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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第一章 『彼女』
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第一章6 『夜明け前』



 窓の外を見やると、まだ太陽は登っておらず、相棒の月が眩い光を放っていた。


 普段なら、起床時間まではまだまだ余裕があるため、二度寝をするところだ。しかし、すっかりと目が覚めてしまって不可能なことに気がついたのは数分前のこと。


 もう何度目かもわからないため息を奏太は長く吐き出す。

 眠れない理由は至って簡単だ。

 奏太は、期待をしているのだ。昨日の彼女の発言から考えられる未来に。

 しかしそれはただの期待であり、あり得ないのだと無理やり言い聞かせようとして、再びため息が溢れる。


 ——明日の放課後、時間あるかな。


 蓮は昨日、そう言った。対して奏太は発言の意図も意味も深く考えず、その場では大丈夫だと答えたのだが、今更になって考えてみると、ひょっとするとそれはデートのお誘いや、あるいは告白なのかもしれなくて。

 しかし、気を紛らわせようとして、これがもしドッキリだとしたらなんて酷薄な告白なのだろう、などと馬鹿なことを考える傍ら、うっすらと浮かんでくるものもあった。


 ひょっとすると彼女は、何かを奏太にしようとしているのではないか、と。


 もっとも、それは具体性のないふわふわとした想像に過ぎない。しかし、恋愛方面で一歩前進するという都合の良い希望を差し置くと、話の流れから考えてもそう考えるのが妥当なのである。


 例えば、何だろうか。彼女の親が何らかの専門職で、奏太の記憶を取り戻させて——いや、ない。何故ならそれはそれで、先ほどの希望とは別に都合の良すぎる話だからだ。


「…………放課後、か」


 何を考えても、結局放課後になってみなければ分からない。


 そう結論づけ、頭にしつこく残り続ける疑問の嵐を追い払うと、ベッドから跳ね起きる。

 それから、うっかり大きな物音を立てて父親を起こさないように、静かに部屋を出ようとして—— 、


「……あ」


 ここ数年で身についた習慣を無意識に行っていたことに気がつく。

 奏太が現在住んでいるのは、学生区のマンションの一室、六階の六号室であり、そこに父親の姿はない。

 かれこれ、越してきてから一ヶ月以上が経っているというのに、気を抜くとすぐこれだ。

 いや、むしろ他のことを気に掛けていたから、と言うべきだろうか。


 リビングに出ると、部屋の灯りもつけないまま、買ったばかりでまだまだ使用感のないソファに腰掛ける。

 それから記憶を頼りに暗闇に手を伸ばし、何とかテレビのリモコンを掴むと、電源ボタンを押した。


 すると電源ランプに光がともり、少し間を置いて画面が起動する。

 そしてすぐに、


『『ノア計画』では皆様の……』


 聞きなれたフレーズが奏太の耳に入ってきた。

 異端者監視組織——HMA。

 政府とは別枠にあるその組織が、国民全員に呼びかけるために作られたCMだ。


「『ノア計画』、か」


 半年後には海の底に沈んでしまうという、この世界を生きるために大々的に進められている計画である。

 都市を覆っている『ゴフェルの膜』も、その計画の遂行の為の一端を担っており、仕組みは何度聞いてもよくわからないが、どうやら膜の外側の水を遮断し、内部には何の影響も与えない代物、らしい。

 とは言え、現状その機能はまだ使われておらず、雨や雪が降れば、当然傘は差さなければならないのだが。


 手間を考えると今から使えないのかと思う時もあるが、それはさておき。今はその計画をHMA——ハムが中心となって行っている最中であり、先のCMのように繰り返し呼びかけられている、というわけだ。

 元々の出身が国外である移民を含めた都市外の民衆が、都心に集められているのもそのためである。


 もっとも、『ノア計画』が発表された当初は、水の底に沈むなど、そんな馬鹿みたいな話があるものかと信じない者は一定数存在したのだが。

 しかし、期限が半年に迫っていることや、躍起になって動く政府、世界に影響されて、最近はその数が減少しているようだ。


 ——いや、正確にはたった数人に、影響されて世界は、動いていると言ってもいいだろう。


「……藤咲華」


 現HMA総長にして、過去に獣人から世界を救った『英雄』、藤咲華。

 彼女を中心とした数名の幹部がデバイスを作り、世界を動かしているのだ。


 そして彼女は現在、ある一本の動画を元に、この小さな島国に潜んでいるであろう獣人を捜索している。

 その動画は、世界から過ぎ去ったはずの恐怖を再臨させ、人々に知らしめた闇そのものであるとされる。

 今からちょうど八年前、ある動画サイトに上げられたものだが、現在はHMAの規制によって、閲覧することすら叶わない。

 人々に出来る限り精神的被害を与えないような迅速な対応だ、という意見もあるが、奏太はそれに賛成しかねるのが本音である。


 もはや英雄である彼女に対する民衆の反応は、一種の宗教と言ってもいいのかもしれない。

 信仰心にも近いそれは、獣人の恐怖を知らない奏太からすれば共感し難い感情であるし、その恐怖が分からないことで何年も苦しんでいるのだ。


 だから、過去に人類を救ったという事実しか知らない英雄を崇めろと言われても、奏太には救われた記憶も、人々が抱くはずの感情もない。


「あれ?」


 ふと、記憶の片隅に引っかかるものがあった。

 それは昨日来ていた平等博愛——ハクア。彼もハムの幹部の一人である。


 やたら友達友達と連呼していたが、ああいう思想でなければ英雄にはなれないのだろうか。

 藤咲華は何度かテレビで見かけたことがあるが、どこか達観しているというか、常人とは異なる言動であったと奏太は記憶している。

 とは言え、英雄と呼ばれる彼女と、その幹部たちは、元々はどこかの大学院で知り合ったという話もある。誰か一人が変わっていて、その思考に感化された、なんていう可能性もあるわけだ。


 根も葉もない噂だが、ありえなくもないと奏太は思う。

 なにせ、物心ついた時から世界をどうこうしようなどと考える者は、きっといないのだから。


「————ふぁ」


 奏太の口から欠伸が出た。


 開いた口を押さえつつ、ようやく眠気を感じ始めたその頭が体にだるみをもたらす。

 そして、起床予定時間まで寝ていようかと考え、立ち上がろうとして、


「————っ!!」


 けたたましいアラーム音が鳴った。


 ビクリと肩を震わせた奏太は、声にならない声を上げ、眼前に現れた通知を手で触れて閉じる。

 アラームによって自動で起動されたデバイスの画面が、眼前一杯に広がった。


 視界右上に表示された現在の時刻は、六時三十分。


「…………眠い」


 再び、欠伸が奏太の口から漏れた。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「おはよう、三日月君」


 桃色の瞳をこちらに向けて、微笑んでいるのは蓮だ。


 奏太同様、彼女も部活動はやっていないのだが、登校は他の生徒と比べてかなり早い方である。

 彼女曰く、早く来ればその分学校に長く居られるから、なんだそうだ。


「おはよ、美水さん」


 あれからシャワーを浴びて眠気を退治した奏太は、ぱっちりと目を開けて挨拶を交わす。

 しかし、何故か不思議なものを見るような目で蓮に見られていることに気がつき、問いかけた。


「どうした?」


「あー、ええっと、うん。私の気のせいかもしれない」


 口ごもり、残念そうに微笑む彼女に、思わず奏太は眉を寄せる。

 ひょっとすると、何か重大なことをやらかしてしまっているのではないか。寝不足でクマが出来ている、とか。

 いや、あるいは昨日のことをなかったことにしようとして——


「あ、今日の放課後って……」


 思わず口から言葉が漏れ出た。

 対して蓮は奏太の言葉に首を傾げると、


「ひょっとして何か用事、出来ちゃった?」


「いや、それは大丈夫」


「それなら良かった。話したいこと、たくさんあるの」


 彼女はほっと息を吐き、安堵の表情を浮かべた。

 その表情に、発言と合わせて、奏太は直前まで考えていたことがどうでもよくなるくらいに、見惚れてしまう。


「それって……」


「うーん、まだ内緒。ちゃんと授業受けて、ちゃんと学校生活を送ってから、ね?」


 そう言い、彼女はからかうように口元を隠し、微笑んだ。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 それからの授業は苦痛だったと言っても過言ではない。いや、断言してもいいくらいだ。


 蓮の発言にひたすら苦悩し、それでもなんとか授業をちゃんと受けようとした結果、寝不足と精神的な疲れが昼休みにまとめて襲いかかり、起きる頃には弁当を食べることなく授業が始まった。


 とは言え、五限後に昼食をとるという、なんとも不思議な状況を作り出しつつも、やがて放課後は訪れた。


「え?」


 直前、蓮の口から発せられた言葉の意図が分からず、聞き返した。


「——中枢区」


 彼女は机の上に置かれた鞄を抱えると、奏太の方に向き直る。

 そして、


「中枢区へ、行こっか」

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