーのかよ。ま、いっか。それじゃな」
梨佳が口にした約束。
それが意味するところが分からず、首をかしげるが彼女も答える気は無いらしく。
くるりと踵を返して手を振りつつ、部屋を出て行こうとして、
「————あ、そういや言い忘れてたけどさ」
——それは奇しくも、あの男と重なる言動。
だが、反射的に息を詰め、嫌な予感が全身を巡る奏太などいざ知らず、彼女は顔だけで振り返って言う。
「あーしが奏太を助けるのは……」
異なる点があるとすれば、それは表情と感情。
卑怯なくらい慈悲深く、愛情に溢れた言葉だ。一瞬で硬くなった心を、体を、何もかもを溶かしていくような安堵感。
彼女はそれを表情にも行き渡らせ、微笑んで言った。
「あーしが、お前らのお姉さんだからだよ」
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
「…………なんで制服が用意されてるんだろうな」
「世の中には謎という謎がたくさんあるんだよー」
梨佳と別れてしばらくし、訪れたのは仮の住まいということで提供された城の一室。
扉を開けてベッドを見やれば、そこにあったのはサイズ、学校指定の何一つ狂っていない制服だ。
しかも、さも当然かのように芽空と同室という扱い。ヨーハンはあれで都市伝説が好きだと言っていたし、これも狙ったのだろうか。いや狙ったとしか思えない。
しかし驚きを通り越して呆れ笑いの領域に辿りつつある奏太に対し、ある程度予想していたのか、横に並び立つ芽空は一切気にしておらず、
「まあお兄様だからねー」
「というかそもそもここって芽空の家でもあるんだし、部屋はないのか……?」
「あるにはあるけど、行くー?」
「いや進んで行きたいってわけでもないけど……」
ゆるゆると、間延びした口調で奏太に応じてみせる。
それは肩の力が抜けて、いやむしろ抜け過ぎているくらいの平常時のものだ。
先の話し合いは途中で中断したということもあり、アジトがどの程度被害を受けた状態なのか聞きそびれたのだが、この調子だとたとえ長引いたとて慣れればアジトと変わらない生活なのかもしれない。
慣れるよりも先に、避けては通れない荒事があるのだが。
「なあ芽空、この後だけど」
「うん、分かってるよー。学校、行くんだよね」
「…………知ってたのか?」
「さっきそーたが謝りに来た時に、何となくね」
芽空が頷き、口にしたのはこの部屋に来る前——梨佳と別れた後だ。
各々の顔色を確認する意味でも、城内を回って芽空を探していたところ、彼女は以前奏太がヨーハンと話したあのバルコニーで、一人秋風に当たっていた。
重く、沈んだ表情。
自責の念に駆られる芽空は、声をかけるまで奏太に気がつくことはなくて、その後の反応も決して歯切れの良いものではなかった。
きっと、奏太と同じように自身の表情にも気がついていなかったのだろう。
力なく笑うその姿は、梨佳ではないが見ていられなくて。
だからこそ奏太は一言、
「ごめん」
深々と、これまでの全てに謝罪した。
彼女に甘えて独断で動いてしまったこと。負けたこと、奪われたこと、心配をかけたこと。
……それから、約束をおざなりにしてしまっていたこと。
芽空はそれを聞いて動揺、困惑していたので、続けて奏太は、
「偉そうなこと言ったくせに、俺が芽空や、色んなものに向き合えてなかった。だから——もう一度、言わせてくれ。芽空の過去を聞かせて欲しい。そしたら、話をしよう。芽空と俺と、みんなのこれからの話を」
顔を上げて、笑って。
——そうして奏太は許された。
元気を取り戻した芽空には、いくつか耳が痛くなる言葉を口にされたが。それでも、ちゃんと。
だから奏太達は一度部屋に来て、身支度を整えようとしたわけだが、
「……まだ登校時間には余裕あるよな」
「さっきの話し合い自体、結構早い時間だったもんねー。朝食は準備してもらってるところだけどー、奏太は食べるー?」
「もちろん食べる。一人暮らしだからって朝ご飯を抜いたりはしなかったし」
制服は何故かあり、朝食もあり、隣に芽空ありと何とも贅沢な身分だ。
誰かが近くにいてくれる、それだけで心強いというのに。
「……あ、そーた。お風呂入ったらー? 昨日入ってないでしょ?」
「そういえば入ってなかったな。確かに体はムズムズするし、汚いし、髪の毛も整えたいし……うん、入ってくるか」
しかし、今はそんな感情も、感謝も胸の内に秘めて。
芽空の提案に頷き、制服片手に颯爽と部屋を出て——、
「あぅっ。……どうしたの、そーた」
「えっと、あのさ」
すぐの廊下でピタリと止まり、背中にこつんと芽空の鼻が当たった感触。
振り返り、鼻を抑える彼女に「ごめんごめん」と謝りつつ、奏太は辺りを見渡す。
「————どこだ?」
「…………え?」
「いや……よくよく考えたらお風呂の場所知らないなって」
そんな奏太の発言に、芽空は目をパチクリとさせた。
時間にしてきっちり十秒、二人の間に沈黙が流れて、
「……ふ、ふふっ」
奏太が先か、芽空が先か。
堪えるような笑いが漏れ、すぐに弾けた。
「あは、あはははっ!」
廊下に響く二人の笑い声。
それは、お互いに普段のそれと何ら変わらぬ明るいもので、先の話し合いでの陰鬱とした空気など、一切ない。
ただ腹の底から、小さなことが可笑しくて、笑って。
「……っふ、あ。じゃあそーた、私が案内するから、行こっかー」
約束も、置き去りにしたものとの決着も、荒事も。
この城を出れば全ては始まるけれど、それまでのほんの少しの時間が大切な時間なのだと奏太は思う。
だから、少しだけ。
「……ありがとな、芽空」
「どういたしまして、だよー」
少しだけ、奏太は安らぎを得る。
日常の一欠片に、この時間に。
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
「————よし」
鏡の中の自分との睨めっこを終え、気合を入れるため頰を両手でペチペチと叩く。
それからシャツのボタンがしっかりと閉まっていることを確認して、
「忘れ物はないー? 教科書とか、弁当とか、あと……制服とかー」
「弁当はともかく教科書は多分消し炭だよ。それと制服着てなかったらただのよく分からない変なやつだろ。通報されるだろ」
隣から親が心配するかの如く心配する声がかかるが、引っかかる点が多くあるのでそれにツッコミを入れつつ。
隣に声に目を向けてみれば、芽空はいつものネグリジェ姿——ではなく、薄手の涼しげな格好をしており、ワカメのように多い鶯色の髪も、ポニーテールにしてまとめられている。
これならば奏太の隣で歩いていても……まあ目立つこと間違いなしな容姿なのだが、悪目立ちしかねない普段の彼女の見た目に比べれば遥かにマシだろう。
ともあれ、
「えっと、腕時計はある。髪型も久々に整えた。朝ご飯も食べた。首にネックレスもある。『トランスキャンセラー』は……」
「アジトの中かなー」
尽くせることは尽くした。
だから、部屋を出る前に一つ一つ自分の状態を指差し確認していく。
たった一日だけのものだとしても、適当に行って良いものではないのだと。
「……梨佳達はもう、先に行ったんだよな」
「みたいだねー。私達も早く行かないと遅刻しちゃうね」
皆々の所在も確認して、のんびりとしたやりとりを交わして。
そうして奏太は、ちらりと横の少女を見つめる。
少し変わった、けれど穏やかで優しい心根の少女。以前は彼女に『行ってらっしゃい』を言われて、奏太は一人で学校へ向かった。
けれど今度は、
「————行くか、芽空」
「うん、行こっか。そーた」
約束を守り、聞き届けて、二人で行く。
なにも、学校の中にまで芽空と行くわけではないけれど。
外に彼女がいるのなら、自身と向き合えた芽空がいるのなら、奏太は逃げられないし、逃げたくない。
「…………もう、逃げないから」
——蓮に肯定されて、梨佳に否定された。
だから奏太は向き合う。
蓮の願いを、約束を現実にするために。
他の誰でもない、三日月奏太の為に。